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釈明

 ひとしきり綾那との再会を喜んだ渚だったが、ふと我に返ったように顔を上げると、綾那の身体をやんわりと押してベッドに戻るよう促した。

 病み上がりどころかまだ熱は下がっていないし、体力だって回復した訳ではないのだ。無理をすればまたすぐに寝込む事になるだろう。


 綾那自身それは理解できていたので、特に反発する事なく素直にベッドの端に腰掛けた。

 そうしてニコニコと笑いながら渚を見ていると、彼女は綾那の膝に手を置いて床に腰を下ろした。


「――綾、私に言う事があるよね?」


 渚の表情は柔和だったが、しかしその口調はどこか威圧的だった。綾那は、瞬時に理解した――彼女が綾那に対して怒る事など、一つしかない。颯月(おとこ)の事で怒っているのだと。


「ご、ごめんなさい――ええと、何から話す?」

「結婚する気だって聞いたけど、本気?」

「う、うん、本気。どうしても颯月さんじゃなきゃ無理、許してくれる……?」

「それはまだ分からないよ、あの男の事を調べてからじゃあないと」


 渚は笑顔のまま、なんとか平静を装っているようだった。彼女はそもそも、綾那の前では決して激昂しない。陽香やアリスの証言を信じるならば、綾那の目の届かない場所で色々とえげつない事をするタイプなのである。


「颯月さんは良い人だよ、本当に――今までの人とは、違うから」

「ふふふ、綾はいつもそう言って変な男を捕まえて来るから、困っちゃうよね。ギャンブル癖・酒癖・暴力癖・働かないヒモ……唯一女癖の悪いヤツだけは、綾が自分で遠ざけるから平気だったけど――今度の男は、何に属するのかな?」

「ぞ、属すると言われても、颯月さんはどれとも違うような……?」

「そっかあ~、新種のクズなんだあ」

「いや、その。クズじゃあ、ないんだけど――」

「大丈夫、平気だよ。私がちゃんと精査するからね。とりあえず綾はゆっくり休んで風邪を治して? 治った頃にまだあの男が生き残っていたら、無事に会えるよ。その日を楽しみにしていてね」

「う、うん…………うん? 渚? 何か今、怖い事言ってなかった?」


 ――聞き間違いだろうか。

 綾那はそんな思いを抱きつつ渚に問いかけたが、彼女はニコッと愛想のいい笑みを浮かべて、「何が?」と言ってとぼけている。


(うーん……まだ熱でぼーっとしてるのかな。渚はなんだかんだ、いつも私の味方で居てくれるから……そんな怖い事言うはずないものね。相手の男性が本当にクズだったら容赦しないのかも知れないけど、颯月さんは問題ないから、平気――きっと渚も、良い人だって分かってくれるよね)


 綾那は一人納得したように頷くと、幸せそうに笑った。


「――うん、早く風邪を治して、颯月さんと会いたいな。王都に残ってる皆さんのお仕事も大変そうだし、本当に早く治さなきゃ」


 言いながらいそいそとベッドに横になった綾那に、渚は笑いながら問いかけた。


「飲み物は?」

「あ、目が覚めた時にあまりにも喉が乾いてたから、そこにあったの全部飲んじゃった」

「偉いね。ご飯は食べられそう? お粥でも作ろうか」

「うーん、まだ正直喉が痛くて辛いけど……食べなきゃダメだよね。うん、お願いしようかな」

「分かった。あとさあ……そのキスマークなんなの?」


 流れるように問われた綾那は、グッと体を硬直させた。そして己の首筋を手で撫でると、途端に気まずげな表情になる。


「これは、ちょっと、違くて――渚が思っているような事にはなってないよ」

「なってないなら、普通そんな事にはならないよね? 何をとは言わないけど、完全にヤってるよね――だって綾だよ? 綾にそんな事して、()()()に進まずに踏み留まるような聖人どこの世界線に居るの?」

「この世界線に居ます。これは本当に、そういうのじゃあなくて、ちょっと説明が難しい――不安で、付けずにはいられなかったって言うか……ちょっと人を威嚇したかっただけみたい。結局スカーフ付けて隠してたから、誰にも見せる事なかったけどね」


 まさか、実の父親に綾那を奪われまいとして焦っていた――なんて説明はできない。

 そんなややこしい話を渚に聞かせて、「家庭環境が複雑過ぎるから不安。別れた方が良いのでは?」なんて言われると困る。親がどうとかそういう話はまだ早い。渚にはまず、颯月個人の査定をして欲しいのだ。


 ――そもそも綾那的には、いつまで経っても手を出されない事の方がよほど不満なのに。

 これでも四重奏のお色気担当大臣として活動してきた自負があるのに、綾那の『お色気プライド』は最早ズタボロなのである。


 颯月のガードは、緩いようで堅い。誘惑すれば割と簡単に理性を突き崩せるものの、何はともあれ「魔法鎧(マジックアーマー)」が厄介である。

 あれに篭られては物理的に触れる事が出来なくなってしまい、綾那は手も足も出せなくなるという訳だ。


 正妃の教えで婚前交渉ができぬと言うならば、早く結婚してしまいたい。女がそんな事を考えて、はしたない――なんて事は一切気にしない。

 綾那はそういった事も込みで、颯月の女として誠心誠意彼に尽くしまくりたいのだから。


 綾那がそんな事を考えながら頬を膨らませていると、渚が床からゆらりと立ち上がった。


「いやいや、綾が相手で踏み留まるって――逆に腹立つわ、何様だよアイツ?」

「渚?」

「……なんでもない、お粥作って来るね」


 渚の怨嗟(えんさ)が籠った呟きが綾那の耳に入る事はなく、聞き返しても愛想よく笑うだけである。綾那はきょとんとしながらも「ありがとう」と微笑んで、部屋から出て行く渚を見送ったのであった。



 ◆



「お、ナギ! 颯様と禅さん帰って来たっぽいぞ~」


 渚が粥づくりに必要な材料を取りに一階へ降りれば、元リビングだった空間に陽香が立っていた。彼女は外の騎士達と談話でもしていたのか、外から戻って来たばかりのようだ。


「そうなんだ? 二人がかりとは言え、思ったより早かったな……じゃあちょうどいいや、ヨモギ粥にしよう」

「アーニャの飯?」

「うん。さて、帰って来たならこのまま休みなく働かせるかな――綾が好きなら余裕だよね? 朝までモグサ作らせてやろうっと」


 渚は機嫌よさげに、笑みさえ浮かべながら家の外へ向かって歩を進めた。

 そんな彼女を見ながら、すれ違いざまに陽香が「なあ」と声を掛ける。声を掛けられた渚は足を止めると、不思議そうな顔をして彼女を振り向いた。


「ナギさあ……颯様は一筋縄じゃ折れんと思うから、あんまり舐めて掛かるなよ」

「……何ソレ」

「まあ、直接見た方が早いと思うけどよ……とにかく手強いから、気ぃ付けろ? 下手したら気が晴れるどころか、ナギのストレスが溜まって終わりそうで嫌なのよなあ――」


 陽香は「いつだって割を食うのは、あたしとアリスだぜ……」と嘆きながら、自分が休むための部屋へ入って行った。


「――私が思い通りに動かせなくてイライラするのは、綾だけなのに」


 それと同時に、深く愛しているのもまた事実なのだが。渚は陽香の忠告に首を傾げながら、家の外へ向かった。

いつもお読みいただきありがとうございます。

見に来て下さる皆様のお陰で、前にも増して更新するのが楽しいです^^

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