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後始末

いつも読みに来て下さり、ありがとうございます^^

お陰様で、いつの間にか総プレビュー数が四万を超えていました。

これもひとえに、読みに来て下さる皆様のお陰です。重ねてお礼申し上げます!

 夜の(とばり)が下りた王都アイドクレース。領民はお目当ての服を無事に購入できたのか、すっかり大人しくなっている。

 街中は静かなもので――夏祭りの時とは違い――早くも、いつも通りのアイドクレースに戻ったようだ。


 あの「転移」の男達については、颯瑛と右京が勾留所まで直接運び込んでくれたらしい。

 明臣は、いまだショックを受けている様子のアリスを連れて宿へ戻り、陽香は「もう宣伝動画第二弾の配信は始まってんだ! 視聴者の反応を見てくる!」と言って、変装もせずに大衆食堂『はづき』へ走って行った。


 陽香は、まずルシフェリアに事の真相解明を求めたいと話していたものの――しかし肝心のルシフェリアが姿を現さないのだから、仕方がない。

 彼女は別れ際、綾那に向かって「アーニャ、シアの事をあんまり信用し過ぎるなよ」とだけ忠告して行った。


 そうして皆と別れた綾那は、颯月が待機場所として使っていた天幕まで一人で足を運んだ。

 後片付けが思うように進まないのか、既に舞台の撤収が終わった広場には彼の天幕が残ったままだ。その周りには、くたびれた表情の常駐騎士が数名集まっている。彼らは「お疲れさん」「無事に終わって良かったな」なんて、今日一日の仕事疲れを労い合っているようだった。


「あの……すみません。颯月さんは、まだこちらにいらっしゃいますか?」


 綾那は天幕に近付くと、その入り口を陣取っている騎士に問いかけた。

 パッと綾那に顔を向けた騎士は、幸輝が昼間「ただの駐在騎士よりも上のスゲー騎士」と評していた彼だった。今までとんと接点がなかったのに、一度でも会ってしまえばその後何度も続けて会うのだから――人の縁とは不思議なものである。


(あ、そういえば幸輝の呪いはどうなったかな? さすがにもう、教会に戻ってるよね――澪ちゃんが眷属に狙われるっていう話も、あれ結局なんだっただろう)


 ぼんやりとそんな事を考えながら騎士の返答を待っていると、「雪の精――」と震える声が聞こえてきて、意識を引き戻す。

 綾那よりも高い位置にある騎士の顔をじっと見上げれば、彼はハッとして入口を開けてくれた。


「どうぞ、団長はまだ中に残っておられますから」

「ありがとうございます」


 綾那が天幕の中へ入る際、入り口前に居た騎士の元へ他の騎士がわらわらと集まって行くのが見えた。背後で「雪の」とか「白い」とか、綾那を指すような会話が耳に入ったが、ここまで来てしまえば最早気にならない。


 今日一日で、綾那は色々と突き抜けた気がする。それに何より、本当に疲れているのだ。いちいち「雪の精じゃない」なんてツッコミを入れていられないのである。


(体が怠い……「怪力(ストレングス)」をあんなに連続で使ったの、久しぶりだし――神経も擦り減ったし)


 陽香にパンチされた肩だって、それなりに痛む。早く正妃の説教を受けて、ふかふかのベッドで眠りたい。フラフラと天幕の中に入れば、簡易テーブルで書類を束にして綴じている颯月の姿が目に入る。


 ただ颯月の姿を見ただけ――たったそれだけで、綾那はこの上ない安心感を覚えた。


「颯月さん――」

「綾! 帰って来たんだな、怪我は?」

「ありません、お義父様がずっと守ってくださいましたから」


 颯月は分厚い書類の束をばさりとテーブルの上に投げて、綾那の元まで駆けて来た。そうして逞しい両腕で抱きすくめられれば、綾那は安心感から、このまま眠ってしまいそうな心地になる。


 目元と口元をゆるゆるに緩ませながら颯月を抱き締め返せば、何故か綾那の背を撫でていた彼の手がぴたりと止まった。


「…………綾?」

「はい?」

「アンタまさか、熱があるんじゃあ――」

「……え? いえ、たぶん今日一日色々とあって、疲れただけですよ」

「いや、だが――」


 颯月は一旦身を離すと、大きな手の平で綾那の額、頬、首筋――にはスカーフを巻いているため、そのまま手を滑らせて鎖骨、デコルテの辺りを押さえるようにして撫でた。

「明らかに、いつもと違うような……」と呟く颯月を他所に、綾那はぴくりと体を震わせて目を伏せる。


「そ、颯月さん、あの……あまり体に触られると、期待してしまいます――」

「――クッ! 「魔法鎧(マジックアーマー)」……ッ!」


 颯月は悔しげな表情を最後に、全身鎧に身を隠してしまった。綾那は露骨に落胆した表情を浮かべたが、しかし鎧の冷たい感触に誘われるように、その身をぴったりと隙間なくくっつける。


「ふふー、冷たくて気持ちいい……」

「――綾、やっぱアンタおかしいぞ。あの時の雪で風邪をひいたんだろう」

「平気ですよ。「解毒(デトックス)」もちは、そう簡単に風邪をひかないようにできていますから……それよりも颯月さん、早く正妃様のところへ顔を出しませんか?」

「…………綾が体調不良で、延期という訳には――」

「嫌な事は、さっさと終わらせるに限る――じゃありませんでしたっけ?」


 その言葉に、颯月は鎧の中で「ぐう」と低く唸った。綾那はつい笑みを漏らして、篭手で包まれた颯月の手に指を絡める。


「王宮へ来るように仰っていましたから、維月殿下ともお話できるかも知れませんよ」

「それは、そうかも知れんが……」

「それに――もしかしたら、お義父様とも?」


 自身を無言で見下ろす全身鎧の颯月に、綾那もまた無言のまま微笑んだ。

 やがて颯月は綾那の手を握り返すと、「ああ、嫌な事はさっさと終わらせるに限る」と言って歩き始めた。


 二人で手を繋いで天幕の外に出れば、相変わらず入口付近には駐在騎士がたむろしていた。颯月は彼らを見咎める事なく、既に書類整理は終わっているので、後は天幕を畳んでおくように告げた。続けて、自分は王宮へ顔を出した後そのまま本部へ帰る――とも。


 騎士は姿勢を正して「は!」と短く返事すると、綾那と颯月の背中を見送った。

 ――「団長、なんで「魔法鎧」を?」なんて困惑した声が聞こえて来たのは、きっと気のせいではないだろう。



 ◆



 王宮へ向かう道中で、颯月はそっと「魔法鎧」を解除した。彼は王宮の敷地内へ足を踏み入れる際、いくらか緊張しているようだった。

 やはり長年の教育による弊害なのか――正妃から散々「陛下の神経を逆撫でしないよう、王宮には近付くな」と言われて育ったのだから、ある程度体が強張るのは仕方がないのかも知れない。


 そうして辿り着いた王宮の入口には、近衛騎士数名と共に王太子の維月が立っていた。


「――義兄上! お待ちしておりました!」

「維月――殿下。なんで……いえ、いつからここに?」


 パッと弾けるような笑顔を浮かべた維月とは対照的に、近衛の目を気にしての事か、颯月は義兄としてではなく騎士団長として問いかけた。

 しかし維月は、さりとて気にした様子もなく軽く首を横に振って笑う。


「義兄上、もう俺は人前で堂々と「義兄上」と呼ぶ事を許されましたよ」

「何?」

「今更、義兄上の勘当が解かれる訳ではありません。ただ、陛下――父上が許可をくださったので。勘当されていようが、誰がなんと言おうが、俺は義兄上と血の繋がった義弟です。なんの問題もありません」

「……そうか、陛下が」


 どこか呆然としている颯月に、維月はますます笑みを深めた。そして無邪気な笑顔のまま、颯月とその隣に立つ綾那をまとめて両腕にかき抱いた。

 颯月も綾那も突然の事に瞠目したが、「これでようやく堂々と義兄弟を名乗れる! やった!」と手放しに喜ぶ維月は、確かに十三歳の少年だ。完成した大人顔負けの容貌にそぐわず、無邪気で可愛らしい。


「良かったですね、維月先輩」

「ああ、ありがとう後輩――いや、義姉上。あなたが、父上を散々振り回してくれたお陰だな」

「ふ、振り回されていたのは、どちらかと言えば私だったような……?」


 困惑気味の綾那に、「そうかも知れないな」と言って笑った維月は、やがて二人を解放すると思い出したように口を開く。


「――ああ、それはそうと……母上がかなり怒り心頭です。どうぞお気をつけて、義兄上」


 恭しくお辞儀をした維月を見て、颯月は無言で天を仰いだ。よくよく見れば、その仕草は父親とよく似ている。

 綾那はそれどころではないと思いつつも、「離れて暮らしていたのに、血は争えないのだな」と――どこか微笑ましい気持ちになった。

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