天啓?
「――本っっっ当に、申し訳ありませんでした……ッ!!!」
森の小道を進む一行。その小道の真ん中で見事な土下座を披露しているのは、「転移」の男――ではなく、両耳にカフスを付け直した明臣である。
どうやら彼は、森の中を進んでいる途中である程度マナの吸収が完了したらしい。不意にアリスに向かって「おい、クソげろドブス。さっさと俺のカフス返せ」と暴言を浴びせて彼女を泣かせたかと思えば、それを耳に装着して『異形』を解除した。
茶髪に薄い青目の姿に戻った明臣は、一拍も置く事なく綾那達の進行方向へ躍り出た。そうして先頭に立つと、ガツンと鈍い音を立てながら地面に額をこすりつけたのだ。
以前、散らす方向を誤ってアイドクレースへ魔物を仕向けた事が露呈した際にも、彼は見事な土下座――そして土下寝を披露した。
その時も姿勢が美しいというか、やたらと土下座姿が堂に入っているような気はしていたのだ。恐らく、普段からこうして『異形』モード中の言動を謝罪して回っているのだろう。
「いやいや王子、こっちには優秀な通訳もついてるし、結構面白かったから気にすんなって――なあ、クソげろドブス」
「クソげろドブスじゃないもぉん……! 皆のアイドルだもぉん!」
アリスは、ぴーと泣きながら綾那の胸に飛び込んで来た。先ほどから泣き過ぎているせいで、濃いアイメイクが溶けてドロドロになってしまっている。
綾那は、目元を隠せるよう「水鏡」のマスクを貸与しようと考えたが――ふと思い返せば、ルシフェリアが所持したまま姿を消してしまったため、マスクが自身の手元にない事に気付く。
(シアさん、大天使が借りパクはいけませんよ……!)
消える前に返してくれと言わなかった綾那も悪いが、そう思わずにはいられなかった。
ひとまずぴーぴー泣きじゃくるアリスを宥めるように背を叩いていると、右京から立つよう促されたらしい明臣が、気まずげな表情を浮かべ近付いてくる。
「――姫、その……違うんだよ。私は本当に、姫の素顔がこの世で一番美しいと思っているから……」
「おー、つまり厚化粧してる時は、ドブスって事だな」
「いやっ、そ、決して、そういう意味ではなくて……!」
「どうしてそこで取り乱すのよ!? もういい、明臣なんて知らない! しばらく私に話しかけないでよね!」
「良いじゃねえかよ、スッピンが一番キレーだって言ってくれてんだから。そんな男なかなか居ねえだろ」
「化粧してる私が、一番超絶かわいーに決まってるでしょう!?」
「それはねえよ――あと、そのご自慢の化粧取れてんぞ。直すか剥がすかすれば? ――うーたん、やって(※洗浄魔法でスッピンにして)おしまい!」
憤慨するアリスをぞんざいに扱い続ける陽香は、右京に向かって残酷な指示を飛ばした。しかし彼は「僕、そんな惨い事はできないよ」と言って首を横に振る。
恐らく、アリスが人に素顔を見られる事を嫌い、「裸で鼻歌を歌いながら街中を歩くほどの苦行だ」と評していた事をよく覚えているのだろう。
そうして場を茶化すだけ茶化した陽香は「とにかく、遊んでないで先急ぐぞー」と、一体どの口で言っているのかと思うようなセリフを吐いて歩き始めた。
アリスはいまだ怒り心頭のようだったが、涙だけは止まったらしい。おもむろに鞄の中から化粧道具を取り出すと、森を歩きながら器用に化粧直しを始めた。
舗装されていない道でそんな事をして、もし躓いてコケでもしたら大惨事である。
アイシャドウのチップで目を突いたりしないのだろうか――付けまつ毛がズレて目に刺さったりしないのだろうか。
指摘したところで「こんな顔で人前に出られる訳ないでしょう」と反論されそうなので、綾那はただアリスの様子をハラハラと見守る事しかできなかった。
◆
「転移」もちの男の居場所についてアテもなく森の中を進んで、だいたい二十分が過ぎた頃だろうか。
綾那はふと、先ほどほぼ強制的に「追跡者」の目標として登録された「眷属の血の匂い」を、早々に消してしまった方がいいのではないかと考えた。
別に血の匂いが目標として設定されていても、生活の邪魔になる訳ではないが――なんとなく、気持ちの問題である。文字通り、こんな血生臭いものを進んで保持したいと思わなかっただけの事だ。
こんなものを覚えていても、負傷した眷属が相手でない限り匂いを追う事はできない。目標として残していたって仕方がないのだ。
それに、アイドクレースに戻ったらまた無意識の内に桃華の金木犀混じりの香りで上書きしてしまうだろう。いつまでも眷属の血液探知機として機能する訳でもないのだから――と考えて、その思考に待ったをかける。
(あ、でも……そう言えば最後の一体――「転移」している途中でシアさんが強引にギフトを奪っちゃったけど、あれってどうなったんだろう?)
綾那の『演武』は、陽香の宣告によって六体目で強制終了した。しかし、「転移」はあの後も続いていたのだ。さて七体目が飛ばされてくるぞ――というタイミングでルシフェリアが「転移」のギフトを吸収したため、中断されてしまったのである。
「転移」のギフトは、移動させるものの座標と移動先の座標さえ正確に把握していれば、発動者が物体を目視する必要はない。恐らく「転移」の男達は、リベリアスのどこかに魔物や眷属の保管場所を持っているのだろう。
その場所から、王都の街中へ根気強く眷属を送り続けていた訳だ。
――ところで、「転移」を中断すると移動するはずだった物体はどうなるのだろうか? どこにも移動する事なく元の場所へ留まるのか、全く見当違いの場所へ飛ばされるのか。
いや、下手をすると、もっととんでもない――それこそ物体がぐちゃぐちゃになるとか、バラバラに分かれておかしな場所へ「転移」されるとか、悲惨な状態になるのだろうか。
普段の考えなしの綾那ならば、そんな事は思いもしなかっただろう。しかし不思議と今日に限って気になった。
なんとなくだが、「追跡者」の目標を消す前に、一度この辺りの匂いの確認をした方が良いのではないか。試すのはタダなのだ、やってみる価値はあるだろう。
果たしてそれは、天の啓示だったのか。それとも、今日一日散々やらかしを繰り返したせいだったのか。綾那は、まるで何かに導かれるようにして「追跡者」のギフトを発動させた。
「――わっ」
「どうかしたのか?」
もしかすると、こうして綾那が「追跡者」を発動するところまで、全てルシフェリアの予知――計算の内だったのだろうか。
ここからそう遠くない位置、それこそ五百メートルも離れていない場所に、何故か眷属の血の匂いの反応がある。
これが王都に「転移」され損ねた七体目かどうかまでは分からないが、手の届く位置に居るならばついでに討伐しておきたい。
下手をすると、どこかの誰かを呪い悪魔憑きにした眷属かも知れない。見て見ぬ振りはできないだろう。相手が負傷しているならば尚更だ。
綾那は隣を歩く颯瑛を見やると、「あちらの方角に負傷した眷属が居るようです」と指差した。
「異大陸の『魔法』は、不思議なものが多いんだな。眷属の位置が分かるのか」
「と言いますか――今回はたまたまですね。先ほど、眷属の血液の匂いを覚えてしまいまして」
苦く笑う綾那に、明臣が「惨たらしいものをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした……!」と震え声を上げる。綾那は彼に対し平気でだと断りを入れつつ、この場に居る者に意見を求めた。
「その、「転移」もちの手がかりは今のところないので……ひとまず眷属を処理しませんか? そこに手がかりがあったらラッキー、ぐらいの気持ちで――」
「うん……まあ、人の気配を探知する魔法はないからね。それに眷属が居るなら、きちんと仕留めておきたいかな――ただ、普通眷属ってこんな昼間に活動するものじゃないんだ。もしかすると罠かもよ」
右京の指摘に、陽香が彼の頭に肘を置いてもたれ掛かりながら笑った。右京は「重い」と言って迷惑そうな顔をしている。
「普通居ないモンが何故か居るって事は、まず間違いなく「転移」が一枚噛んでるって事だろ! 罠上等だよ、ビンゴかも知れないじゃん」
「うん、そうだよね……よし、それじゃあ行ってみようか?」
綾那は、同意してくれた一行を連れて、匂いの元まで先導する事にした。




