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不意打ち

 六体目の眷属の処理が終わった所で、いよいよ陽香が「これ以上ヤマもオチもねえ無茶苦茶なイベントを続けていられるか」と焦れたらしい。


「――以上、騎士団広報でしたー! 雪の精に拍手~!! という訳で、動画第二弾もよろしくなー!」


 陽香は、些か強引な口上で領民の意識と視線を集めると、しつこく光っている転移陣などお構いなしに「お帰りはあちら――じゃねえや、お好きな店舗へ向かってどうぞー!」なんて、半ばヤケクソのように叫んだ――かと思えば、舞台上から忽然と姿を消した。

 いや、消したように見えたが、実際のところは「隠密(ステルス)」と「軽業師(アクロバット)」を駆使して全速力で綾那の元まで駆けただけだ。


 観客は陽香が消えるところまでイベントの演出として受け取ったのか、舞台に取り残された正妃と手持無沙汰の司会者に向かって拍手喝采を送った。

 転移陣に近い位置で観戦していた立ち見客の中には、わざわざ綾那に向かって「よかったぞー!」「お疲れ様ー!」と労いの言葉をかけてくれる者まで居る。


 綾那は青白い顔で無理やりに微笑んで、「怪力(ストレングス)」を解除してから民衆へ手を振り返した。しかし、そうして手を振る間にも、転移陣は絶えず光り続けている。


(本当に……っ、もう、本当にしつこい! なんたる執念……!? いや、ここまで来ると、さすがにちょっと頭悪いでしょう!)


 眷属と正々堂々やり合った場合、本来魔法の使えない綾那は不利だ。だが、幾度となく眷属を送り込まれたところで、綾那に「怪力」を使う体力がある限り――そしてルシフェリアの助言がある限り負ける事はない。

 何せ、「転移」で飛ばされた相手が状況把握をして魔法を発動する前に、先手必勝パンチ(もしくはキック)で沈めてすぐさまルシフェリアが回収するのだから。


 確かにもう疲労困憊で、ヴェゼルの善意 (?)が行き過ぎた結果体の震えも止まらなくなってしまったが――それでもまだ戦える。と言うか正直、綾那の戦闘行為もとい暴挙を目撃した領民さえこの場から散ってくれれば、残りは全て颯月ら騎士に任せられるのだ。


(寒い……お風呂に入りたい!)


 綾那はいまだ光る転移陣をぼんやりと眺めながら、憔悴しきった表情で現実逃避し始める。

 既に引いたとは言え、全身汗だくになった体は気持ちが悪い。身を包む服も――颯月に付けられた痕を隠すため首に巻かれたスカーフも、ビタビタだ。

 ビショビショが冷やされてカチコチになって、外気温で溶けたそれはじっとりと冷たく湿っていて、ビッタビタの最悪だ。不快な上に寒寒(さむさむ)のサムである。

 今すぐにでも温かい湯船に浸かりたい気分だった。


 いつの間にか正妃も舞台を降りたのか、マイクに乗せられて届く声は司会女性のものになっている。

 そのアナウンスを聞いた領民は、繊維祭は閉幕したものと理解したらしく――少しずつだが移動を始めた。きっと騎士は、これから死ぬほど忙しくなるだろう。


(いや、待って……()死ぬほど忙しくなられると、すごく困るかも――)


 騎士が忙しくなるという事はつまり、颯月は綾那の傍を離れて職務に戻らなければならないという事である。

 綾那は寒さに凍えぷるぷると震えながら、どうせ「転移」されるまで時間がかかるからと陣に背を向け、颯月の元へ歩を進めた。

 彼は綾那の顔色を見るなり、悪魔憑きお得意の洗浄魔法で服ごと体を綺麗さっぱり洗い上げる。そうして「緑風(ウインドブレス)」を発動すると、冷えた体に温風を送ってくれた。


 颯月は、いまだ震える綾那を抱き寄せようと両手を広げてくれたが――しかし、「軽業師」で駆けて来た陽香が綾那の肩をグン! と力強く掴む方が早かった。


「――オイコラ、ゆるふわゴリラァッ! 後で舞台裏こいや、お前がどれだけ考えなしのバカか、骨の髄まで分からせてやんよぉッ!!」

「はっ、はいすみません……っ、私がゆるふわゴリラです……っ!!」


 綾那の身体が震える原因は、寒さだけではなくなってしまった。ゆるふわと呼ばれようが脳筋ゴリラと蔑まれようが、今回ばかりは遺憾の意を唱える事ができない。

 陽香は盛大に舌打ちをすると、涙目でぷるぷるガタガタと震える綾那の肩を突き飛ばすように強く押した。


 突き飛ばされた綾那はよろめき、そのまま颯月の腕に抱き留められる。彼は陽香に非難するような目線を送ったが、しかし今は身内で争っている場合ではないと判断したのか、ただ黙って安心させるように綾那の背中を撫でた。


「なんっか、色々と聞きてえ事だらけなんだけど……とりあえず、コレ! さっさと「転移」のバカをなんとかするぞ!! アリスごと移動すりゃあ、これ以上この場所に眷属「転移」し続けようなんざ思わねえだろ! 街中じゃあ、どうしたって『やらかし』誤魔化すためにアーニャが相手し続けるしかなくなる……! 相手の残機あといくつなのか知んねえけど、このままじゃあラチが明かねえんだよ! クソ鬱陶しい!!」


 吠えるようにまくし立てる陽香に、颯月は眉を顰めた。


「オイ待て、そもそもこの騒ぎ――確か前、桃華に悪さしようとしたヤツらの力だよな。今回はアリス目当ての犯行なのか? それで、綾がこんな苦労をするハメに?」

「元々「転移」のヤツらは、アリス目当てであたしらをリベリアスに落としてんだよ。まず間違いねえっつーの! ――あと苦労っつっても、アーニャのはほとんど自業自得だからな!?」


 陽香は、あえて「シアの予知で事前にだいたい分かってた」とは口にしなかった。下手にリベリアスの住人に暴露した結果、この世界が崩壊する――なんて事になったら困ると、よく理解しているのだろう。


 ただ、既に色々と察しているらしい颯月は「自業自得なもんか、創造神の言う通りに動いた結果だろうが」なんて言って綾那を庇った。しかし陽香の対応は「うるせえぞ、色ボケカップル!」と取り付く島もない。


「とにかく、シア! どうすりゃ良いんだよ、リベリアスのヤツらに話を聞かせたくねえってんなら、アーニャとアリスと三人で移動するけど!?」

「えぇ~……三人だけで移動するのはオススメしないよ。いくらいけ好かない子だからって、()()はさすがに目も当てられないって言うか~……」

「ア、アレってなんなのよ、マジで!? ――冗談じゃないわよ! 安全が確保できるまで、私は絶対に明臣から離れないからね!!」


 明臣の背後から顔だけ出したアリスがキッパリと宣言すれば、ルシフェリアは「それがいいと思うな」と頷いた。陽香は「いや、少しは街の人間の事も考えてやれよ……」と、至極真っ当なセリフを吐いている。


 そうして言い合いをしている間にも、転移陣は光り続けた。七体目が送り込まれてくるまで、あと残り一分ほどだろうか?

 終了を宣言したからには、これ以上この場へ眷属を「転移」されるのはまずい。


 領民は口々に「まだ光ってる」「しかし、不思議な魔法だったな~」なんて呑気な感想を言いながら、ノロノロと移動している。

 これだけの人混み、スムーズに移動できなくて当然だ。そもそも混乱を避けるため、退場規制のようなものまで設けられているらしい。いや、観客の安全のためにあって当然なのだが、お願いだから一刻も早くこの場を離れて街中へ散って欲しい。


「颯月さんは、その……もう天幕に戻らないといけませんよね? 街の皆さん、これから買い物を始める訳ですし――」

「冗談だろう? 俺は、綾が危険だと知りながら呑気に働いていられるほど鈍くない」

「とても、()()()過ごせる職務内容ではありませんけどね。ええと――この「転移」、表向きはあくまでも映像イベントとして扱ったものですから。それを今更「実は本物の眷属なので、騎士に処理してもらいます」と言っちゃうと……私、いよいよ逮捕待ったなしになるのでは――」


 綾那が眉尻を下げると、颯月はグッと言葉を飲み込んだ。恐らく綾那の言う事は正しかったのだろう。

 ほんの数十分前に盛大な『やらかし』をしただけある。いくら綾那でも、「どうやら考える前に動くとやばいぞ」と学んだのだ。


 どうしたって、次の眷属が「転移」してくるまでに領民の移動は間に合わない。それに、この場へ残ったのが騎士ばかりになったとしても綾那の窮地は変わらない。

 いくらアイドクレースの騎士が颯月の部下だと言ったって、今日見た事を全員に忘れさせて箝口令(かんこうれい)を敷くのはやり過ぎだ。職権乱用にも程がある。


 婚約者が法律違反した履歴を握り潰すなど、そんなとんでもない不正を堂々と行う騎士団長は嫌だろう。誰もついて行きたくないに決まっている。

 いや、まあ――通行証を持たない綾那を王都へ密入国させた事から始まり、必要に迫られたとは言え家屋への不法侵入を見逃したり、戦闘行為を見て見ぬ振りしたり。颯月のやっている事は、既にグレーゾーンを超えて完全にアウトなのだが。


「うーん……そうだなあ。君達のお陰で、なんだか色々と楽しい事になったし――もうそろそろ良いか」


 不意に呟かれたルシフェリアの言葉に、綾那は首を傾げる。相変わらず、ふんわりぼんやりとした抽象的な言い回ししかしてくれないため、何が「もう良い」のか分からない。


 仮面の少女は答える事なく、おもむろに両手の平をパチン! と拍手(かしわで)を打つようにして叩いた。すると、地面に敷かれて眩い光を放っていた転移陣が、フッと霞のように消え失せる。


「えっ」

「は――?」


 綾那と陽香が、ほぼ同時に呆けた声を漏らした。ルシフェリアは口元に笑みを浮かべたまま、「ふー、やれやれ」と、まるで一仕事終えたようにぐるりと肩を回している。


「お――おいシア。お前今、何したんだ……?」

「んー? 悪さをしていた「転移」の余所者のギフトを、全部吸い取っただけだよ? これであの余所者は、僕が力を返してあげない限り二度とギフトを使った悪さができないね」

「は……っいや、ちょっ――お前、そもそも自分では手を下せないって話じゃあ……!」

「元は王都に潜伏していたみたいだけれど、旗色が悪いと思ってかなり逃げてるから――現在地は、東の森かな。ああ、僕が飛ばした眷属も、皆東の森の入口付近に落ちているよ。誰でも良いから、逃げ出す前に全部仕留めた方が良いと思うなあ」

「――だっ、誰でも良いんですか? それは、私達じゃなくリベリアスの方でも構わないと……?」


 放心状態の綾那の問いかけに、ルシフェリアはなんでもない事のように「うん、そうだよー」と軽く頷いた。


 これは一体、どういう事なのか。ルシフェリアは確か、創造神である己がリベリアスの住人に深く関わり過ぎると、世界が崩壊するとかなんとか言っていたはずだ。

 そう言った理由から余所者の綾那達にしか『予知』を伝えられず、更に余所者の行く末しか見えず――駒のように指示して動かせるのも、余所者のみであると。


 しかし、今ルシフェリアがした行いはそれらの言葉に矛盾している。

「転移」のギフトを吸収するのはまあ、相手が余所者だから良い。だがそうする事によってルシフェリアは、間接的とは言え、自身の力で王都を救っていないだろうか?


 しかも飛ばした眷属と「転移」もちの居場所まで教えて、誰でも――リベリアスの住人でも構わないから倒しに行けば良いなど、それはもう、滅茶苦茶に深く関わっているのではないか。予知までべらぼうに告げている。


 東の森に居るという元「転移」もちだって――ギフトを失えば、牢獄から抜け出す事が叶わなくなるはずだ。こうなってしまえばもう、リベリアスの住人でも十分に勾留できてしまうだろう。


「ま、待てよシア。お前、言ってる事とやってる事が無茶苦茶じゃねえか? どういう事か、ちゃんと説明し――」

「あーあ、働いたら疲れちゃった。僕は少し休む事にするよ」


 なんでもない事のようにツラツラと説明して「じゃあね」と大きな欠伸をするルシフェリアに、陽香が「いや、だから待てって!?」と声を荒らげた。

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