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救いの実況者

「待て、創造神。これ以上はさすがに誤魔化しが効かなくなる。綾は下がらせた方が良い、眷属の相手は俺がやる」

「えー? 今更下げたって、もう手遅れでしょう。これだけ大勢の目撃者が居るんだよ? いっそ、このまま綾那(その子)一人に任せるべきだと思うね」


 綾那は既に、多くの野次馬が見守る中堂々と法を犯している。それをこの大天使と来たら、後に続く眷属ラッシュに備えろどころか、全て()()()無力化しろと言うのか。

 確かに、眷属が悪魔憑きの颯月や明臣に怯えて近付きたがらないというのは分かる。しかし、彼らの目前――もといアリスの周囲に「転移」され続けるこの状況下であれば、そのような特性はさして問題にならないのではないだろうか。


「アンタ――また予知だかなんだかで綾を振り回しやがったな?」

「振り回しているつもりはないよぉ、僕は君たちをよりよい未来へ導いてあげているだけ……でも、そうだね。その子はいつだって僕のお告げを信じて正しく遂行してくれるから、お気に入りなのさ」

「そう言われましても……」


 恐らくルシフェリアは、「街がパニックに陥る前に、自分の助言通りに動いて脅威を排除しろ」と言いたいのだろう。しかし、仮に眷属が逃げ惑い討伐に手間取った所で、澪が害されるとは考えづらかった。

 今この近辺で唯一と言ってもいい、弱い子供。彼女が狙われたら危険と言ったって、澪の周りには悪魔憑きの子供が二人――いや、右京だって共に居る。その上、眷属が悪戯を仕掛けたくて仕方なくなるという光属性に長けた静真も一緒なのだ。


(それでもわざわざ私に動けって言うのは、やっぱり王都の人がパニックになって怪我をしないように? いや、私が対処したところでますます混乱するばかりでしょうに――ただでさえ法律違反のトンデモ女と思われているのに)


 そうして綾那が考え込んでいる間にも、背後では転移陣が光を放ち続けている。ルシフェリアに吸収されてギフトの力が弱まっているせいか、どうも「転移」が発動するまでの感覚が長い。それでも、あと数十秒もすれば新たな眷属が飛ばされてくるだろう。


 野次馬は慌てふためいた様子で、「何が起きているのか分からないが、この場から離れなければ危険だ」と踵を返し始めている。

 とにかく離れよう、舞台側へ逃げようと考える者が多いのか、押しくらまんじゅうのような状態で移動する観客。いずれ、彼らがドミノ倒しになるだろう事は想像に難くない。


(ああ、もう! ほんの数分前に戻れればなあ……! 誰か、なんとかしてくださーい!)


 あれほど人間を大切に思うルシフェリアが、何故綾那にこんな真似をさせたのか全く分からない。夏祭りの時は「パニックになって怪我でもしたら可哀相じゃあないか」と言っていたくせに、一体どういう心境の変化なのだろうか。


 とにかく、これからも眷属や魔物が「転移」され続けるというならば、街の人間――そしてアリスや澪の安全のために戦うのは一向に構わない。ただ、どうしたってこの国には「女性の戦闘行為を一切禁止する」という法律がある。

 綾那は眷属を退ける度に、褒められるどころか犯罪者街道を爆走するハメになってしまうのだ。


 ――誰か助けて欲しい。あわよくば、時間を巻き戻して欲しい。

 綾那はそんなどうしようもない事を考えながら、再び「怪力(ストレングス)」を発動するために身構えた。


 すると突然、どこかあらぬ方向に目を向けていたルシフェリアが「ブハッ」と噴き出す。一体、何がそんなにおかしいのか――こちらは全く笑えないのに。綾那が怪訝な眼差しを向ければ、ルシフェリアは震える声で「ご、ごめんごめん」と謝罪する。


「いやいや、あの赤毛の子が……ホラあの子、目が良いじゃない」

「陽香ですか? それはまあ、「千里眼(クレヤボヤンス)」がありますからね」

「うん。だから、舞台の上に居ても君の事がよく見えていたみたいでね――「いつも後先考えずに動き回ってんじゃねえ。問題ばかり起こしやがって、少しは自重しろよこの脳筋ゴリラ」なんて考えながら、震えているのが面白くてさ」

「どっ、どこが面白いんですか! めちゃくちゃ怒ってるじゃないですか!?」

「あ、ちゃんと脳筋ゴリラの自覚はあるんだね」


「肩パンチどころじゃ済まないかも知れない!」と嘆きながら頭を抱える綾那の傍で、ルシフェリアは――目測で二百メートル以上距離のある――舞台へ向かって、ヒラヒラと手を振った。

 時に頷き、時に首を横に振る様子から、もしかすると離れた陽香の思考を読む度に返事をしているのだろうか。


「千里眼」をもつ陽香ならば、ルシフェリアの出すサインを見逃さないだろうが――果たして、どんな会話をしているのやら。綾那に対する罵詈雑言でない事を祈るばかりだ。


 綾那が神に祈るように両手を組んでいると、マイクに乗せられた陽香の声が舞台から届いた。


「はーい皆さん、注目~~!! 驚かせてしまってすみません、『広報』の宣伝を兼ねたゲリライベントが始まりましたぁ!!」

「――えっ」


 綾那は、突然のアナウンスに瞠目した。陽香の呼びかけに、恐慌状態にあった領民がぴたりと足を止めて、舞台上の彼女を注視する。

 少々距離があるため、「千里眼」をもたぬ綾那にははっきりと見えない。しかし舞台に立つ陽香は堂々としていて、このトラブルに全く動じていない。

 それは、とてもコレが不測の事態だとは思えない――王都を攻撃する襲撃者の存在など一つも感じられない、皆に安心感を与える姿だった。


「やーやー! 驚かせようと思ってサプライズを用意したんですが、さすがに飛ばし過ぎましたね! 誰もケガしてないですかー? もし居たら必ず申し出て下さいねー? 慈悲深くて懐も深いウチの騎士団長が、医療費を負担しまーす! 何せ、団長は金払いが良いんでね! 『広報』には彼の婚約者もおりまして! 頼めばいっくらでも金出してくれるんスわ!!」


 どこまでも明るい陽香の喋り口調に、領民はホッと胸を撫で下ろしたようだ。それどころか、栄えある騎士団長を(てい)のいい財布扱いするような言葉に、笑みを漏らした者さえ居る。


 陽香はそのままハキハキと淀みなく、()()()()()()()の説明を始めた。


「はい! それでは、早速ですがあちらの光る陣が見えますでしょうか? 異大陸の特殊な魔法を駆使した『ホログラム』でございます! 近くに居た方はよく見えたと思いますが、先ほど空中を舞った牛――アレは、眷属を()()()()()()()()()です! 宙へ舞ったのち幻のようにかき消えたのが、何よりの証拠ですねー。アイドクレースの広報と言えばやはり、映像技術に力を入れておりますのでね、ええ!」


 陽香の説明に、領民は「確かに凄いリアルだったけど、下に居たって血も何も降って来なかったな」と確認し合っている。

 牛の眷属は、綾那に空中高くへ蹴り上げられたのち忽然と姿を消した。ただ蹴っただけなので確実に仕留めた感触はなく、てっきり「転移」の男達が「殺されたら(かな)わない」と、慌てて回収したのかとも思ったが――しかし、それにしては手際が良すぎた。


(そうか。シアさん、「後始末は任せて」って――)


 綾那がちらとルシフェリアを見やれば、口元を緩めたまま「僕が別の場所へ飛ばしたんだよ、後でちゃんとトドメを刺しに行こうね」と囁いた。

 つまりルシフェリアは、ここまでの流れを――綾那のやらかしを陽香が上手く誤魔化して、フォローするところまで見越した上で眷属を蹴り上げさせた。そして、すぐさま自身の力で別の場所へ飛ばしたという事だ。

 しかもその一連の流れを、まだ繰り返すつもりでいる。


(さっきの牛は、どうしてもあのタイミングで無力化しないとダメだったって事……? 出て来て早々、澪ちゃんの居る天幕へ突っ込んで大変な事になっていたとか? だからシアさんの予知を聞いても問題ない私が討伐班に選ばれて、戦闘行為を正当化するために、陽香には私を「助けて」と伝えていた――)


 詳細な説明がない以上は予想する事しかできないが、やはり何かしら理由があってのこの無茶振りなのだろう。しかも、綾那が考える前に動く人間だったからこそ通じたような、お粗末極まりない無茶振りである。


「そもそも、リベリアスには「女性の戦闘を禁止する」という法律がございますよね! 先ほど牛を蹴り上げたのは紛れもない女性ですが、ご安心を! ()()なので法律には抵触しておりません! そして彼女は異大陸出身のため、武術の心得があります! 本日は『広報』兼騎士団の宣伝ということで、ホログラム――映像を使った演武をお見せしようと思いますよ! 臨場感溢れる音と共に、心ゆくまでお楽しみください!」


 身内の綾那でさえ、よくこの短時間でそこまでスラスラと嘘が出てくるものだと感心してしまう。


 綾那の目の前にある転移陣は光が収束し始めており、次が現れるのも時間の問題だ。再び「怪力」のレベル4を発動させれば、非難とは違う「おおっ!」と期待の入り混じるどよめきが上がった。


 陽香は一度も言葉を詰まらせる事なく、綾那を逮捕の窮地から救うために弁舌を振るい続ける。


「彼女は広報で働く一員で、何を隠そう、我がアイドクレース騎士団団長の寵愛をモノにする婚約者! 雪のように真っ白な肌を始め、全体的に色素が薄く儚げな存在感――誰が呼んだか、付いた通り名は『雪の精』~!!」

「……うん?」


 熱のこもる陽香の実況に、綾那は思い切り首を傾げた。何やら、話がおかしな方向に転がろうとしていないか――と。


 そもそも、雪の精だなんだという噂を陽香に上書きしてもらうはずだったのに、何故他でもない彼女が掘り返しているのだろうか。

 あと、実は多くのファンを抱える颯月の婚約者だなんて公言した上に全力で顔バレして、街の女性から刺されるのは陽香ではなく、綾那なのではないだろうか。


 そんな不安を抱く綾那をよそに、領民は陽香の実況に惹き込まれるように、生唾を飲み込んで聞き入っている。


「まあ正直、長年正妃様という唯一無二の『美の象徴』を掲げているアイドクレースではウケが悪いかも知れませんが……訳あって勘当された身とは言え、彼女は元王太子である騎士団長の婚約者! つまり正妃様は、未来の義母にあたるお方です! ねっ、正妃様! 正妃様はあの二人と大変仲睦まじいとお聞きしましたよ! ささ、可愛い未来の義娘に応援メッセージをお願いします!!」

「ええっ!? え、ええと――綾那、怪我のないようにしなさい! あと人を驚かせるのは良いけれど、せめて私には一言説明なさいよ! 怪我人が出て責められるのはお前と颯月でしょう!? 後で二人揃って王宮へ来なさい、良いわね!?」


 なんの前触れもなくマイクを寄こされた正妃は、目を白黒させながらも綾那を叱咤激励する。

 その瞬間、領民がワッと爆発的に沸いた。何せここでは、正妃の言葉がアイドクレース民の総意のようなもの。いくら綾那の体形がアイドクレース向きでなかろうが、正妃が認めればそれは『よいもの』に変わってしまう。


 つい先ほどまで「女性が――」「処罰は免れない――」なんて囁いていた者達が、途端に手の平を返して綾那を応援し始めた。


「綾……アンタの演武なら、俺は手出ししない方が良いんだろうが――万が一にもケガをしそうになった時は、黙ってないからな」

「颯月さん、ありがとうございます――あと、ええと……あの、本当にごめんなさい。なんだか私達、後で正妃様に呼び出される事が確定してしまったみたいで――」

「……言うなよ。聞こえなかった事にしようとしてるのに」


 颯月は途端にげんなりとした表情になると、綾那を抱きすくめた。後ろでまた領民がワッと盛り上がったような気もするが、色々とムチャクチャ過ぎて、最早気にしていられない。


 これはもう、さっさと眷属を処理して「転移」の目論見を潰すのが一番だ。アリスや領民の安全が確保できたら、次は颯瑛や竜禅の問題を片付けて――最後のしめくくりは、正妃の説教。いや、綾那の場合は陽香の説教も加わるだろうか。


 綾那は、「怪力」を発動中のため抱き締め返すのではなく、颯月の背を軽く撫でるだけに留めた。そうして彼の腕から抜け出ると、転移陣を振り返る。

 新たに現れた眷属と対峙すると、純白の篭手をギシリと握り締めたのであった。

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