ショック
昨日更新した内容が前話とダブッていたため、上げ直しました!
申し訳ないです><
「――あら、綾那」
天幕へ戻った綾那は、その入り口周辺で子供達と遊んでいるアリスの姿を見て大層ショックを受けた。続いてその場でふらりとよろめくと、唇を戦慄かせる。
「ア、アリス、どうしてここに……撮影は――?」
アリスが陽香の撮影をしてくれていると思ったからこそ、綾那は舞台の見学をすっぱりと諦めてここまで戻ってこられたのだ。だと言うのに、彼女はこんな所で一体何をしているのか。
綾那は思わず桃色の垂れ目をじわりと潤ませたが、アリスは胡乱な眼差しを向けた。
「すぐそこまで身の危険が迫ってるかもって言われて、悠長に撮影なんかしていられないわよ。明臣プラス颯月さんの近くに居れば、怖いものなしじゃない? ダブル悪魔憑き――いや、キッズ達も合わせたらクアドラプル悪魔憑きよ。もう勝ち確だわ――「転移」がなんだって言うの、来るなら来なさいって感じ」
「そ、そんな……! いつから? もしかして、最初から撮影してないの?」
「いや……一応、陽香が出てきたところまでは撮ったけど」
淡々と告げるアリスに、綾那はますますショックを受けた。
「その後は!? 私、その後ほとんど見られてない! 完全にアリス頼みだったんだけど……!」
「――ちょっと綾那、アンタいつからそんな動画命になったのよ。人命が最優先でしょう、全く陽香じゃあるまいし、死ぬまでカメラ回してろっていう訳? その内、「前代未聞の大型台風上陸! 防波堤に行ってみた結果、海難救助隊にお世話されたンゴw」とか、バカみたいな動画撮りだすんじゃないの? ホント勘弁してよね」
そう言って肩を竦めるアリスに、綾那は色々な意味で落ち込んだ。
動画ジャンキーと言っても過言ではない陽香のようと評された事は辛いし、正に綾那が陽香について「いつかこんな動画を撮りそう」と危惧していた事を、アリスから指摘されたのもショックだ。
それに何より、陽香と正妃の姿を最後の最後まで見届けたかったのに――それが叶わないとは悲しすぎる。
「どこかで、見逃し配信しないかな……」
「そもそもテレビ番組の概念すらないんだから、無理でしょ。良いじゃん、後で陽香本人にどうだったか聞けば」
アリスの回答はにべもない。綾那はがっくりと肩を落としたが、しかし言われてみれば確かに、最優先すべきはアリスの身の安全である。
陽香のステージングについては、ひとまず一番盛り上がったであろう登場シーンを生で見られたのだから、よしとしなければならない。
涙の滲む目尻を拭っていると、アリスと手を繋ぐ朔が不思議そうに首を傾げた。
「アーニャ、そのおねーちゃん誰?」
「うん? ああ、この人はシ――……じゃなくて、ええと」
朔が聞いたのは、もちろん綾那と腕を組んでいる仮面の少女――ルシフェリアの正体だ。
綾那は危うく「シアさんだよ」と言いかけて、口ごもった。ルシフェリアの正体が創造神だと知っている者が相手ならばまだしも、朔の知る『シア』は三歳男児なのである。
それがちょっと目を離した隙に十四歳の少女になって戻ってくるなど、意味が分からないだろう。
ちらりとルシフェリアを見やれば、彼女は僅かに口元を緩めて「ルーで良いんじゃあないの」と囁いた。
「この人はルーさんだよ、私のお友達」
「へえ、そうなんだ! ……シアは? シアはお家に帰ったの?」
「うん、帰ったよ」
ようやく自分よりも幼い子供が居なくなって、大人の関心を独り占めできると思ったのだろうか。朔は「そっか!」と言って笑みを浮かべたが――しかし、すぐにその表情を陰らせた。
アリスが「朔?」と呼びかければ、彼はもじもじしながら「僕の方がお兄ちゃんなんだから、シアともうちょっと遊んであげれば良かったかなって」と呟いた。
自身の『シア』に対する態度があまり褒められたものではなかった事を、しっかりと理解しているのか――朔は眉尻を下げている。
「颯月の親戚なら、また遊びに来るだろ。その時に遊べばいいんじゃあねえの」
「ってか、「パパ」って言ってたけどな」
励ますように朔の肩を叩く幸輝と楓馬に、綾那は苦笑して「あれは、シアさんがふざけていただけだよ」と弁解する。アリスはすぐさま『ルー』の正体がルシフェリアだと気付いたらしく、小さな声で「ホント便利よね」と呟いた。
「なあ右京、戻って来たならお前もミサンガ作れよ! 楓馬のヤツ、超下手くそなんだぜ」
「え、僕も? うーん、上手くできるかなあ」
「いや、別に楓馬は下手じゃあないわよ? 色選びのセンスが壊滅的なだけ」
「ちょっと待てアリス、そのフォローの方が傷つく」
「ふーまは、ミオに教えてもらったらいいよ」
そう言って笑う朔に、楓馬は「自分で編めないヤツが言うなよ」と言って彼の頬を引き伸ばした。じゃれ合う子供達を尻目に、アリスは綾那の傍に近寄って声を潜めた。
「――なんか、ショーの閉幕が相当押してるっぽいのよ」
「あれ、それってもしかしなくても……」
「陽香が下手に盛り上げているせいでしょうね。それで、普通だったらここに集まったお客さん皆街中へ走り出してる時間帯なのに、誰も移動しないんだって」
「ああ……良いんだか、悪いんだか――」
「騎士にとっては、致命的なんじゃないの? 何にしたって、街の人が満足の行く買い物を終えて、落ち着きを取り戻すまでは仕事が終わらないんだから……残業確定よ、残業」
「ますますブラックに磨きがかかっちゃうって事か……それが原因で、こんなに騎士の方が集まっているの?」
綾那はちらりと天幕を覗いた。もうすぐ訪れるであろう『魔物の氾濫』に備えているのか、天幕の中にも外にも多くの騎士が集まっている。
今はまだ舞台を盛り上げる正妃と陽香に夢中になっているようだが、例年であれば既に領民の暴走が始まっている時間帯。騎士はどこか手持無沙汰な様子だが、しかしその表情には僅かな緊張の色が浮かんでいる。
つまるところ、領民が暴走するタイミングが大幅にズレてすっかり読めなくなったせいで、彼らは例年以上に身構えているという事だ。
何せ、まだマイクに乗せられた陽香達の声と、領民の歓声は鳴りやまない。どのタイミングで閉幕するのか――そもそも、アレは無事に閉幕するのだろうか?
(ちゃんと皆、服を買うために移動してくれるのかな……さすがに、この場に留まって陽香の出待ちをするとか――興に乗った陽香が、思い付きでイベントを始めたりしないよね?)
うーんと唸って目を細めた綾那を、右京が「水色のお姉さん」と呼び掛ける。
「僕ちょっと、皆と遊んでくるけど……あまり天幕から離れないでね。なんか、オネーサンのせいでダンチョーも暇みたいだから、今だけ交代」
「え? 颯月さんがですか?」
右京は綾那の返事を聞く前に、子供達を全員連れて天幕の中へ入って行った。それと入れ替わるように、中から颯月と明臣が現れる。
彼は綾那を見付けて目元を甘く緩ませたが、しかし腕に絡みつく仮面の少女に気付くと、途端に怪訝な顔つきになった。
「綾、創造神は? ――いや、アンタ創造神か」
「そうだよ、よく分かったね」
「なんで、そうやってすぐに大きくなるんだ……こんなでかい子供はさすがに無理があるだろう? 縮んでくれ」
「いや、別に僕、君の家族ごっこに付き合うために存在している訳じゃあないんだけれど……全く、僕とした事がおかしな喜びを教えてしまったなあ」
呆れるように肩を竦めるルシフェリアに、颯月はこれ見よがしに大きなため息を吐き出した。
「それで、今度はどこの誰の姿を模しているんだ? ……綾とは顔が違いそうだな」
「秘密~、あとで教えてあげるよ」
「颯月さんもご存じない方なのですね」
「ああ――まあ、顔が見えん事にはなんとも言えんがな」
綾那は小さく嘆息すると、胸中で「実は、颯月さんの元カノかもって思っていたんだけれど……ひとまず良かった」と胸を撫で下ろした。
ルシフェリアが顕現する際、必ずしも姿を模す相手が目の前に居る必要はないようだ。恐らく、ルシフェリアの記憶にある人間の姿を再現しているのか――綾那の姿を模す場合は、本人の記憶を覗いたのではないだろうか。
「どこの誰だか知らないけど、でも颯月さんが好きそうなタイプよね」
「………………まあ、将来有望そうだって事は認めよう」
「――ほらぁ! シアさん! いや、ルーさん!! だから言ったじゃないですか、もう少し痩せた人になってくださいって! 浮気されちゃうでしょう!」
「いや違う。綾、違うぞ。これは別に浮気じゃない。俺はただ、良いものを良いと正しく認めただけだ。だからと言って手を出そうなんて、欠片も考えてない」
「ねえ颯月さん。綾那の独占欲と嫉妬って結構なレベルだから、もう少し言動に気を付けた方が良いわよ。その内、手首切り始めるかもだし」
「い、いや、さすがにそこまではしな――しないと……思うけど……」
「待て綾。そこで自信を無くすのだけは止めてくれ、頼む」
「ああもう、本当に手のかかる子達だなあ……」
綾那達のやりとりに、ルシフェリアは呆れ声を上げた。そして細く息を吐き出したのち、改めて颯月を見やる。
「ねえ君、確か今日うさぎみたいな女の子が居たよね。まだ天幕に居る? ちょっと様子が見たいんだけど」
「うん? 澪とかいう、小さいレディの事か?」
「ええと……確か、そんな名前だね。僕一人で天幕に入ると目立つから、君がエスコートしてよ。少し見るだけだからさ」
ルシフェリアはそう言うと、颯月に片腕を伸ばした。そのまま「早く手を取れ」とでも言うようにグッと腕を突き出したが、しかし颯月は複雑な表情を浮かべて、ルシフェリアを見返している。
「……綾が嫌がる」
「嫌がらないよ」
「いや、明らかに嫌がってる」
「――ちょっと君。今すぐその涙目と、下唇を噛みしめるのをやめなさい」
ハッキリと注意された綾那は、目をうるうると潤ませながら「ふぐぅ……っ」と声を漏らした。震え声で「ひ、ひとつも嫌がっていまぜん゛っ……!」と強がれば、呆れ顔のアリスに頭を抱き寄せられる。
いくら中身がルシフェリアだろうが、やはり愛する颯月が自分以外の女性に触れるのは辛い。しかし、きっとこれも『予知』に関わる事なのだ。澪の何がどこへどう関係しているのかは全く分からないが、ここは黙って見送るしかない。
「ほら、あの子は平気そうだから、行こうよ」
「……あれのどこが、平気そうなんだ?」
「もう、うるさい。早くして、今後二度と子供役してあげないよ」
「今それを引き合いに出すのは狡いぞ――綾、あとでちゃんと話し合おう。そう遠くない未来夫婦になるんだ、こんな事が起きる度にいちいち不安にさせたなくない」
「――いや、そういう話は渚の了承を得てからにしてくださる?」
綾那を抱えたまま胡乱な眼差しを向けるアリスに見送られて、颯月とルシフェリアは天幕の中へ入って行った。そうしてアリスが綾那の後頭部をポンポンと叩いていると、横で見ていた明臣が笑みを漏らす。
「姫は本当に、ご家族と仲が良いんだね」
「当然よ、生みの親よりメンバーの顔を見てるんだから……てか、そもそも親の顔を知らないんだけど」
「ああ……ええと、私も親の顔を知らないから、お揃いだ」
「お揃いって。ふふ、こんな気まずいお揃いで笑っていて良いのかしらね」
アリスと明臣は顔を見合わせて笑っていたが、しかしふと何かに気付いたらしい明臣が僅かに目を瞠った。何故だか天幕の周りに居る騎士もざわついていて、気を付けの姿勢を取っている。
アリスが首を傾げれば、明臣はある一点を注視したまま口を開いた。
「――国王陛下らしきお方が、こちらへ向かってくる気がするんだけれど……」
「ええっ!?」
「お、お義父様――陛下がですか?」
まだ舞台の方は騒がしいし、領民が移動している様子もない。
つまり陽香達のショーは今も続いており、その状況で最前列に座っていた国王が席を立つとは思えない。そもそも国王が、こんな所へなんの用があるというのか。
綾那は顔を上げてアリスから身を離した。
しかし明臣が見ている方向を見やれば、確かにこちらへ向かって真っすぐ歩いてくるのは、顔の下半分を布で覆い隠した――身長二メートルを超える大男、颯瑛だった。




