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子育ての苦労

ブクマ評価コメント、いつも本当にありがとうございます!

日々の創作の糧になります^^

 控え室にて「互いに注意して繊維祭に臨むべし」という結論を出した一行は、ひとまず解散した。心構え意外に備えるものがないのだから仕方がない。


 ルシフェリアは最後まで事の詳細を話してくれなかったが、それでも「ショーの()()()()()注意すると良いと思うよ~」という助言をしてくれた。

 ゆえに陽香は、ひとまず自身の出番に集中出来るだろうし――それは、撮影者であるアリスもまた同様だ。


 ショーに出る陽香と、衣装メイク撮影班のアリス、そして彼女の補助係である明臣は会場に残る。綾那はルシフェリアと右京を連れて、颯月が待機する天幕まで戻る事にした。


 陽香は本日、ショーを成功させて領民の注目を攫うだけではなく、周囲に対して「正妃と仲が良いんだぞ」という事をアピールしなければならない。

 そうでなければ、繊維祭終了後に大衆食堂で広報動画の第二弾を配信できないからだ。


 ちなみに、颯月がそれとなく正妃に話を通してくれているようで――自ら苦手な正妃へ助力を乞うなど、彼にとってはこの上なく恐ろしいチャレンジであったに違いない――陽香はショーが始まる前に正妃の控え室へ行って、世間話の一つでもして親交を深めると言っていた。

 どうせなら仲が良い()()よりも、実際に仲良くなる方が良いに決まっている。


 ――「陽香はただ美しいだけではなく、正妃とも仲の良い広報係である」「そんじょそこらの女性では太刀打ちできない、非の打ちどころのない存在だ」「彼女ならば見目麗しい騎士に囲まれていても仕方がない」

 こうしたイメージを視聴者に植え付けられなければ、下手をすると彼女は、第二弾配信後強火ファンに刺されるだろう。


 綾那としても、なんとか素晴らしいショーにして欲しいと願わずにはいられない。


「かなり人が増えてきましたね……段々歩きづらくなってきました」


 綾那は人の波に揉まれながらルシフェリアを抱え直すと、隣を歩く右京を見下ろして「大丈夫ですか、手を繋ぎますか?」と首を傾げた。

 彼の実年齢も本来の姿も知っているが、小さな子供の身体では前もよく見えないだろうし、歩きにくかろうと心配しての発言だ。しかし右京は「とんでもない」と首を横に振った。


「平気だよ、僕はこの姿の方が慣れてるんだから……あのさ、水色のお姉さん。僕を信頼してくれるのは大変結構な事だけれど、年齢関係なく男相手にそういう提案はしない方がいいと思うよ。お願いだからお姉さんはダンチョーの相手だけしてて。あの人、()()()()()冗談抜きで怒るんだから」

「――す、すみません。はぐれちゃうかなって、心配で……今日は本当に大人の方ばかりで、小さなお子さんが少ないようですし」

「心配はありがたいけれど、後が怖いんだよね。きっとその内、あれだけ可愛がっている義弟相手にも妬くようになるよ。エスコートで触れる事にさえ目くじらを立てそうだ」


「必死過ぎる」と呟いた右京は、ちらりとショーが行われる舞台を見やった。舞台周辺には、既に王族と彼らに招待された者が席についているようだ。

 一般の観客席については自由席ではなくチケット制なのか、もうショーが始まるまで一時間を切っているのに、全体的に空席が目立つ。


(正妃様は演者側だから、ここに居ないとして――あ、お義父様と先輩だ)


 さすが国王、そして次期国王だ。彼らは最前列に座ってショーを見るらしい。

 二人の間には空席が一つ設けられているが、もしかするとアレが綾那に用意された席だったのだろうか。そう思うと、何やら安堵すればいいのか落胆すればいいのか分からなくなる。


 あんな席に座ってしまえば最後、これでもかと悪目立ちしたに違いない。しかし、最前列で陽香や正妃を見てみたかったという思いもある。


(どうせ空席なら、詰めて座れば良いのに……やっぱり、急に仲良しにはなれないのかな)


 きっと颯瑛は、維月と隣り合って座りたかったに違いない。しかしそんな事をすれば、人前でだらしない顔をしないように――と意識して、酷いしかめっ面になってしまうだろう。


 維月の方も、父親に愛されていないという事が誤解だと分かった所で大した感動はなく、どこ吹く風のようだった。本当に上手く行かないものである。

 間に置かれたたった一脚の椅子が、あの二人を隔てる越えられない谷のように見えて――物悲しさすら感じる。それはつまり、颯月と颯瑛の間にはもっと深い谷があるという事に他ならないのだから。


 そうして考え耽る綾那の胸中を読んだのか、不意にルシフェリアがくすりと笑みを漏らした。


「君は本当に良い子だね。颯月(あの子)に怒られても、まだ諦められないんだ?」

「えっ? あ……まあ長い目で見て、いつかなんとかできれば良いなとは思いますよ」

「そうか、そうだね。うん、その調子で悪気なく掻き回すと良いよ。僕は君のその『無神経』を支持する」

「…………あれ? もしかして私、侮辱されましたか?」

「この上なく褒めているよ。君は「人から嫌われにくい」という、最高の才能を持っているんだからね」


 とても褒められているようには思えない。

 複雑な顔をした綾那の横で、右京も会話の流れが分からないなりに「別に僕も、お姉さんの事が嫌いな訳じゃあないよ。考えが足りてない事が多いなと思うだけで」と――本人はフォローのつもりなのかも知れないが――しっかりとトドメを刺しに来た。


 綾那は肩を落としつつ、一刻も早く天幕へ戻って颯月の笑顔に出迎えられたいと足を速めた。



 ◆



 やはり、街を出歩く領民の数が一気に増えたからだろうか。綾那達が天幕へ戻ると、既に何かしらの問題を起こしたらしい者が数名連行されていた。まだショーが始まる前だと言うのに元気な事だ。


 責任者の颯月が指示を飛ばし、駐在騎士達が問題の対処に当たっている。颯月は綾那に気付くと、無事戻って来た事に安堵したような笑みを見せた。

 しかし、やはり忙しくて構っている暇がないのか、すぐに表情を引き締めて視線を外してしまう。


(相手にされないのは、ちょっと寂しいけど……でも颯月さんが格好良く働いている姿を間近で見られるのは、最高に幸せな気がする)


 綾那はじーっと颯月へ熱視線を送りった後、働く騎士の邪魔にならぬよう天幕の奥へ進んだ。


「おっ! 綾、右京、見ろ! 俺のミサンガもできたぞ!」

「へえ、幸輝凄いじゃないか。よくできてる」


 天幕の隅には、相変わらず謎の保育スペースが健在だった。

 ミサンガを無事に編み終わったらしい幸輝が、自身の手首に結んだものを見せびらかしてきて、右京はニッコリと微笑んで拍手を送る。

 何を願ったのか綾那が聞けば、彼はなんのてらいもなく「騎士になりたい!!」と邪気のない笑みを浮かべた。


「だって、他に子供が居ないんじゃあ右京が暇だろうからな! 早く俺も騎士になりたい、颯月がジジイになる前に」

「すぐになれるよ。君を呪った眷属、早く見つかると良いね」

「だな! まずは普通の人間になって、普通の魔法が使えるようにならねえと――颯月の特訓で制御はかなりマシになったけど、やっぱ静真が不安がるからなあ」


 途端にブスッと不貞腐れる幸輝に、綾那と交代で子守に入ってくれた静真が苦笑いした。彼は珍しく、腕に朔を抱いて座っている。


「たまたま夏祭りが上手く行ったからって、調子には乗らない方がいいだろう? 制御がマシになったと言ったって、あくまでも『火』だけだ。他はまた、勝手が違うんじゃないのか」

「ふーんだ、静真なんて『光』一つしか使えねえくせによー」

「私は光一つで十分だよ」


 互いに笑みを交えての応酬に、嫌味や険悪な雰囲気は全く感じられない。さすが長年教会で暮らしている家族は、信頼関係が篤い。

 そうして感心する綾那は、ふと静真に抱かれたまま微動だにしない朔に首を傾げた。眠っているのかとも思ったが、それにしては寝息が聞こえてこない。


 まるでヘソを曲げて、拗ねてしまっているような――そして、静真を誰にも取られたくないという強い意志を感じる態度だ。


「静真さん、朔はどうしたんですか?」

「ああ、いや――どうもその、急に赤ちゃん返りしたのか……離れなくなってしまって」

「えっ! あっ、ご、ごめんなさい……もしかして、私がシアさんに付きっきりだったせいですか?」

「いえいえ、気になさらないでください。いつまでも朔が教会の末っ子で居られる訳でもありませんし、こうなるのが遅いぐらいで――いい機会ですよ。それにこれは、楓馬も幸輝も通ってきた道ですからね」

「はあ!? 俺そんなガキみたいな事してねーし!」

「俺だってしてねーよ!」


 突然黒歴史を暴露された楓馬と幸輝は、ムキになって抗議した。そんな二人に、静真は「はいはい、そういう事にしておこうか」と軽く聞き流している。


 綾那は、一旦朔のご機嫌を取るために構い倒した方が良いのだろうかと考えた。しかし腕の中の男児は、にんまりと笑って「僕、絶対に降りないよ?」と大人げない事を主張してくる。

 仮にも数百、数千年を生きている天使が、幼い子供相手にそんなワガママを言わないで欲しいものだ。


(――でもこの顔だと、逆らえない)


 颯月そっくりの好みドストライクな顔をした男児を見つめ、綾那は「うーん」と低く呻いた。すると、澪の母親が声を掛けてくる。


「あの、赤ちゃん返りって別に悪いものではありませんから……朔くんには神父様も居ますし、それほど深刻に捉えなくても良いと思いますよ」

「そ、そうなんですか? すみません、子育ての経験がないもので、あまり分からなくて――もしかして澪ちゃん、弟さんか妹さんが?」

「ええ、下に三つの弟が居て……澪も弟が生まれた頃には、赤ちゃん返りしましたよ。繊維祭は子供向けじゃありませんから、弟は旦那と家でお留守番なんですけれど――」

「えー嘘、私全然覚えてなーい……ほら朔、ミサンガできたわよ! お願い事決めた?」


 澪はずっとミサンガを編み続けていたようで、あっという間に二本目を完成させたらしい。つい今しがたまで不貞腐れていた朔が、彼女の言葉にパッと顔を上げる。


 そして、今までの不機嫌など嘘だったように明るく笑うと、「わーい、やったー!」と大喜びで静真から身を離した。確かに静真や澪の母親が言うように、それほど深刻に捉える必要はないのかも知れない。

 朔のあまりの変わりように、綾那は胸中でひっそりと「子供って難しいんだなあ」とぼやいたのであった。

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