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ショーが始まる前に

 天幕内の騒ぎが外まで響いたのか、やがて異変に気付いたらしい颯月が戻って来た。


 綾那としては、彼がハッキリと否定してくれれば、この隠し子騒動も幕を閉じる――と思っていたのだが。

 ルシフェリアもとい、自分そっくりの姿をした男児から笑顔で「パパが来た」と言われた颯月は、間髪入れずに「ああ、パパが来たぞ」と肯定してしまう。


 他でもない颯月の言葉に騎士達はますます仰天して、天幕の中はすっかり収拾がつかなくなってしまった。いつの間にか綾那の隣へ移動していたらしい右京が、小さく「……いや、マジで馬鹿なんじゃないの?」と呟いた声まで聞こえた。


 こんなややこしい事態を引き起こしたのは、そもそも綾那が考えなしに颯月の天幕を訪れたせいだ。しかし反省したのも束の間、「今のところ颯月さんの()()と勘違いされているみたいだし、そこまで悲観しなくても良いのでは?」と、ある意味前向きに問題を受け流す事にした。


 下手にポジティブ思考をしているせいで、余計『考えなし』に拍車がかかっているような気がしなくもない。果たして、綾那が本当の意味で反省する日は訪れるのだろうか――。


 わあわあと騒がしい天幕の中、気を引くようにグイーッと髪の毛を引っ張られた綾那は、腕の中のルシフェリアを見下ろした。


「――ねえ、少し急ごう。ショーが始まるまで、もうあまり時間がない」


 途端に笑みを消した男児に、綾那もまた表情を引き締める。そもそもこの場を混乱させたのは、他でもないルシフェリアだったような――とも思ったが、いちいちこの天使に突っ込んでいてはキリがない。


 とにもかくにも、急げと言うなら急ぐしかない。綾那は騒動の渦中に居る颯月に向かって手を振り、彼の視線を引きつけた。


「颯月さん、ごめんなさい。ショーが始まる前に、少しだけ陽香達と話してきます! 子供達の事、静真さんと澪ちゃんのお母さんにお任せしても良いでしょうか?」

「うん? ああ、分かった。ちゃんとうーたんも連れて行くようにな」

「……うーたんはやめて欲しいんですけど」

「護衛よろしくお願いしますね、うーたんさん」

「うーたんさん――ちょっと待って。水色のお姉さん、今まで普通に「右京さん」って呼んでくれていたのに、酷い」


 げんなりとした顔つきになった美少年に、綾那は小さく笑って「ごめんなさい、右京さん」と謝罪する。

 そうして天幕を後にした綾那は、右京とルシフェリアを連れてショーの舞台裏――関係者の控え室を目指した。



 ◆



 控え室と言っても屋内ではない。屋外に大きな(ほろ)や衝立で目隠しをした、至極簡易的なスペースである。

 大量な衣装や小物、そしてモデルや服飾関係者で溢れ返る舞台裏。しかし多くの人と物で溢れた空間でも、陽香の赤髪は一際目立つためすぐに見つける事ができた。


「――――――いや、()()でしょ?」

「だっ、誰が詐欺か!? うーたんテメー、紳士ならもっと他に言う事あんだろーが!!」

「……………………詐欺でしょう?」

「たっぷり間を空けて言う事が、結局それかよ!!」


 ショーのために着飾り、アリスの手で入念に化粧を施された陽香。彼女の姿を見るなり、右京の口からは『詐欺』という言葉が飛び出した。


 リベリアスに来てから伸ばしっぱなしで、いつの間にか肩よりも長くなった陽香の赤髪。いつもは毛先が肩に当たり、外ハネしているのだが――ヘアアイロンかカーラーでも使ったのか、今日は内巻きで大人の女性らしさを感じる。

 化粧もしっかりめに施されているのか、いつもの中高生顔と違って、今日ばかりは年相応に見えた。


 彼女が選んだ衣装は、まるでドレスのように華やかなシルエットの、若草色をしたワンピース。ただでさえ細いウエストには、ワンピースの上から革のコルセットが巻かれて、これでもかとくびれている。

 スカートのバックを飾る長く繊細なフリルは、熱帯魚の尾ひれのようで美しい。


 二十センチほどありそうなピンヒールは黒いエナメル素材。ヒールの高さがあるので、自然とふくらはぎの筋肉が美しく浮かび上がっている。

 そして着目すべきは、細いウエストを縛るコルセットの上にぽよんと乗った胸――これこそ颯月の望んだ、アイドクレースのどこもかしこも薄い『美の象徴』に一石を投じるスタイル――である。


 右京はまじまじと陽香の胸を見上げ、口を開いた。


「ちょっと、一体どこで拾って来たのさ」

「お前! いい加減本気で怒るぞ!? 拾うも何も、元から付いてんだよ!!」

「嘘だ、だっていっつも真っ平でガッチガチだったじゃないか」

「それは、下に防弾チョッキ着てたからだっつーの……まず潰さねえと邪魔だし」

「ボーダン――何? なんだかよく分からないけれど、これだけ見栄えするならいつもこうしていれば良いのに……ホントいちいち勿体ないと言うか、残念なオネーサンだよね……」

「いちいち勿体なくて残念とはなんだ! マジでさっきから失礼な事しか言ってねえぞ!?」


 銃火器のないリベリアスでは、防弾チョッキが何かなんて理解できないだろう。右京はそのまま「今日は十四歳に見えない」と言って、一人で何度も頷いた。

 もちろん陽香は、彼の後頭部を平手でパァン! と打って制裁をくわえている。なんとも小気味良いやりとりであった。


 ――法律を誤魔化すための仮初(かりそめ)とは言え、これでこの二人が婚約者だと言うのだから、面白い。


「ちょっと陽香。あんまりヒートアップすると、ショーが始まる前に化粧直しするハメになるわよ」


 そんなやりとりを呆れ顔で眺めていたアリスだったが、いい加減仲裁しなければならないと思ったのか、横から口を挟んだ。


「だって、うーたんが喧嘩売ってくるんだもんよ!」

「実年齢はともかくとして、見た目十歳児相手に何マジになってんのよ……大人げないんだから」

「アリス! お前は大人うーたんを――いや、『右京』を見た事がないからそんな舐めた事が言えるんだよ! コイツ普通に成人だからな!? 甘やかすなよ!!」

「いつも思うけど、()()オネーサンが言うんだ……」

「うるさいぞ、うーたん!!」

「ま、まあまあ陽香。右京さん一応褒めてくれているんだから、落ち着いて――」


 綾那もまた仲裁しようと間に入るが、陽香はすかさず「どの辺りが褒めてた!?」と鋭いツッコミを入れた。

 彼女の怒りはまだしばらく収まりそうになかったが、しかしふと綾那が腕に抱く男児の存在に気付くと、颯月そっくりの容貌に目を瞬かせる。


「――ん? もしかして、シアか?」


 さすがにもう「謎の魔法で子づくりしやがって――」とはならず、陽香はすぐさま男児の正体を見破った。ルシフェリアはにんまりと笑うと、「今日は、なかなか可愛いじゃあないか」と言って、彼女の姿を賞賛した。

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