無自覚に振り回す
「君って、おとなしそうに見えて――なんて言うか、天然強かだよね。今まで楽でお得な人生を送っていそうだなあ」
「て、『天然強か』とは、一体……?」
一生懸命ミサンガを編む子供達に紛れ、小さな指先で刺繍糸をより合わせて遊ぶ男児。綾那は、ルシフェリアから受けた指摘に困惑しきりで首を傾げた。
あれからいとも簡単に颯月の許可を取り付けた綾那は、彼が繊維祭の間縫い付けられるであろう天幕の一角を借りる事に成功した。
そうして隅の隅、辛うじて天幕の陰に入っているような場所へ木箱を置いて簡易テーブルを作ると、子供達を座らせてミサンガ講座を開催したのだ。
編み始めの糸を固定する際、セロハンテープがあると便利なのだが――今ここにはないため、右京と楓馬、そしてルシフェリアが指で糸の端を押さえる役だ。
彼らにはそれぞれ、幸輝、澪、朔の三人が編むミサンガの先端を固定するよう頼んだ。
しかし、朔は一人で上手く編めないからと早々にリタイアしてしまった。ただ人が糸を編む様を見るのは楽しいようで、幸輝と澪が編み上げるミサンガを熱心に眺めている。
「言葉の通りさ。従順で、周りの意に添って行動しているように見えて――その実、意外と君自身の欲求のままに物事を運ぶでしょう? 悪気なく周りの人間を振り回すタイプだよ、いい意味でも悪い意味でもね」
「ええと……」
「この僕のお願いを保留したくせに自分の好きなように使ったり、なんだかんだ婚約者のもつ権力を上手く利用して好き放題していたり? 今日お祭りを見て回る事だって、上手く颯月にお願いしてワガママを叶えてもらったじゃないか」
「えっ? い、いや、それは――」
「あと、わざわざ婚約者の職場へ押しかけて、自分がいかに愛されているかを周りに見せ付けるなんて……良い趣味をしているよね」
颯月は、子供を引き連れて天幕を訪れた綾那と顔を合わせるなり、喜色満面の笑みを浮かべながら熱い抱擁で迎え入れてくれた。天幕には彼の他にも複数の騎士が居たにも関わらず――だ。
綾那が目立つ髪色を隠すために被っていたフードをわざわざ取り払って、蕩けるような甘い笑みを見せる颯月。駐在騎士はざわつきながらも、二人から視線を逸らさなかった。
その際、「あの時の雪の精だ」とかなんとか言う呟きが聞こえたのは気のせいに決まっている。
そもそもここは、騎士が祭り中の拠点にする天幕の一つだ。隅で子守をしていれば、騎士から「あの謎スペースはなんだ?」と好奇の眼差しを向けられて当然である。
しかしまあ、ただ見られるだけなら綾那に実害はないし――と、特に気にしていなかったのだが。ルシフェリアの目には、傍若無人な振る舞いをしているように見えたらしい。
自身の行動によってどこにどんな影響が出るかなど一つも考えておらず、全く無意識の行動であったため、綾那はたじろいだ。
「そ、そんなつもりは、全くなかったのですけれど……なんだか自己中心的だったようで、ごめんなさい」
すっかり肩身が狭くなって項垂れた綾那に、ルシフェリアは「だから、悪気なく天然強かだって言っているんじゃあないか」と、おかしそうに笑った。
「まあ……僕もその意見に異論はないかな」
幸輝のミサンガを押さえてやっている右京まで、糸に目線を落としたまま興味なさげに同調した。綾那はますます小さくなって項垂れる。
「水色のお姉さんって、割と『ゆるふわ』で許されがちだから……確かに得だなって思う。その代わり、周りは苦労しそうだけどね。オネーサンやダンチョーなんか、その最たるものなんじゃあないの」
悪意がある訳でも責める訳でもなく、ただ淡々と批評された綾那は「ウゥ……ッ」と呻いて胸を押さえた。
確かに、右京の言う事は正しい。何かと鈍い綾那でもさすがに、今まで四重奏には――特にリーダーの陽香には、多大な苦労と迷惑をかけて来た自覚がある。
それはやはり、主に異性関連のトラブルだろうか。しかしリベリアスに落ちて、メンバーと離れ離れになってから綾那が酷く痛感したのは、己はあまりにも騙されやすい――という事だった。
人を一切疑わない綾那が悪意に晒されぬよう、スタチューバーとして働く際に他人との接点を最小限に留めてくれていたのは、間違いなく陽香達だ。彼女らの気遣いがなければ、綾那はもっと「表」で酷い目に遭っていただろう。
そして酷い目に遭っても「仕方ない、次からは気を付けよう」なんて軽く流して、更に酷い目に遭う負の連鎖に陥っていたに違いない。
そんな緩々ふわふわで、自身の欠点、悪癖さえもイマイチ理解できていない綾那を守るというのは、どれだけ大変な事だっただろうか。
しかも今後綾那を守る役目は、きっと颯月が担う事になる。彼に掛かる迷惑と負担、心労は一体どれほどのものか。
(いや、うん、そうだよ……いくら団長の婚約者でも、わざわざこんな忙しい日に職場見学しなくてもって思うよね――)
子供達は繊維祭の露店に興味がなく、目玉のショーだって陽香以外に興味がない。時間を潰すのはなかなか難しく、そして颯月はここ数日、王の動向を気にし過ぎて神経質になっている。
だからいっそ、颯月の天幕にお邪魔させてもらえればと思った末の行動だったのだが――彼が笑顔で迎えてくれたため、悪い事をしているという自覚が芽生えなかった。
そもそも綾那が一般的な企業に勤めた経験がないというのも、非常識さに拍車をかけているのかも知れない。
婚約者――いや、例え相手が旦那だろうが、子連れで職場に押しかけた上に会社のスペースを借りて好き放題遊ぶなど、あり得ないだろう。仮にそれが社長であっても会長であっても、職権乱用でしかないのだから。
綾那一人が「ああ、アホなんだな」と思われるのは事実なので仕方がないが、しかし颯月まで阿呆と思われるのはまずい。今更ながら、やはり場所を変えた方が良いだろうか。
綾那はそんな思いでもって、颯月が待機しているであろうテーブルを振り返った。すると、いつの間にか背後に一人の騎士が居る事に瞠目した。
騎士は興味津々と言った様子で、子供達のつくるミサンガを見ていたようだ。僅かに膝を折って簡易テーブルを覗き込んでいる。
(あれ? この方、夏祭りの時の――)
彼には見覚えがある。確か夏祭りの日、眷属の囮になった綾那を賞賛して『雪の精』なんて口説いてくれた駐在騎士だ。
言い換えれば、彼のせいで綾那の妙な噂が蔓延した事に間違いないが――しかし、悪意あっての事ではないだろう。そうでなければあの日、あんなにも熱っぽい眼差しを綾那に向けなかったはずだ。
「お嬢ちゃんも坊主も、上手いもんだなあ……売り物みたいじゃないか」
「へ? ――うわっ! 騎士だ、スゲー!」
糸を編むのに夢中になっていたのか、綾那と同様、幸輝もまた騎士の接近に全く気付いていなかったらしい。
顔を上げて目に入った騎士の姿に興奮したのか、彼はパッと糸から手を離して立ち上がった。危うく解けかけた糸を、右京が慌てて押さえてくれたお陰で事なきを得る。
頬を紅潮させて目を輝かせる幸輝を見て、綾那は思わず苦笑した。
(普段颯月さんと遊んでても、ここまで興奮しないのに……慣れって怖いな)
騎士の彼もまた羨望の眼差しを浴びせられた事に驚いたのか、ぱちぱちと目を瞬かせている。彼は綾那と目が合うと、微かに笑って会釈をしてくれた。




