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大人の祭り

 あれから、右京と共に悪魔憑きの教会を訪れた綾那は――静真に事のあらましを説明したのち、子供達を連れて街へ繰り出した。

 ちょうど澪も「どうせ悪魔憑きの子供達は祭りに行かないだろうから、自分一人だけ行ってもつまらない」と、教会へ遊びに赴いていたので、彼女を誘いに行く手間が省けた。


 ただ、保護者が綾那一人に対して面倒を見る子供が多すぎるという事で、後ほど静真――そして澪の母親とも合流する事になっている。

 急な訪問だったため、静真にはどうしても午前中に片付けなければいけない仕事があるらしいのだ。


 あと意外だったのが、ヴェゼルが「俺は教会で留守番するから、いい」と言って、誘いに乗って来なかった事だ。綾那としては、絶対に大はしゃぎでついてくると思っていただけにとんだ肩透かしを食らった気分だ。


 とりあえず綾那は、昔教会の子供達が使っていたという幼児用の帽子を一つ借りて、いまだすやすやと寝息を立てているルシフェリアの頭に被せた。

 これでひとまず、綾那の連れ子だ颯月の隠し子だ――なんて、下世話な噂は防げるはずだ。


(それにしてもルシフェリアさん、どうして颯月さんの姿を借りている割には、悪魔憑きの特徴が一切ないんだろう? やっぱりそのまま丸写しすると、目立ち過ぎるせいかな……)


 金混じりの黒髪にしろ、顔の刺青にしろ目立つ。颯月のように、すぐさま顔半分を覆い隠す眼帯を用意するのも難しいだろう。

 何はともあれ、ただ人の姿を借りるだけでなく普通の人間のフリまでできるとは、便利である。


 綾那としては、そんな力があるならば颯月の体もなんとかしてやって欲しいと思うが――まあ、この天使はリベリアスの住人には深入りできないらしいので、そこは諦めるしかないだろう。


「なあなあ、右京! 騎士団に入ってからどうなんだ? お前の他にも、子供の若手って居るのか!?」

「うーん、今は僕ぐらい小さい子供は居ないかな。たぶん若くても十四、五歳……楓馬ぐらいの子だよ」

「あ~……やっぱ騎士って、人気ねえんだなあ。例え子供が憧れてても、親に反対されるって言うぐらいだし――」


 幸輝は久々に再会した――それも、自身より一足先にアイドクレース騎士団に入団した右京と話すのが楽しいようで、先ほどから質問攻めが続いている。

 右京もまた子供達と話すのが楽しいのか、普段の彼とは違う柔和な笑顔を浮かべて質問に答えている。

 そんな二人の背中を見ながら、綾那は微笑ましいなと目を細めた。


 幸輝は自身の頭にある山羊のような角を隠すために、目深にフードを被っている。悪魔憑きの『異形』の中でも、角は特に人から忌避されやすいらしい。


 理由は、いかにも悪魔っぽいから――というものらしいのだが、その悪魔であるヴェゼルの頭に角はない。

 悪魔に対するイメージや伝承から来る人間側の勝手な連想なのか、それとも単にヴェゼルが隠しているのか。


 思えば彼には、悪魔らしい黒翼だって生えていない。やはり人に擬態しているだけで、本来は巻き角や黒い蝙蝠のような翼をもつのかも知れない。

 とは言え、天使を自称するルシフェリアでさえ今はただの光る球なのだ。何が本来の姿なのかなど、分かったものではない、


「――雪のお姉さんって、赤ちゃん居たの?」


 横を歩く澪は、興味津々と言った様子で綾那が腕に抱く男児を見上げている。

 綾那は苦笑して首を横に振ると、「婚約者の親戚の子だよ」と言ってルシフェリアの正体を誤魔化した。


 澪を挟んだ更に隣には、不貞腐れた朔を抱いて歩く楓馬の姿もある。彼は今「身体強化(ブースト)」を使っているようで、朔を抱いていても一つも苦ではなさそうだ。


「いつも、アーニャに抱っこしてもらうのは僕なのに――」


 楓馬の腕の中でもぞりと動いた朔は、恨めしげな表情でルシフェリアを見上げた。

 急遽繊維祭を見て回る事が決まり、今日も綾那に抱っこしてもらえると信じて疑わなかったのに――蓋を開けてみれば、その胸は見知らぬ男児に占領されていたのだ。

 教会の末っ子として皆から甘やかされた朔の事だ、こんな経験は初めてに違いない。さぞかし衝撃を受けただろう。


 楓馬はそんな彼に対して、「朔よりあのチビの方が小さいんだから、我慢しろよ。アイツと比べたらお前「兄ちゃん」なんだぞ」と、呆れたように諫めた。


「そうよ朔。私達もう七歳なんだから、いつまでも赤ちゃんではいられないわよ」

「僕、七歳()()()だもん! 本当に七歳かどうか分からないもーん! あの子の方が、僕よりもお兄ちゃんかも知れないよ!」

「いや、それはさすがにねえよ……見ろ、あの大きさを」

「朔ったら、甘えん坊でなっさけなーい」


 楓馬と澪から否定された朔は、ますます不貞腐れた。

 ふくふくの頬をこれでもかと膨らませて、楓馬の鎖骨あたりに頭突きするような勢いで顔を伏せた。

 いや、実際楓馬の口から「痛ぇな、バカ朔!!」と非難の声が飛び出たので、意図的な報復を狙い頭突きを食らわせたのだろう。


「ええと、ごめんね朔……シアさん、本当に自分で歩くのが嫌いなの。朔はシアさんよりもお兄ちゃんだから、今日は譲ってあげてね」


 それに、わざわざこの姿になるようお願いした際、綾那は「今日一日ルシフェリアの足になる」という条件を提示しているのだ。それを破る訳にはいかない。

 もし破れば、また十四歳の尊すぎる颯月の姿で『顕現』するか――もしくは、綾那のトラウマ起爆剤となって現れるか。どちらに転んでも大変面倒なので、ルシフェリアにはなんとしてもこの姿をキープしてもらたい。


 綾那に宥められた朔は、顔を上げないまま「その子だけずるい」と呟いた。


「アーニャは力持ちだから、その子が居たって僕の事も抱っこできるでしょう?」

「朔、ダメだ。あのチビ、颯月さんの親戚なんだぞ? つまり王族だ、俺らみたいなのが馴れ馴れしく近付いたらヤバイだろ……それくらい分かれよ」

「僕、おーぞくなんて知らないし、にーちゃんはいつも僕と遊んでくれるじゃん! 平気だよ」

「颯月さんがおかしいだけだ。普通の王族は、俺らと――特に、悪魔憑きとは遊ばないっつーの」


 朔はまたしても「ふーまのケチ!」と言って、楓馬の鎖骨にゴッ! と額をめり込ませた。楓馬が「お前だけ教会に帰すぞ!」と声を荒らげれば、朔は不貞腐れながらも、ようやく静かになった。


(うーん、悪魔憑きは王族に近付いちゃあいけないって――やっぱり、詠唱なしで魔法が使えるから危険視されているのかな。いくら近衛が周囲を固めていたって、詠唱が必要な普通の人だと、手も足も出せないものね……)


 ――であればいっそ、颯月のような悪魔憑きこそ近衛騎士になるべきなのではないか、とも思う。まあ、人から畏怖、忌避されるような対象では、国の象徴たる王族の傍に控える事すら難しいのだろう。


 そんな事は万が一にもないと思いたいが、もし悪魔憑きが手の平を返して王族を害そうとした場合、他に対抗できる者が居ないのではリスクが高すぎる。

 実際東のアデュレリアでは、大昔に悪魔憑きによる人間の大量虐殺事件が起きたらしいし――恐れる気持ちは分かる。しかし差別問題とは、本当に面倒くさいものである。


「ねえ、雪のお姉さんの婚約者にも会える? 騎士団長なんでしょう? 私、近くで見た事ないから楽しみ!」

「え? そうだねえ……お話できると良いけれど、たぶんお仕事で忙しいだろうから難しいかな。夏祭りの時も忙しそうだったし……澪ちゃんは繊維祭、毎年見て回るの?」

「うーんと、夏のお祭りは楽しいから好きだけど、繊維祭はあんまりかな」


 小さな口元に手を添えて、思案する澪。彼女の意外な言葉に、綾那は目を瞬かせた。


「あんまりなの? でも、正妃様や綺麗なモデルさん達が色んな服を着てランウェイ……舞台を歩くんでしょう? キラキラして楽しいってならないんだ」

「繊維祭は、なんて言うかママ達の――大人のお祭りって感じ。舞台に出るのは大人ばっかりで、大人用の服なんて、私達みたいな子供には関係ないもん」

「えぇ……モデルさんに憧れたりは? 大きくなったら自分がショーに出るぞ! とは、ならない?」


「表」では、ファッションショーを見て――いや、ファッション雑誌に載るモデルを見ただけでも、「彼女達のようになりたい」と憧れる女性が多いと言うのに。

 しかも、せっかくの繊維祭という稼ぎの場なのに、キッズモデルの一人も居ないとは――それどころか子供服の販促もないとは、商売の機会を激しく逃しているような気がする。


 綾那の問いかけに、澪はブンブンと首を横に振った。彼女の耳の横で結ばれたツインテールが鞭のようにしなる。


「や、ヤダよ、恥ずかしいじゃない! あんなの出たくない、正妃様と並ぶのも恥ずかしいし……なんか、皆に笑われちゃいそう」

「そういうものなんだ……」

「それに、お祭りの出店も夏祭りとは全然違うの。夏祭りは食べ物も多いし、おもちゃ屋さんもいっぱいだけど……繊維祭は、服とか布とか……糸とか? あんなの買ったって、使い道ないし……シロートに服なんて作れないもん。あと、ただの糸のくせにどれも高い」


 澪の言葉に、綾那はなるほどと納得した。

 子供達の中には、今日のショーを見てモデルに憧れる者、露店に並ぶ布や糸を見て服飾関係の仕事に憧れる者も居るだろうが――少なくとも澪は、そういうタイプではないらしい。


 正妃という唯一無二の『美の象徴』が居る限り、彼女と同じ舞台には立ちたくない。服がどうやって作られているかにも、現状興味はない。

 もう少し年齢を重ねれば、今よりももっと色々な服が着られるようになって興味も増すかも知れないが――まだ七歳の少女なのだ。

 繊維祭に対する生の感想は、そんなものなのだろう。


(教会の子達は籠りがちだから、街の行事っていうだけで無条件に楽しいだろうと思って誘っちゃったけど……女の子でコレだと、もしかして皆すぐに飽きちゃうかも知れないな)


 ショーに陽香が出る事は周知済みなので、彼女の姿を見るまでは耐えられると思うが――これは、陽香の晴れ姿を見終わり次第教会にとんぼ返りコースかも知れない。


 綾那はそんな事を考えたが、しかし腕の中でルシフェリアが身じろぎした事によって、ハッとアリスに降りかかるかも知れない危機について思い出した。

 今日が無事に終わるまでは、あまりメインステージから――いや、アリスから距離を取りたくない。

 大天使様のありがたい予知曰く、彼女は今日「転移」もちの男達に襲われるかも知れないのだから。


 恐らく今回も、リベリアスの住人に助力を乞う事はできないのだろう。

 余所者の目論見を潰すために綾那を使っている時点で、どうなのだ――とは思うが、ルシフェリアが直接リベリアスの住人に問題の解決を頼むのと、綾那を通して間接的に問題を解決するのとでは、雲泥の差があるそうだ。


 ただ今回は王族に危険がーとか、王都の人間達がパニックにーとかではなく、アリスの身に何かが起きるのだ。

 余所者対余所者のトラブルなのだから、多少リベリアスの住人に手助けを頼んでも良いのではないかと思う。


(その辺りも含めて、シアさんが起きたら要確認――かな)


 ひとまずアリス本人と陽香には、事情を説明しておきたい。しかし、繊維祭の準備で忙しい彼女達の元へ、果たして部外者の綾那が近付けるのだろうか。

 いざとなったら、ルシフェリアに光球姿で二人の元へ突撃してもらうしかない。


 綾那は空を見上げながら、今度は「転移」もちが何をやらかしてくれるのだろうかと考えて――小さく息を吐き出した。

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