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疑似親子

 颯月の「一緒に写真が撮りたい」というお願いに頷く事なく、ただただ自身の空腹を主張し続けるルシフェリア。

 颯月は結局、僅かに肩を落としつつも数種類のサンドウィッチを入手して来てくれた。どうやら、忙しい職務の合間でも騎士が栄養補給できるようにと、待機場所の天幕に備えられているものらしい。


 彼の隠し子と言われてもおかしくない容貌の三歳児を、人前――特に騎士の前――に出せば、ますます面倒な噂が出回りそうなので、綾那は路地裏の地べたに腰を下ろした。

 膝の上にはルシフェリアを抱えて、もちもちの白い頬を手持ちのハンカチで何度も拭う。まるで飢えた獣のような勢いでサンドウィッチを口に押し込むせいで、そこらじゅう食べカスだらけなのだ。


 綾那は、間近から聞こえてくる「カシャー」という音に苦笑しながら、ルシフェリアに問いかけた。


「シアさんって、『顕現』する時いつもお腹を空かせていますよね」

「うーん、普段は食事の必要がないんだけれど……こうして受肉すると、一気にお腹が空いちゃうんだよね」


 小さな頬をぱんぱんに膨らませて、モッモッと咀嚼しながら答えるルシフェリアに、綾那は頬を緩ませる。

 また近くで「カシャー、カシャー」という音が響いた。


「本当に可愛らしいです。そうしていると、天使にしか見えません」

「何を失礼な事を……僕はいつだって天使じゃないか! 神々しい姿を直視できないくせに、よく言う!」

「神々しいと言うか――眩し過ぎて、失明の恐れがあると言いますか……物は言いようですね」

「ふーんだ。ちょっと僕が君を気に入っているからって、調子には乗らない事だね。発言には気を付けるんだ、何せ僕は――」

「分かっていますよ、とってもすごい大天使様ですものね」


 綾那からツーンと顔を逸らしていたルシフェリアは、しかしその言葉を耳にした途端に、デレッと相好(そうごう)を崩した。

 そして気を取り直すようにコホンと咳払いすると、手に持っていたサンドウィッチの最後の欠片を口に放り込む。


「――ん。ねえ、飲み物が欲しい。ちゃんとストローを挿してね、僕の口は今とても小さいんだから」

「はいはい、こちらをどうぞ、大天使様」


 綾那から差し出されたカップを小さな両手で受け取ると、ルシフェリアは機嫌よさげに笑いながら、ストローを口に含んだ。

 中身はオレンジジュースらしい。ルシフェリアが「プハー」と言ってストローから口を離せば、辺りに柑橘の香りが広がった。


 男児は鼻歌でも歌い出しそうなほど満足げな表情をしている。おもむろに小さな体の向きを変えると、綾那の膝の上に立って首筋に抱き着いた。

 ひとまず、空腹は収まったらしい。綾那もまた男児の体を抱き締め返し、片手で軽々抱えたまま立ち上がると、自身の服についた砂埃を払うため、パンパンと手で尻を叩く。


 また路地裏に響いた「カシャー」という音に、ルシフェリアはじとりと目を眇めて、音の発生源を見やった。


「君、さすがに撮り過ぎなんじゃない」

「綾と創造神の二人だけなら映して良いと言ったのは、そちらだろう? 三人で映せないなら――もう、俺が単身王都を出て、他領を巡回している時に送られてきた嫁と息子の写真という設定で楽しむしかない」

「――なるほど? さすが薄まっているとは言え、この僕の『血』を受け継いでいるだけはある。君も設定には、こだわるタイプという訳か……」


 どこまでも真剣な表情で魔具(カメラ)を構え、「カシャー、カシャー」とシャッターを切り続ける颯月と、感心した様子で思案顔になるルシフェリア。綾那はなんとも言えない複雑な笑みを浮かべた。


 敬愛する彼が何をしようと受け入れるが、しかし頭の冷えた部分では、栄えある騎士団長が路地裏で一体何をしているのだろう――とも思う。

 ただその反面、一生その手にする事のできない実子が欲しくて堪らないと聞かされている手前、諫める気にもなれない。


 単身赴任中、地元に残した家族から送られて来た写真――なんて設定、よく考えたものだ。そもそも騎士団長の彼にとって、王都から長期間離れて他領を巡回するなど、ハードルが高い事だろう。


(いや、でもアデュレリアには巡回に行けたし、やろうと思えばできない事はない――のかな?)


 その場合は、また彼の側近が仕事に追われるのだろうなと思いつつ、綾那は困ったように笑った。


「シアさん、颯月さんとも一緒に映って差し上げたらどうですか?」

「うーん……まあその内、いつか気が向いたらね。なんだかんだ彼も満足そうだから、今日はこれで良いんじゃあないの」

「ああ、今日はこれで我慢する。俺の態度が悪かったのは事実だしな」


 ついにデータ容量がいっぱいになったのか、颯月はカメラを下ろすと大事そうに懐へしまい込んだ。「表」のコンパクトデジタルカメラのような薄さとサイズ感のため、持ち運びも便利そうである。


 彼は綾那のすぐ傍まで歩み寄ると、その腕に抱かれる男児の頭を撫でた。

 色々と文句を言いながらも、やはり王族は可愛いのか――ルシフェリアは僅かに目を伏せて、はにかむように微笑んでいる。


「――綾、まだ汚れてるぞ」

「えっ、あ……ごめんなさい、ありがとうございます」


 ふと視線を下ろした颯月は、先ほどまで地べたに座り込んでいた綾那の足や尻についた砂埃を、サッサッと撫でるようにして払う。

 綾那は礼を言って大人しく受け入れていたが――しかし腕に抱かれたルシフェリアは、僅かに目を細めると、にやあと口の端を引き上げた。


「えー、やだあ……どさくさに紛れてママの身体を撫で回すだなんて、本当にパパはエッチだなあ。王族の風上にも置けないよー」


 揶揄うようにニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる男児に、颯月はぴたりと体の動きを止めて、「ウグッ……!」と低く呻いた。

 てっきり厚意を邪推されて傷ついたのかと思ったが、しかし彼はおもむろにルシフェリアごと綾那を抱き締めた。


「創造神、もう一回言ってくれ」

「――エッチ? 王族の風上にも置けない?」

「違う、そうじゃない」

「もう、シアさん。颯月さんは汚れを払ってくれただけですよ?」

「いや、確かにどさくさで綾を撫で回そうという下心しかなかった、その事は認める。ただ聞きたいのは、そこじゃあない」


 即答した颯月に、綾那は「颯月さん最近、遠慮がなくなってきたな」なんて思いながら、曖昧に笑った。

 ルシフェリアは呆れたように笑って肩を竦めると、間近に迫る颯月の顔を見上げて口を開く。


「ふふ、はいはい――パパ?」

「……俺は今日あたり、死ぬのか? こんなに幸せな事が立て続けに起きて、良いのか……」


「死ぬなら綾と一緒がいい」なんて囁きながら、颯月は幸せを噛み締めるように、きつく綾那を抱きしめた。

 綾那と疑似息子を腕に抱き、きっと今彼は幸せの絶頂に居るのだろう。


 綾那もまた颯月の背に手を回してポンポンと叩き、二人の間に挟まれたルシフェリアは、「潰れるよ」と言っておかしそうに笑った。

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