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DV

 本日ショーが行われる、メインステージ周辺。

 まだ祭りが始まるまで数時間あるというのに、舞台の組み立てや照明魔具の調節、次々と運び込まれてくる衣装や小物を仕分けるなど――多くの繊維祭運営スタッフが、休みなく働いている。


 颯月はステージ近くではなく、かなり離れた位置に仮設天幕を張って待機しているらしい。

 あまり舞台に近すぎると全体の動きを把握できないし、何よりもステージ周辺には、王族専用に設けられた席がある。

 勘当された彼が、そんな近場で――それも、自身を殺したいほど憎んでいる国王の傍に侍るなど、もってのほかだ。


 真実はどうであれ、他の親類だって颯月と国王が近付けば、要らぬ緊張感を抱くだろう。


「――創造神、その姿だけはダメだ」


 天幕の外で綾那の帰りを待っていたらしい颯月は、綾那と手を繋ぐルシフェリアの姿を目にした瞬間これでもかと眉根を寄せて、不愉快極まりないと言いたげな低い声で冷たく告げた。


 ルシフェリアは「ええ? 良いじゃないか、ケチ~」と頬を膨らませると、繋いだ手を引き寄せるようにして、綾那にぴったりと寄り添う。

 すると颯月はますます苛立つような表情になり、紫色の瞳を眇めて綾那に鋭い視線を投げかけた。


「綾、例え同じ顔をしていても()()は俺じゃない」

「わ、分かっています――もちろん、分かっていますよ」

「分かっているなら遠ざけてくれ。創造神は今、どこからどう見ても男だろう? いくら神でも、やって良い事と悪い事がある。なんで今日に限って、綾じゃなく俺の姿なんだ……」


 この年頃の綾那は今以上に『ふくよか』で――いや、『ぽっちゃり』で。いいや、雪だるまどころか『肉だるま』だったからだ――なんて説明をすれば、颯月は絶対に「見せてくれ」からの「やっぱり綾はあと三十キロくらい太っても天使のままだから、安心して太ると良い」とかなんとか、とんでもない事を言い出すに決まっている。


 それだけは避けねばならない。何故ならば、綾那にだって乗り越えられないトラウマがあるからだ。嘆くように天を仰ぐ颯月に、綾那は震える声で何度も謝罪を繰り返した。


 祭り開始前の今、まだ領民の暴走は始まっていない。颯月は早めに待機場所を訪れて、街中に駐在している騎士と本日の流れについてすり合わせをしていたらしい。

 しかし天幕へ歩いてくる綾那とルシフェリアを目敏く見つけると、騎士との話し合いを一方的に打ち切って輪の中から飛び出して来たようだ。

 やはり肌色と体形が目立つのだろうが、水色の髪をフードで隠しているにも関わらず、素晴らしい観察力である。


 颯月の背後にある天幕からは、なんだなんだと好奇の眼差しが向けられているような気がする。

 ただでさえ雪の精だ雪だるまだと妙な噂を立てられて困っているのに、これ以上ややこしい噂が流布されるのはしんどい。しかも今回は颯月そっくりのルシフェリアの存在によって、噂の的は綾那一人では済まないだろう。


 綾那はやんわりと颯月の二の腕に触れると、「場所を変えるか、続きは後ろの皆さんとのお話が終わってからにしませんか?」と言って、顔色を窺うように上目遣いになった。


 颯月は一拍も置く事なく、「場所を変えて、今すぐにハッキリさせる」と即答して綾那の手を掴んだ。


「――そんなっ、りょ、両手に華は、勘弁して頂きたいのですが……っ!!」


 片手を颯月、もう片方の手を少年颯月――に化けたルシフェリアに握られて、綾那はフードの下で頬を紅潮させた。恐らく手が自由であれば、今頃胸を押さえて膝から崩れ落ちていただろう。


 颯月は胡乱な眼差しを向けると、空いた方の手で綾那の頬をギュムッと強めに(つね)った。


「綾――アンタがこの顔に弱いのはよく知っているが、あまりにも節操がなさすぎる。何度も言うがソレは創造神であって、俺じゃあないんだが?」

「わっ、分かっています! 分かっていますよ……ごめんなさい、い、痛いです、颯月さん――」

「痛くしてるんだから、当然だろう。改めて言うまでもないが、綾のもつ独占欲よりも俺のもつ()()()()欲の方が確実に強いからな。頼むから下手に刺激しないでくれ、俺だって可愛いアンタを痛めつけたくない」


 口ではそう言いつつも、颯月は抓ったままの頬をグリッと容赦なく捻った。「いひぇやあぁ……っ」と情けない悲鳴を上げる綾那に、ルシフェリアが呆れたように息を吐き出した。


「――コレが、赤毛の子が言ってた『DV』ってヤツなの?」


 ルシフェリアは僅かに目を眇め、綾那越しに颯月を見上げて「いつか暴力を振るい始めるって、前々から言われていたものねえ――」と口にした。

 颯月はぴくりと肩を揺らすと、すぐさま綾那の頬を解放する。そして「とにかく、向こうで話そう」と言って、路地裏を指差した。


「そんなにこの姿が気に入らない? 綾那(この子)が僕を遠ざけられないのは当然だよ、だって君の事が好きで仕方がないんだから」

「そういう問題じゃあねえだろう」

「君と同じ顔なんだから、別に良いじゃない……この子は僕を通り越して君を愛しているだけさ」

「いや、わざわざ創造神を間に挟む意味が分からねえ。綾がアンタを可愛がったって俺にはなんの得にもならん、経由せずに直接俺を可愛がれば良い」

「えぇ? ――つまり何、この子は俺だけ見てれば良いって?」

「…………そこで肯定すれば、またDVだなんだと騒ぐんだろう」


 苦虫を噛み潰したような顔をする颯月に、ルシフェリアは悪戯っぽく笑った。

 普段陽香から「トンデモDV野郎」と言われても軽く流しているのに、意外と気にしていたらしい。


「まあまあ、良いじゃないか。十四歳なんてまだ子供だよ、子供。君の義弟と同じくらいだよ? 安心、安全でしょ」

「子供じゃねえ、俺がその年の頃にはもう――違う、そんな事は良い。とにかく、その姿で綾と並ぶのはやめろ。万が一にも間違いが起きると困る」

「うわあ……もしかして君、自分がこの年の頃好き放題していたからって、僕もこの子に好き放題するんじゃあないかって心配してるとか?」

「…………もう本当に勘弁してくれ」

「全く、貴い王族の末裔なのに品性を疑っちゃうなあ」


 颯月は目を細めると、「ぐうの音も出ねえよ」と吐き捨てた。そうして路地裏まで辿り着くと、改めて綾那と向き合う。

 綾那は抓り捻られた頬を手で擦りながら、苦笑して――いまだ手を繋いだままのルシフェリアを見やった。


「シアさん、やっぱり三歳ぐらいの姿に変えられませんか? その方が移動しやすいですし、ずっと抱っこできますよ。あと、颯月さんが増えると私は色々()ちません」

「えぇ~もう、面倒くさいなあ……昔の君が太りさえしていなければ、こんな事には――」

「……太る?」

「――シアさん! 破かれてしまいますよ!!」


 心の底から触れて欲しくないワードに反応した颯月に、綾那は激しく動揺する。

 ルシフェリアは億劫そうに「はいはい、分かった。分かりましたよ」と呟くと、その身体は眩い光に包まれて――十四歳の颯月は、あっという間に三歳児に姿を変えた。


 てっきり綾那の姿を借りるのかと思えば、颯月のまま幼くなったルシフェリア。綾那は「いやあぁ! 可愛いぃ……っ!」と、またしても悲鳴のような歓声を上げて、その場へしゃがみ込んだ。


 真っ白でもちもちの頬っぺた。紫色の垂れ目は零れんばかりに大きくて、髪の毛は今の颯月よりも癖が強くてふわふわだ。

 短い脚でよちよちと歩いて、同じく短い両手を伸ばし綾那に抱っこをせがむ。


 綾那は目元も口元もゆるゆるに緩ませると、両手を広げてルシフェリアを迎え入れた。


「……オイ待て、どうして初めからその姿で現れてくれなかったんだ? いや、今からでもアイツらに言って、魔具(カメラ)を持ってこさせれば――」


 颯月は言いながら、先ほど自分が飛び出て来た天幕の方へ視線を送った。アイツらというのは、彼の部下にあたる騎士の事だろう。

 彼はそのまま「家宝、第二弾にする」と言って途端に態度を軟化させたが、しかし綾那の胸に抱かれたルシフェリアはツーンと顔を背けた。


「いくら可愛い王族の君でも、度を越えたワガママはダメ。今日は写真はお断りだよ、何せこの僕に労働を強いたんだからね」

「――っぐ……違う、悪かった……謝る、全面的に俺が悪かった」

「仲睦まじいのは良い事だけれど、あまりにも一方的に押さえつけるような関係性はよくないと思うよ。束縛も執着も、暴力も程々にね。君は今の王様より、よほど病的だと自覚した方が良い」

「……なあ、陛下を引き合いに出すのはやめてくれ」


 すっかりヘソを曲げてしまった男児の頬を、颯月はまるでご機嫌取りでもするように指先でくすぐった。

 しかしルシフェリアの意思は固いようで、最後まで頭を縦に振る事はなかった。

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