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顕現その2

元は第六章が続いていたのですが、あまりにも長くなりそうなので区切りました。

 颯瑛の書斎を後にした綾那は 維月に王宮の外まで案内してもらったのち、そこから先は自分一人の足で颯月の元へ向かう事にした。

 もちろん維月は、責任をもって義兄の元まで送り届けるつもりでいたようだったが――やはり、王太子が繊維祭当日の街中を歩き回るのは危険だ。


 早朝の時間帯とは言え、夏祭りの時と同様露店は立ち並ぶし、準備に勤しんでいる者も多い。いくら離れた位置に護衛の近衛騎士が控えていたとしても、領民に要らぬ混乱をもたらすのはよくないだろう。


 綾那は一旦騎士団宿舎にある私室へ戻って、目立つ髪の毛だけでも隠せるようにフード付きの服に着替えた。

 フードを被って髪を中にしまい込んだら、改めて街中へ繰り出す。


 アイドクレースは本日も猛暑日で、雨は降りそうにない。

 強すぎる陽光――と言っても、上空のアレは魔法の光源だが――を遮る意味でも、フードを被るのは正解だったかも知れない。


 街のメインストリートと呼べる幅広の道、その両脇には所狭しと露店が構えられている。

 至る所からアレがないコレがない、あの商品はどこだ、急げなんて威勢の良い声が聞こえて来て、やはりイベント――催し事は活気があって良い。


 もう少し歩けば、本日ファッションショーが開催される舞台が見えてくるだろう。颯月もその近辺で待機しているはずだ。

 綾那はフードを目深に被ったまま、わくわくと胸を躍らせて一歩ずつ目的地へ近付いていく。


「――ねえ、僕もお祭りを見て回りたい」


 綾那の背に掛けられた声は、少女のような、声変わり前の少年のような高い声だった。最早聞き慣れたこの声は、間違いなくルシフェリアのものだ。


 ただ、いつもと違ってより明瞭と言うか――随分と近い所で声が聞こえた気がする。綾那は、いつもの光球ではなく、また自身の姿を模して『顕現』しているのだと察した。

 そうして「シアさん?」と問いながら振り向くと、綾那はすぐさま「ヒェッ……!?」と、まるで引きつった悲鳴のような声を上げた。


「お祭りなんでしょう? 僕も一緒に回る、あとお腹が空いたよ」

「えっ、し、シアさん――ですよね……?」


 綾那が声を震わせて確認すれば、ルシフェリアは「どこからどう見たって、僕の隠し切れない天使オーラが滲み出ているでしょう」と言って、不思議そうに首を傾げた。


 ルシフェリアの姿は、綾那の幼少期でも少女期でもなく、明らかに――そう明らかに、颯月の少年期を模した形をしていた。

 綾那にとって宇宙一の容貌はそのままだが、その顔立ちは随分とあどけなく、背も綾那と同じか、むしろ低いくらいだ。


 何よりも今の彼と決定的に違うのは、肌に刺青がない事。瞳の色がどちらも紫である事、そして黒髪の中に金髪が混じっていない事――つまり、悪魔憑きの特徴が一切ない事だろうか。

 本物の颯月は出生直後に悪魔憑きにされているため、こんな姿をしていた過去はないはず。


 既に完成系の成熟した体つきの維月とはまた違う、幼さの中になんとも言えない危うい色香のようなものを感じるのは、気のせいだろうか。

 綾那は震え声のまま、「どうして、颯月さんの姿に……?」と言って数歩後ずさった。

 一旦距離を取って冷静にならねば、あまりの愛らしさに理性も忘れて、抱き締めてしまいそうだったからだ。


 ただ颯月の姿を模しただけの、颯月とは全く違うこの生命体を。


「――僕は君の顔が結構好きで、顕現する時も優先的に借りたいな~と思える姿なんだけど」

「きょ、恐縮です……?」

「なんて言うか――「偶像(アイドル)」をもらったお陰で、一気に力が戻って来てね。今顕現するとなると……人間の年齢で言えば、大体十四歳くらいの姿になるのかなあ」

「じゅ、十四歳! つまりそのお姿は、颯月さんがリベリアス史上最速で騎士団長に就任した時の……! な、なんて神々しさなんでしょう!!」


 綾那は、まるで神にでも祈るように顔の前で手を組むと、桃色の瞳をキラキラと輝かせてルシフェリアを――否、十四歳の颯月を見た。


(維月先輩が十三歳で完成しているから、てっきり颯月さんも成長が早いタイプだと思ってた! ……あ、でもお義父様だって、颯月さんが生まれた頃はまだ体が小さかったって仰っていたものね……? 今は二メートルを優に超えていそうな高身長だけれど)


 そう考えれば、颯月の成長期がもう少し後でもなんら不思議はない。

 今と変わらぬシミ一つない白磁のような肌に、紫色の垂れ目。まだ身長が低いから当然だが、体の厚みも今と比べると随分と薄く、華奢だ。

 こんなにも細い体で毎日休みなく働いて、夜な夜な眷属を探し回っていたかと思うと――綾那は何やら、胸が締め付けられた。


 彼は周囲から「お前のせいで、陛下がおかしくなった」と言って聞かされて育ったらしい。

 だからどこか自罰的で、足を止めて休む事すらできず、「ぼんやりしていると、生きていて良いのか不安になる」なんて言い出すのだ。


 もしも時間が巻き戻せたならば、綾那は絶対にこの颯月の傍を離れないだろう。ずっと彼の傍に居て、「怪力(ストレングス)」でもなんでも使って、あらゆる悪意から彼を守ったに違いないのに。


 そんな詮無き事を考えて瞳を潤ませる綾那に、ルシフェリアは問いかけの回答を告げた。


「今回も君の姿を借りようと思っていたんだけれど、君、十四歳の頃何があったの?」

「……へ?」

「なんだか、アレはアレで愛嬌があるとは思うけれど……美の天使的にはちょっとナシかなって。ここアイドクレースでは尚更だよね」

「――あっ」


 その言葉で、綾那はようやく理解した。


(十四歳――そっか、私……ケーキの食べ過ぎで激太りしてた時だ)


 そして、四重奏の師に心的外傷を植え付けられた年齢でもある。


 結果痩せた今となっては、師も「実は女の子って、第二次性徴期――だいたい中学生ぐらいの年齢で、乳腺の成長が終わると言われているらしいよ。そもそも乳腺の数が少ないと胸に脂肪が定着しにくいから、綾那は胸の成長的に、本当に良い時期に太ったよね」なんて褒められるのだが――当時は目の前で「痩せる努力くらいした方が良い、悪い子は尻叩きする」と笑いながらサンドバッグを張り飛ばされて、身の危険を感じたものである。


 あの事件以来、綾那は体のラインを隠すようなダボついた服も、体にぴったりと沿わないヒラヒラした服も着られなくなった。

 とにかくボディラインが一目瞭然の恰好をして、師に「体形維持に問題はない」とアピールしなければ気が済まない――いや、気が休まらないのだ。


 最早それは師が目の前に居ようが居まいが関係なく、いついかなる時も同様である。

 だから師が居るはずのない「奈落の底」――リベリアスでも、綾那のトラウマは変わらずに発動するのだ。


「だから今回は、颯月(あの子)の姿を借りる事にしたよ。もう少し力が戻ったら、また君の姿を借りようかな。――まあ、あの子に見せたら、これ以上なく喜びそうではあるけれど……」

「や、止めてください! 颯月さんがますますデブ専に傾いたら、大変な事になります! 彼にとって『骨』がトラウマであるように、私にとっては今以上に太る事が、この上ないトラウマ起爆剤なんですから!! ……師匠に破かれちゃう!!」

「やぶ……? 一体何を破かれるのか分からないけれど、そんなに嫌がるなら止めておくよ。とにかく僕、お腹が空いた。どこかにご飯はないの?」


 言いながらルシフェリアは、綾那に向かって「抱っこ」とでも言うように両手を伸ばした。

 しかし綾那は誘惑に耐えるようにグッと下唇を噛んで、ブンブンと首を横に振る。


「い、いけません、シアさん。今『男性』ですよね?」

「うん? それはまあ、君じゃあなくてあの子の姿を借りているからね」

「きっと他でもない颯月さんが嫌がられるので、彼以外の異性と触れ合うのは、ちょっと――っていうか、その姿のシアさんを私が抱き上げて移動するのは、誰の目から見ても不審です……」

「えぇ……? そんなに抱きたそうな顔をしておいて、そんな事を言うの?」


 自身の足で移動するのが余程嫌なのか、ルシフェリアはげんなりとした顔で目を眇めた。

 綾那は「抱きたそうな顔なんてしていません! 遺憾の意を表明します!」と反論した。しかしルシフェリアの指摘通り、まるで抗えない誘惑に耐えるような、そういう余裕のない表情をしている自覚はある。


「せ、せめて、小さく……! 私の姿を借りていた時のように、幼児化できませんか? 三歳ぐらいだったら、颯月さんも見た時に喜びそうなのですけれど――」


 颯月そっくりの男児に姿を変えてくれれば、また彼の家宝が増えそうである。

 そんな思いでもってルシフェリアを見やるが、しかし()は「んー、肉体の年齢操作は、歩くよりも疲れるからなあ……」なんて嘆いて、深いため息を吐き出した。


 そしておもむろに片手だけ下ろすと、「ん」と挙げられたままの方の手を、綾那の眼前に差し出した。

 綾那がきょとんと目を丸めると、ルシフェリアは億劫そうに口を開く。


「手くらい、引いて歩いてよ。歩くのは面倒くさいけど、年齢操作はもっと面倒くさいし、はぐれるのも面倒くさい。……お腹が空いた。早くあの子の所に行って、ご飯をもらおうよ」

「え、いや、ですので、異性とのふれあいは、あまり――」

「……じゃあ、君の姿を借りようか」

「止めてください、師匠に破かれてしまいます……!!」

「破くってなんなんだろう、本当に」


 脅迫 (?)を受けた綾那はついに観念したのか、うぐぐと唸りながらルシフェリアの手を握った。


 まだ幼さを残した、颯月そっくりの相貌が――紫色の瞳が満足げに細められたのを見て、綾那は「このような至高の芸術品を創り出した神に、感謝を――!」と震える声で祈りを捧げた。


 その芸術品を創り出した神ルシフェリアは、「僕は人に感謝されるのが大好きなんだ」と言って、機嫌よく笑った。

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