再び王宮へ
綾那から数々の『誤解』について聞かされた維月は ぽかんと呆けた顔になった。
颯月のように激昂する事はなかったが、しかし彼だって十三年間、国王の分かりづらい態度に振り回されて来たのだ。
両親の間に愛はない、自身は王から息子と思われていないなんて感じながら生きてきて――突然こんな話をされても、戸惑ってしまうだろう。
綾那は話し終えると、彼の反応を待つために黙り込んだ。「だから仲良くしろ」「和解しろ」なんて、急いては事を仕損じるというのは、颯月を怒らせた事で既に身に染みている。
維月は思案するように、難しい顔になって綾那から視線を外した。しかし次に視線を戻した時には、何故かその顔に喜びを滲ませていた。
意外な表情を向けられた綾那は、「へ?」と間の抜けた声を漏らす。
「義姉上の話が事実なら――つまり俺は、今後誰の目を気にする事もなく、義兄上に会いに行っても良いという訳だよな?」
機嫌よさげに声を弾ませた維月に、綾那はぱちぱちと目を瞬かせながら「え、あっ、た、確かに?」と言って首を傾げた。
(あれ? まず気にするの、ソコなんだ――?)
さすがは、颯月ファンの鑑と言ったところだろうか。
実は国王の反応が極端に分かりにくいというだけで、自身が愛されていると言う事も――彼が正妃の事を愛していると言う事も置いておいて、取り上げるべきはまずソコなのか。
綾那は感心していいものやら、困惑していいものやら分からずに、複雑な笑みを浮かべて口を開いた。
「だけどやっぱり、陛下はヤキモチ妬いちゃうと思いますよ? お二人が関わるたびに眉を顰めていたのは、「ずるい」と思っていただけらしいですから――」
「ずるいと思われるだけなら全く問題ない。今まではただ、俺が近付くと義兄上にとって何かしら不都合が生じるのではないかと危惧して、距離を取っていただけだから。それがそもそも誤解だったと分かったのは、この上ない収穫だな」
「それは、そうかも知れないですけど――でも、ちょっと陛下がお可哀相な気も……?」
何せ彼は、颯月に和解を拒まれたのだ。颯月の方から歩み寄りでもしない限り、今後も関わる事はできないだろう。
そうして眉尻を下げた綾那を横目に、維月は「だがそれは、父上の自業自得だ。俺は存分に羨ましがると良いと思う」と、機嫌よさげに嘯いた。
やはり彼は、父親よりも義兄優先の思考をしているらしい。国王からの愛情云々よりも、義兄と関わり合いを持って良いかどうかの方が重要なのだ。
(つまり、颯月さんが和解を望まない限り――維月先輩も颯瑛様の手助けをするつもりはない、と)
綾那はますます、父子和解への道が遠のいたような気持ちになった。そしてふと、維月は何故ここまでブラコンに育ったのだろうかと、不思議に思う。
颯月の場合、実母を喪い実父には勘当されて、残された唯一の血族とも言える維月に執着した結果今があるのだと言っていた。
まあ綾那としては、「あんな兄が居て、好きにならない理由はない」とは思うのだが。
段々と王宮を囲む白壁が近付いて来たため、彼と気兼ねなく話ができるのも、そろそろ終わりだ。綾那はこれを機に聞いてしまおうと、維月に問いかける。
「先輩は、どうしてそんなに颯月さんの事がお好きなのですか?」
「うん? ――なんだ、愚問だな後輩。あれほど素晴らしい人物が身近に居て、好きにならない方がおかしいだろう」
「もちろんそれは思いますけれど、でも出生と同時に颯月さんが勘当されていて、満足に関わる事ができなかったのでは?」
「……そこはまあ、母上が機転を利かせてくれたお陰だな。口では「陛下が嫌がる」と言いながらも、幼少期から周りの目を盗んでは、俺と義兄上を会わせてくれた。表立っては無理でも、唯一の義兄弟として支え合うようにと」
「なるほど、正妃様が……」
「俺が物心つく頃にはもう、義兄上は騎士団長にまで昇り詰めていた。職務で忙しい最中でも、よく俺の相手をしてくれたよ。――今代で王太子教育を受けているのは、義兄上と俺だけだ。受けた者にしか分からない苦労や悩みがある。それに共感してくれるのも、対処法を示してくれるのも……俺には、義兄上だけだった」
維月はそこで一旦言葉を切ると、何事か逡巡してから再び口を開く。
「母上は教育者としてこの上ない人物だとは思うが、如何せん優秀過ぎる。だから、自分より能力の劣る者の苦悩が――「何故できないのか」、「何故分からないのか」が分からない。義兄上ほどではないにしろ、俺にだって、母上に関するちょっとしたトラウマの一つや二つある」
「……ええと、さすがは生まれながらにして、国母となるよう育てられたお方ですね」
「ああ、そうだな。――俺もいい加減、相手を選ばなければならないんだ……気が重いよ。義兄上みたいな女が居れば、迷わずに済むのに」
「颯月さんみたいな女性……? それは、随分と格好良さそうです」
彼は正当な後継者、次期国王だ。血筋が全ての王族は、何よりも跡継ぎづくりを最優先する。だからこそ現国王颯瑛は、たったの十歳で複数の妻を娶ったのだ。
憂鬱そうな息を吐き出した維月は、ふと自身の腕に手を添えて歩く綾那を見下ろして、小さく笑った。
「俺も、義姉上みたいに白くて柔らかそうなのが良いな。ルベライト出身の者から選ぼうか」
「え? い、いや、仮にも国母になられる方を、見た目で選んで良いのでしょうか……?」
「俺が優秀であれば、国母が『お飾り』でも問題ないだろう? 伊達に母上に躾けられていない」
「あら、自信満々ですね」
綾那が思わず笑みを零せば、維月もまた笑った。
彼はそのまま「それに、義兄上にとっては義妹になる女だぞ。『骨』よりも義姉上みたいなレディの方が、喜ばれるに決まっている」と続けた。
綾那も「そうかも知れませんね」と、笑い交じりの相槌を打った。
「次期国王の俺がアイドクレースらしくない女を娶れば、領民はどうなるだろうな。少なくとも義姉上にとっては、今よりも生きやすい街になるかも知れないぞ」
「……私の事まで考えて下さるんですか?」
「まあ、結果としてソレが義兄上のためになるからな」
「先輩ブレませんね」
ハッキリと告げた維月に、綾那は声を上げて笑う。
そうして話している内に王宮の入口まで辿り着いた綾那は、そのまま彼に国王の書斎まで案内してもらう事にした。




