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悪魔憑き問題

「綾、何を――」


 ベッドに縫い付けられた両腕を持ち上げようとした颯月は、それがぴくりとも動かせない事に気付くと、少々焦った表情で綾那を見上げた。

 僅かに戦慄(わなな)いた唇からは、「いつの間に『魔法』を取り戻したんだ――」と聞こえた気がする。


 綾那は相変わらず慈愛に満ちた表情で、颯月の動きを封じたままだ。彼の胴体を跨いだ馬乗りの体勢から、体を倒して厚い胸板の上に俯せで寝そべる。

 ぴったりと隙間なく引っ付いた体に――そして間近に迫る綾那の顔に、颯月は分かりやすく硬直した。しかしその表情は、どこか非難めいたものだった。


「なあ、綾……色仕掛けだけは辞めろ」

「――あっ、もしかして私、重たいですか?」

「いや、全く重くねえし、なんならもう少し重みがあった方が良――違うだろ、そういう話じゃねえ」

「ふふ、良かった。大好きですよ、颯月さん……愛しています」


 間近にある颯月の顔を見やって、綾那はとろりと垂れ目を緩ませた。

 甘い言葉と柔和な表情、しかしそれとは打って変わって力強い――強すぎる腕の拘束に、颯月はますます眉根を寄せる。


「………………オイ、だから、辞めろと言って――正妃サマじゃあるまいし、俺を意のままに操ろうとするな。俺の可愛い天使はそんな事しないはずだろう? ……今更あの人と和解はない、無理なんだ」

「はい、分かりました。ごめんなさい颯月さん、私があまりに軽率で――無神経でした。あなたがどれだけ辛い想いをしてきたのか、理解が及ばずに……でも私は、このお飯事(ままごと)を降りるつもりはありません」

「そういう問題じゃあ――」

「私自身がそういった事にあまり頓着しないから、尚悪いんですよね……血の繋がった家族というのも、神子には居なくて当然のものだったので」

「は? ……陽香達の事を家族と言う辺り、訳アリだろうとは思っていたが……アンタも親が居ないのか? ――――それがどうしたら、そんな風に育つんだ……?」

「そんな風に?」


 問いかけの意味が分からず、綾那は首を傾げた。颯月はどこか呆気にとられたような顔をして、続ける。


「普通、もっとスレるだろう。なんでそんな――」

「この性格は生まれついてのものなので、なんとも――その上「表」の神様から、洗脳のようなものまで受けていたようですし」

「つまり綾は、生まれつき天使で――死ぬまで天使と言う事か……?」

「いや、そもそも天使ではないのですけれど」


 至極真剣な眼差しで素っ頓狂な事を言う颯月に、綾那は苦笑した。そして拘束していた両腕を解放すると、彼の胴体に抱き着くようにして腕を絡め直した。

 顔を伏せて彼の胸元に耳を寄せれば、ドクドクと激しすぎる脈動が聞こえる。


「とにかく、あなたの気持ちをちゃんと考えていなかったです。颯月さんが望まない事は強要しません。お義父(とう)――颯瑛様も、あなたの負担になるような事は望まないでしょう。だから、殺して欲しかったなんて言わないでください。私はあなたと会えて、本当に幸せなのに……結婚したいのに、全部なかった事にするんですか? それは傷つきます」

「……俺と結婚しても()()()は望めないのに、本当に良いのか? 自分の子を産んで育てたいとは、思わないのか。俺はたぶん――綾が他所で子種をもらってくるなんて言い出した日には、迷わず殺すと思うぞ。……お前も、相手の男も」


 顔を伏せたため颯月の表情は分からないが、その声色はどこまでも硬く、真剣だ。

 せっかく拘束をといたのだから、力ずくで退()ければ良いのに――しかし彼は、綾那の背中に両腕を回してきつく抱きしめた。

 その力と言ったら、綾那が選択する言葉を少しでも誤れば、今この場で絞め殺されてしまいそうなほどに強い。


 綾那は強すぎる抱擁に身を捩り、苦い笑みを漏らしてから「うーん」と唸る。


「颯月さんの子供なら産みたいですけれど、他は考えれませんよ」

「――だが、人の気持ちは変わる。永遠に変化しないものなんてない」

「じゃあ、どこかへ閉じ込めれば良いじゃないですか。確か、私専用の檻を作ってくださるのでしょう? ……両手両足を切ってその辺に転がしておけば、例え「怪力(ストレングス)」があろうと逃げられませんよ」

「……本気で言ってるのか?」

「私が信用できなくて、そこまでしなければ不安でしたら、どうぞ。――ただ私、薬はもちろん麻酔も効かないので……たぶんそのまま、死んじゃいますけど」


 淀みなく「不安ならいっそ殺してくれ」と答える綾那に、颯月は黙り込んでしまった。

 ただ、脈動が更に早く大きくなったため、もしかすると彼は今、本気で『決断』を迫られているのかも知れない。


 一生悪魔憑き――血の繋がりのある実子を望めないという事が、そんなにも彼を苦しめていたとは。

 綾那は颯月の苦悩を分かっているようで、その実全く分かっていなかったのだと思い知らされる。


 子供が居なければ『家族』にはなれないと――そうでなければ綾那を繋ぎ留められないと、本気で思っているのだろうか。

 そうだとすれば、そんな生き方しかできないのは悲しい。


 綾那が死をもって愛を証明する以外で――まずこのやり方では、残される四重奏のメンバーに申し訳が立たない――颯月のためにできる事はないのか。

 どちらも死ぬ事なく、共に生きるための何かが。


 そもそも悪魔憑きは、本当に子を成せないのだろうか? 科学の発展していない世界で、()()は一体どう証明されたのだ。

 綾那はパッと顔を上げて、悩む颯月を見やった。


「ねえ、颯月さん。こんな事を聞くのもどうかと思うのですけれど……実際に()()()んですか?」

「……試す?」

「ええと、本当に子供ができないのか。それとも試すまでもなく、検査や魔法――それこそ「分析(アナライズ)」か何かで、種がないと分かっているのでしょうか」


 彼に課された『婚前交渉禁止』という正妃の教育は、あくまでも相手が婚約者の場合――それも、「契約(エンゲージメント)」するような本気の相手――のみだ。


 義弟の維月曰く、颯月は過去、見た目が好みの女性を傍に置く事があったらしい。しかも、婚前交渉禁止について「子供でもあるまいし」と一笑に付した事からして、恐らくそういった経験が全くない訳ではないのだろう。


 綾那がじっと颯月の返事を待っていると、彼はたっぷりと間を空けてから口を開いた。


「………………全く試していないと言うと、嘘になる。俺は()()だから、眼帯と服で『異形』の部分を隠しやすい――たぶん、他の悪魔憑きよりも()()のが容易だ」

「なるほど。ちなみにそれは、どのくらいの回数こなしたのですか?」

「どのくらい……――明確に言わないとダメか?」

「あ、いいえ。言いたくなければ、無理には――ただあの、本当にダメだったのかなって?」


 颯月はまたしても無言になって、ややあってから低い呻き声のようなものを漏らした。


「正直、数撃ちゃあいつか当たるんじゃないかと思っていた時期がある――としか、言いようがない」

「それなりの回数()()した結果なのですね。うーん、確か文献に、悪魔憑きは子を成せないと……子種がないと記されている、と仰っていましたけれど……科学のない世界じゃあ、迷信めいていると言うか。根拠に乏しいんじゃあないかと思って……」


 綾那の言葉に、颯月は「科学?」と言って首を傾げた。

 しかし問われたところで、科学とは何か上手く説明できないため、綾那は曖昧に笑って誤魔化す。


 そもそも悪魔憑きは、人から忌避されてしまう。

 ならば、同じ悪魔憑き同士で親密な関係になれば――と言っても、何故か女性は眷属の呪いに耐えきれずに死んでしまうため、悪魔憑きにはなれない。

 もし女性の悪魔憑きが居たとしたら、それは性転換できるタイプの眷属が呪いの元になっているらしい。つまるところ元は男で、しかも呪いが解ければ、元の男に戻るのである。


『異形』も相まって、普通の人間と深い仲になるなどもってのほかだと言うならば、まず子づくりのハードルが相当高いはずだ。

 しかも眷属は、戦う力のない幼い子供を好んで狙う。悪魔憑きが成熟するよりも前に、呪いの元となった眷属が祓われて普通の人間に戻る事が多いとしたら――その時点で、「悪魔憑きが子づくり」もクソもないのではないか。


 もちろん、中には右京や明臣のように、大人になってもいまだに呪われたままの者も居る。悪魔憑きは、未成熟の内に普通の人間に戻れる事が多いから――なんて事を、種無しの根拠を疑うダシにはできないだろう。

 しかし、リベリアスの住人から「化け物」なんて忌避される右京が、果たしてあの半獣姿で()()()相手が居るのだろうか。


(いや、めちゃくちゃ失礼な事を考えてるとは思うけどね。でも、悪魔憑きはリベリアス――特にアデュレリアでは、受け入れられない存在だから)


 まず一生悪魔憑きは、ルシフェリアをもってしても数えられるぐらいしか前例がないようだ。それも颯月のように綺麗に半分で、隠しやすい『異形』ばかりではない。

 彼は眼帯と服である程度刺青を隠せるし、マナの吸収を抑える効果の強い魔具を身に付ければ、あの金メッシュ混じりの髪だってただの黒髪になる。


 見た目は呪いの元となる眷属にも左右されるし、颯月の言う通り、彼は悪魔憑きの中でも比較的試すのが容易な部類で間違いない。


 しかしそんな颯月であっても、『異形』が露見すると女性に逃げられるのだ。リベリアスの人間に根付く悪魔憑きへ対する畏怖や嫌悪は、相当に深いのだろう。


 となると、問題は子種の有無ではなく、圧倒的に少なすぎる機会。そして普通の人間から敬遠されにくい姿形をした、それも成熟した悪魔憑きの絶対数の少なさ――なのではないだろうか。


(でも颯月さんは、それなりに試した結果ダメだった……じゃあ、やっぱり悪魔憑きでは子を成せないという事?)


 思えばルシフェリアも、悪魔憑きに子供は無理だと認めている節があったし――やはりダメなのだろうか。

 うーんと悩んだ綾那は、改めて颯月を見つめた。

 質問内容が悪かったせいか、いつの間にやら綾那の背を締め上げる腕からは、力が抜けている。色違いの瞳も泳ぎ気味で、気まずそうだ。


 綾那は彼の意識を自身に向けるために、指先でツンツンと右頬をつつく。

 颯月は気まずげな雰囲気を漂わせたまま、ついと綾那の顔を注視した。そうして視線がかち合ったところで、綾那は笑顔で問題発言する。


「あの、颯月さん。私で()()()みませんか?」

「………………「魔法よろ(マジックアー)」――」


 颯月を見つめながら小首を傾げる綾那に、颯月は沈黙したのち「魔法鎧(マジックアーマー)」を唱えかけた。すぐさま鉄壁の殻に篭ろうとする婚約者に、綾那は慌てて弁解する。


「あっ、いえいえ、今ではないですよ? その……結婚して、『解禁』されたら?」

「――そんな、どこぞのワインみたいに言わないでくれ。俺が心的外傷(トラウマ)を負う程、厳しく躾けられている事なんだぞ……」


 彼のぼやきに、綾那は内心「リベリアスにも、なんちゃらヌーヴォー的なものがあるのか」と感心した。


「……私では試したくならないですか?」

「バカ言うな、試したいに決まってる…………違う。もちろん喜び勇んで試すし、綾で試してみたい事は尽きないが――試したところで、だと思うぞ」

「年単位――長いスパンで、やれる事を全部試してみましょう? 色々試してもらえる方が、私も幸せですし」

「……幸せなのか」

「ええ。やっぱり不妊治療って、一朝一夕でどうにかできる話じゃありませんし。それに、アイドクレースの女性って痩せ過ぎている方が多いから、それで子を授かりにくかったというだけかも知れないですよ?」

「俺がスケルトンを抱けるはずがないだろう、アレらは魔物だぞ」

「えっ? でも……ここに住んでる人は皆、痩せちゃうじゃないですか。颯月さんはアイドクレースの騎士団長だから、気軽に他領にも行けませんよね?」


「あと、痩身の女性は魔物ではありませんよ」と言って首を傾げる綾那に、颯月は気まずげな表情で目を逸らした。

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