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夢うつつ

 綾那は、颯月を起こさないように身じろぎ一つしないまま、目だけ動かして光る球体を探した。

 しかし室内は薄暗く、ルシフェリアの姿は見当たらない。そもそも何故いきなり声が聞こえるようになったのかすら分からず、綾那は目を瞬かせる。


『僕が眩しいと、君は騒ぎ出すでしょう? その子を起こす訳にはいかないからね、窓の外だよ』


 ルシフェリアの説明に、綾那はなるほどと納得する。

 確かに声は、綾那の背後――窓の向こう側から聞こえる。窓には分厚いカーテンが掛けられているから、外の陽光も――ルシフェリアのあの殺人的な光も、遮っているのだろう。


『さっき、「怪力(ストレングス)」と「追跡者(チェイサー)」を返したんだよ。だから君はまた前みたいに、僕の姿と声を見聞きできるようになった』


(そうなんですね、ありがとうございます。でも、どうして急に――)


『うーん、なんとなく? ――ずっと見ていたんだけれど……もしかすると君は僕にとって、幸せを運ぶ青い鳥なのかも知れないね』


 ルシフェリアの言葉に、綾那はますます首を傾げる。


『僕が王族を特に可愛がるという話は、よく知っているでしょう。彼らが幸せそうに過ごしているのを見るのが、一番楽しいんだけれど……ただここ数十年は僕自身の力が弱まって、観察するどころじゃあなかったからさ。そうして目を離している間に、色んな事があったみたいじゃないか。今の王様は辛そうだし、次の王様も辛そうだし、その子だって――皆して大変そうだ』


(そうですね……)


『至る所で関係が拗れていて、彼らだけの力じゃあどうにも(ほど)けない。でも君がなんとかしてくれそう……きっとできるよね』


(えっ? いや、それは――)


 ルシフェリアは既に、綾那の行く末とやらを透視できなくなっている。つまりこの発言は予知でもなんでもなく、ルシフェリア自身が思う希望的観測である。


 どう誤解をとくべきなのか、どう仲を取り持つべきなのか――ひとつも良い案が浮かんでいない綾那に対して、過剰な期待を抱くのは勘弁して欲しい。

 なんとも言えない表情をして黙り込んだ綾那に、ルシフェリアは高く笑った。


『上手くできなくても恨まないから、気楽にどうぞ? だけど君はその子のためなら、なんだってするでしょう』


(それは、そうですけれど)


『――「転移」のバカのお陰とは、死んでも思いたくないけれど……君と関わるようになってから力は戻って来るし、ヴェゼルは大人しくなるし、風向きが良いんだ。君の事、逃がしたくなくなっちゃうな』


 ぽつりと呟かれた言葉に、綾那はハッとする。

 颯月と結婚したいとかなんとか好き勝手に言っているが、そもそもこの国の神ルシフェリアの許可を得ていないのだ。

 リベリアスにとって余所者に過ぎない「表」出身の綾那が――そして四重奏のメンバーが、この世界に永住していいのかどうか。


 そんな事を考えていると、窓の外から「え?」と声が聞こえた。


『君、本気で「表」に帰るつもりないの? 冗談じゃなかったんだ』


(本気ですよ、颯月さんと離れたくなくなっちゃったので)


『そうか、それは良いね。うーん……そっかあ――そうだなあ、君さあ、僕の()()になるつもりない?』


(部下?)


『うん。その子のためになる事、色々と考えてみたんだけれど……君とその子を僕の部下にするのが、一番手っ取り早いんじゃないかなと思ってね』


(颯月さんまで? 詳しく聞いてみない事には、なんとも……それにシアさん、この世界の住人に深入りするのは禁物なのでは? 私をクッションにしているとは言っても、颯月さんのために行動していて平気なのですか?)


 この世界を創った創造神であるルシフェリアは、リベリアスの住人と深く関われないと言っていたはずだ。あまり深入りすれば、世界が壊れてしまうとも。


 綾那の問いかけに、ルシフェリアは「そうだねえ~」と間延びした返事をする。


『僕にとっては唯一と言っても良い、この世界を存続させるために、関わらざるを得ない事柄というのがあってね』


 意味深な言葉に、それは一体どういう事だと問いかけようとしたが、しかし綾那の目の前で眠る颯月が身じろぎしたため、まるで口を噤むように考える事を止めた。

 噤むも何も初めから喋っていないのだが、反射のようなものだ。


 じっと颯月を注視していると、やがて閉じた瞼が僅かに震えて、ゆっくりと開かれた。ぼんやりと焦点の合わない紫色の瞳を見て、綾那の頭の中は「かわいい、好き」で埋め尽くされる。


『ああ、起きたんだ。じゃあ僕は少し席を外そうかな、この話はまた今度しよう』


 ルシフェリアはそれだけ言うと、綾那の返事も待たずにどこかへ消えたらしい。相変わらず自由な天使様だ。

 いまだぼんやりとしている颯月を見ながら、綾那は「おはようございます」と微笑む。しかし彼はよほど疲れが溜まっているのか、イマイチ意識が覚醒しきっていないようだ。


「…………魔力が……空だな――」


 颯月は、まるで寝言のようにハッキリとしない喋り方をして瞼を閉じると、顔の右半分を覆う眼帯の留め具を片手で外した。

 あの眼帯にはマナの吸収を阻害する魔石が複数付けられているため、彼は一度体内の魔力を使い切ると、充填するために眼帯を外さなければいけないのだ。


 露になった荊模様の刺青に、綾那は蚊の鳴くような声で颯月の名を呼んで身悶える。


 ――やはり、幸せ死にそうだ。このまま二度寝するのだろうか。かわいい。

 そんな事を考えつつ熱っぽい眼差しで颯月を見つめていると、彼は両目を閉じたまま、もぞりもぞりと綾那を抱く手を動かした。


「――あ、あれ?」


 背中に回された片腕が、上から下へなぞるようにゆっくりと降りて行く。

 やがて尻まで到達した颯月の手は、その丸みを確かめるように何度か往復した――かと覆えば、服の裾からするりと入って綾那の背に直接触れた。


 まず間違いなく、寝ぼけている。それは分かるが、腰のくびれ、背骨の形や肌の凹凸(おうとつ)を確かめるように撫でられて――あまつさえもっと下へ動きそうになる手に、綾那は思わず赤面した。


「そ、颯月さん!」


 正直言って、綾那自身は何が起ころうとも吝かではない。しかし颯月は違う。

 婚前交渉は禁止なのだ、破れば彼が大変な目に遭うかも知れない。


 綾那が大きな声を出せば、颯月は色違いの両目をぱちりと開いた。しかしすぐ眠たそうに目を細めると、微かな笑みを湛える。


「どうした、そんな……可愛い顔をして――夢の中と同じだな」

「夢? い、いえ、あの、手……颯月さん、手が」

「――――――手……、――なんでまだ、綾が居るんだ?」

「え?」


 ずっと要領を得ない言葉を口走っていたが、颯月は途端に覚醒した。

 そうして、まるでスプリングのように跳ね起きると、ベッドから――綾那から距離を取る。


「夢じゃねえな!? いやっ……どこまでが夢だ!?」


 床の上にサッと片膝をついた颯月は、そのままの体勢で綾那を見上げる。


「………………俺は、何をした?」

「え、ええと――特に、何も?」

「何もしていないのに、そんな……()()()()になるか?」

「そんな顔と言われましても――あの、きっと夢と現実がごちゃごちゃになっていただけで……」

「――夢の中と同じ事をアンタにしていたとしたら、俺は相当まずいんだが」


 顔を青くした颯月に、綾那は夢の内容を察してますます頬を赤らめた。


「いえ、その……こ、現実(こちら)では背中を撫でられただけなので、セーフなのではないかと……思いますけれど――」


 尻も撫でられたが、それを言ったら彼が卒倒しそうだ。綾那がもにょもにょと言えば、颯月は安堵したように深いため息を吐き出した。

 しかし、ややあってからハッと顔を上げると、「いや、違うぞ! 別にいかがわしい夢を見た訳じゃないし、セクハラするつもりもなかったからな!」と言って、慌ただしく言い訳を連ねたのであった。

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