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心身のケア

 ひとしきり執務室で騒いだのち――綾那自身は、ひとつも騒いでいなかったが――王宮へ向かう竜禅と維月を見送った綾那は、宿舎にある颯月の私室へ足を踏み入れた。


 彼は騎士団長なのだから、とびきり広く豪勢な部屋なのではないか――と思っていたのだが、意外と他と変わらないらしい。それこそ綾那に宛がわれた私室と丸っきり同じつくりで、少々面食らってしまう。


 まあ、豪勢な部屋をもっていたところで、颯月はほとんど使わないのだから宝の持ち腐れなのかも知れない。

 何せ彼は仮眠も休息も全て、仕事部屋である執務室で済ませてしまう。入浴や洗濯だって着衣のまま魔法で済ませるぐらいだ、そもそも私室の存在意義がない。


 窓際に置かれたダブルベッド、その横にはサイドチェスト。

 綾那の部屋と同じクローゼットが一つと、床には毛足の長い絨毯が敷かれていて――ただ、それだけだ。他には何もなく、生活感の欠片もない。


 それでも家具がホコリを被っていないのは、使用者が居なくても清掃に入る者が居てくれるからだろう。


(たぶん、竜禅さんかな)


 騎士団宿舎には、料理人を除くと他に使用人が居ない。部屋の清掃や管理はここに住まう騎士自身で行うのだ。

 綾那も私室は自身で清掃しているし、そもそも扉に掛けられた魔法のせいで、誰彼構わず入れない。部屋の使用者が設定、登録した者しか扉を開けられないのだから仕方がない。


 彼は本当によくできた『お世話係』である。それは実父の国王――颯瑛が感謝して当然だ。

 綾那は小さく笑みを漏らすと、横で硬い表情をしている颯月を見上げた。


「颯月さん、寝やすいように着替え――ああ、ええと、お手伝いしましょうか?」


 確か彼は正妃の教育によるトラウマで、自力で着替えができなかったはずだ。しかし綾那の提案に、颯月はぶんぶんと首を横に振った。


「維月が話したのか? 脱ぐだけならできるから平気だ」

「え、でも寝間着とか――」

「ない。……上着だけ脱ぐ」


 言いながら颯月は、騎士服の上衣の留め具を外し始める。これを脱げば黒シャツ、その下にはアンダーインナーと、まだ防御力が高い。

 普段から仮眠しかしないのだから、寝間着がないと言われても驚きはしないが――せっかくベッドで眠るのに、良いのだろうか。

 パリッとした黒シャツはもちろん、硬い生地のトラウザーズだって皺だらけになってしまうだろう。


 心配が顔に出ていたのか、上衣を脱いでサイドチェストに投げ掛けた颯月は、改めて「平気だ」と口にする。

 そうしてベッドの端に腰掛けて小さく息を吐くと、まだ入り口近くに立つ綾那を見やった。


「皺ぐらい、魔法で伸ばせるから」

「あ、なるほど! 便利ですねえ」


 朗らかに笑う綾那を、颯月は複雑な表情のまま手招いた。傍に歩み寄れば、彼は綾那の手を取って自身の左胸辺りに宛がわせる。

 手の平から伝わる鼓動はドッドッと激しく脈打っていて、彼が見た目以上に緊張しているらしい事がよく分かる。


 あまりに素直な反応につい嬉しくなって目を細め、「あら」と微笑めば――颯月はじとりと胡乱な眼差しで見上げてきた。


「最近、俺ばかりが()()な気がする。一矢報いたくとも体が動かんし、最悪だ」

「え? ――ふふ、婚前交渉禁止ですものね」

「俺は、綾が恥ずかしそうに照れる顔を見るのも好きだったのに。ここ数日は全く――ああ、いや、夕方に見たか」


 夕方に――と言うのは、色々と早とちりして暴走した颯月が綾那を押し倒した時の事だろう。

 綾那はただ目元を甘く緩ませて、颯月を見下ろした。


「――とにかく歯痒い。繊維祭が終わったら、いい加減セレスティンに居る家族とやらを迎えに行かないと……俺は色々と()たないし、やられっ放しは性に合わん」

「……私はこの状況に、何も思っていないと?」

「事実そうだろう? 俺ばかり振り回されて、綾はいつも余裕そうに笑ってる。……俺が、一切手出しできんと分かっているからこそだろうがな」


 物憂げに息を吐いた颯月に、綾那はうっそりと笑って首を傾げた。


「実は私も緊張していて、心臓が凄い事になっているのですけれど……()()()確かめますか?」

「触…………触りたいが、「魔法鎧(マジックアーマー)」……ッ!!」

「触りたいが「魔法鎧」ですか」


 瞬く間に紫紺色の全身鎧に包まれた颯月は、自棄になった様子でボスンとベッドに沈み込んだ。そのまま「こいこい」と雑に手招きされて、綾那はクスクスと笑いながら、硬い鎧の横にお邪魔する事にした。


 しかし、そうして身を横たえたものの――目の前の全身鎧を見つめると、綾那は眉尻を下げる。


「それでは、余計に疲れませんか? やっぱり添い寝はナシにしましょうか……」

「俺が目を離している隙に攫われるのは、二度と御免だ。これでいい」


 言いながら颯月は、綾那の背に腕を回して抱き寄せた。鎧はどこまでも硬質で、ひんやりと冷たい。

「冷たい」と言って笑う綾那に、彼自身思う所があったのか――鎧に包まれた頭を傾けた。


「――いや、そうか、綾が寝づらいよな。……困った、こう……()()()()が見せられる状態にない、今すぐには脱げん。もう少し待ってくれるか」

「え? いえ、私は平気ですよ。確かにちょっと硬いですけれど、冷たくて気持ちいいです。暑くて寝苦しい夜には、最高のお供ですね」

「……なら良いか、このまま寝る。ただ、寝ている途中で魔力切れを起こすと「魔法鎧」が解ける。かなり光るし、綾を起こしちまうかも――」

「起きたら颯月さんの寝顔を眺めさせて頂きますので、心配ご無用ですよ。安心して眠ってください」


 颯月は「それはそれで、どうなんだ」と呟いたが、やがて体の力を抜くと、綾那を腕に抱いたまま静かに眠りについた。



 ◆



 綾那が目覚めたのは、颯月が危惧した通りに彼の体内魔力が切れて、「魔法鎧」が解けた時だった。室内が紫色の光に包まれて意識を浮上させれば、目の前には健やかに寝息を立てる颯月の寝顔。


(――あっ、コレ、幸せ()ぬヤツ?)


 暗がりでも輝かんばかりの美貌に、綾那の意識は一気に覚醒した。

 じっと寝顔を眺めたのち、目を凝らして壁の時計を見やれば、時刻は朝の四時前だった。

 恐らくもう一時間もしない内に、朝の会議が始まるのではないだろうか。夏祭りの時も、騎士団の早朝会議は朝の四時前後から始まった。


 眠りに就いたのは日が変わる頃だったので、颯月はあれから四時間ほど眠っているのか。普段最低限の仮眠しか取らない彼が、これほど長時間ぐっすりと眠っているのは初めて見る。

 やはり心身ともに疲れが溜まっていたのだろうし、丸二日以上寝ずに働いていたのだから当然だ。


(これから、どうしようかな……お義父様との仲を取り持つと言ったって、こんなにも心配をかけておいて――いきなり「仲良くしてください」なんて言ったら、それこそ弱みを握られてるとか、騙されてるとか取り乱しちゃいそう)


 そもそも誤解をとく相手は、颯月だけではない。竜禅だって、正妃だって、維月だって居る。


(だけど、お義父様は明日――もう今日か。また呼ぶって言っていたし、どうにかして皆の警戒心を薄れさせないと――)


 しかしこの調子では最悪、今日の呼び出しは拒否した方が良いのかも知れない。颯月の心が保たないと説明すれば、颯瑛は間違いなく受け入れてくれるだろう。


 綾那は愛する颯月の寝顔を穴が開くほど見つめながら、ああでもない、こうでもないと思案する。そうこうしていると、不意に体に力が漲るような不思議な感覚がして、おやと首を傾げた。


『――君は、本当に良い子だねえ』


 眠る颯月と自身しか居ないはずの部屋に響いた声に、綾那は危うく悲鳴を上げかけた。しかし颯月を起こす訳にはいかないと、咄嗟に悲鳴を飲み込んだ。


『ああ、喋らなくて良いよ。君の考えている事は読めるから』


 何やら久々に聞く、少女のような声変わり前の少年のような中性的な声に、綾那は頭の中で「シアさん」と呼び掛けた。

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