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データの受け渡し

 綾那は、寝不足を示す赤い目を潤ませながら厨房へ顔を出した。その顔を見て、静真と共に朝食の準備をしていたらしい朔が不思議そうに首を傾げる。


「アーニャ? どうしたの、何か悲しい事があった?」


 てててーと綾那の元まで駆け寄った朔は、手をぎゅっと握って心配そうに見上げた。綾那はしょんぼりと肩を落としたまま、力なく笑う。


「昨日ね、颯月さんが来なかったの。お仕事で忙しいんだろうけれど、初めてだからちょっと心配だな――」

「え、にーちゃんが? そうなんだ……寂しいねえ」


 朔はまるで綾那の心情に共感するように、眉尻を下げた。

 しばらく颯月と四六時中過ごしていたお陰で、彼の行動パターンは大体頭に入っている。昨夜から今朝にかけて教会を訪れなかったという事は、つまり彼は昨日よっぽど多忙で、巡回にすら出ていないのだろう。


 綾那がルシフェリアの光魔法で眷属寄せの囮にされていた間は、夜な夜な集まってくる眷属の対処と領民の安全のため、否が応でも毎晩街の外へ出なければならなかった。

 しかしそれが落ち着いてからは、少々スケジュールが変わった。あまりにも颯月の仕事が立て込んでいると、巡回どころか執務室から一歩も出られない日もあったのだ。


 だからきっと、今回もそうなのだろう。

 あくまでも国の催事、繊維祭関連の仕事が忙しいのであって、巡回中彼の身に()()が起きて身動きが取れなくなった――とは、仮定だとしても思いたくない。


(大丈夫、だってあの颯月さんだよ? 魔法を使わせれば、敵なしの悪魔憑き……また魔法封じが出てくれば話は別だろうけれど、そうだとすれば、シアさんが何かしら言ってくるはずだし――)


 それがないという事は、大丈夫なのだろう。大丈夫に決まっている。


 綾那は自身に言い聞かせて一つ頷くと、壊れてしまった魔具(レコーダー)もとい、ネックレスを撫でた。

 どうか、今日は顔を見せて欲しい。それが無理なら、せめて誰かしらに「行けない」と言伝を頼んで欲しい。

 繊維祭が終わるまで教会から出るなと言われている以上、綾那からは会いに行けないのだから。


(だけど、困ったな。颯月さんが来ないとなると、動画の編集データどうしよう。さすがに演者の許可取りなしで街に流すのは、ちょっと――)


 颯月の安否。動画のチェック問題。そして、謎の王族の素性。どれもここで悩んでいたって仕方がない事だが、それでも綾那はうーんと唸らずにはいられなかった。


 ――しかし、三つの悩みの内二つは、その日の午前中に解決する事となった。陽香とアリスが教会を訪れたからである。


「やーやーやー! どうよアーニャ、動画の進捗(しんちょく)は!」

「キッズ達、元気? アリスお姉ちゃんが遊びに来てあげたわよー!」

「わーい! よーかちゃんとあつげしょーババアが来たー!」

「誰が厚化粧ババアよ! てか、意味分かって言ってる!?」


 無邪気に悪態をつく朔に、アリスは「アンタのせいだからね、バカ!」と言って陽香の肩をどついた。陽香は陽香で「ッテェな、厚化粧ババア」と目を眇め、まさに売り言葉に買い言葉である。

 教会を訪れて早々火花を散らす不穏なメンバーに、綾那はたまらず駆け寄った。


「動画はできてるから、すぐに渡すね! いや、それは良いんだけど、あの――颯月さんはどうしてる? ケガしたり、倒れたりしていない?」

「ん? おー、そうだ。颯さマグロからアーニャに伝言預かってんだわ」

「伝言?」


 そわそわと落ち着かない綾那を尻目に、アリスは「私、キッズ達と遊んで来るわね」と言い残して、朔の手を引いて裏庭へ向かった。

 ギフト「偶像(アイドル)」を失った事により、彼女は子供と好きなだけ遊べるようになった。相手が男児であろうが女児であろうが感情に悪影響を与えるため、今までは接触を避けるしかなかったのだ。

 それが今は何も気にする事なく接することができるため、人生楽しくて仕方がないらしい。


 裏庭の方から子供達の「厚化粧ババアだー!」という歓声 (?)が聞こえてきた気もするが、綾那は陽香の言葉に集中した。


「なんか颯様、繊維祭前でただでさえ忙しいのに、昨日新たに面倒な仕事を押し付けられたらしくてよ――しばらく、本部から出られそうにないんだと。巡回にも行く暇がないぐらい缶詰状態になってるっぽい」


 陽香の言葉に、綾那は首を傾げた。騎士団トップの颯月に仕事を押し付けたのは、一体どこの誰だろうか。

 それも、あれだけ綾那の身辺調査に躍起になっていた颯月が、その調査を諦めざるを得ないような状況に置かれるとは――。

 そこまで考えた綾那は、すぐさま一人の女性の顔を思い浮かべた。


 颯月が逆らえない人物など、このアイドクレースに――いや、この世に一人しか居ないと言っても過言ではない。


「――もしかして、正妃様から何かお仕事を任されたの?」

「さっすがアーニャ、伊達に颯様と一緒に過ごしてねえってか」


 どこか遠い目をして肯定する陽香に、綾那はなんとも言えない表情になった。

 それは、ご愁傷様としか言いようがない。ご愁傷様ではあるが、しかし颯月の身に何かあった訳ではないと分かっただけでも、良しとすべきだろう。


 颯月本人は、「正妃サマの襲撃を受けるくらいなら、眷属や魔物に襲撃される方がマシだ」と言いそうな気もするが。


「そっか……じゃあ、今日も明日も来られないかも知れないんだね――言っても無駄だろうけれど、颯月さんには「あまり無理しないでください」って伝えてくれる?」

「んーするだろうなあ、無理。だって、無理しなきゃお前の様子見に来られねえんだもんよ……あの強火DV野郎が大人しく休むはずないだろ」

「そんな……好き――」

「お、頭どうした? いっぺんぶん殴るか? あのさ――お前マジで、惚れた男のやる事なす事なんでもかんでも受け入れるのやめた方が良いと思うぞ。颯様と結婚まで行きたいと思ってるなら、尚更な。アーニャのそれは『良き妻』じゃなくて、(てい)のいい『奴隷』だろ?」


 そう言って目を眇める陽香に、綾那は内心「逆プロポーズについてあれだけ怒っていたのに、結局応援してくれるんだから、陽香って本当に優しい」と思いつつ微笑んだ。

 そして、いつか彼女が再会した渚に叱られる時には、必ず庇わなければ――とも思った。


 笑みを湛える綾那に「なにニヤついてんだよ」と悪態をついた陽香は、ふと思い出したようにズボンのポケットから透明なカードを取り出した。

 それはカメラの記録媒体として使われる、「表」でいうところのSDカードの役割をもつ魔具だ。


「これ、颯様が部屋の魔具(監視カメラ)のカード交換して来いって。あと、レコーダー? の記録媒体も交換しろってよ」


 陽香は「マジDV」と呟き、DV行為の片棒を担がされている事にげんなりとした表情を浮かべた。しかし彼女の提案を受け、綾那は困り顔になる。


「監視カメラの方は平気なんだけど、実は、レコーダーの魔具が壊れちゃって――」

「マ? おいソレ……言ったら颯様どうなっちまうんだ? また魔力暴走させるんじゃあねえだろうな、勘弁しろよ……」

「と、とにかく、ちょっと待ってて? 広報のデータを持ってくるついでに、監視カメラのカードも交換してくるから――あと、壊れてるの持ってても仕方ないから、レコーダーごと渡そうかな……本当は颯月さんに直接会って謝りたいんだけど、忙しいんじゃあどうしようもないものね」

「まあな。けど、なんで壊れちまったんだ? キッズ達がはしゃいで壊したとか?」


 その問いかけに、綾那は慌てて「違うよ」と言って首を横に振った。

 壊れた経緯について、なんと説明すべきか悩む。しかしその時ふと、夏祭りの日に陽香が王族ウォッチングを堪能していた事に思い至る。


「あ……ねえ、陽香。国王陛下のお顔って分かる?」

「王様? 夏祭りの日、あの櫓の上に居たデッケー人がそうなんじゃあねえのかな。颯様の義弟っぽいポニテと、シュッとした正妃の姉さんが居て――その奥に居たのが、たぶん王様なんだろうなって思ってんだけど」

「それって、結構若い人だった?」

「あー。いや、その人な……鼻から下全部、黒い布で覆って隠してたんだよ。こう、アラビアンなヴェールで」

「顔を? だから夏祭りの時、「顔がよく見えない」って言ってたんだ」

「そういう事。若いかって言われても、ピンと来ないっつーか……てっきり、王様はむやみに顔を晒しちゃあならんもんなのかと思ってた。ただでさえ市井に降りねえって話じゃん? 国の象徴なんて、やっぱ神秘的な存在でないとダメなんじゃねえの?」


 陽香は記憶を手繰るように視線を宙へ漂わせると、「でも確か、目は紫で、髪は――義弟っぽい、ちょっとウェーブがかった癖っ毛の黒髪だったかな」と続けた。

 その言葉に、綾那は「やはり昨日の人が王様で間違いないのでは?」と眉根を寄せる。


 不思議そうな顔をする陽香に、綾那は昨日起きた事について掻い摘んで説明した。もちろん陽香は瞠目して、不安げな表情を浮かべる。


「そういう訳で、その『お兄様』が持っていたジャミング魔具で、レコーダーが壊れちゃったんだよね……だから、早く颯月さんにも相談したいんだけど――」

「てか、ズーマさんは王様の件について知らねえのか? いくら上からの命令で男の素性が話せねえっつっても……颯様、詳しい説明はしてないって事?」

「うん。私を預ける理由も、「変質者に狙われている」なんて不敬極まりない事を伝えているみたいで――それによく聞くと、王族の話をべらべら吹聴するだけでも不敬で罰せられるんだって」

「マ? ――それ、あたしら現時点で打ち首じゃんよ」


 陽香は「それはさすがに脅しだろ、『美の象徴』なんて二度と口にできんぞ」と言って、肩を竦めた。

 それから思案顔になると、やがて気を取り直したように咳払いをする。


「とにかく、壊れてんならデータも消えてんだろうけど……ダメもとで颯様にレコーダー渡してみる。たぶん声聞けば、王様かどうか分かんだろ? 編集済みのデータも今日中に演者に確認してもらわにゃならんし――事が事だからな。キッズ達には悪いけど、速攻で本部に戻るわ。颯様が忙しくて手ぇ離せないとしても、禅さんなりユッキーなり、誰かにレコーダーの中身確認してもらうから」


 陽香の心強い言葉に、綾那は「お願いね」と言って頷くと、ひとまず自室へ戻って諸々のデータ回収をする事にした。

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