ドツボに嵌る
「静真さん、先ほどの方なんですけれど――」
客人の言う通り、静真は茶の準備をしていたのではなく、単に席を外して教会内で待機していただけだった。彼はにこやかな笑顔で客人を外まで見送ると、複雑な表情をした綾那が待つ礼拝堂まで戻って来た。
綾那は、静真の顔を見るなり開口一番客人について尋ねかけたが、しかし彼は手の平を向けてNOを突き付けたのである。
「本当に申し訳ありませんが、あの方については何も話すなとお達しを受けておりまして……子供達も同様です。綾那さんの質問には答えられません。意地悪をしている訳ではないのですが、相手は王族ですから――どうかご容赦ください」
静真は苦笑いを浮かべて頬を掻いた。
出鼻を挫かれた綾那はぐむっと口を噤んだが、しかしすぐさま気を取り直して「じゃあ」と投げかける。
「王様――国王陛下の年齢を教えてくださいませんか?」
「……陛下のですか? 何故陛下の……ええと、その質問についても私達が王族――それも陛下の事を吹聴するのは、それだけで不敬に当たるので……?」
「えっ、王族について話すだけも不敬なんですか? いつも颯月さん達が好き放題言っているから、私そういった常識には馴染みがなくて――」
「ああ、いや、まあ、彼らは、ほら……一応王族と、それに近しい者なので?」
言葉を濁しながら思いきり目を泳がせる静真は挙動不審だったが、綾那は深く疑う事なく「そうだったのか」と信じ込んだ。すると、静真は何故か胸を押さえながら低く呻いた。
「そ、颯月に聞くのが良いと思います。私達では役に立てませんけれど、彼ならば問題なく答えられるでしょうから」
「勘当されているのに、陛下について言及して不敬には当たりませんか? 私が妙な好奇心を抱いたせいで、颯月さんが罰せられるような事があれば――」
「……綾那さんはやはり、聖女様か何かなんですか? どうしてあの男と共に過ごしていて、そこまで擦れずに生きられるんです?」
「し、失礼ですよ、静真さん! 颯月さんは私の神様ですし、なんなら私よりも純真なんですから!」
頬を膨らませる綾那に、静真は「あれが神で、純真――?」と首を傾げた。しかし、やがて首を横に振ると、話題を客人からコロリと変えた。
「とにかく、あの方については今日颯月が訪れたら聞いてみてください。それであの、子供達と動画を見るという話は――」
「あ、そうでした! 皆、静真さんの事を待ちわびていると思います、早く行ってあげましょう」
話せないと言うならば仕方がない。動画をチラつかされて、すっかり客人の問題を頭の隅へ追いやった綾那は、途端にパッと明るく笑った。
静真はやはり苦笑いを浮かべたまま「ええ」と頷いて、二人は子供部屋へ向かった。
◆
あれから子供部屋で改めて動画の鑑賞会をすれば、予想通りと言うか、なんと言うか――やはり静真は、子供達の成長ドキュメンタリーに号泣した。
ヴェゼル含む子供達は、そんな静真を見て涙が出るほど爆笑していた。
そうして場が落ち着いた頃を見計らい、それとなく「騎士団の広報動画の一環として、これを街に流すのはどう思いますか」と伺えば、彼は「子供達が頷くなら構いませんよ」と難なく受け入れてくれた。
ここ最近、領民の悪魔憑きに対するイメージや態度が軟化している事が大きいのかも知れない。
子供達もまた軽い調子で「面白いから別に良い」と言ってくれたため、この動画については陽香達と相談した上で、近い内に配信する事になるだろう。
その後も何度か動画を繰り返していたら、あっという間に夜になる。
綾那はコッソリ楓馬を自室へ招くと、魔具を使って動画の編集をする様子を見せてやった。
彼一人だけ特別扱いするのは良くないだろうが、子供全員を呼び寄せると収拾がつかなくなって編集どころではなくなる。
その上幼い朔なんかは、眠くなったと言ってこの部屋のベッドで眠り出しそうで――そうなれば、颯月と約束した「夜は絶対に子供と寝ない」が守れなくなってしまう。
「これ、やっぱり面白いな」
パソコンの魔具を注視しながら呟く楓馬に、綾那は笑みを漏らした。
動画公開予定日の繊維祭は、もう二日後に迫っている。そのため、動画の編集は粗方終わって完成間近だ。一から順に作る様を見せる事はできなかったが――まあ、それは今後の楽しみとしてとっておけば良いだろう。
この先、動画配信という文化が根付くかどうか分からないが――未来ある若者がとる一つの選択肢として『編集者』があっても良いはずだ。
楓馬が編集を覚えれば、ゆくゆくは騎士団の『広報』として働く道も開かれるのだから。
「完成したら騎士団の人に見てもらって、「本当に流して良いですか」って許可取りするんだよ」
「夕方、俺らにしたみたいに?」
「そう。私達は面白いものを作ったつもりで居るけれど、やっぱり見る人が見れば「おかしい」とか「嫌だ」とか思うかも知れないでしょう? 特にこれだけ大勢が映る動画だと、気にする事も増えるよね」
「そっか……そうだよな。確かに俺らだって、あの――魔石使った訓練の様子がもっと詳しく映ってたら、たぶん情けなくてOK出してないもんな。動画では短く編集されてたけど、本当は颯月さんと陽香以外は全員泣いてて、もっと無茶苦茶だったから」
そう。アレはアレで、見る者からすれば十分に面白い画だと思う。
しかし、画角に入り込んだ大量の魔石にしろ、取り乱しまくる子供達と正反対に終始冷静極まりない颯月にしろ――面白さを超えて引くのだ。
いくら騎士の強みの一つが『稼ぎが良い事』だと言っても、颯月の稼ぎぶりは異常である。
総額億越えの魔石をいとも簡単に用意して、バカスカ溶かしながら子供達の特訓をした――では、視聴者の心は掴めない。
一場面を上手く切り取る事によって、高価な魔石を用いた緊張感ある訓練方法をとった(結局のところ、何個ダメにしたのかは明言していない)という画になる訳だ。
実際は、魔石をいくつ壊そうが代わりはいくらでもある――という状況で、次から次へ割れる魔石に「弁償できない」「許してくれ」という阿鼻叫喚の嵐だった。
楓馬は興味深そうに頷いて、綾那の話す言葉を聞き逃すまいと前のめりになっている。
普段生活する中でもこれだけ真面目であれば、静真ももう少し楽ができるだろうに。綾那は思わず笑いながら、楓馬の指南役を続けた。
それから小一時間ほど編集講座をしたところで、「そろそろ寝た方が良いよ」と告げて楓馬を返した。
彼はまだ話を聞きたそうにしていたが、しかし既にいつもの就寝時間を過ぎているのだ。また次の動画を編集する時には初めから見せるという約束をして、綾那はパソコンを閉じた。
無事編集が終わったので、明日にでもいつものメンバーに――そして騎士団宿舎の若手にも視聴してもらい、配信許可を取らなければならない。
そうすれば、いよいよ繊維祭がやって来る。広報動画第二弾のお披露目だ。
綾那は機嫌よくベッドに入って、おやと目を瞬かせる。
(颯月さん、まだ来てないな)
繊維祭間近で、更に多忙を極めているのだろうか。この時間まで顔を見せないという事は、恐らく夜中か――巡回帰りの明け方にでも訪れるはずだ。
今日は本当に色々あったため、早く彼と話したい。
楓馬が将来『広報』所属になるかも知れない話は勿論の事、完成した動画の視聴もして欲しい。そして何より、壊れた魔具の事と――昼間会った王族の男性について、相談しなければならない。
やはりあれは、国王だったのだろうか?
輝夜について明言していた訳ではないが、別れ際のあの綾那を見る目は、どうも――少々、まともではなかった気がする。
それに「保護」と言い直したが、彼は綾那について「閉じ込めたくなる」と言いかけていた。
それではまるで、皆が「見つかれば檻に閉じ込められるぞ」と危惧する国王のようではないか。
(だけど、三十代半ばだっていう謎……「時間逆行」は使っていないみたいだし――)
例えば彼が三十五歳だとして、今年二十三歳の颯月が生まれたのは、王が十二、三歳の頃だという事になる。
体の発育状況によっては問題なく子を授かれるだろうが、さすがに早婚過ぎるし――そもそもリベリアスの法律上、それでは道理が通らない。
女性は十六歳以上、男性は二十歳を超えねば、婚約者を持つ事すら許されないのだから。子作りなどもってのほかである。
それに、「病気の男の息子も、また頭の病気なのか」と、まるで国王について他人事のように評していたのも引っかかる。彼が王だとすれば正妃は妻にあたるのに、「羽月さん」とさん付けで呼んでいるのも謎だ。
(やっぱり、従兄弟……いや、叔父さん? だとすればあの方は、王弟殿下――まさか、幸成くんのお父様ではないよね。他のご兄弟かな)
どうにも謎だ。ただなんとなく不安で、一刻も早く解決したい。
綾那は男の正体について悶々としながら、颯月の来訪を待った。睡魔に負けて時折意識を失いながらも、言い知れない不安感と颯月が来るという高揚感で、頻繁に目を覚ます。
――しかし、そうして満足に眠れぬまま翌朝を迎えた綾那は、結局颯月が訪れなかった事に「あれ?」と首を傾げたのだった。




