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突然のティータイム

「奈落の底」の空に雲はない。

 しかしこうして雨が降る時には、上空に輝く太陽代わりの魔法の光源が明度を落として、全体的に薄暗くなる。


 綾那は客人の希望通り、裏庭に面したテラスまで案内したが――。

 屋根があるから濡れる事はないにしろ、風が吹けば雨がテラスまで吹き込んでしまう。ゆっくり茶を楽しむにも、長話をするにも、適しているとは言い難い環境である。


(せめて、一番濡れにくそうな席に座ってもらおう)


 綾那は、庭から一番遠い奥まった所にある椅子を一脚引いた。

 そして「どうぞ」と声を掛けて背後の男を見やったが、彼は手にもつトレーをテーブルの上に置くと、そっと綾那の背に手を添えた。


 突然触れられた事に思わず身構えたが、しかし男は流れるような所作で、今しがた綾那が引いたばかりの椅子に綾那自身を(いざな)った。

 一番濡れにくい特等席へ座るよう促された綾那は、困惑しきりで目を瞬かせる。


 ここには、客人が座ってもらわねば困る。そもそも彼がどこの誰だか、彼と静真がどんな話をしていたのかも知らない綾那が座って、何になるのだ。話の邪魔にしかならないだろう――と。


 そうして一向に座る気配のない綾那に痺れを切らしたのか、男は空いたもう片方の手で綾那の手を取ると、椅子に向かって引いた。

 屈強な見た目通り、男の力は相当強く――「怪力(ストレングス)」さえあれば、違ったのだろうが――今の非力な綾那では、全く抵抗できそうにない。


 背に添えられた手は壊れ物を扱うかのように優しいのに、腕を引く方の手は打って変わって粗雑である。椅子へ座るよう下方向へ強く手を引かれて、綾那は結局特等席に腰を下ろした。


 男は、顔に思い切り「()せぬ」と書かれている綾那を一瞥すると、その正面の椅子に腰かけた。

 一番濡れにくい綾那の正面という事は、つまり男が座ったのは庭側。一番雨に濡れる可能性が高い席である。


 静真が「そこは濡れませんか」と声を掛けたが、男はおもむろに傘を差して肩に担ぐと、自身の背中側に傾けた。

 これで問題ないとでも言いたげに静真を見やれば、彼は苦笑いを浮かべながら綾那と男の間の席についた。


(いや、なんで私まで――?)


 全くもって意味が分からない。静真も何故、「綾那には子守があるから」とかなんとか、適当な言い訳をして断ってくれないのだろうか。

 仕事以外では人見知りの激しい綾那が、初対面の――それも素性の知れない男相手に世間話に花を咲かせるなど、ハードルが高すぎる。


 そうは思いながらも、綾那はひとまずテーブルに置かれた茶器を手に取り、カップに茶を注いだ。

 やや冷めてしまっているが、これを今から淹れ直せば「せっかくだから頂く」と言ってくれた客人の気遣いが台無しになる。

 彼も「淹れ直せ」なんて、そんな狭量な事は言わないだろう。


 綾那は手元の茶器に視線を落としたが、その視界の端に映る客人は、どうもこちらをじっと眺めているらしい。

 綾那が颯月を注視していると、よく「穴が開くぞ」なんて冗談を言われるが――なるほど確かに、他人の視線というのはなかなかの強さを持っている。


 何故そんな不躾に見るのだろうかと思う反面、綾那は男の正体が分からずにモヤモヤしていた。

 綾那の知る王族一派に似た顔を持つ事。そしていつも以上に丁寧な静真の接し方から(かんが)みるに、彼は尊い身分をもつ人間――まず間違いなく、王家の一員だろう。


 ただ、輝夜の面影があると言われる綾那の笑い顔を見ても無反応だった。少々強引なところはあるようだが、基本的には落ち着いているように見える。

 つまり彼は、皆が「見付かれば牢に閉じ込められるぞ」と恐れる国王ではない。


(そもそも、やっぱり年齢が合わないし――)


 男は、颯月の父とするには若過ぎる。もしかすると単に若く見えるだけかも知れないが、それにしたって四十過ぎの男性とは思えない。


 リベリアスの法律上、男性が婚約者をもてるのは二十歳から。結婚もまた(しか)りだろう。

 二十歳時点で輝夜と結ばれて、その翌年に颯月が生まれたとしても――国王は今、四十四から五歳のはずである。


 客人はどう見ても二十代。いっても三十代半ばだ。

 これで「二十三歳の息子が居ます」なんて言われたら、綾那は驚きで飛び上がってしまう。


 では、国王でなければ誰なのかという謎についてだが――あいにく、綾那は王族に詳しくない。

 例えばこの国の人間であれば、王族の顔くらい知っていて当たり前なのだろう。

 しかし綾那が「表」の人間である以上、他所の世界の王族など把握しているはずがない。


 これ以上考えたところで、答えは出ないだろう。綾那は早々に諦めて、茶を淹れたばかりのカップを客人と静真の前へ置いた。

 静真は礼を言ってくれたが、客人はやはり感情の読めない顔で綾那を眺めるだけだ。


 綾那は正直「気まずい、帰りたい」と思いつつも、しかし席を立つなど許されない事は分かっている。真正面から絶えず注がれる視線を見返す勇気はなく、伏し目がちになって椅子に座り直した。


「…………美しいな」

「――えっ!?」


 ぽつりと呟かれた言葉に、綾那は顔を上げて客人を見やった。好意的でなければ敵意もない、文字通り無表情の男と目が合う。


「アイドクレースの『美の象徴』とは、また違った良さがある。騎士団長は目が高い――出身は北部か? それとも、更にその向こう側か」

「は、はい。リベリアスとは違う、異大陸の人間です」

「ああ……道理で」


 その「道理で」には、どんな意味が含まれているのだろうか。

 何やら含みをもたせた言い方であるが、あまりに短すぎる言葉では、男の考えが推し量れない。どう反応していいものか悩んで、綾那はまた困り顔になった。


「あの……王族の方でいらっしゃいますよね……?」

「何故そう思う?」

「私の知る王族の方々と、お顔立ちが似ていらっしゃるので」

「――君の()()()殿()とか?」

「え? あ……いえ、確かに似てはいますけれど――どちらかと言うと、義弟の王太子殿下や……従兄弟の幸成様と」


 綾那の回答を聞くと、男はほんの僅か目を細めて頷いた。


「ああ、そうだろうな。騎士団長は母親に似たようだから、他の親族とは少し顔が違う。彼は『別格』だ」

「別格――ええ、そうですね。確かに群を抜いて格好いいと思います」


 颯月の顔を思い浮かべて、綾那はとろりと目元を緩ませた。


 この客人がどこの誰だか知らないし、王族としてどの辺りに位置するのかも分からない。

 しかし颯月を『別格』と褒めそやすあたり、やはり国王ではないのだろう。殺したいほど憎み、勘当した息子を指して「顔が良い」と評するなど、意味が分からないからだ。


 国王ではないし、しかも他でもない颯月を褒めるのだから、悪い人間でもない。それが分かると、綾那は途端に男に対する警戒心を解いた。


「静真、彼女の茶も用意して欲しい。急な事だったのは分かるが、カップが足りていない」

「あ、失礼しました。すぐにお持ちしますね」


 慌てて立ち上がる静真に、綾那は「え」と声を漏らした。

 相手が悪い人間ではないとは言え、いきなり二人きりにされるのは困る。そもそも何を話せば良いのだ、絶対に間が持たない。


 縋るような目を向けた綾那に、静真は客人を手で指し示した。


「お察しの通り、この方は颯月の親類――王族の方です。本日は、こちらへ視察にいらっしゃったのですが……もう教会の話は軒並み終わっていますし、せっかくですから颯月のお話でも聞かせて差し上げてください」

「颯月さんのお話ですか?」

「……騎士団長は家を追い出されているし、団長として日々忙しく過ごしているだろう? 知る機会がないんだ――彼が普段どんな生活をしているのか、教えて欲しい」


 ダメかと窺うように首を傾げた客人に、綾那は「そういう事でしたらお任せください、颯月さんのお話は得意中の得意ですから!」と言って、満面の笑みを浮かべた。

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