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花の騎士

 和巳が運んでくれた朝食プレートは、幸いな事に「表」で食べ慣れた食材と味付けばかりであった。


 バターの香りがする焼き立てのロールパンに、ポテトとチーズが入った大きなオムレツ。

 トマトとスモークチキンをたっぷり使ったレタスのサラダに、まるでステーキのような、こんがりと焼かれたブロックのベーコン。そして濃厚なコーンポタージュ。


 綾那は、食文化に違いはないらしいと安堵した。ただ一つ懸念があるとすれば、朝から大変に食事量が多いという事だ。


 さすが、体が資本の騎士団員のために用意された朝食メニューである。こんなにも分厚いベーコンをブロックのまま食べる機会は、なかなかないだろう。


「口に合いましたか?」

「はい、とても美味しかったです」


 和巳に問われた綾那は、大きく頷いて――そして、少し悩んだ。


(本当に美味しいんだけど、これだけのカロリー……負荷高めの筋トレして、すぐに消費しなきゃ。というか多分、この調子じゃあ昼も夜も多いよね? い、言えば量を減らしてもらえるのかな……?)


 ただでさえ太りやすく、しかも現状行動範囲を制限されているため、外で走り込みもできない。

 果たして綾那は、自室で行う筋トレのみで体形を維持できるのだろうか。


 人に頂いたものを残す訳にはいかないからと、綺麗に平らげてしまった。

 綾那は空になった食器類をじっと見下ろしては、マスクの下で目を眇める。


(これは、毎晩寝る前に動けなくなるまで「怪力(ストレングス)」のレベル5を使うしかない……?)


 ギフト「怪力」は、使う力のレベルが高ければ高いほど体力を消耗する。

 最大レベルの5まで行くと、使用後に過呼吸になるほど過酷な能力だ。しかも体力の消耗に比例して、カロリーの消費量も跳ね上がる。


 ほとんど裏技に近いチートなダイエット法だが、背に腹は代えられない。


「さて、そろそろ皆が来る時間ですね。片付けてきますので、待っていてください。話しついでに少し外を歩きましょうか、いい腹ごなしにもなりますから」

「何から何まですみません……」


 両手に一つずつプレートを持った和巳は、また奥の厨房へ向かって歩いて行った。


(それにしても和巳様――颯月様達と比べたら体が細いから、てっきり食も細いのかと思ったけど……色々と大盛りにしてた。あれでも、私のメニューは少なめによそってくれていたのかも)


 頭脳派の参謀と言われていたが、やはり和巳も騎士なのだ。

 日常的にあれだけ食べても体が細いとは、普段どれほど過酷な鍛錬をしているのだろうか。、職務自体も相当キツイものに違いない。


「お待たせしました、行きましょうか」

「はい」


 食器を片付け終えた和巳に促されて、綾那は朝食会場を後にした。



 ◆



 和巳に連れられて来たのは、騎士団本部の裏庭だった。少し離れた位置には、昨夜通って来た『裏門』と呼ぶにはやたらと豪奢な門も見える。


 改めて見ると、本当に広大な敷地だ。元々は全て王族の私有地だったと言うが、肝心の王族が住まう屋敷はどの辺りにあるのだろうか。

 そして、騎士団員が自由に移動できるのは、どこからどこまでなのだろうか。


「この辺りにはあまり、女性の目を楽しませるようなものがなくて――気分転換になればと思ったのですが」


 どこか申し訳なさそうに笑う和巳に、綾那は首を横に振った。


「いえ、この建物を見ているだけでも、まるでお城の見学に来たみたいで面白いですよ。それに――」


 綾那はその場にしゃがみ込むと、足元に群生している黄色い花を指差した。


 青々としたツタをびっしりと地面に這わせて、葉はクローバーに似たハート形。

 ツタに紛れて点々と咲いた黄色い小花が、葉の緑と鮮やかなコントラストを成している。


 名前までは分からないが、「表」の道端にもこんな花が咲いているのを見た覚えがあった。


「花がたくさん咲いていますから、十分です」

「花――花、ですか」

「あれ……違うんですか?」

「いえ、カタバミという花です。このサイズの花弁では、葉の方が目立って雑草と捉えられがちですけれど」

「カタバミ! 聞いた事があります。へえ……これがカタバミだったんだ」

「……花に興味が?」


 和巳に問われて、綾那は曖昧に笑った。


 別に詳しい訳ではないのだが、四重奏(カルテット)の動画づくりの一環で、ガーデニングをやった事がある。

 その時に何種類か花を育てた経験があって――まあ、その後「次は家庭菜園がいい」と言い出したメンバーが居たため、花壇は野菜畑になってしまったのだが。


「昔、ちょっとだけ育てた事がありますよ。花と、野菜」

「野菜も?」

「ええ。野菜の実を付ける前に、綺麗な花を咲かせるのが楽しいですし……何より、後で美味しく食べられるでしょう?」

「なるほど、それは……そうか、野菜を育ててみるのも面白そうですね」

「和巳様は花がお好きなんですか?」


 和巳は、綾那の言葉に目を丸くした。

 そしてすぐさまパッと目を反らすと、どこか気まずげな表情を浮かべる。


「…………そのせいでよく、女性のようだと揶揄されるんですよ」

「あ……そ、それは」


 花が好きと言うだけではなく、和巳の中性的な容姿が拍車をかけているような気がする。

 ただ、彼の反応を見るに相当気にしているようだ。無遠慮にそんな事を口にすれば、きっと不快な思いをさせてしまうだろう。


 綾那だって――もう慣れたとは言え――「怪力」を発動させるたびに『ゴリラ』と揶揄されるのは、なかなか辛いものがある。

 望まぬ揶揄をされる憂鬱さ、和巳の気持ちはよく分かるのだ。


「えっと……和巳様、お花のいい香りがするから、言われるんですかね? こう……桜みたいな?」


 せめて外見には触れないように、どうにかしてフォローしようと必死だ。

 ――いや、果たしてこれがフォローになっているのかどうかは謎だが。


 和巳は「おや」と僅かに片眉を上げると、綾那の顔をまじまじと見た。


「随分と鼻が利きますね? これが何の香りかなんて……今は桜の季節ではありませんから、尚更」


 言いながら彼が懐から取り出したのは、小指サイズの小さな巾着袋だ。

 途端に桜の香りが強くなって、綾那は頬を緩ませた。


「わあ、いい香り。匂い袋ですか?」

「ええ、中に桜の花弁でつくったポプリが入っています」

「ポプリですか! ……つくるの、楽しそうですね」

「――まあ……、…………そう、ですね」


 今まで、散々揶揄されてきたらしい花の事だ。

 やはり素直に認めるには抵抗があるのか、和巳は複雑そうな表情のまま巾着袋を懐にしまった。


 (もし()があるなら、皆とポプリをつくる動画を撮るのもいいな)


 綾那は漠然とそんな事を考えた後、ふと世間話をしに来た訳ではないのだと思い直した。


「和巳様、お話の続きですが――」

「綾那さんが他領のスパイだと疑われている理由――でしたね。その説明をするにはまず、この国が抱える問題について話さねばなりません」

「はい、お願いします」

「リベリアスには、五つの領それぞれに騎士団があります。騎士の職務は領地を巡回して、領民に危険が及びそうなものを排除する事。滅多に姿を現さない悪魔との戦闘記録はありませんが、眷属や魔物は別です。年々増加傾向にあるため、こちらから積極的に討伐する必要があります」


 ここまでは既に颯月から聞いた話だ。綾那は無言で頷いて、続きを促した。


「領内全てが守るべき範囲なので、どうしても人手が必要になります。アイドクレースで言えば、本部はここ王都に置いていますが――街は王都だけではありません。他にも人が暮らす集落が多数あって、交代で巡回する必要がある。一所(ひとところ)に腰を落ち着かせて働く事は難しく、しかも戦闘行為がある以上、騎士には危険がつきものです」

「……大変なお仕事ですね」


 王都に住居を構えていても、別の町村へ頻繁に出張しなければならない。

 しかも眷属。あんな恐ろしい地球外生命体との戦いばかりでは、心も体も休まる時がないだろう。


(皆さん朝早くから訓練していたみたいだけど、拘束時間はどのくらいなんだろう? 就寝時を除いて個人の時間がないとか? だって、トップの颯月様ですら真夜中に森の見回りしてるぐらいだよ……? もしかすると騎士団って、とんでもなくブラックな職場なのかも知れない)


 綾那は一抹の不安を覚えた。

 何せ今彼女は、そんなブラックな騎士団の『広報係』としてスカウトされているのだから。


「確かに大変ではありますが、これでも花形職業()()()んですよ。領民の安全を守るという、名誉ある仕事ですし……街の子供だって、一度はこの揃いの騎士服を着る事に憧れます」

「……過去形なんです?」

「ええ、残念ながら。実は五つの騎士団全てに共通する()()があるのですが、中でもアイドクレースは群を抜いています」

「問題、ですか」

「それは――」


 深刻な表情になった和巳を見て、綾那はごくりと喉を鳴らした。

 皆の憧れだった花形職業。その人気が陰るほどの問題とは、一体なんなのか。


 やや背筋を正して話の続きを待てば、和巳はため息交じりに口を開いた。


「――死ぬほど、婚期を逃すんです」

「……婚期を?」

「ええ」

「…………死ぬほど?」

「死ぬほど」

「………………なるほど?」


 笑えば良いのか、それとも深刻に受け取れば良いのか判断できない。綾那はマスクの下で、逡巡するように目を泳がせた。

 スパイ疑惑の解けない女相手だから、煙に巻かれているのだろうか――とも考えたが、和巳の表情を見る限り至って真剣だ。


 どうやら騎士団の抱える問題とは、本気で「死ぬほど婚期を逃す事」らしい。

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― 新着の感想 ―
[一言] おやおや、複雑な模様になってきましたね。
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