変質者?
静真から大縄跳びに使えそうなロープを託されたヴェゼルは、弟一号こと楓馬を連れて裏庭へ戻って来た。
ヴェゼルが持ってきたのは、長さ五、六メートル、太さ直径五センチほどのしっかりとしたロープだ。
これを繰り返し回すとなると、それなりの重労働になるだろう。幼い子供達が回し手をするのは難しいので、ロープの両端はそれぞれ綾那と楓馬が持つ事にした。
正直、楓馬よりもヴェゼルの方が体格に恵まれているのだが――しかし彼は「跳びたい」と言ってずっと目を輝かせているため、年下であるはずの楓馬が気を遣ってくれたという訳だ。
「結構太いロープだし、足に引っかかると痛いかも知れないね……慣れるまではゆっくり回そうか」
元気いっぱいの悪魔憑キッズ達はともかくとして、女の子の足にまるで鞭に打たれたようなミミズ腫れをつくる訳にはいかない。「悪魔憑きの教会から帰ってきた子供の身体に、アザがあったらしい」「やはり悪魔憑きは恐ろしい」なんて、物騒な噂が流れるようになったら大変だ。
「これ、どう回すと良いんだ?」
「大きく回すの。腕だけじゃあなくて、しっかり腰を落としてロープの真ん中が地面につくように――試しに回してみる? ……ああ、うん! 良いね楓馬、そんな感じだよ! もう少しだけゆっくり回そうか。でも皆が飛びやすいように、地面にロープが当たる時間はできるだけ短くしようね」
楓馬と共に、タシーンタシーンとゆっくりロープを回し始めれば、子供達は謎の高揚感に包まれたのか「おおー!」と歓声を上げた。
ますます目を輝かせたヴェゼルは、「おい! これどこから中に入るんだ!?」と言って、その場で飛び跳ねている。
「回るロープを追いかけると良いですよ。地面につく音がすると同時に走れば、上手く中に入れますから」
「よし、分かった!」
初めて遊ぶと言う割に、回るロープに対する恐怖心が全くないのか――まあ、曲がりなりにも悪魔がロープなんかに怯えるはずもないが――ヴェゼルはあっさりと中に飛び込んだ。
そして中央あたりを陣取ると、いとも簡単に大縄跳びを成功させた。「なんだ、簡単だな!」と楽しそうに笑って繰り返し跳ぶヴェゼルに、朔と澪が揃ってワーと拍手を送る。
「ヴェゼルさん、次は外へ出られますか?」
「――外に!? ロープ回ってるのに、どう出るんだよ! あの赤いのはいっぱい跳ぶ遊びだって言ってたぞ、出るなんて聞いてない!」
「跳び終わったら、すぐに私の真横に向かって走ってください。そうしたら、ロープに引っかからずに出られますよ」
綾那の説明にヴェゼルは目を白黒させたが、しかしまたしても、見事一発で脱出を成功させた。綾那は一旦ロープを回す手を止めると、「すごーい」と笑いながら拍手を送る。
ヴェゼルは誇らしげに胸を張って――しかし同時に、照れくさそうに浅黒い頬を紅潮させた。
「――さて! ヴェゼルお兄さんが良いお手本を見せてくれたから、皆やり方は分かったかな? 皆でどれだけたくさん跳べるか数えるのも楽しいけど、まずは一人ずつ順番に中へ入って一回跳んで、跳んだら外に出て、また中に入って……っていう遊び方をしようか。八の字に――あ、八の字って分かる?」
綾那はその場にしゃがむと、指で地面に数字の『8』を書いた。そうして文字を指でなぞりながら「ここから入って真っ直ぐこっちへ出て、次は反対側から入るんだよ」と全体の動きを説明する。
何やら、こうしていると学童の先生にでもなったようだなと思いつつ――「はーい」と素直な返事をする子供達に、綾那は笑みを深めた。
かくして、子供達の大縄跳び大会が始まったのである。
◆
――あれから、二時間ほど経っただろうか。
綾那は芝生の上に仰向けに寝転がって、ぼんやりと空を眺めていた。額には玉の汗、その表情は疲れ切っているか呆然としているかの二択だろう。
すぐ近くでは、すっかり大縄跳びに飽きた子供達が追いかけっこをしており、キャッキャッと楽し気な笑い声が聞こえてくる。
疲れ知らずの子供達の姿に、綾那は「あれ、私ってこんなに体力なかったっけ……? まだ二十一なのに?」と遠い目をした。
そんな綾那の顔を、上から楓馬が覗き込んだ。
「おい綾那、大丈夫かよ?」
「いや……大縄跳びがあんなに白熱するとは思わなくて――楓馬は平気? 二時間ずっと回し手で疲れたでしょう」
「俺、「身体強化」使ってたから」
「あぁ、なるほど……「怪力」がないから、こんなに疲れたんだ。もう両腕パンパンで上がらないよ」
やはりルシフェリアには、早々に「怪力」を返却してもらわねば困る。そうでなければ綾那は、この教会の世話になる間、体力オバケの子供達の遊びについていけない。
なんとか上体を起こして息をつく綾那の横に、楓馬がしゃがみ込む。
「大気を巡る精霊よ、我に従い、躍り、戯れろ――「緑風」」
「――わ、楓馬すごーい、詠唱してる! ありがとう、涼しい」
「もう悪魔憑きじゃなくなったんだから、当然だろ」
楓馬が詠唱を終えると、綾那の体を冷やすように魔法の風が吹いた。
本当に魔法というのは便利である。全身汗だくになったって、こうして魔法を使えばあっという間に乾いて、サラサラになるのだから。
年齢の割に悪戯好きで、時に下の子供達と一緒になってヤンチャをする事もあるが――年長者の楓馬は基本的には聞き分けが良いし、気遣いも出来る。彼は立派な男に成長しそうだ。
(そういえば楓馬って、大人になったら何になりたいんだろう。幸輝は騎士になるって決めているみたいだし、朔はまだ小さいから、将来の夢って言っても――)
彼は静真を尊敬しているようだから、もしかするとこのまま教会で暮らして神父に――とも思ったが、どうも神父というのは、そもそも光魔法に長けていないとなれない職業らしい。よくて、静真の補佐役止まりだろうか。
思案顔になった綾那に、楓馬はテラスを指差すと「静真さん達のお茶用意するけど、綾那も要る?」と首を傾げた。全く、本当に気の利くお子さんである。
綾那は思わず破顔したが、ふと「静真さんと澪ちゃんのお母様は、いつの間にテラスにやって来ていたのだ」と弾かれたように顔を上げた。
保護者の目に、ヘロヘロで情けない姿を晒してしまったではないか――と。
澪の母親だという女性は、ちょうど綾那の事を見ていたようだ。ぱちりと目が合うと「あっ」と声を上げて会釈してくれた。
綾那は慌てて立ち上がると、服についた芝をパッパッと払った。そして、保護者へ挨拶をするためにテラスに足を向ける。
そうして綾那が近付けば、澪の母親は目を瞬かせて椅子から立ち上がった。
「あの、初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「あ、いえいえ! こちらこそ、澪の相手を任せっきりで済みません」
「任せるも何も、全然子供達について行けていませんけれど……この通り、本当にバテバテで――」
「恥ずかしい」と言いながら苦笑いを浮かべた綾那を、澪の母親はまじまじと眺めた。
そして、聞いていいものかどうか迷うように逡巡してから、やがて意を決したように「あの」と口を開いた。
「も、もしかして、アイドクレース騎士団長の婚約者の方ですか……? 街で最近、噂になっていて――ずっと騎士団長の本命は幼馴染の女性だと思われていたのに、実は彼女は幸成様の恋人だったんですよね」
「え? ああ、ええと――」
「団長の本命は異大陸出身の姫君で、まるで雪のような白肌に見事な水色の髪をされている、『雪の精』だと――」
「……いいえ。私はそんな大層なものではなく、ただの雪だるまです」
「ゆ、雪だるま?」
「ただ、騎士団長とは懇意にさせて頂いておりますし、彼は自慢の婚約者で間違いありません」
綾那は一瞬遠い目をしたが、しかしすぐに颯月の顔を思い浮かべて、うっとりと陶酔した表情になった。澪の母親は「はあ」と気の抜けた返事をして、テラスの椅子に座る静真が笑みを零す。
「颯月と綾那さんは、本当に仲睦まじいんですよ。こうして教会へ一時避難させているのも、彼女が変質者に狙われている疑いがあるからだとか――」
「は……ッ!?」
「まあ! では私も澪も、綾那さんがこちらにいらっしゃる事は口外しないようにいたしますね」
「ええ、そうして頂けると助かります」
静真の言葉に、綾那は頭痛を堪えるような表情になった。
(颯月さん――嘘でも王様の事を変質者扱いするのは、不敬の極みなのでは……!?)
既に勘当されているとは言え、相手は血を分けた父親なのに酷い言い草である。さすがにこれは、次に颯月に会った時それとなく注意した方が良いかも知れない。
そうして綾那が神妙な顔つきをしていると、楓馬がお茶とお茶請けを運んできてくれた。
綾那はひとまず颯月の事は置いておいて、裏庭を駆け回っている子供達をテラスへ呼び寄せると、少し早めのおやつタイムにする事にした。




