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被験者選び(※陽香視点)

 陽香は訓練場までの道すがら、颯月に向かって延々と「根本的に頭が病気」「DVの権化(ごんげ)」「その内アーニャを殴り始める」などと、ギャンギャン騒ぎ立てた。


 その間颯月はグッと眉根を寄せると、腕の中のルシフェリアをぬいぐるみのようにぎゅうと抱き締めて、陽香の言葉を黙って聞き流し続けていた。

 正妃に似た陽香から(なじ)られて、精神的ダメージが蓄積しているのだろう。


 ルシフェリアは二人のやりとり――と言うには、あまりにも一方的なものだが――を見ておかしそうに笑いながら、「僕がついてるよ、平気さ」と言って颯月の肩を叩いた。


 そうして一行は、目的地の室内訓練場まで戻って来た。

 会場内では、酔いの少ない若手騎士が手を取り合って「楽しかった」「次の慰労が待ち遠しい」なんて談笑しつつ、テーブルや椅子などの片付けに精を出している。


 陽香が辺りを見回せば、肝心のアリスは明臣、桃華、幸成と輪になって、何事かを熱心に話しているらしかった。


「――おい、アリス! シア見つけたぞ!」

「え? もう戻って来たの? 早すぎない? まずゼルくん探すのに街の教会に行くとかなんとか、言ってなかったっけ――」


 言いながら振り向いたアリスの目に映ったのは、颯月の腕に抱かれる綾那そっくりの少女であった。

 アリスはギョッとすると唇を戦慄かせて、ルシフェリアを指差す。


「や、やっぱり綾那ってば、謎の魔法で子づくりしてるじゃないの! どうすんのよ、コレ!!」

「えっ!! お、おめでとうございます、颯月様……っ!? でもそんな魔法、あったかしら……!?」

「バ、違っ……いや、正直あたしも全く同じセリフを言ってアーニャ殴った事あるから、あんまり強く言えないんだけどさ――」


 動揺するアリスと、訳も分からず祝辞を述べる桃華。陽香はぽりぽりと頬を掻きながら、ルシフェリアの『顕現』について簡単な説明をした。

 初めて『創造神』の姿を目の当たりにした明臣と桃華は、大層感心した様子だ。しかしどちらも物事にあまり頓着しないタイプなのか、「すごい」の一言で済ませてあっさりと受け入れた。


 アリスはまだ戸惑っている様子だったが、ようやくギフトの封印が解かれるのだと自覚すると、どこか緊張した面持ちになった。


「封印を解くのは、もちろん賛成なんだけど――ちょっと、場所を変えない? ここじゃあ男の人が多すぎるし、モカちゃんが……」


 せっかく仲良くなれた、女友達の桃華。しかし「偶像(アイドル)」が発動すれば、同性の彼女は間違いなくアリスを毛嫌いするようになる。

 しかもこの場所には、桃華の恋人幸成の姿もあるのだ。颯月だけでなく彼までアリスに釣られてしまえば、その後どんな泥沼騒動が起きるのか――そんな事は考えるまでもない。


 アリスは両手の指先をいじいじと突き合わせながら、「また友達が居なくなっちゃう」と呟く。そんな彼女を見たルシフェリアは、呆れた様子で大きなため息を吐き出した。


綾那(あの子)からは平気で男を奪おうって言うのに、自分はトモダチを失いたくないなんて……よくもまあ、そんな事が口にできるよねえ。これだからカミサマの血を引いた子はいけ好かないんだよ、自分勝手で傲慢極まりない」

「うぐっ――ま、待って、綾那の顔してそんな事言わないでよ!? 私だって、別に「平気で」奪ってる訳じゃないし! ぶっちゃけ渚に脅されてる部分あるし!?」


 痛い所を突かれたのか、アリスは胸を押さえながら眉根を寄せて吠えた。ルシフェリアは「あ、そ」と短く言って、小さく肩を竦める。そしてどこか投げやりに言葉を紡いだ。


「――「偶像」は、直接目にしなければなんの問題もないよ。舞台の裏にでも移動すれば良いんじゃないの」

「ねえ、ちょっと。私がその、「表」の神様の血を引いてるからどうとかって話……そんな私にはどうしようもない事が理由で、目の(かたき)にするのはやめてくれない?」


 ぷくりと頬を膨らませて非難するアリスに、ルシフェリアは「あぁーもう、いちいち突っかかってきて本当、面倒くさい子だなあ」と、独り言にしては大きな声量でぼやいた。

 アリスはますます膨れっ面になったが、このまま言い争っていても埒があかない。


「ああもう、待て! とりあえず「表」の神がどうとか、今は関係ないだろ? アーニャが首を長くして結果を待ってるんだ、さっさと済ませようや!」

「それはそうだけど……でも、やけに喧嘩腰なんだもん! こっちだって今回の事には良心の呵責があるって言うのに、わざわざ綾那と同じ顔してコレはないわ、サイテーよ!」


 またしても傲慢と評された事がよほど気に入らないのか、アリスはすっかりヘソを曲げたようだった。そうしてプイと顔を逸らしたアリスに、幸成が「なあ」と声を掛ける。


「その『アイドル』って()()魔法――」

「せ、洗脳魔法なんかじゃあないわよ、モカちゃんの彼氏だからって好き放題言ってシツレーね! ……モカちゃんの彼氏だから許すけど!」

「そりゃどーも。で、それって効果はどんなもんなの? 百発百中――なんて言わないよな?」


 今から、従兄弟の颯月が「洗脳魔法を食らいまーす」と宣告されているのだ。それは心配して当然だろう。

 特に幸成は、颯月が女の毒牙にかかる事を良しとしないらしい。だから綾那と出会った当初は「洗脳だ」「ハニートラップだ」と、厳しく警戒していたようだ。


 分かりやすく眉根を寄せた幸成に、陽香は過去の事例を思い返すように視線を宙に彷徨わせた。ややあってから幸成を見返すと、「いや、ぶっちゃけ百発百中に近いな」と断言する。


「今までアーニャが相手にしてきたようなクソ男で言うと、勝率は百パーセントを誇るぜ。四重奏の()()()を舐めるなよ、ユッキー」

「それってつまり、颯も確実に洗脳されるって事かよ……?」

「されねえよバカ、不吉な事を言うな」

「でも、百発百中って言ってんぞ!?」

「――待て成。もしかして、アンタ俺の事をずっとクソ男だと思っていたのか?」


 言葉の額面通りに受け取ったらしい颯月は、やや傷ついた表情になった。しかし幸成は慌てたように首を横に振る。


「そ、そうじゃねえよ! そういう意味じゃあなくて、俺はただ……颯と綾ちゃんが引き離されるトコなんて、万が一にも見たくねえって思っただけだ――い、一旦、他のヤツでどうなるか様子見てみねえか!? ちょうど独身で、相手の居ねえ男ばっか集まっている訳だしよ!」

「なっ、ユッキーお前……部下を「偶像」の実験台にしようってのか……!?」

「必要に迫られれば、俺はなんだってする。何事も傾向と対策が重要なんだ! それさえ掴めば、戦場でも生き残れるんだからな!」


 惑いなく言い切る幸成に、陽香は若干引いた。しかし彼の横に立つ桃華もまた『颯月と綾那を応援する組』なので、純真な瞳で何度も頷いている。


「いや、でもなあ……あんまり多く釣り過ぎると、結構ヤバイ事になりかねんぞ? 最悪、仲間同士でアリス争奪戦が始まるかも――あ、うーたん! うーたん、試しに釣られてみるか!? うーたんが釣られたら皆も納得するだろ、何せうーたんだぞ! なっ、うーたん!」

「待って陽香、そんなに『うーたん』を畳みかけないで」

「……藪から棒になんなの?」


身体強化(ブースト)」でも使っているのか、自身の身長よりもよほど高く積まれた――決して、十歳男児が担いでいいレベルではない高さの――椅子を運んでいた右京。

 陽香は彼に気付くと、こいこいと手招いて声を掛けた。


 椅子を担いだまま思い切り怪訝な表情を浮かべて警戒する右京に、明臣がやんわりと意見を述べる。


「あの……私にはその、『アイドル』というものの力が分かりかねますが――しかし、恐らく正気を失う類の洗脳魔法ですよね?」


 彼の横でアリスが「だから、洗脳じゃないのよ」とぼやいたが、明臣はそのまま続けた。


「もし右京くんが正気を失い、()()()暴れてしまったら――少なくない被害が生まれる上、そう簡単には鎮圧できないかと思います。下手をすれば、この場で「時間逆行(クロノス)」を解いてしまう可能性も……」


 明臣はそのまま、「――悪魔憑きですから」と言って苦笑した。その言葉に、陽香は「そうだ、コイツ人間核爆弾だったわ」と頭を抱える。


「僕忙しいから、遊びたいなら他を当たって。あと、洗脳されるのは凄く嫌だ」


 右京はますます怪訝な顔をして一行に背を向けると、片付けを再開してしまった。

 陽香は「なんて冷たいヤツなんだ」とぼやいたが、しかし明臣の言う通り、悪魔憑き相手に無茶はできない。


 もしも右京と颯月の両名がアリスに釣られて、そのまま本気の奪い合いを始めてしまったら――恐らく室内訓練場どころか、この敷地一帯が焦土と化すだろう。


「――んっ、アレ? てか、そうなると颯様一人が釣られるだけでも結構リスキーなんじゃあ……?」

「俺は絶対に釣られんから安心しろ」

「ハーン……言ってろ。颯さマグロの一本釣りは、さぞかし見ものだろうな」


 陽香は、改めて訓練場を見回した。先方がまず「偶像」の力を証明しろと言うならば、望み通りにしてやった方が良いだろう。上司に当たる幸成が許可したのだから、適当な若手を捕まえて「偶像」を試すしかない。


 しかし、その試しで釣られる者は本当に可哀相だ。

 一度でも「偶像」に釣られたら最後、その後アリスを視界に入れないよう物理的に距離を置かせたとしても、三日間はアリスを求めて()まなくなるだろう。

 それはまるで、麻薬やアルコール中毒の禁断症状に近い激しい衝動だ。


 陽香は若手の姿を見ながら唇を噛み、本当にモルモットにしても良いのだろうかと首を傾げた。


「――可哀相だから、被験者が「偶像」を浴びた時の記憶は後で消してあげるよ」

「シア、そんな事できんのか?」

「僕の子供達が余所者の力でかき乱されるのは、我慢ならないからね――今回は特別だ。かと言って颯月(この子)の手助けはしないから、そこは安心していい」


 陽香の胸中を読み取ったのか、ルシフェリアはそんな提案をした。それならば、モルモットに選ばれた者がアリスを求めて三日三晩苦しまずに済む。


 であれば――と、陽香は近場に居た若手の一人を指差した。彼は確か、新任挨拶の時も今日の大会開催中も、陽香に向かって「付き合ってくれ」と叫んでいた元気の良い男だ。

 ただ独身で好きな相手すら居ない者よりは、曲がりなりにも「好きだ」と思う相手が居る者の方が、より「偶像」の恐ろしさが分かるだろう。


 幸成は一つ頷くと、早速彼を呼びに行った。


 そして、もう一人。陽香が直々(じきじき)に腕をとったのは、アイドクレース領まで綾那を追いかけて来た、熱すぎる若者――伊織である。

 彼は突然の事に目を瞬かせていたが、しかし陽香から「アーニャの役に立ってくれ」と言われると、内容も聞かずに二つ返事で頷いたのであった。

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