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陽香の葛藤(※陽香視点)

第五章番外編、綾那が目にしなかった室内訓練場での様子スタートです^^

 ――時は、「偶像(アイドル)」を跳ねのけた颯月に、綾那が「お嫁さんにしてください」と暴走するおよそ30分前まで遡る。




「偶像」に対する闘気溢れる颯月が先行して、陽香はその後ろを小走りで駆けていた。目指すはアリスが待機する、室内訓練場だ。

 当初の予定より少々早まったが、颯月にはこれからアリスの「偶像」を食らってもらう。

 まんまとアリスに釣られてしまえば、その時点で綾那との関係は終わるだろう。もしも釣られなければ――その時は陽香とて、あの二人の交際に公認を授けるしかないだろう。


 しかしそんな結果に終われば、南のセレスティン領で今か今かと綾那との再会を待ちわびている、渚が()()なるか。それを考えると正直、膝が震える。

 出来る事なら綾那には幸せを掴んで欲しいが、それと同時に、渚と合流するまでは大人しくしていてくれ――とも思う。


 四重奏の渚というのは、本当に対峙する人間によって態度が丸っきり変わるのだ。

 神子の中でも育った環境が悪く、従来の性質が他人に心を許さない一匹狼だから、人を選り好みする傾向が高いのはある程度仕方がない。ただ、どうにも彼女は綾那を特別視しすぎている。


 以前、陽香は渚について「綾那の事を唯一無二のシングルマザーみたいに思っていて、依存している」と言った。これは嘘でも誇張でもなく、紛れもない真実なのである。

 だから綾那の異性交遊について一番口うるさいのは、間違いなく渚だ。


 渚は綾那に幸せになって欲しいと思っているのに、彼女の男を見る目が無さ過ぎる事に頭を抱えている。

 まるで、今まで自分を苦労して育ててくれたシングルマザーの再婚相手を見定めるかのように――綾那に近づく男を厳しい目で査定しては、ことごとく遠ざける筆頭だ。


 陽香が綾那や渚に出会ったのは、小学校に上がる年だった。だからあの二人が出会い、親交を深めた幼少期を直接見た訳ではない。

 ただ彼女らの会話から推察するに、恐らくだが――渚は希少なギフト、それがなくとも神童と呼ばれるほどの才能を持ち合わせていたせいで、周囲から孤立していた。


 渚のもつギフト「蔵書(ライブラリー)」は、世界中を見渡しても保持者が百人居るかどうかの希少性があるらしい。

 過去の記録にもほとんど記されておらず、大昔から希少な能力として秘匿されてきたものなのか、それとも近年新たに誕生した特殊なギフトなのか、それすらも判明していないのだ。


 ゆえに、ギフトに対する周囲の理解が圧倒的に足りていない。

 だから彼女の事をやっかむのは、物の分別が分からない子供だけではないのだ。いい年をした大人も含めて、老若男女問わず「ずるい」「ギフトがなければ何もできないくせに」と周囲から僻まれ、ハブられ、悪意に晒され続け――(よわい)五つの頃には、すっかり荒み切っていたらしい。


 そんな幼女渚の元へ舞い降りたのが、当時から包容力が底なし沼の化け物と称されていた幼女綾那である。


 綾那に絆され、絆されに絆されまくった結果彼女に依存して、鋭利なナイフが一気にバターナイフぐらい丸くなった――とは、渚自身の証言である。

 陽香からすれば今も切れ味抜群に見えるのだが、本人がバターナイフと言い張るのだから、そうなのだろう。


 この「蔵書」という能力は、まるで図書館のような仮想空間に、書物の形で知識、記憶などを無限に収納できるというものだ。

 ただし、見聞きした事象全てが自動的に収納されるのではなく、発動者の意思でコレクションを選別する必要がある。また、一度収納した知識、記憶をいつでも即座に引き出せる訳ではない。

 引き出すにはこの仮想空間内で書物を索引し、実際に読み直さなければならない――という、まるで移動図書館のような能力だ。


 そうして仮想空間に滞在する間、発動者の体は強制的に眠りにつく。この眠りは発動者本人の意思でなければ目覚められないので、他の者が起こそうとしても無駄だ。


 ちなみに、そもそも事の発端――四重奏の家ごと奈落の底へ「転移」させられたあの日。

 渚が眠りについたまま飛ばされてしまったのは、この「蔵書」を発動していたからに他ならない。だからアリスが起こそうとしても、ぴくりとも目覚めなかったのだ。


 渚はこのギフトが原因で、幼少期より人からやっかまれやすく――特に学業に携わっている間は、それが顕著だった。

 一見すると無限の容量を誇る知識バンクを自由に行き来できる、便利極まりないギフトのように思えるからだ。

 渚本人はチートや不正を嫌い一切の努力を怠らないので、彼女の頭脳は間違いなく本人の能力によるものなのだが――。


 しかし、ギフトに対する造詣の浅い周囲の目にはそう映らない。いつでも自由に知識を引き出せるのならば、テスト、試験などで不正し放題。渚の成績が常に首位なのも、全てギフトのおかげと勘違いされていた。

 実際は上記の通り、「蔵書」を発動するためにはまず眠らなければならず――そもそも時間制限付きの試験の最中に、膨大な仮想空間内で調べ物をするのは、あまりにも非効率的である。


 だと言うのに周囲の人間は、渚の実力を認めなかった。うるさい外野を実力で黙らせたいという思いは満足に叶えられないまま、高校を卒業したのだ。

 共に暮らす四重奏からすれば、「せっかくギフトがなくとも賢いのだから、大学へ進学すれば良いのに」と思ったものである。

 しかし渚は、「これ以上馬鹿と張り合っても、()()()()が違うから無駄」と、周囲から理解を得る事をきっぱりと諦めた。


 だからと言って勉学を投げて「蔵書」頼りの生活を送るかと言えばそうではなく、彼女は彼女自身の矜持の元、今もチート抜きで気高く生きている。


 渚が「蔵書」を発動させるのは、「全部しまい込んでおけば、どこに居ようが必要に迫られた時に私専用の図書館で調べ物ができるから」という理由と――あとは、収納した自身の『記憶』を眺めて楽しむためだ。


 彼女にとって母代わりの綾那が特別である事は間違いなく、綾那と()()()――陽香とアリス――の扱いについては、あからさまに差がある。

 それでも各人と出会った時の記憶を、わざわざ「蔵書」のコレクションにして保管していると言うのだから、全く可愛い人間である。そんなだから『ツンデレ担当』と揶揄されるのだ。


 すっかり話題が逸れてしまったが――とにかく渚は、綾那の横に並ぶ颯月を見たら笑顔でブチ切れるだろう。

 そうして笑顔のまま陽香とアリスを「ちょっとこちらへ」と手招いて、綾那の目の届かない所で「綾の横に()()()を置くなんて、どういうつもり?」と厳しく詰め寄るに違いない。


 その時を想像してぶるりと震えた陽香の背中に、少女のような、声変わり前の少年のような高い声が掛けられた。


「――ねえ、僕まだ子供の姿だから、足が短くてつらいよ、遠いよ。疲れた……抱っこ」

「はあ!? ホントにお前は、シア……! 歩きたくないなら顕現せずに、オーブの姿で移動しろよな! あたしはアーニャと違って「怪力(ストレングス)」がねえんだ、訓練場まで運んで歩けるか!」


 一番最後尾をやる気の欠片もない表情でトボトボ歩いているのは、ルシフェリアだ。

 顕現した姿はやはり綾那が七、八歳くらいの時にそっくりだ。しかし浮かべる表情と尊大な態度が本人とは似ても似つかないため、彼女の正しい少女時代を知る陽香からすれば、何やら変な感覚である。


「えぇー……まあ確かに、今の僕と君じゃそんなに身長が変わらないから、厳しいのかも知れないけれどさ……こんなに弱りきった天使を見てもなんとも思わないなんて、君は悪魔のような子だね……」

「――バッ、変わるわ!! めちゃくちゃ変わるわ、舐めんのも大概にしとけよ!!」


 陽香の身長は150センチぴったり。今のルシフェリアは――恐らく、140センチあるかないかだろう。

 憤慨して足を止めた陽香とほとんど目線が変わらないルシフェリアは、どこか呆れたような顔をしてため息を吐き出した。そして、「あぁー、ぴくりとも動けなーい」と言って、その場に座り込んでしまう。


 陽香は「おい、シア! 面倒くせえワガママ言ってんじゃあねえ!」と眦を吊り上げた。そんな彼女の横を、先行していたはずの颯月が通り抜けて行く。


「おいで、俺が運ぼう」

「おい、アーニャそっくりの見た目に騙されて甘やかすなって!」


 颯月は、廊下に座り込むルシフェリアに向かって両手を差し伸べた。

 横から陽香が苦言を呈したが、ルシフェリアはパッと無邪気に笑うと――動けないと言っていたくせに――サッと立ち上がって、ぴょーんと颯月に飛びついた。


 颯月に運搬されながらすっかり上機嫌になった綾那そっくりの少女に、陽香はじっとりと目を眇めた。


「――なあ、シア。颯様がお前お気に入りの『王族』だからって、ズルはなしだぞ。お前「転移」のヤツらにした時みたいに、ギフトの力を半分だけ吸収すんのもできるんだろ? 「偶像」の効果を最初から薄めとく――なんて、そんな冷める事すんなよな」

「そんな事しないよ。ズルして保たれる関係なんて、この子達も望んでいないでしょう。そこまでして勝っても、ご褒美にちゅーしようなんて思えないだろうし……」

「お前まで何言ってんだ!?」


 当然の流れのごとくさらりと褒美はキスと告げたルシフェリアに、陽香は瞠目した。


「それぐらい頷いてあげなよ。何も唇にするとは言っていないじゃあないか」

「――へっ? いや、でも……颯様?」

「今日アンタとアリスに公認をもらったとしても、まだ一人()()が残っているんだろう? そんな状態でむやみに手出しできんからな。それぐらいが、ちょうどいい落としどころなんじゃあねえのか」

「え、じゃあ褒美のキスって、頬っぺにチューって事? ……は? 颯様、見た目は百戦錬磨なのに中身は中学生なん……? それだけアダルトで――?」

「言葉の意味はよく分からんが、馬鹿にされている事だけは分かるぞ」


 ぽかんと呆けた顔をする陽香を見て、颯月は気を害したように目を細めた。その両腕に抱かれているルシフェリアは、くすくすとおかしそうに笑う。


「赤毛の君だって、本音を言えば応援したいんでしょう? だから、ずっとどうするか迷っていたんだよね?」

「それは、アーニャが……見るからに後戻りできそうにない場所まで進んでるから……でも、ナギが――」

「じゃあ、応援してあげれば良いじゃない、君は頷くべきだね。『緑の聖女』を説得するのは、何も君だけの仕事じゃあない。彼女と真っ向勝負する事になるのは、間違いなく颯月(この子)なんだから」


 言いながらルシフェリアは、まるで励ますように颯月の肩をバシバシと叩いて笑った。その言葉に、陽香は雷に打たれたような衝撃を受ける。


 ――確かに、陽香とアリスが監督不行き届きの責任を負う必要はないのではないか?

 いっその事「自分達は必死に止めたけど、この男がどうしても止まらなくて! アーニャも頑張って抵抗したのに、男がしつこ過ぎて逃げきれなかった! あとはナギがなんとかしてくれ!」と全責任を颯月になすりつけて、渚の相手を任せれば良いのではないか。


 陽香は少々ゲスな事を考えながら、迷わずに頷いた。


「よっし、ソレで行こう。じゃあ、負けたら潔くアーニャから身を引いて……勝てば頬っぺにチューぐらい許すけど、その代わりアーニャに(かか)る『全責任』を負ってもらうという事で」


 ルシフェリアの言う通り、陽香だって本音は、綾那が好きな男と添い遂げて幸せになれるならそれで良い――これに尽きるのだ。

 ただ、綾那を母のように慕う渚の反応が『拒絶と破壊』である事をよく知っているため、素直に頷けないだけで。


 まあ、陽香が頷いたところで颯月が「偶像」に勝つ確率は限りなく低い。陽香が公認をくだした件を渚に知られたら、後でぶっ飛ばされるかも――なんて悩みは、杞憂にも程があるのだ。


「わざわざ言われずとも、綾に係る全責任を負う権利は既に得ている。必要なら、()()()()()を聞かせてやってもいい」


 満足げに笑う颯月に、陽香は「はいはい」と流しかけて、足を止めた。


「…………肉声?」

「ああ」

「……なんで、そんなモンが? まさかアーニャを丸め込んでハメて、それらしい言葉を録音したって事か――?」

「うん? 綾とする会話は、全部録音しているが? ここ最近は四六時中共に居たから、「おはよう」と「おやすみ」のレパートリーが随分と増えて、俺は本当に幸せだ」


 ――それが何か? とでも言いたげな全く悪びれていない表情の颯月を見て、陽香は「やっぱりお前だけは、公認しちゃダメな気がするなあ!?」と大声で叫んだのであった。

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