設営完了
「――いや、フツーにできてんじゃん」
舞台裏のスペースに用意された、簡易調理場。ここは元々、鍛錬中に負傷した者の応急手当をする場所らしい。水道設備に湯を沸かすためのコンロまであるので、備品の持ち込みも比較的少なく済んだ。
明臣はその隅に、四角いレンガのような形の氷を積み上げられたドーム状の簡易氷室を作り上げた。さながら氷だけでできたかまくら――イヌイットの作るイグルーと言ったところか。
作業の一部始終を眺めていた陽香は、無事済んだ事に安堵のため息を吐いた。しかしそれと同時に、スタチューバーという特性上なんらかのハプニングでも期待していたのか、少しの落胆が入り混じった「なんだよ~」という声を上げた。
アリスはまたしても、「だから、なんなのよ、その反応は?」と首を傾げる。
「王子、てっきり魔力制御に不安があるタイプかと思ったのに……危なげなく終わらせちまうんだもんなあ」
「魔力制御ですか? ああ、まあ……確かに、それほど精度は高くないかも知れませんね」
苦笑しながら頷く明臣に、横から竜禅が口を挟んだ。
「いや、今ので精度が低いなんて言い出したら、アイドクレース騎士団の中で自信を喪失する者が多数出てくると思うのだが……」
「そんな、滅相もない!」
「へえ! 魔法が使えない私達には分かりませんけれど、明臣さんって魔力の制御がお上手なんですか?」
「ああ、正確で乱れひとつないな。素晴らしいと思う」
「ええと、恐縮です――」
竜禅から手放しで賞賛された明臣は、どこか照れくさそうに笑って眉尻を下げた。
魔法について造詣が深くない綾那達は、竜禅の説明に感嘆の息を漏らした。しかし、魔力制御に不安がないにも関わらず『バーサーカー」なんて呼ばれる所以は、一体どこにあるのだろうか。
もしかすると、攻撃魔法とこういった生活魔法では勝手が違うのか。それとも、やはり右京のように、上級魔法から突然制御を投げるタイプで間違いないのか。
だとすれば、その二面性から『ダブルフェイス』と称される事も、『バーサーカー』と呼ばれる事も納得できる。
三か月以上の月日を共にしたアリスならば、きっと明臣の物騒な通り名の理由も知っているのだろう。いや、連れが居ると満足に戦えないと言うくらいだから、彼女ですら完全に把握していない可能性もある。
綾那はちらりとアリスを一瞥したが、しかし彼女は不思議そうに首を傾げるだけだ。
「とにかく食材、全部運び入れちゃいましょうよ。私も早いとこ上でスタンバイしておきたいし――その、今日モカちゃんも見学に来るんでしょう?」
アリスは小麦色の頬をほんのりと赤らめて、両手の指をもじもじと絡ませ手遊びしながら問いかけた。
モカちゃんというのは、桃華の事だ。
陽香が『もかぴ』と呼ぶところから派生したのか、『ももか』の後半からとったのかは知らないが、陽香から「いや、もかぴでいーじゃん」と言われた際に「なんか、絶妙にだっさいからイヤ」と拒絶したらしい。
――ちなみに陽香は、「オイ、他でもないもかぴが気に入ってんだぞ!? もかぴに謝れよ!!」と憤慨していた。
その桃華だが、前回と同じくカメラ嫌いの幸成のモチベーションが低下し過ぎないよう、応援と見学に呼ばれたのだ。
ただ、やはりカメラに映す事はできないので、基本的にはアリスと共にギャラリーで待機して――幸成が著しくやる気を喪失していると判断した場合には、こっそりと激励しにやってくる、という重要な仕事を課された。
アリスは繊維祭の衣装決めで、桃華と大層仲良くなったようだ。撮影の手は抜けないものの、大会中ずっと上でガールズトークに華を咲かせられるのが嬉しくて仕方がないらしい。
「じゃあ、皆で設営終わらせちゃおうか」
「っしゃー、あたしも手伝うぞ!」
「陽香、アンタ手伝うのは良いけど、メイクが落ちない程度にしてよね」
アリスの忠告に、陽香は「へーい」と気の抜ける返事をした。綾那は、何やら四重奏っぽくなってきたぞ思いつつ、早々に準備を終わらせるために食材の搬入に精を出した。
◆
あれから搬入を終えた一行は、撮影が開始される十一時まで、一旦解散する事になった。
まあ解散とは名ばかりで、アリスは「万が一にも私の姿を見られたら、どっきり企画が丸潰れよ!」と言って、既に2階のギャラリーで待機している。
竜禅だって、実行委員として料理人や運営スタッフと最終打ち合わせがあるため、会場内に残っている。
神がかったレベルで方向音痴の明臣も、人の案内なしでは迂闊に出歩けない。まだ大会開始まで一時間以上あるが、既に舞台の椅子に腰かけて、辺りを興味深そうに眺めている。
演者の陽香とカメラマンの綾那は、舞台を正面に見据えたまま、カメラチェック中だ。ちょうど舞台上に明臣が居るので、人の映りを確認するのに一役買ってくれている。
――と、そうこうしていると、書類仕事を終えたらしい颯月がやって来た。
「――俺の仕事を取るなんて、信じられん」
「お、出たなマグロ」
「陽香、面と向かってマグロはやめよう?」
「…………じゃ、颯さマグロ?」
「やめよう?」
「俺の仕事を取るなんて、信じられん……」
「なんで二回言った?」
颯月は、明臣が簡易氷室の作成だけでなく食材の搬入まで全て終えた事を耳にすると、まるで捨てられた犬のように心許ない表情で項垂れた。
余程ショックが大きいのか、武骨な手の平で目元を覆って「俺の仕事が奪われた――」と大層嘆いている。さすが、泳ぐのを止めると死ぬマグロである。
綾那は悪い事をしてしまったと思い、颯月の背中に手を添えて慰めるように優しく撫でた。すると、颯月は途端に紫色の瞳をとろりと緩ませて、綾那の腕を引いてぎゅうと抱き締める。
もちろん、目の前でそんな暴挙に出られた陽香は眦を吊り上げた。
「おうコラ、バカのカップル! イエローカード!! もう一枚出たら退場させるからな!!!」
「はあ――もういっそ退場させてくれ。今日伊織のヤツが出席しそうで、気が重いんだよ」
「いや、退場するのは颯様だけだっつの! アーニャは撮影の仕事あんだから!」
ドゥッと綾那の肩だけ正確に狙ってパンチした陽香に、颯月は「アンタ器用だな」と言って、ため息を吐きながら綾那から身を離した。
綾那は殴られた肩を擦りながら、「暴力行為は、一発退場のレッドカードなのでは――?」と首を捻る。
「あ、そっか。そう言えば、うーたんの弟もこっち来てんだっけ……あいつ元気? まだ心折れてねえの?」
「………………別に、折ろうと思って教育している訳じゃあねえぞ。まあ、それなりに元気だと思う」
「間がスゲエ空いたのが気になるけど、元気なら良いか。いやあ、普段なかなか会う事ないからさあ……大会参加者名簿には載ってなかったから、来るとしたら見学組だな。アーニャも会うの久々なんじゃねえの?」
陽香の問いかけに、綾那は曖昧に笑った。実を言うと、ここ最近それなりに姿を見かけている。
と言うのも、ルシフェリアに光魔法をかけられて以来、綾那は四六時中颯月と行動していた。
彼の職務には若手の育成も含まれており、多忙な騎士団長の手ずから教育される若手は、現在伊織ただ一人のみだ。つまり、颯月が伊織に容赦ない教育的指導をする場面は、既に何度か目の当たりにしている。
――ただ、本当に遠くから見守るだけで、綾那が伊織と接触する事は一切なかった。挨拶もそこそこに颯月が伊織を再起不能にしてしまうため、近付くどころか会話する機会すらないのだ。
恐らく綾那と無用な接点を持たせないために、あえて速攻で沈めているのだろうが――まあ、入団後も団長相手にいまだ反抗的な態度を取っているので、確かに「元気である」と言わざるを得ない。
「颯月さん、大会が始まるまでの間どうされますか? まだ一時間以上ありますけれど……もう設営も終わっちゃいましたし、何もせずに待機――は、無理ですよね。暇すぎて……」
「いや、良い。時間まで綾を眺めてるから、なんの問題ない」
さらりと惚気のようなものを言ってのけた颯月に、綾那は反射のように「好きです」と告白して、嬉しそうに微笑んだ。
その直後、横から陽香の肩パンチが飛んで来たのは当然の事であると受け入れた。




