決意表明と告白と
ついに百万文字超えましたー!
ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございます。そしてお疲れ様です!
これからも頑張って書いていくので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです^^
「今日は夏祭り以来、久々に綾と離れた時間があっただろう? ――その時に少し、色々あってな」
「色々、ですか」
離れた時間というのは恐らく、綾那が陽香やアリスと大食い大会について、熱心に話し合っていた時か――もしくは、食堂で陽香の新任挨拶を眺めていた時の事だろう。
詳細について話すつもりがないのか、颯月は曖昧な笑みを浮かべて続ける。
「色々とあった結果――俺はもっと、綾と真剣に向き合うべきだと気付いた訳だ。だからせめて、正気の内にデートぐらいはしておきたかった」
小さく肩を竦めた颯月に、綾那はきょとんと目を瞬かせたあと、笑みを零した。
今までだって十分真摯に向き合ってくれていただろうに、改めて真剣にとは、一体どういう事なのだろうかと。
まさか過去、綾那が付き合ってきた男達のように――放っておいても尽くし過ぎるきらいのある綾那を相手に――増長して、弄んでいたとでも言うのか。
何かしらの心的外傷を患うくらい、正妃から厳しく不純異性交遊を禁じられているらしい、他でもないこの颯月が。
「――じゃあ今まで、颯月さんは私で遊んでいらしたんですか?」
綾那は責める訳ではなく、茶化すような口ぶりで首を傾げた。桃色の垂れ目を悪戯っぽく細めた表情は、あの颯月が肯定するはずない、という自信と期待で満ち溢れている事だろう。
颯月は綾那の予想通り首を横に振ると、「いや」と短く否定した。
「ただ、思い返せば――俺はいつもアンタに言わせてばかりで、はっきりと明言した事がなかっただろう」
「明言?」
彼の言わんとする事が分からずに、綾那は首を傾げた。
すると颯月は、綾那が膝の上に置く左手に自身の左手を重ねた。二人の薬指には、「契約」を結んだ事によって、互いの瞳の色を表す石のついた指輪が光っている。
突然の事に、綾那は喜びと緊張と恥じらいが全部綯い交ぜになったような、複雑な感情に襲われた。
思わずはにかんだ綾那を真っ直ぐに見やる颯月は、珍しくも、僅かばかりの緊張を孕んだ面持ちで口を開いた。
「――愛している、と」
「…………は……?」
「今まで態度で示して来たつもりだが、それだけでは伝わらんものらしいからな」
綾那は、完全に思考停止した。
ぴくりとも動かなくなった綾那を見て、颯月は困ったように笑う。続けて、「落ち着くまで待とうか」と低く囁くと、今度は綾那が逃げ出さないよう、重ねた左手に一本一本しっかりと指を絡めた。
(あ、愛――?)
綾那は瞬きも忘れて、ただ己の隣に座る美丈夫を凝視した。
色違いの瞳も、金メッシュの混じる黒髪も、右半身に走る刺青も満点の人間国宝。今日も、いや、『異形』を晒した今日の彼こそ、宇宙一格好いい――違う、そうではない。
自分の脳内にセルフ突っ込みを入れつつ、綾那は颯月の言葉をゆっくりと噛み砕いていく。
彼は確か、いつも綾那に言わせてばかりで――と、前置きしていなかったか。
いつも綾那は「好きだ」と伝えているだけで、「愛している」なんてそんな――陽香が聞けば、肩パンチどころでは済まなそうな――愛情表現のランクが上のフレーズを使った事は、一度もないはずだ。
颯月にとっては、好きも愛しているも同等の表現なのだろうか。
――いや、そんな事よりも。颯月は、綾那を好ましいと思うどころか、愛してくれているのか。
「…………ふぐぅ……っ」
ようやくそこまで思い至った綾那は、多幸感だか歓喜だか羞恥だか――どう表現して良いものか分からない心情を抱える事になった。
思わずこの場から逃げ出したくなったが、先んじて左手を拘束されている。「怪力」を失っている今の綾那には、それをほどく力がない。
綾那はベンチの上で膝を抱えて体を丸めると、顔を伏せて隠した。髪の隙間から覗く頬と耳は、鏡を見なくたって赤く染まっているのが分かるほど熱を持っている。
(いや、嬉しい――それは、死ぬほど嬉しいですけど! でも、どうしてこんなタイミングでそんな事を言うんですか……!)
颯月はあと一週間もすれば、綾那の事などゴミのように捨ててしまうのに。
どれだけ信じると口にしたって、平気だと誤魔化したところで、自分の心に嘘はつけない。颯月だって、どうせアリスに心を移ろわせてしまうに決まっているのに。
どうして「偶像」なんてギフトが存在するのか。いや、どうして綾那は、四重奏のメンバーを困らせる前に異性交遊から手を引かなかったのだろうか。
家族を不安にさせるような交際を繰り返していなければ、いくら颯月の顔が絢葵似を超えて絢葵ネクストエボリューションだとしても、取り上げられるような事はなかっただろう。
アリスも、仕事がどうとか渚がどうとか言わずに、なんの迷いもなくルシフェリアに「偶像」を引き渡していたに違いない。それどころか、綾那と颯月の祝福までしてくれる可能性だってあったのに。本当に悔やまれる。
「偶像」が悪いのでも、四重奏が過干渉なのが悪い訳でもない。全て綾那の責任で、綾那自身が招いた結果に過ぎない。自業自得なのだ。
もしも時間が戻せるのならば、綾那は誰とも付き合わないだろう。そうして「奈落の底」まで落ちて来て、何一つ後ろめたくない状態で颯月と出会い、また恋に落ちるのだ。
(――なんて、そんな都合のいい話がある訳がないでしょうが……!!)
綾那が丸まったまま眉間に皺を寄せ押し黙っていると、落ち着いたと判断したのか、再び颯月が口を開いた。
「確か、創造神が言っていたんだよな? 俺と綾が今後どうなるのかは、もう誰にも分からないと――アイドルってのは、いくら俺が綾と共に在りたいと願っても、精神論だけじゃあどうにもならん力なんだろう?」
その言葉に、綾那は顔を伏せたまま頷いた。
「それでも俺は、綾が良い。例えこの先、奪われる事になったとしても――今この瞬間、俺の心は間違いなくアンタのものだ。これだけは分かって欲しい」
「――そ、颯月さん。もう、その辺りでやめにしませんか? これ以上は私、本当に死んでしまいます……」
真っ赤に染まった顔を僅かに上げた綾那は、懇願するように呟いた。颯月は一瞬言葉に詰まったが、しかしすぐに咳ばらいをして続ける。
「――どうも、引き寄せの法則というものがあるらしい」
「引き寄せ……」
「俺は前に、綾を骨抜きにして、俺を諦められないようにすると言っただろう? ああいう願望を口に出し続けると、本当にその結果を引き寄せるのだと。だから――「俺はアイドルじゃなく、他でもない綾と添い遂げる」……俺の愛しい綾那、お前と生きて死ぬ」
どこまでも真剣な表情で告げる颯月に、綾那はじわりと目を潤ませた。「綾那」と名前を縮めず呼ばれる度に胸が震えるし、颯月に「お前」なんて呼ばれた事は一度もない。きっと彼は本気なのだろう。
綾那がアイドクレースらしくない見た目をしているからという理由だけでなく、中身まで好ましいと思ってくれているのだ。
思う結果を引き寄せるならば、綾那も「颯月は必ず戻ってくる」と期待しても良いのだろうか。
心臓は早鐘を打ち、体は火照って、息も胸も、全部苦しい。
そう言えば、以前『引き寄せの法則』について言及していたのは、どこの誰だったか。どうもその誰かが、綾那が離れている間に颯月へ何事か入れ知恵したらしい。
――そう、あの大天使様は既に、自由に『顕現』できるほど力を取り戻しているのだ。颯月の前に姿を現して、直接会話する事だって可能なのである。
(じゃあ、私も――後先考えていないで、誰かさんのアドバイス通り、欲しがっちゃっても良いのかな……)
綾那は抱えていた膝をベンチから下ろすと、隣に座る颯月にしなだれかかるようにして、身を寄せた。
びくりと肩を揺らして、色違いの目を瞠る颯月。あざとい事をしている自覚はあったが、綾那は彼の顔色を窺うように下から見上げて、おずおずと口を開いた。
「え、ええと、その――私達、婚約者ですし、それにこれ、デートですから……そうして愛を囁いてくれる時には、き――キス……とか、してくれても、私は一向に構わないのですけれど……」
頬を赤らめ瞳は潤み、恥ずかしさと緊張からか、唇は僅かに震えている。一向に構わないなんて遠回しな言い方をしたが、懇願するような――それと同時に誘うような瞳には、はっきりと「キスして欲しい」と書かれているはずだ。
「………………………――ま、「魔法鎧」」
「あっ!? わっ、ちょ……!」
綾那の言葉にぴしりと固まった颯月は、たっぷりと間をとってようやく口を開いたかと思えば、突然「魔法鎧」を発動させて紫紺の全身鎧に身を包んでしまう。
紫色の光に包まれた颯月に驚いた綾那は、彼から身を離した。
そして、物理的にも性的にも(?)鉄壁のガードを誇ると言っても過言ではない鎧姿を目にすると、思わずショックを受けてハラハラと涙を流した。
「そ、そんなに、嫌だったなんて……! ごめんなさい、調子に乗りました! 二度と欲しがりません、どうか嫌いにならないでください……っ!」
いつか、ルシフェリアが「ちゅーくらいしても良いんじゃないの」と言った事を真に受けて、大変な間違いをしでかしてしまった。
いくら颯月が綾那を愛していると言ったって、結婚したいと言ったって、『不純異性交遊、ダメ絶対』なのだ。恐らく相手が婚約者だろうがなんだろうが、結婚するまではすべからくダメなのである。
ふと冷静になって考えてみれば、正妃から王族として厳しく育てられた彼にとって、今まで好き放題奔放に生きて来た綾那など、痴女でしかないのかも知れない。
涙を流しながら震えて「嫌いにならないで」と懇願する綾那に、颯月は立ち上がると、簡易休憩所の柱にゴンッと鈍い音を立てて頭突きした。
そして、その音にビクッと肩を揺らした綾那を勢いよく振り返ると、鎧の中からやけに切羽詰まった声を絞り出す。
「――――ンなもん、死ぬほどしたいに決まっているだろうが……ッ!!! 据え膳……ッ据え膳にも程がある! 男の恥だ、この事は一生忘れん……ッ!!」
「……えっ」
「だが、それは俺がアイドルに勝った暁に与えられるモノでなきゃならん、絶対にだ! まかり間違っても、今貰い受ける訳には――あと、頼むから泣くのだけはやめてくれ、余計に興奮する……!」
「興奮……」
「初めて見た時からそうだった。何故か綾の泣き顔を見ると、俺は庇護欲と支配欲と嗜虐心が一気に掻き立てられて、訳が分からなくなる――端的に言うと劣情を抱く」
「れつ……?」
「だからいつも、禅が血相変えて飛び込んでくるんだ。共感覚で巻き込むんじゃあねえと――アイツよく、前屈みになるだろう」
やや露骨な事を言って長いため息を吐き出した颯月に、綾那の涙はすっかり止まっていた。そしてそのまま、先ほどと同じかそれ以上に顔を紅潮させる。
(ま、待って、それってつまり、そういう――? 竜禅さんがそうなっちゃうって事は、颯月さんも――い、いやいや、まさか! 神が! 神が……私なんかで――)
ちらと下がりそうになった視線を、慌てて颯月の頭に縫い付ける。どちらにせよ全身鎧に囲われていれば、何も確認できるはずがないのだが。
綾那は、胸中で「ダメ、四重奏は下ネタを口にしちゃダメなんだから……っ、例え独奏でも、妙な事を考えてはダメ!」と己を叱咤する。
そうして一人思い耽っていると、不意に両頬を固く冷たいもので挟まれて、ハッと我に返った。見れば、篭手に包まれた颯月の両手が綾那の頬を挟み込んでいる。
「ただ一つ勘違いしないで欲しいんだが、嗜虐心が掻き立てられるとは言っても、別にアンタを傷付けたいとは思っていないからな。口では説明しづらい感覚なんだ……腹空かせた子猫がぴーぴー鳴いてるのを見て、仕方ねえヤツだなとついニヤけちまう、みたいな――あえて少し離れた所にミルクを置いて、そこまでよちよち歩かせたくなる感覚というか……分かるか?」
鎧に包まれた頭を傾げる颯月を見て、綾那はまだ涙の残る目元を緩ませて頷いた。
「ええ……分かります。颯月さんは、好きな子に意地悪しちゃう人ですものね」
「――ああ。意地悪したくなるくらい、綾が好きだ。ドロドロに甘やかして、無茶苦茶にしたくなる」
颯月の矛盾した言葉に、綾那は心の底から嬉しくなって笑った。そして、自身の頬を挟む冷たい篭手に両手を重ねる。
「颯月さん、私――私、颯月さんは絶対に「偶像」に釣られないって思う事にします。だって負けるかもって諦めて、予防線を張っていた所で……結局私、あなたが居なくなると悲しくて泣くんですから。どんな心構えをしていた所で絶対に泣くなら、いっそ最後まで信じ切って、願い通りの結果を引き寄せたいです」
「それは、責任重大だな――と言うかもしダメでも、綾に泣かれただけで俺はいとも簡単に正気に戻りそうな気もするんだが……アンタの泣き顔、それぐらい衝撃がでかいんだ」
「でもそれじゃあ、『負け』です。だって一度でも釣られたら、きっと陽香はご褒美を許してくれないでしょう?」
「……それは困る、由々しき事態だ。そろそろ先に進みたいからな」
どこまでも真剣な声色で返されて、綾那は小さく噴き出した。そして颯月の頭を覆うヘルムの目元辺りに視線を定めると、『お色気担当大臣』らしく、まるで男を誘惑するように蠱惑的な眼差しを向ける。
「繊維祭の後――颯月さんがキスしに来てくれるのを、ずっと待っていますから。でも、私が不安で泣き出す前に来てくれなきゃイヤですよ」
例えこの台詞が死亡フラグになろうが、綾那の知った事ではない。言えば叶うなら、是が非でも引き寄せたいのだ。
何も答えない颯月に構わずじっとヘルムを見つめていると、彼はおもむろに綾那の手を取って、街道を引き返し始めた。
「…………綾、今日はもう帰ろう」
「へっ? あれ、でもまだ二時ぐらいなんじゃあ……いつもなら、朝まで巡回を――」
「ダメだ、俺は完全に綾の『本気』を見誤っている。このままじゃあ、俺の中の颯月が全員殺されるのも時間の問題だ……そうだ、いつか陽香が言っていたな。どうかセクシーを律して欲しい」
「セクシーを律する」
「これから毎晩デートするつもりで、数日分の仕事を片付けたんだが……繊維祭が終わるまで封印だ。あと明日から繊維祭まで、巡回には毎晩禅を同行させる」
「あ、もしかしてそれで今日の書類仕事、あんな大変な事になっていたんですか……?」
「アンタと二人きりで過ごしていると、俺は『紳士の本能』と『正妃サマのありがたい教え』の板挟みになって、前後不覚になる――この心理状態で街の外を歩くのは危険だ。綾の家族に公認を貰うその日まで、どうかセクシーを律してくれ」
颯月は嘆くような声色で、「オークに襲われる婦人になられる方が、まだマシだ……」と呟いた。綾那は小さく笑うと、「鎧を脱いでお顔を見せてくれれば、すぐにそうなるのに」と囁く。
もっと言えば刺青のような『異形』を晒して、今日みたいな私服で居てくれたら最高だ。
「………………脱げる訳がない。今は色々と見せられない」
颯月は足を止める事なく、前を向いたまま答えた。その参ったような声色に、綾那はまたしても声を上げて笑うのであった。




