大会まで3日
もう少しで百万文字に到達しそうです。一般的なラノベが一冊十四~十七万文字らしくて、換算すると約六、七冊分!?
ここまで長々とお付き合いくださっている方々には、本当に頭が上がりません――いつもありがとうございます。
とある昼下がり。
いまだ昼夜逆転生活を続ける綾那がちょうど仮眠から目覚めたタイミングで、陽香が執務室を訪れた。
「――って訳で、案外いい感じに企画がまとまりつつあるんだよ。それもこれも全て、やたら協力的なミンさんと大会実行委員の禅さんのお陰だな!」
彼女は、来る『ドキッ! 漢だらけの大食い対決!』の要項をまとめた資料を手に、最近広報どころではなかった綾那に進捗を報告しに来てくれたのだ。
話を聞き終わった綾那は、ほうと感嘆の息を漏らした。
「なんか、凄いね。漠然と面白そうな企画だとは思っていたけど、それがまさかこんなスピードで組み上がっちゃうなんて――」
「うん、一つ提案投げただけで五つぐらいパターン返って来るから、ついて行くのが大変だぞ。やっぱり騎士って社畜しか居ねえから、仕事の速さが尋常じゃねえんだなあ」
屈託なく笑ってウンウンと頷く陽香に、本日颯月の世話役を請け負う幸成が「いや、騎士全部をひと括りにされると、誠に遺憾なんだけどな」とぼやいた。
しかし、綾那からすれば幸成も十分に社畜である。何せ彼は綾那の監視をしていた間、己の睡眠時間を極限に削ってまで、職務と監視の両立をさせていたのだから。
(自覚のない社畜が一番、心配な気がするんだけど……でもまあ、まだ幸成くん若いから……うん)
決して、若ければどんな無茶をしても良いと言う訳ではないが――もう少し騎士の人数が増えなければ、休む事すらできないのだ。こればかりは仕方ない。
このトンデモ社畜育成機関を変革するためにも、今は宣伝に力を入れなければ。
綾那は改めて、陽香に渡された資料に目を落とした。
大食い大会の開催日は、三日後に決まった。雨天でも決行できるよう、会場は騎士の室内訓練場だ。つい二日前に参加の呼びかけを始めたばかりなのに、出場枠は既に埋まったらしい。
参加者は動画第一弾のメンバーから和巳、幸成、旭と――陽香曰くマスコット枠の右京。あと若手騎士が五人と、何故か『特別ゲスト枠』として、アイドクレース騎士団でもない明臣が組み込まれている。
これはもう陽香の、動画に使えるものは全部使う精神、動画を盛り上げるためならなんでもする精神がよく働いているとしか言いようがない。
明臣本人は訳も分からないまま、「姫が、出た方が良いと言うので――」と二つ返事で引き受けたらしい。颯月もまた「他領の騎士団とも交流が盛んで、「風通しのいい職場」って事で良いんじゃねえのか」と、軽くOKしたそうだ。
若手騎士の間でも、広報の宣伝動画は認知されている。
大会に出るイコール動画にも出る。大会の見学に来ても、またしかり。それを、幸成や旭のように嫌厭されるのではないかと危惧していたが、しかし意外と出演に前向きなようで一安心だ。
ちなみに、颯月は今回大会に参加こそしないものの、大会出資者として動画の最後に優勝者を称え、賞金を渡す役割を与えられている。
彼は別段小食という訳でもなく、どちらかと言えばそれなりに食べる方ではあるのだが――どうも、限界を超えた大食いとか早食いとかいう行為は、体が受け付けないそうだ。
恐らく、と言うかまず間違いなく、正妃の教育によるものだろう。
大会実行委員を任された竜禅も、彼自身が大会に出れば――結果がどうであろうとも――何かしらの不正を疑われてしまうため、不参加だ。恐らく第一弾と同じように実況を頼むか、もしくは実行委員兼副長として、颯月と共に優勝者を称える役目を頼む事になるだろう。
陽香は司会兼進行役。綾那は仮面なしでは動画に出演できないので、今回もカメラ役だ。そして、カメラ一台だけではどうしたって参加者十名の雄姿を撮り逃してしまうため、ちゃっかりアリスにもカメラマンを頼んでいる。
現状まだ部外者扱いのアリスだが、遅かれ早かれ広報の一員になる事は間違いない。仕事をするのが先か、騎士達に挨拶するのが先か――それが少々前後するだけである。
(それに――繊維祭が終わる頃には、アリスが颯月さんの新しい婚約者になっているかも……ああ、ホント私の立ち位置ってどうなるんだろう? あっさり鞍替えされた可哀相な女とか、所詮アイドクレース向きじゃない女って烙印を押されるとか? は……働きづらくなるなあ――)
綾那は、頭痛を堪えるような表情を浮かべて額を押さえた。これが職場恋愛の辛いところだ。特に今回のように、関係性が職場に周知徹底されている場合は目も当てられない。
まあ、今までのクズ男達と違って、まともな颯月の事だ。きっと要らぬ波風が立たないよう、穏便に事を進めてくれるはずだ――とは思うが、「偶像」の力というのは本当にバカにできない。
あの颯月でさえ、ただアリスを手に入れること以外何も考えられなくなる可能性がある。もしそうなったとしたら、「契約」済みの綾那など、邪魔で仕方がないだろう。
いくら相手が颯月でも、さすがにそんな悲しすぎる理由では殺されたくない。
一体どうやるのか方法は知らないが、「契約」の解除には速やかに応じるから、どうかお手柔らかにしてください――と願うばかりである。
「うん? どうしたアーニャ、何か気になる所でもあったか?」
途端に難しい顔になった綾那に、陽香がこてんと首を傾げた。綾那は「えっ!?」とやや過剰な反応を返したのち、取り繕うように口を開いた。
「いやっ、えーと、そうだね! 出される料理については、どうなるの? 結局、メニューはホットドッグにしたんだね」
「あー、それなら心配要らねえぞ。禅さんが各所に根回ししてくれたお陰で、料理人も食材も確保済み! いや~、図らずしも街の経済を回す事になっちまったよ。ただ楽しいだけでなく、地域に社会貢献までできちゃう! これだから動画配信は辞められねえのよな~全く、出資者サマには頭が上がらんぜ」
そう続けた陽香は、執務机に腰を下ろして大量の書類に囲まれている颯月を見やった。彼は書類から顔を上げる事なく、「思ったより安上がりで済んだから気にするな」とだけ応える。
今回の大食い大会は広報の宣伝活動だけでなく、一応は騎士の慰労も兼ねている。しかし、急遽開催が決まったため、領から支給される騎士団の年間予算に手を付ける事はできないのだ。
料理にかかる材料費や、それを調理する人間の賃金。そして大会を運営するための人件費から、優勝賞金まで――全て颯月のポケットマネーで賄われた。世の中金が全てなんて世知辛い事は言いたくないが、しかしそう言わざるを得ない。
ついこの間、悪魔憑きの子供達に魔力制御を習得させるため、億単位の金を動かしたばかりなのに。ここ最近の颯月は、湯水のように金を使っている。
安上がりで済んだと言うが、そうは言っても数百万はかかっているはずなのだ。かれこれ十年以上使われる事なく貯まっていたものが、ここに来てようやく放出され始めた――といった所なのだろうか。
(いや、ホント颯月さんって普段、何にお金を使う事があるんだろう……? 服は自力で着替えられないから制服ばかりだし、剣は「魔法鎧」と一緒に出てくる大剣しか使わないし……魔石だって本来、魔法が使える颯月さんには必要のないものだし。正直、食事ぐらいしか使い道がないんじゃ――)
例えば綾那なら、稼いだ金で大好きな絢葵を見るため、全国津々浦々ライブやイベント会場に足を運んでいた。それが趣味で、生き甲斐だったからだ。
そう考えてみると、綾那はそもそも颯月の『好きな事』を知らない。
好きな事どころか――颯月は休日でも働いてしまうため――三か月以上共に居ても、いまだに彼の完全なプライベートを目の当たりにした事がない。
まず、魔法の詠唱を丸暗記する以外に趣味はあるのだろうか。仕事ばかりで、辛くないのだろうか。余計なお世話だと知りつつも、綾那はつい颯月の行く末を案じてしまう。
彼は以前、じっとしていると生きていて良いのか不安になるから、働き続けるのだと話していた。出生がそうさせるのか、正妃や国王との関係性がそうさせるのかは分からないが――とにかく、彼の行動理念はやたらと自罰的だ。
十年以上働き続けているのだから、もう少し自分のために――ワガママに生きても良いと思うのだが。
(それにしても今日の書類の量、おかしくない? サボっていた訳でもないのに、なんだか二、三日分の仕事がドーンって、まとめて来てる感じがする)
ここ数日間、四六時中颯月と共に居たため、さすがに平均的な仕事量を覚えてくる。そこ行くと、今日の書類の山は異常だ。
世話役の幸成が特に言及しない辺り、アレでも適正な量なのかも知れないが――あまり無理し過ぎないようにして欲しいものである。
「――あ、そうだ、繊維祭の服は? もう決まったの?」
「んー、もうアリスに投げた。アイツに任せとけばなんとかなるだろ。これであたしは、大食い大会に集中できるって寸法よ!」
「そっか、まあ確かに間違いないだろうね。当日は化粧もされちゃうのかな、年相応に見えると良いよね」
「失礼な事言うな、どっからどう見ても二十一歳だろ!」
「…………うぅーん」
「うぅーんってなんだ、うぅーんって!」
どこからどう見ても、よくて高校生である。しかしそれを口にすると陽香がキレ散らかすので、綾那は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。




