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眷属フィーバー

本当に軽くですが、思い出したようにR15設定を引っ張り出しましたので、苦手な方は注意です。

 車のヘッドライトというのは、電球の寿命が尽きかけた時に殊更明るく光るものだが――もしかすると、この魔法も同じなのだろうか。ルシフェリアが綾那にかけた光魔法は、そろそろ効力を失う頃だろうという話だ。


 街の外へ出れば――まるで街灯に誘われる夏の夜の虫のように――次から次へと眷属が飛び出してくる。尋常ではない数の眷属が綾那目掛けて駆けてくるのは、異様の一言だ。

 まあ、全て綾那に触れる前に颯月の魔法で焼き切られてしまうので、今のところは問題ないのだが――なかなか心臓に悪い光景である。


 眷属釣りのフィーバータイムへ突入していると言っても過言ではない。


「茂みから連続して出てこられると、さすがに驚くな――今日はこっちから探し歩くんじゃなく、どこか開けたところで眷属が引き寄せられるのを待ってみるか」


 颯月は右手に握った大剣の汚れを払うようにブンと振り下ろすと、「魔法鎧(マジックアーマー)」の背に担いだ。綾那は一つ頷き、彼の後をついて歩く。


 いくら綾那が囮になっているとは言え、基本的に眷属は警戒心が強く、用心深い生き物らしい。

 何せ、人を呪った眷属は巧妙に姿を隠すとか、大人ではなく抵抗する力がない子供を狙い、無用なリスクを回避する頭があると言うくらいだ。


 ゆえに、毎晩『散歩』と称してアイドクレース周辺を歩き回った。そうして、綾那という囮に我慢できず飛び出て来た眷属を討伐していたのだが――今晩ばかりは、様子が違う。

 わざわざ探し回らずとも、眷属の方が勝手に集まって飛び出してくる。こちらが動く必要はなさそうなのだ。


 むしろ、下手に眷属が好む藪や茂みの深い場所へ足を踏み入れると、四方八方から襲われかねない。魔法を使える颯月はともかく、今の綾那は無力もいいところである。眷属に襲われれば、ひとたまりもないのだ。


「颯月さん、お疲れじゃありませんか? さっきのでもう、十五体を超えていたような――」

「うん? 平気だ。何せ、どいつもこいつも一撃で終わるからな。素振りしてる方がまだ疲れる」


 そう答える颯月に、綾那はなんとも言えない表情になった。


(やっぱり格好いい……!)


 綾那は胸元を押さえながらクッと眉根を寄せて、身悶えた。

 やはり、颯月は文武両道の完璧超人である。しかし一つも隙がないのかと言えば、決してそうではない。痩せた女性が苦手で倒れるとか、身の回りの世話が出来ないとか――人間らしい弱点も兼ね備えた、最高に可愛い男だ。


 こんな最高の男が好ましく思ってくれているなんて、本当は全部、夢の中の出来事なのではないか。綾那はそう思わずにはいられない。

 綾那の身の丈ほどありそうな大剣を軽々と担ぐ広い背中を眺めては、ほうと熱っぽい息を漏らした。


 やがて、視界を遮るものが何もない開けた土地へ出ると、颯月は近場の低い岩を指して「歩き疲れただろう? 座っていて良いぞ」と綾那に勧める。綾那は素直に頷くと、岩に腰を下ろして礼を言った。


 ふと空を見上げればすっかり夜も更けているため、魔法の光源がかなり明度を下げている。

 リベリアスには雲がないから、完全に光を失う事はないが――それでも、辺りが暗がりである事に違いはない。


 颯月が身に纏う紫紺色の鎧は、目を離せば闇に溶けて消えてしまいそうだ。綾那は思わず彼の手を取ると、ぎゅうと握った。篭手の冷たく無機質な感触に、余計に不安を煽られる。


「……どうした? 確かに、今夜は眷属の数が異常だが――アンタの事は何があっても俺が守る、心配しなくていいぞ」


 鎧のせいで表情は見えないが、聴こえてくる声色は甘く優しいものだ。彼が好きだと言う気持ちと、彼が取られるのはやはり嫌だという気持ちに同時に襲われて、胸を締め付けられる。


 綾那は、まるで縋るように颯月を見上げた。


「もうすぐ、私にかけられた光魔法が解けるそうです。だから、これが最後の追い込みかも知れませんね――」

「……今日、創造神と話したのか?」


 颯月の問いかけに頷くと、綾那は俯いて続けた。


「二週間後――繊維祭が終わったら、「偶像(アイドル)」の封印を解くと約束をしました。私達がこの先どうなるかは、もうシアさんにも分からないそうです。だから、目いっぱい思い出作りに励めばいいって……ありがたいアドバイスも頂きました」


 綾那は颯月の手を引いて、自身の頬に擦り寄せた。やはり硬くて冷たいが、しかし颯月だと思えば鎧まで愛おしい――全く、我ながら病的である。そんな事を思い自嘲混じりの笑みを漏らした綾那は、そっと颯月の手を離した。


 ひとつも諦めたくないのにすぐ手放そうとするのは、心を守るための本能だろうか。そうして突き放せばまた颯月が気を悪くするだけなのに、綾那の心はすぐさま守りに入ってしまう。


 颯月は何を思ったのか、いきなり両手をパンと合わせると「魔法鎧」を解除した。まだ夜中の『散歩』中で、しかも街の外には魔物も出るのに――。


「え? そ、颯月さん、鎧――っ、ま、待ってください、急にどうされました!?」


 颯月は「魔法鎧」を解除するだけでなく、顔の右半分を覆う眼帯まで取り外して見せた。いくら夜中と言っても、もし人と会ったら『異形』で驚かせてしまう。だから綾那と二人きりでも、眼帯は外さないと言っていたのに――これは一体、どういう風の吹き回しなのか。


 綾那が目を白黒させていると、颯月は腰を折って目線を合わせてきた。そうして色違いの瞳を細めて妖艶に笑うと、綾那の頬を撫でる。


「この際、綾を骨抜きにしてやろうかと思って」

「――ほ、ほねぬき、ですか……?」


 綾那は彼の瞳から目を離せなくなり、急激に乾く喉をこくりと鳴らした。


「信用がどうこう言う話は、もうナシだ。ただ、今後何があっても綾が俺の手を離せんように――俺を諦められんようにしてやる。二度とそんな顔をして手を離すな、いくら綾が相手でも多少は苛立つ」

「そ、そんな……ごめんなさい。でも、これ以上は困ります」


 既に彼の言うその領域へ、片足どころか両足をヤーと突っ込んでいる気がするのは、綾那だけなのか。それとも、まだこれ以上深い沼だと言うのか。


 何にせよ、「偶像」で颯月が取り上げられる事が確定している綾那にとって、その甘美な誘いは――まるで地獄のようだった。綾那は唇を戦慄かせて、眉根を寄せる。

 颯月は更に身を屈めると、綾那の髪に――いや、首筋に顔を埋めた。


「――俺の愛を疑った事、死ぬほど後悔しろ」


 低く掠れた囁きが耳朶(じだ)を震わせたかと思えば、首元でちゅぅと水音混じりのリップ音が響く。綾那は思わず「ひゃん!」と、まるで蹴られた犬のような色気のない声を上げて硬直した。


 顔を上げた颯月は満足そうで、綾那の反応にくつくつと笑っている。そうして、おもむろに綾那の髪の毛を撫でるように梳くと、一束にまとめて遊び始めた。


「なあ綾、アンタ維月みたいな髪型も似合うんじゃねえか?」

「――へっ? あ、え、ぽ、ポニー、テール、ですか……?」


 突然の事に動揺を隠し切れない綾那は、ウロウロと視線を彷徨わせながら、なんとか言葉を紡いだ。颯月はますます笑みを深めると、パッと髪の毛から手を離す。まとめたばかりの水色が闇夜に散らばり、定位置の胸元へすとんと落ちる。


「ああ――そうして無防備に首を晒してくれていた方が良い。好きな時に()を付けられて、毎日楽しいだろう?」

「……………………今、私の中の綾那が一人、颯月さんに殺されました――」

「そうか? よし、何人居るのか知らんが全員殺すとしよう」

「追加で三人死にました」


 すっかり幸せの容量を超えてしまったのだろうか。綾那は紅潮するでもなく青褪めるでもなく、ただ虚ろな眼差しをして遠くを見つめた。


(痕って――さっきの、キスしただけじゃなくて痕、付けたの……? 本当に? からかわれている訳ではなくて……? でも、そ、颯月さんが、そんな事する? 不純異性交遊、ダメ絶対じゃ、なかったっけ――?)


 今この場に鏡がない以上、ぐるぐると巡る思考に答えは出ない。颯月の唇が触れた辺りを手で押さえると、そこは信じられないほど熱を持っている。きっと、綾那の全身が真っ赤に染まるのも時間の問題だろう。


 綾那は恥ずかしさからか、それとも幸せからか、途端に目を潤ませた。そうして困り顔のまま、じっと颯月を見上げた。

 眼帯を取り払った颯月は、やはり最高に格好いい。色違いの瞳も、肌を這う刺青も、全てが。


「……そういう顔をされると、少し困るな」

「こ、困ると言われましても、困ります――困って、ます」


 颯月は「それはそうだな」と言って、綾那から視線を外した。

 その、ちょうど外した先から眷属らしき大型の何かが駆けてくるのに気付くと、口の端を引き上げて片腕を掲げる。


「綾。魔法の効力が今日で最後か確かめるためにも、まだしばらくの間――そうだな、繊維祭が終わるまではこの生活を続けるぞ。万が一、街に被害が出ると笑えねえからな」

「え? あ、はい! 確かに、そうですよね――シアさんが姿を見せてくれない以上、本当にこれで終わりかどうか誰にも――」

「ああ。それに俺はもう、綾抜きで散歩するのはつまらん。綾が俺だけを見てくれるなら、眼帯も外そう」


 颯月の言葉に、綾那はぐうと呻いて両手で顔を覆った。「また死んだのか?」と問われれば、「はぃ゛ッ……!」と濁った返事をする。

 彼はくつくつと笑って、眷属と対峙するように綾那に背を向けた。


「――創造神のアドバイス通り、目いっぱい思い出を作ろうじゃねえか。なあ、()()?」


 颯月は腕を横一閃に振るうと、なんらかの魔法の名を口ずさんだ。すると、眷属まで距離があったにも関わらず、突然宙から紫色の雷を落とされて弾け飛んだ。


 名も知らぬ眷属と共に、『綾那の中の綾那』まで複数人弾け飛んだ事だけは、間違いなかった。

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