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思い出作り?

 ひとしきり羞恥心に悶えた綾那は、「いやいやいや、何を今さら恥ずかしがる事が? 元々シアさんには全部筒抜けなんだし、むしろ私の願望がちゅー止まりだった事を喜ぶべきじゃない?」と考えて、見事に自爆した。


 結局、「何がちゅー止まりなの? 煩悩よ、静まれ」と、しばらく震える事になったが――やがて落ち着きを取り戻すと、長いため息を吐き出した。


 とにかく、あと二週間だ。綾那自身がそうと決めたのだから、この期限は守らねばならない。

 この先何があっても、綾那は自暴自棄にならない。颯月がアリスの所へ行ってしまう事を悲しんだとしても、彼を害してまで奪おうとしてはならない。


 この意志だけは明確にしておかねば、後で何をしでかすか分かったものではない。


(思い出作り――思い出作りか。最近ずっと颯月さんと一緒だけど、でも仕事してるだけだからなあ……)


 神と仰ぐ男が、少なくとも今は綾那を特別視してくれているのだ。後々ただのファンに戻るとしても、どうせなら今しかできない事を思う存分楽しみたいところである。


 しかし、眷属や魔物の討伐、若手の育成訓練、書類整理に街の巡回と、颯月には付け入る隙がない。以前のように無理矢理『休日』を取らせたところで、結局働いてしまうのは目に見えている。必死に頼み込んだとしても、デートなんて甘えた事ができるはずもない。


 ――やはり、隙を見てキスするしかない。

 どこまでも真剣にそんな血迷った事を考えていると、コンコンとドアをノックする音が響いた。

 綾那はビクリと大きく肩を揺らすと、頭を抱えて――誰に対しての謝罪なのか、自分でも分からないが――「嘘です、ごめんなさーい!」と叫んだ。


 キィ、と軋んだ音を立てて開かれた扉。そこから顔を見せたのは、「どうした?」と不思議そうに目を丸める颯月だった。綾那は彼と目が合うや否や、あっという間に頬を染めた。


(――いや! 無理無理のムリでしょ! こんな人にキスなんて、できるはずない! っていうかしたら最後、どんな手を使ってでも奪われないようにしちゃう……!!)


 くぅうと小さく呻き、両手で顔を覆い隠す綾那に、颯月は首を傾げた。彼は後ろ手に扉を閉めて部屋の中へ入ると、カーペットにへたり込む綾那の前にしゃがみ込んだ。


「綾、平気か? 熱でもあるんじゃあ――いや、でも顔色が一気に良くなったな。ここに来て、少しは休めたのか?」


 颯月が綾那の髪の毛に手を差し込んで耳に掛ければ、露になった耳もとんでもない熱を持っている。恐らく、顔と同じくらい赤いだろう。


 どこもかしこも熱い体に、綾那は「いつからこんな初心(うぶ)になったのだ」と唇を噛む。しかし、よく考えると相手は宇宙一格好いい男だ。綾那が過度に緊張したところで、なんらおかしくはない。


(全部、颯月さんが悪いんだ……颯月さんが格好良すぎるから! 颯月さんが――)


 綾那は顔を覆う手をずらして、こちらを覗き込む颯月をちらりと見た。

 いつ見ても完璧に好みドストライクで、例え三日三晩顔を眺めて欠点を探したところで、そんなものはひとつも見つからないだろう。


 好きで、愛しくて仕方がない。大きすぎる好意が溢れるのと同時に、ほんの少し前に乾いたばかりの瞳がまた潤んだ。

 綾那は目尻を下げて微笑むと、頬を紅潮させたまま、まるで熱に浮かされるように囁いた。


「颯月さん、好き……大好きです」


 決して意識した訳ではないが、綾那の声はまるで(ねや)で語らうかのように甘く掠れていた。颯月はサッと綾那の髪から手を引き抜くと、無言のままパチンと指を鳴らして共感覚を切る。


 いつも条件反射のように口説いているから平気だと思ったのだが、そんなに不快だっただろうか。ここ最近は信頼がどうの、別れがどうのと複雑な関係だから心配だ。綾那は不安になって眉尻を下げる。


 しかしそんな心配をよそに、颯月は長く深いため息を吐くと綾那を抱き寄せた。


「個室で口説くのはダメだと、いつも言っているだろう」

「――え? あ、ああ、ごめんなさい……あまりにも素敵だから、つい零れてしまいました」


 幼子をあやすようにぽんぽんと背中を叩かれて、何やらくすぐったい気持ちになった。綾那が最近どれだけ情緒不安定になっているか、綾那がどれだけ颯月を好きか――彼は、全て知っている。知った上でこうして励まし、慰めてくれているのだろう。

 この上ない安心感を覚えて、何もかも委ねてしまいたくなる。


 しかし、不意に背を叩く手が止まった。大きな手の平が、その長い指先が、綾那の肩甲骨をなぞる。骨の形を探られているみたいで、絶妙な力の入り具合も相まって背筋がゾワゾワと震えた。

 そうして粟立った背中から腰に掛けて、まるでラインを確かめるようにゆっくりと滑り降ろされる手の平に、綾那はびくりと体を揺らした。


 何やらよく分からないが、このままでは妙な気持ちになってしまわないか――綾那が。

 本能的にまずいと感じた綾那は、手の平から逃げるように颯月の身体へぎゅうとしがみついて、ぴったりと身を寄せた。


 果たして、これが本当に()()なのかどうかは、甚だ謎だ。しかし背中を這っていた颯月の手は現在、宙に浮いている。

 颯月は少し間を空けてから、やがて手の平を綾那の後頭部へ移動させると優しく撫でた。


「……悪い、驚かせたな。俺に下心しかない事は認めるが、アンタも大概悪い。どうかセクハラで訴えるのはやめてくれ」

「――へぇ!? あっ、な、何がでしょうか……!?」

「今日は禅が傍に居ないから、殴り込みに来ない。触れられるのが嫌なら、ちゃんと離れた方が良いぞ――抱き着かれると、ますます期待するだろう?」

「ちょ、ちょっと背中がくすぐったかっただけで、反射ですよぉ、反射……!」


 思い切り声を裏返して動揺する綾那に、颯月は小さく笑う。

 そして綾那の耳元へ唇を寄せると、「これに懲りたら、個室で男を誘うのはやめろ」と低く囁いた。


 綾那は「ひゃい……」と情けない声を上げると、ますます頬を紅潮させた。



 ◆



「――なあアヤ、聞いてくれよ! ゼルのヤツ、俺らを騙しやがったんだ!! 自分が「やろう」って言い出したくせに、静真に告げ口して知らんふりなんだぜ!」

「自分が一番最初に見つかったからって、騒ぐな。見苦しいぞ弟二号」


「二号ってなんだよ」と憤慨する幸輝に、ヴェゼルは楓馬を指して「一号」そして朔を指して「三号だ」と言って笑った。


 あれからしばらくすると、教会の中がワイワイと騒がしくなった。

 綾那はそこで、ようやく子供達がかくれんぼを始めてしまったのだったと思い出すと、慌てて颯月から離れて顔を青くした。そうして事のあらましを簡単に説明すれば、颯月は肩を竦めて「まあ、平気だろう」と答えるだけだった。


 元々、颯月が静真と話をしているところにヴェゼルがやってきて、「子供達がかくれんぼするってよ」なんて素知らぬ顔で告げたのだ。

 だから颯月は既に、事の次第を把握しているし――元気の有り余った子供達が仕掛ける悪戯程度で、今更静真が綾那を「監督不行き届きだ」なんて責める姿も想像できなかったらしい。


 彼の予想は正しく、あっという間に子供達を捕まえた静真は、「綾那さんを困らせるんじゃあない」と叱るだけだった。


 何はともあれ、ヴェゼルが上手く子供達を誘導してくれたお陰で助かった。

 綾那はルシフェリアと話せたし、体調を整える事もできた。また後日外で遊べるような明るい時間帯に訪れて、彼とはしっかり遊んであげなければならないだろう。


(その時は陽香とアリスも連れて来て、皆でワイワイするのも楽しそう。久々に右京さんも連れて来られると良いな)


 勿論、大食い大会や繊維祭が控えている今、悠長に遊んでいる暇などないだろう。それらが終わったら終わったで、次は綾那の精神が終わっている可能性もある。それでも、受けた恩は返さなければ。


「皆、仲良くするんだよ。また仕事が落ち着いたら遊びに来るからね」

「アーニャ、またね! だけど、あんまりお仕事ばっかりして、しずまみたいにカリカリになっちゃヤだよ? アーニャは、ふわふわで牛みたいなのがカワイーんだからね!」


 悪意をもって揶揄するのではなく、どこまでも真剣な表情で言い聞かせてくる朔に、綾那は遠い目をして「う、うん……ありがとうね――」と、頷く事しかできなかった。


「私はカリカリではないし、綾那さんに失礼な事を言うのはやめなさい、朔――」

「……え、静真さん自覚ないの、ヤバくない?」

「もし静真が女だったら、正妃様ぐらい人気あったのかな? あ、でも、このクマじゃ無理か……」

「馬鹿を言ってないで、綾那さんと颯月にちゃんと別れの挨拶をしなさい!」

「へーい」


 静真に叱責された子供達は、楽しそうに笑いながら綾那と颯月に手を振った。ちゃっかりヴェゼルも手を振っているのが何やら面白い。

 綾那と颯月もまた手を振り返すと、教会を後にしたのであった。

他所のお家の子供部屋で、この人達は何をしているんでしょうねえ……。

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