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アリスを迎えに

 綾那達は早速と街の外へ出て、アリスと明臣が過ごす大樹まで足を運んだ。

 すると、彼らは木陰に火を(おこ)し、討伐したばかりと思われるアルミラージの肉を焼いて食べているところだった。


「――へ? もう通行証できたの?」

「し、仕事が早い……流石は王都ですね――!」

「いや、このスピードが王都の常識だと思われると、少々困るんだが……」


 もぐもぐと肉を頬張りながら、首を傾げるアリス。彼女は余程スッピンを晒したくないのか、この場には彼女の素顔を知る明臣しか居ないと言うのに、しっかりと仮面を付けている。

 明臣もまた香ばしい匂いのする肉を噛み締めながら、生真面目な表情で王都への賞賛を口にした。


 正直、どちらも人と会話するには褒められた態度ではないが――なんの連絡もなく食事時に突撃したこちらにも非はあるため、どっちもどっちだろうか。

 陽香は宿舎で昼食をとって間がないだろうに、魔物肉の焼ける香りに腹を刺激されたのか、アリスに「くれくれ」とねだっている。


 彼女に数本焼き串を渡しながら、アリスはちらと綾那を見やった。


「ねえ、昨日も思ったんだけどさ……綾那アンタ、顔色が悪すぎるんじゃない? どうしたのよ、病気――じゃあないわよね?」

「え? あ、ううん、そう言うんじゃなくて、ただ――」


 綾那は、「色々あって昼夜逆転生活をし始めたものの、いまだに慣れずに寝不足なの」と答えようとした。しかしそれよりも先に、アリスがハッと何事か勘づいた表情になる。


 彼女は僅かに唇を戦慄かせると、震える手で綾那を指差した。


「ま、まさか、妊娠してるとか言わないわよね――!?」

「いや、あの」

「そんな!? ――嘘、渚になんて言えば良いの? さすがに殺されるわよ!!」

「アリス、話を」

「えっ、その状態で「偶像(アイドル)」使ったらどうなっちゃうのよ!? 私ってば、これから産まれてくる子の父親を取り上げる事になるの!? いくらなんでも、それは無理無理のムリじゃない!? さすがの私でも、良心の呵責ってものが――」


 どこまでも真剣に頭を抱えるアリスに、綾那は他人事のように「盛り上がってるなあ」と遠い目をした。


 陽香にしろアリスにしろ、どこまで綾那に対する信頼がないのだろうか。二人揃って、妊娠がどうとか視聴者に出産しましたなんて報告できるかとかなんとか、好き放題言ってくれるものである。


 まあ、綾那の日頃の行いというか――過去の行動を思えば、疑われて当然の自業自得なのだろうが。

 そうして「さて、どのタイミングでアリスの意識を引き戻そうか」と悩んでいると、突然颯月に腰を抱かれて身を固くする。


「もう、面倒だから()()()()()にしておこうか。そうすりゃあ、俺は綾と一生引き離されずに済むんだろう?」

「何言っちゃってんの、颯様? ……てか、あれだけ褒美はキスだって言ってたのに、もう諦めた訳かよ?」


 胡乱な眼差しを向ける陽香に、颯月は鎧に覆われた頭をこてんと傾げた。


「今のは、褒美が承認されたって事で良いのか?」


 その言葉にグッと眉根を寄せた陽香は、まるで話をすり替えるように「そもそも!」と声を上げる。


「アーニャに手ぇ出せんくせに! できもせん事を言うもんじゃねえよ」

「間違えるなよ、陽香。できん事はない、やらんだけだ」

「うるせえな。悪魔憑きには子種がねえっつったのは、どこのどいつだ」


 颯月はしれっと「俺だな」と答える。そのやりとりを耳にしたアリスが、「えっ!」と顔を上げて、明臣を見やった。彼は困ったような表情になりつつも、間違いないと肯定するように一度頷いた。


「え……何ソレ。じゃあ、悪魔憑きは()()()()()って事……?」

「――ゥグ……ッ!?」


 ぽかんと呆けた顔をして発されたアリスの問題発言に、陽香と綾那が思い切り噎せた。


「ちょ、おま、ふざけんな!! 四重奏(カルテット)は露骨な下ネタ禁止ってルールはどこに行った!!」

「え? いや……今、三重奏(トリオ)だから平気かなって――」

「――な訳ねえだろ! てかなんだ、その四人揃ってなきゃ何しても良いみたいな独自のルールは!?」


 陽香はツーンと顔を背けて、「全く、親の顔が見てみたいね!」と言い放った。綾那もまた下手に関わるととんでもない火傷を負いかねないと判断し、ただ黙って遠くに見える東の森の豊かな緑を眺める。

 そもそも種があろうがなかろうが、感染症対策の観点から、避妊具は確実に使用すべきだ――なんて考えつつ。


「そんなの、私だって見てみたいわよ。神様の子供だなんて言われたら、尚更ね。しかもそれが原因で、ここの神様に嫌われてんだから……こっちはホントいい迷惑だわ」

「いや、なんか――今の発言を聞いた後じゃあ、問題なのは生まれじゃなくて、お前自身の人間性なんじゃねえかと思った」

「シツレーね!? そんな事言うなら焼き串、返しなさいよ!」

「ハーン!? そもそもウサちゃん狩ったのだって、お前じゃなくて王子だろうが! 返すならお前にじゃなくて、王子にだね!!」


 ワーワーと揉める陽香とアリスを見て、綾那の腰を抱く颯月の腕の力が僅かに強まった。恐らく、華奢で勝ち気な女性が目の前で言い争う姿にストレスを感じているのだろう。

 そんな彼を安心させようと、綾那は紫紺の鎧に手を触れた。そうして、まるで幼子を寝かしつける時のように背中をトントンと叩けば、少しずつ颯月の腕の力が抜けていく。


「え、ええと――姫? 通行証も無事に発行されたのだし、早くここを片付けて街へ入ろう? これでようやく、念願の化粧品を手に入れられる事だし――」

「化粧品!? ……そうよ、こんな事してる場合じゃないわ! さっさと行きましょう!!」

「あ……アリス。たぶん金髪だと目立っちゃうから、ひとまずこれ使う?」


 言いながら綾那が鞄から取り出したのは、黒髪のフルウィッグと黒マスカラだ。リベリアスで金髪といえば悪魔憑きの証。どうしても偏見の目で見られてしまう。


 アイドクレースならば、悪魔憑きだからという理由で難癖を付けられるような事はないだろうが――しかし、いくら不便だとしても、隠せるものがあるなら先んじて隠しておく方が楽だ。

 アリスはウィッグを受け取ると、憂鬱そうにため息を吐き出した。


「そっか……これって、ここでは悪魔憑きの特徴なんだっけ? アンタ達が平気で私だけ目立つのも変な話だわ、「表」ならアンタ達の方がよっぽど珍しい髪色してるのに」

「うーん、私達も目立ってはいるんだろうけど……たぶん、異大陸の人だって思われてるだけなんじゃないかな」

「だろうな。あたしらよりも金髪が目立つって、今考えると確かにちょっと笑えるわ――あ、なあアリス。化粧した後で良いからさ、どうしても会わせたい子が居るんだけど……」


 思い出したようにニタァと悪い笑みを浮かべる陽香に、綾那は苦笑した。「本当に、桃ちゃんとアリスの出会いをカメラに収めるつもりだな」と。

 アリスは不思議そうに首を傾げたが、しかし素直に頷いて了承する。


「んじゃまあ、串食べ終わったらアリスの化粧品買って――そんで、もかぴの所で服も買わなきゃな!」


 満面の笑みを浮かべる陽香に、何も知らないアリスは「いや、もかぴって誰よ?」と静かにツッコんだ。



 ◆



 和巳が発行してくれた通行証のお陰で、アリスはなんの問題もなくアイドクレースへ入る事ができた。一行はまず、アリスのスッピン辛すぎ問題を解決するために、化粧品を数多く販売している店を訪れた。


 アリスとしては、大きなデパートの中にあるようなブランドものの化粧品専門店を想像していたらしい。しかし、そもそもこの国にはデパートという概念がない。

 王都で『化粧品店』と言えば、薬屋と併設されているものだ。「表」でいうところの、ドラッグストアである。


 ほとんど毎日スッピンで過ごす陽香しかり、必要最低限の化粧しか施さない綾那しかり――正直言って、リベリアスの化粧品事情については全くの未知である。

 事実綾那は、今回この化粧品店に初めて訪れた。既にアイドクレースで過ごすようになってから、三か月以上経つにも関わらず――だ。


 化粧水や乳液といった基礎化粧品や、髪に使う香油などは、全て桃華が「オススメだ」「お揃いだ」と言って贈ってくれる。わざわざ店まで買いに行く必要がなかったというのが、一番大きな理由かも知れない。


 颯月の案内で店まで来たものの、ただでさえガタイがいい騎士で、しかも物語の王子かという容貌の明臣は目立ち過ぎるし、紫紺のフルプレートアーマーの颯月も浮く。

 そして、いくら薬屋と併設されているとは言え、やはり客層は女性がほとんどだ。颯月は、店内にひしめくアイドクレースらしい女性に囲まれていると、卒倒する恐れすらある。


 よって男性陣には店の軒先で待機してもらい、綾那達だけで店内へ入った――のだが。


「お客様のお肌色でしたら、こちらはいかがですか? この夏に新しく発売されたアイシャドウで――」

「ぁ、あ、あっ、あの、えっと、ハイ、カワイイです、ハイ……!」

「まあ、緊張なさってるの? 可愛らしい~。お化粧しなくても素顔が十分美人だから、そんな派手な色のシャドウは必要ないんじゃないかしら。こちらのオレンジリップはどう? 正直リップだけで華やかだわ、羨ましい――」

「そそそっ、そんな事は! 決して! 超奥二重で! 重っ苦しいの、すっごく嫌で……!」

「えぇ~お人形さんみたいに綺麗なのに~!」


 化粧品の販売員に囲まれたアリスは頬を紅潮させて、随分と舞い上がった様子で受け答えしている。彼女は、やや離れた位置に居る綾那と陽香を見やると、「――ねえ! 私今日、死ぬのかしら!?」と満面の笑みで叫んだ。


 一時的に「偶像」を失っているため、今のアリスは同性が相手でも嫌われる事がない。直接会って話す女性から「美人」「綺麗」なんて好意的に扱われるなど、彼女の人生で初めての事だろう。どうやら幸せ過ぎて、おかしくなってしまったらしい。


「まさか、もかぴに会わせる前に女にチヤホヤされるとはな。これじゃあ、もかぴと友達になった時の感動が半減しちまうじゃねえか――」


 クッと悔しげに下唇を噛む陽香に、綾那は苦笑した。

 まあ、念願の「同性と直接会って、仲良くお喋りする」という夢が叶えられたのだから、しばらく好きなようにやらせてやった方が良いだろう。


 ――とは思ったが、しかし。

 陽香から事前に「颯様忙しいし、アーニャは寝不足だしで時間あんまないんだから、さっさと済ませろよ」と注意されていたにも関わらず、販売員の女性達と化粧品談議に花を咲かせ続けるアリス。


 陽香はいい加減焦れたのか、浮かれ切ったアリスに向かって「いいから、早くしてくれや!!」と怒鳴り散らしたのであった。

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