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繊維祭の準備

「お姉さま、なんだか痩せられましたか――?」


 不安そうに眉尻を下げた桃華に、綾那は「平気だよ」と笑って誤魔化した。


 アリスとの再会から一夜経ち、本日は桃華の店メゾン・ド・クレースを訪れている。実は、陽香が繊維祭のファッションショーで着る予定なのが、正にこのメゾン・ド・クレースで販売している服なのだ。


 毎度の事ながら急遽決まった事なので、ショー当日まであまり時間が残されていない。衣類のサイズ調整や小物の準備もあるし、どんな服を着るのか、コンセプトはどうするのかなど――いい加減決めておかなければまずいだろう。


 陽香は「正妃の姉さんにモデルを頼めば爆売れ間違いなしなのに、本当にあたしがモデルで良いのか? 店は損しないのか?」と大層気にしていた。しかし、そもそも自他ともに認める『王家御用達』というこの店。

 桃華の母曰く、言い方は悪いが今更必死に正妃へ頼み込まずとも、もう十分王家の甘い汁は吸わせて頂いている――との事だ。


 それに、今回繊維祭に初参加の陽香は『正妃の再来』と呼べる容姿をしている。下手をすれば、正妃本人よりも大きな話題になる可能性が高く、一概に店が損をするとは限らないだろう。


「幸成から少しだけ話を聞いています。創造神様の魔法で、お姉さまは眷属を呼び寄せる囮に変えられたのだと――」


 神妙な顔つきでオレンジ色の瞳を潤ませる桃華に、綾那は首を横に振った。


「う、うーん……その言い方だと、シアさんだけが悪いみたいな言い方になるね。眷属を倒してシアさんが力を取り戻したら、それは巡り巡って私達のためにも、なる、はず……? だし、そう悪い事じゃあないんだよ? ――たぶん」

「めちゃくちゃ自信ねえフォローすんじゃん。まあ、アーニャはそのままシアを信じてたら良いと思うわ。一人くらいは無条件にアイツを信じるヤツが居ないとな」


 店内の服を物色していた陽香が口を挟んだので、綾那は首を傾げる。


「陽香は信用してないって事……?」

「だって、平気であたしら殺しにかかってくんじゃんよ。そもそもアイツ、色々と怪しさ満載なんだって」

「怪しさ……確かに色々と謎な人ではあるよね」


 まあ、人ですらないのだが。

 陽香は小さく頷いて、少々意地の悪い笑みを浮かべる。そしてポンポンと綾那の肩を叩きながら口を開いた。


「ま、シアを警戒するのは、とりあえずあたしやアリスに任せとけ? アーニャが人を疑うなんて芸当、無理無理のムリな事――こっちはよく分かってっから」

「なんかちょっと引っかかる言い方だけれど、ぐうの音も出ない……ところで桃ちゃん、陽香が着る服は決まったの?」

「あ……それが――」


 綾那の問いかけに、桃華は肩を落とした。

 神子として生まれた陽香の容貌は、それはもう整っている。エメラルドグリーンの瞳は好奇心旺盛な猫のようで愛らしいし、アイドクレース向きの華奢な体躯も相まって言う事なし。桃華曰く、何を着てもそれなりに見栄えがするだろうとの事。


 しかし、服飾店にとって最高のイベントである、年に一度の繊維祭。しかもその日は、陽香が騎士団の広報として領民に披露される日なのだ。


 颯月は「正妃サマと仲睦まじい所さえ見せれば、領民はイチコロ」と簡単に言っていたものの、万全を期したい。街の女性らを「この女なら、騎士の傍に居ても仕方がないな」と納得させられなければ、陽香は結局「いつか刺される」という不安に(さい)なまれ続けるのだから。


 もし「なんで()()()()()女が」「じゃあ私が広報になる」など、要らぬ嫉妬や顰蹙(ひんしゅく)を買えば、今後の広報活動に支障が出てしまう。

 繊維祭の披露目でコケれば、その直後街で配信予定の『ドキッ! (おとこ)だらけの大食い対決!』に陽香が映り込んでいる事すら大問題になりかねない。最悪、その日の内に刺される事になるだろう。


 ゆえに、何を着ても()()()()()良い――では困るのだ。正妃を食らう勢いで目立たなければ、陽香に未来はない。しかも彼女には、もう一つ大きな問題があった。


「陽香さん、すっごく華奢でアイドクレースっぽいから、どの服も似合うのですけれど……」

「けれど?」

「お胸だけ大きいから、既製服だと綺麗なシルエットにならなくて――」

「あぁ、そうだよね……確かアイドクレースの人って、胸があるのも恥ずかしいって言って、潰して隠しちゃうんでしょう?」

「はい。ここで『美の象徴』と言えば、やはり正妃様ですから――凹凸のない薄い体が女性の憧れで、お胸やお尻は押さえて潰しがちですね」

「あたしは、アーニャのマシュマロボディに憧れるけどなあ。マシュマりたい……」


 しみじみと言う陽香に、桃華もまた「私もです」と同意した。綾那は苦笑いしながら、どうしたものかと思案する。

 すべからく(たいら)であれと言うならば、正直な話、簡単だ。陽香もいつものように、コルセットで潰して固めてしまえば済む。


(だけど颯月さんが、「美の象徴に一石を投じたい」って言うんだよね)


 綾那は、店の軒先で待つ紫紺の鎧を着た騎士――颯月を一瞥した。


 彼は繊維祭について、基本的には陽香のやりたいように、好きなようにしたら良いと放任している。ただ一点だけ要望があり、それは「絶対に胸を潰さず、ありのままでショーに出ろ」という事だった。


 どうも彼は、どこにも凹凸のない薄い体こそ至高――という、アイドクレースの風潮に嫌気が差しているらしい。これを機に、意外と胸がある女性もアリなのでは――? という疑念を抱かせたいのだそうだ。


 いきなり綾那という劇薬、もといマシュマロを領民に披露すれば、強い拒否反応が出てしまうだろう。しかし陽香のように、全身華奢で細いけど胸だけはそれなりにあって女性らしさも感じる――という、絶妙な体躯ならば。

 領民の洗脳を解くための軽いジャブ打ちになるのではないかと期待しているらしい。


 陽香は彼のリクエストに、「なんであたしが胸潰してる事、知ってんだ?」と首を傾げていたが、まさか「お前はもう、「分析(アナライズ)」されている」なんて言えるはずもない。


「はあ……服のサイズ直さなきゃならんから、着るものさっさと決めたいんだけどなあ。あたしらのスタイリストってアリスだったじゃん。苦手なのよなあ、自分で決めるの――自分の着たい服と、似合う服は違うじゃん」


 店の天井を見上げながら、絞り出すように嘆く陽香。

 確かに彼女の好みに任せると、アイドクレース向きの華奢な体形をこれでもかと隠す、ダボダボの服を着てランウェイを歩く事になってしまうだろう。


(言われてみれば、私も自分で服を決めるの苦手かも知れない……)


 だからこそ颯月とデート――ではなく、彼の休日のお供をする際も着る服に頭を悩ませて、結局徹夜するハメになったのだ。


「選び直しになると二度手間だし、やっぱアリスが街へ入れるようになってから決めるか――通行証、明日にはできるはずだよな?」

「和巳さん、一日半で仕上げるって言っていたものね」


 餅は餅屋。誰よりも四重奏を飾り立てるのが得意なのは、間違いなくアリスだ。

 まず、彼女の「創造主(クリエイト)」さえあれば――元となる糸や布地など素材が必要だが――わざわざ既存の服を選ばずとも、瞬時に陽香に似合う服を作ってしまえただろう。

 それだと服飾店の販売促進を目的とした一大興行イベントの意味が失われてしまうため、本末転倒なのだが。


「アリスさん――ええと……もしかしてその方も、お姉さまのご家族の方ですか?」

「うん、そうだよ」


 綾那が微笑めば、桃華は途端にぐじゅり、と顔を歪めた。「えっ」と綾那が目を丸めたのも束の間、桃華がギュッとしがみついてくる。


「ま、またお姉さまの迎えの使者が現れたのですね! ()()()使いが! お姉さま、桃を置いて行かないでくださいね! 絶対、絶対ですよ――!」

「もしかしなくても、あたしが第一の使いだよな? ちなみに第三の使いが一番厄介だから心してかかるように」

「陽香さんとはお友達になれましたけれど、第二第三の使いの方ともお友達になれるかどうかは、分かりません……お姉さまをどこかへ連れ去ろうとしたら、私は抵抗します! ま、魔法だって使っちゃいますから!!」

「女性の戦闘禁止の法律はどこへ行ったのかな? ――あ、でも桃ちゃん。もし嫌じゃなければ、アリスと友達になってあげて欲しいな。あの子本当に、一人も友達が居ないから」

「――えっ」


 アリスは「偶像(アイドル)」のせいで、問答無用で異性に好かれて求められる。そして、「偶像」のせいで問答無用で同性に嫌われてしまう。

 ゆえに彼女は同性の友達どころか、異性の友達も居ないのである。四重奏(カルテット)のメンバーは友人というよりも、最早家族のためノーカウントだ。


 綾那の言葉に絶句した桃華を見て、陽香が声を上げて笑った。


「やべえ、そのシーン絶対にカメラ回すわ。アイツもかぴと友達になれたら、その場で膝から崩れ落ちて泣き出しそうじゃねえ? 後でナギに見せてやろう」

「え、ええ……っ!?」

「あ、でも振られてもフツーに面白いから、判断はもかぴに任せるからな」

「ちょ、ちょっと待ってください!? そ、そんな……そんな事が――?」


 何事かを真剣に考え込み、ぷるぷると小刻みに震える桃華。彼女の心情が一体どういったものなのかは、綾那には推し量れない。

 しかしまあ――チョロい彼女の事だから、きっとアリスに「友達になって」と言われれば、諸手を上げて了承するのだろう。桃華はそういうチョロさも含めて可愛らしいのだ。


 綾那がそんな事を考えながら笑っていると、不意に店の入り口の扉が開いて、鎧姿の颯月が入店してきた。まだ店に来てからあまり経っていないはずだが、もう仕事の時間なのだろうか。そうして首を傾げる綾那に、彼は何かを差し出した。


「邪魔して悪い。和が通行証を仕上げたらしく、今しがた押し付けられた」

「もうですか? ま、まだ半日しか経っていませけれど……!?」

「これだけ渡して、一刻も早くコンディションを整えると言い残して走り去って行ったぞ」

「ミンさん、大会にガチ過ぎん……? 勝ちに行ってんな」


 鎧姿のため颯月の表情は窺い知れないが、その声色は酷く困惑しているようだ。それはまあ、普段は冷静沈着で物腰柔らかい側近が熱く燃えているのだから、戸惑う気持ちも分からなくはない。


 何はともあれ通行証ができたならば、早々にアリスを迎えに行かなければならない。

 綾那は桃華に、一旦席を外してまた戻る旨を伝えて店を出た。そして陽香は、「早速撮影チャンスが巡って来やがった!」と満面の笑みになった。

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