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アリス

 アリスが身を隠しているのは、本当に正門を出てすぐの場所だった。王都アイドクレースをぐるりと囲む外壁を伝って、五分ほど歩いたところに立派な大樹が生えている。明臣曰く、アリスはそこに居るらしい。

 後ろを振り返れば、ここからでも王都の正門辺りが見えるだろうし――恐らく、そこで颯月と右京が待機しているはずだ。


(気まずくて、とても振り返れないけれど――)


 綾那はフードの下で目を擦ると、パッと顔を上げた。そして、先に駆けて行った陽香と明臣に追いついたところ、肝心のアリスの姿が見当たらずに首を傾げる。


「なあ王子、アリスは? ここに居るって言わなかった?」


 陽香もキョロキョロと辺りを見回しているが、ただ大きな樹がそびえ立っているだけで、人影はない。明臣は一言「少々お待ちください」と断ると、おもむろに大樹に手をかけて登り始めた。


「ちょ、身を隠すって――この上かよ!? まあ確かに、隠れてはいるけど……」


 指先で軽くフードを持ち上げた陽香は、木登りする明臣を呆れた表情で見上げた。彼の姿は、生い茂った葉であっという間に見えなくなる。それからややあって、樹の上から言い争うような声が聞こえてきた。


「ヤダ! ホントにちょっと待って、ふざけないでよ!? 毎日アンタにスッピン見られてるだけでも苦痛なのに、どうして更に人を連れて来るの!? いやー! 絶対に降りないからーー!!!」

「ひ、姫、落ち着いて! 下に居るのはあなたの知り合いのはずだから、一度会って話を――」

「こんなトコに、私の知り合いが居る訳ないでしょー!? そんなに会わせたかったら、まず化粧品買って来なさいよね!!!」

「いや、私に女性の化粧品なんて分かるはずが……」


 キャンキャンと甲高い声で明臣を罵る女性の声には、確かに聞き覚えがある。

 きっと、特徴ある髪色さえ晒していれば一目瞭然だったのだろう。しかし綾那も陽香も、揃って目深にフードを被っている。だからアリスは、二人の素性に本気で気付かないのだ。

 ただ明臣が見知らぬ原住民を連れて戻って来て、「たぶん知り合いだから、会ってみて」と言っていると勘違いしているらしい。


 まあ、何はともあれ間違いなくアリスだ。しかも、かなり元気そうである。綾那と陽香は顔を見合わせると、小さく噴き出した。


「――なあ、おい、アリスよぉ! 今更お前のスッピン見せられたところで、こちとら何も思わねえんだけどぉ!?」


 陽香が樹の上に向かって呼びかけると、途端に言い争いがぴたりと止んだ。そして、すぐさま葉がガサガサとやかましく揺れる。その隙間からズボリと顔を出したのは、三カ月ぶりに見るアリスだった。


「嘘でしょう、陽香……? 陽香なの? ――じゃ、じゃあ、隣は?」


 信じられないものを見るような表情で震えた声を出すアリスに、綾那はフードを脱いで微笑んだ。

 目が合った途端、アリスは「綾那!」と瞳を潤ませた。そうして、明臣に「危ない」と言われているのも無視して、枝の上を大胆に移動し始める。


 やがてアリスは、不安定な足取りで太い枝の上に立ち上がったかと思うと、感極まった様子で「受け止めて!」と叫び――勢いよく飛んだ。


「――うわっ、馬鹿、アリス! ちょっと待て、今のアーニャは()()()()()……!!!」


 恐らくアリスは、「怪力(ストレングス)」もちの綾那ならば難なく受け止められると確信して飛んだに違いない。綾那とて条件反射のように両手を広げて、落下してくる彼女を受け止める気満々だった。


 ルシフェリアにギフトを吸収されている事を思い出したのは、落下してきたアリスの衝撃に一つも耐えられず、「ウッ!」と短く呻いて地面に押し倒された後の事である。



 ◆



「――ごめん。本当にごめん、綾那……ギフトを吸収されてるだなんて、そんな事になっているの、知らなかったから……」

「いや……こっちこそごめん、全く受け止められなくて――」


 綾那と陽香が置かれている状況を簡単に説明されたアリスは、至極申し訳なさそうな表情で頭を下げた。綾那は苦く笑いながら首を横に振ったが、その胸中は「アリスの膝がみぞおちにクリーンヒットした――」である。


 アリスが飛び降りた直後、慌てて樹の上から滑り降りてきた明臣によって助け起こされた両名は、彼の魔法で土汚れを綺麗に洗浄された。明臣はそのまま「傷が残っては大変だ! すぐに塗り薬を貰ってくるから!」と言い残して、一人街へ踵を返した。

 それは恐らく、再会したばかりの三人に水入らずの時間を与える意味合いもあったのだろう。


 そうして残された三名は、大樹の根元に腰を下ろしてそれぞれが辿って来た三か月間の話をした。綾那と陽香が簡単に説明を終えると、次はアリスが話す番である。


「えっと――正直私はずっと明臣と二人で放浪してただけだから……これと言って、ネタになるような事はないんだけど」

「いやお前、あの王子だけで十分ネタだろ」

「王子って何よ?」

「明臣のあだ名。見た目も喋り方も『王子』じゃん! アリスの事『姫』なんて呼んでるし……全く、姫は姫でもオタサーの姫だよ、お前は」


 やれやれと肩を竦める陽香に、アリスは「うるさいわね!」と言って眦を吊り上げた。


「アリスは、ルベライト領に転移させられていたって事?」

「いまいちこの世界の地理が分かってないから、なんとも言えないんだけど……そうみたい。気付いたら私一人で外へ放り出されてて、魔獣――じゃなくて、魔物? に襲われかけてたところを、たまたま通りがかった明臣が助けてくれたの。それで、どこから来たとか、金髪は悪魔憑きの証とか……魔法はどうしたなんて言われても、全く分からなくて――いつの間にか記憶喪失扱いだし。通行証がないとまともに生きていけないから、まず()()()首都へ案内するって話だったのに……街は一向に見えてこないし、ホント散々だったわよ」


 明臣から聞いた通りで、綾那はなんとも言えない表情になった。本来近場だったはずの首都アクアオーラと、真逆の方向へ進み続け――三か月後にようやくたどり着いた街が、ここアイドクレースなのだから。本当にお疲れ様としか言いようがない。


「なあ。王子のアレって、やっぱ「偶像(アイドル)」でお前にメロメロなのか?」

「出会い初めから引くほど尽くしてくれるし、多分そう――だと思うんだけど、でもなんか、今までの効き方とちょっと違う気がするのよね。必死さが足りないっていうか、そんなに気持ち悪くないっていうか……」


 口元に手を当てて、うーんと考え込んでいたアリスは、やがてパッと顔を上げると口を開いた。


「ねえ、もしかして私も知らない内にその――奈落の底の神様? に、ギフトを吸収されてるのかしら?」

「……どういう事?」

「どうもこうもないの! こっちに来てから、「創造主(クリエイト)」が発動できないのよ!」


 その言葉に、綾那と陽香は揃って目を丸めた。


 ギフト「創造主」。元となる素材さえ集めれば、発動者のイメージした物体を図面もなしに作成できるという、ぶっ壊れギフトである。

 例えば、木材と釘を用意すれば家具を作れるし、布地と糸を用意するだけで服が作れるのだ。


「表」でよく作っていたのは、主に衣類、道具、楽器や武器など。四重奏(カルテット)が扱う武器や、動画やイベントで使う衣装や小道具などは、全てアリスが作成していた。

 料理についても材料を揃えて完成系をイメージするだけで瞬時に作れてしまう。だからアリス自身の料理スキルは皆無だ。学校の家庭科授業以外では、包丁を扱った事すらない。


 実は彼女、見た目ギャルの割にアニメやゲームに造詣が深い根っからのオタクである。その想像力の豊かさと言ったら、他の追随を許さないのだ。

 アリスの作るもののクオリティはかなり高い。用意する素材によって、仕上がりに違いはあるものの――基本的には性能も抜群なのだ。


 ちなみに、綾那が愛用する()()()()()ジャマダハルも、アリスが「創造主」で作ったものだ。

 綾那が聞いても「なにそれ?」と思うような、特殊な金属だか石だかを混ぜて作り出したものらしい。そのおかげで、「怪力」にもある程度耐えうる代物になった。


「だからお前、スッピン隠したくても隠せなかったのか? 「創造主」さえあれば、その辺の草や木の繊維からでも布――顔を隠すマスクとか、フードつきの服だって作れるだろうと思ってたのに。髪に巻くカーラーだって、プラスチックはないにしても、素材を選ばなければいくらでも作れるはずじゃん」

「そうなのよ! ホンット最悪だった――!」


 両手で顔を覆って嘆くアリスに、綾那は「でもシアさん、そんな事言ってなかったのに」と首を傾げる。

 なんならルシフェリアは、アリスの「偶像」が欲しいとさえ言っていた。彼女に了承を得ないまま無断でギフトを吸収しているとすれば、真っ先にその「偶像」を選ぶだろう。


(そもそもシアさんは、アリスの居場所が分からないって言ってた。まさか、それが嘘だったとは思えないし――)


 何かと人を煙に巻く性質のあるルシフェリアだが、しかし嘘だけはつかれた事がない――はずだ、たぶん。ただ単に綾那が気付いていないだけかも知れないが。


「使えないのは「創造主」だけ? 他のギフトは?」

「たぶんだけど、「第六感(シックスセンス)」も機能してない」


 アリスのもつ三つ目のギフト、「第六感」。

 これは、彼女の「偶像」や綾那の「解毒(デトックス)」と同じ常時発動型のギフトだ。己や己に近しい者に悪意を持った人間が近づくと、直感的に分かるというものだ。


 ただしあくまでも()()()だけで、悪意を持った相手に対処できるかどうかは、使用者本人の知恵、能力に依存する。

 アリスは戦闘能力が皆無なので、正直彼女一人の時に悪意のある人物や魔獣と相対しても、打つ手がない。「表」ではスタチューのコラボ相手や、仕事の依頼をしてくる企業相手に活躍していたギフトだ。

「この人とコラボすると、後が大変そう」とか、「この企業、平気で依頼料未払いしそう」など――その程度の直感である。


 四重奏は、アリスが「なんとなく嫌だ」と思った相手とは、どんなに好条件を提示されても仕事しないと決めていた。


「明臣以外の人と接する事がなかったから、微妙だけど……でも普通、魔物を見たら発動するはずでしょう? 明らかにこっち襲って来てるんだし、どう考えたって命の危機だし……でも、いつも全くピンと来ないのよね――」

「それ、もしかして「偶像」も発動してないんじゃね?」

「え? でも、明臣の()()は普通じゃなくない? 「偶像」に釣られてないのに私に夢中になるとか、意味分かんないし」


 きょとんとするアリスに、陽香は「いや、お前()()()()()()フツーに「偶像」なくても男に好かれるだろ――」と呟いた。

 その呟きがしっかり耳に入ったらしいアリスは、眦を吊り上げると、「シツレーねえ! メイクした時の私が、一番、超絶カワイイのよ!!」と反論する。


 今までずっと「偶像」と共に生きてきたアリスにとって、それが無い人生など考えられないだろう。何もしなくても異性に好かれるし、何をしたって同性には嫌われる。それが彼女の当たり前で、人生なのだ。


 特に異性に関しては、ある意味まともな恋愛は望めないと諦めている節さえある。まず「偶像」に反応しない者自体が稀有なのだから仕方ないが、ギフトによって問答無用で『洗脳』される男と恋愛したって、彼女からすれば虚しいだけだろう。


 それゆえアリスは、どうにも自身の魅力を過小評価するきらいがある。例えどんな男に言い寄られたって、それはアリスの魅力ではない。全てギフトの力に過ぎないのだと、「(わきま)えている」らしい。


「――怪しいな。やっぱギフト全部、使えなくなってるんじゃあ……もしかして、シアがアリスの居場所が分からんって言ってた事と関係あんのか?」


 腕組みをして思案する陽香。彼女はぶつぶつと何事かを呟き、「じゃあ、颯様も右京も釣られないって事か?」と首を傾げた。綾那とアリスもまた原因について考え込んでいると、不意に「――見つけた!」と言う声が辺りに響く。

 声のした方を見やれば、街をぐるりと囲む高い外壁から、悪魔ヴェゼルがぴょんと飛び降りて来るところだった。


「――ゲ。やべえ、面倒くさいヤツが来たぞ……アイツ確か一回、「偶像」に釣られてんだよな?」

「え、そうなの? ……誰あの子? エルフみたい――ってか、どっちでも良いから何か顔隠すもの貸して! お願い!!」


 まさか彼があの時のダイオウイカである事など、分かるはずもない。呑気な感想を述べるアリスをよそに、綾那と陽香は「これは少々、荒れるかも知れない」と、僅かばかりの緊張感を抱いた。

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