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花火で再会?

 応接室は一時混沌とした空気に包まれたが、ひとまずの落ち着きを取り戻した面々は、皆一様に席についた。


「そうか――右京くんの第四分隊が、アデュレリア騎士団から除籍。色々と大変だったんだね……だけど、私は君達があの領主から離れられて、良かったと思うよ」


 これが素の喋り方なのか、明臣は物腰柔らかく――少しの同情を滲ませた顔で、右京と旭に力なく笑って見せた。先ほどはかなり取り乱した様子だったが、彼らがアイドクレース騎士団へ移籍した経緯を聞き終わると、ようやく落ち着いたらしい。

 右京は「ドーモ」と軽く返して、旭は苦く笑って「ありがとうございます」と会釈した。


 ちなみに、たまたま右京と共に居て「どうせなら」と呼ばれたらしい陽香もまた、綾那の横まで駆けてくるとと小声で事の説明を求めた。

 綾那がこれまでに聞いた話を伝え終わると、彼女は「ふーん」と鼻を鳴らして、その後すぐに「てかアーニャ、顔色悪すぎん? 思ったより毎日、辛い感じ?」と心配そうに眉尻を下げた。


 綾那は声を潜めて「平気だよ」と答えて姿勢を正すと、再び騎士の会話に耳を傾ける。


「あ、ええと――話が逸れてしまって申し訳ない。久々の再会で、つい」

「まあ、ただでさえ二ヵ月以上迷子だったんだもんな、アンタ。見知った顔を見れば、それはテンションも上がるだろうよ」


 明臣はグッと言葉に詰まって項垂れた後に、改めて口を開いた。


「それで、ここからが本題でして。実は、何故か連れは魔法が使えないのです」

「……何? 悪魔憑きなのにか? それはまた、なんで――そんな事例は今までにない。確実に大陸初の悪魔憑きだ」

「はい。記憶を失っている事が関係しているのかとも思いましたが、試しに魔法の名を唱えさせても何も起こりませんでした。しかもよくよく聞くと、記憶も断片的に失っているだけのようです。どうしてここに居るのか、どうやってここまで来たのか、家族が今どこに居るのか――元居た家があるのは分かるのに、帰り方が分からないと言うのです」


 考え込む颯月の左向かいに座る幸成が、「颯の記憶にねえって事は、ガチだぜ」と呟いた。五百種類以上ある魔法の詠唱を丸暗記している颯月の事だ。恐らくその記憶力は、魔法以外のところでも遺憾なく発揮されるに違いない。


「魔法が使えない悪魔憑きなんて、もし害悪な人間に知られれば――どんな目に遭うか分かったものではありません。連れが記憶を取り戻すまでは、引き続き私が保護したいと考えているのですが……なにぶん、通行証が」

「通行証がないと、どの街にも入れないからね」


 相槌を打つ右京に、明臣は困り顔で頷いた。そして改めて颯月を見やると、椅子に座ったまま深々と頭を下げる。


「元は、アクアオーラの領主に通行証の発行を頼む予定でした。それが私の力不足で、真逆のアイドクレースに辿り着いてしまい――しかし不幸中の幸いとでも言うのか、アイドクレースの団長は……颯月殿は、私と同じ悪魔憑きです。同志として、一度話してみるべきかと思いまして」


 明臣は顔を伏せたまま「正直この機を逃すと、次はいつ街へ辿り着けるか分かったものではありません……!」と唸るような声を上げた。

 綾那の隣に立つ陽香が、「アッキー、想像以上の方向音痴なんだな」となんとも言えない顔をした。そしてふと疑問に思った事があるのか、彼女は「なあ」と声を掛ける。


「偶然だったとは言え、そんな方向音痴でよくアイドクレースに辿り着けたよな? 途中で道案内の看板でも見つけたとか?」

「ああ、それは――実は数日前に、合成魔法が打ち上げられるのを見ました。その時連れが方角を記憶してくれたので、そこからは一切迷わずに……」

「ああ、夏祭りの! なるほどな、ありゃ遠くからでも目立つわ」

「はい。連れもアレを見た時ばかりは、「()()()だ」と言って喜んで――」

「――――え?」


 綾那は、つい明臣の言葉を遮ってしまった。その声色には喜びよりも、戸惑いの方が色濃く滲んでいたかも知れない。複数の視線を集めてしまい、焦りと()()()で何も言えなくなる。

 しかし、陽香がすぐさま綾那の手を取ると、明臣の真横まで引きずるようにして駆けて行く。周りの騎士が目を瞬かせたが、陽香の表情は鬼気迫っていて余裕がない。


「ちょっと、どうしたのオネーサン……凄い顔色だよ、平気?」

「――そ、その()()()()! どこに居る!? すぐ会わせてくれ!!」


 この国――リベリアスに、『花火(ハナビ)』なんて言葉は存在しない。花を模した合成魔法は、つい先日陽香が悪魔憑きの子供に打ち上げさせたものが初めてだったのだ。

 あれらはここでは『花火』ではなく、どんな模様を作ろうともひと括りに『合成魔法』と呼ばれるのだから。


「え……もしやあなた方は、()()の事を知っているのですか?」


 明臣の『彼女』という単語に、次は周りの騎士が「女!?」と声を上げた。

 悪魔憑きは男性のみ。眷属に呪われた女性は全員、悪魔憑きになる事なく呪いに耐えきれず死んでしまう。

 それがリベリアスの常識だ。もしも女の悪魔憑きが現れるとしたら――それは、性転換する能力がある眷属に憑かれた、元・男である。


 ざわつく面々に向けたものか、それとも己に言い聞かせたものか。よく分からないまま、綾那は震える声で言った。


「魔法なんて使えるはずありません。だって彼女は――アリスは、悪魔憑きじゃありませんから」

「――オイ、待て。つまりその連れってのは、噂の……『アイドル』なのか?」


 眉根を寄せて険しい表情になった颯月に、綾那は複雑な胸中で頷いた。

 アリスが見つかったのは、とても嬉しい事だ。ずっと会いたかった、無事を祈っていた。()()()綾那が手を離さなければと、何度後悔した事か。


 しかしアリスと再会するという事は、同時に颯月との別れを意味するのだ。声だけでなく、手足の先まで震えてくる。


()颯月さんが居なくなったら私、眷属の事、どうすれば――ううん、本当はそんな事どうだって良い。ただ……ただ、颯月さんが私から離れていくのが、悲しいな)


 颯月には、今までの男と決定的に違う点がいくつかある。

 ひとつは言わずもがな、彼の見た目が綾那にとって宇宙一である事。そして、決して顔だけではなく中身がまともで、今までのクズとは比べものにならない事。

 ――最後に、「偶像(アイドル)」で釣られる()()()()()だ。


 今までは、綾那がクズ男に(うつつ)を抜かして周りが見えていない間の――知らぬ間に起きる事だった。メンバーの誰かが綾那のあずかり知らぬところで男とアリスを引き合わせて、『大好きなカレピ』が『クソ浮気男』にジョブチェンジさせられる。

 ある日突然「俺、アリスが好きになった! アリスと付き合いたい!」と懇願されれば、綾那の愛情は瞬く間に氷点下まで下がる。浮気だけは許容できないため、「はあ、お好きにどうぞ」と呆気なく男を手放すのだ。


 ただし、颯月の場合は違う。綾那の()()()()にアリスへ乗り換えてくれるからこそ、悲しむ事なく「浮気する人は要らない」で済んでいたのだ。

 それが今回は、どうしても「アリスと再会した瞬間に終わる」「悲しい」「釣らないで」になってしまう。知るタイミングというのは、非常に重要だ。

 過去のクズ男達でさえ、もしも事前に「釣るからな」と聞かされていれば、「酷いぃ、やめてぇ、泣いちゃうぅ」になっていたに違いないのだから。


 しかし、だからと言って恋心を優先し良い訳がない。家族を――アリスを無視して良いはずもない。綾那は唇を噛むと、意を決して明臣を見た。

 一刻も早く迎えに行かなければ。皆で無事を喜ばなければ。颯月は――颯月の事は、諦めなければ。綾那がどうなるかも分からないが、とにかくアリスとは会わなければならない。


()()みたいに――私って本当に、最低だ)


 気持ち悪さを誤魔化すように、綾那は口を開きかけた。しかし、どこまでも真剣な表情で頷く明臣の言葉に面食らって、唖然とする。


「いや、驚いたな――私はてっきり、()は異大陸の国から攫われて来たものだと思っていました」

「――は?」

「ひ、姫?」


 綾那と陽香は、思い切り首を傾げた。すると明臣は、ただでさえ甘いマスクを更に甘く蕩けさせて微笑んで頷いた。


「あんなに美しい女性は、初めて見たんです。きっと、どこか大国の姫君に違いないと――出会ったその日に、騎士の私が必ず祖国へ帰して差し上げると誓いを立てました」

「………………こりゃ、ヤベー。完っ全に「偶像(アイドル)」がキマってやがる」


 うっとりと陶酔した明臣の様子を見て、陽香は途端にスンと冷静さを取り戻した。しかし綾那はじっと黙って彼を眺めた後、ややあってから小首を傾げる。


「なんか……()()()と違くない? さっきまで普通だったのに、いきなり蕩けちゃったような――」

「そりゃあアリスの話題を振ったから、スイッチが入ったんじゃねえの?」

「ううん。本当に「偶像」に釣られてるなら、たぶん()()()()()なんてないはずだから」

「…………おうおう。伊達に何人も男を取り上げられてねえってか? 「偶像」評論家かよ――ったく」


「偶像」とは、ギフト保持者と直接会った時に自動で発動してしまうギフトだ。その効果は凄まじく、釣り上げられている間は正常な判断が一切できなくなる。そのまま対象へどっぷりと嵌り込んで、全く目が覚めないのだが――しかしそれも、決して永遠ではない。


 直接会っている間はアリスを求めて止まない異性も、数日間彼女から離れて過ごすと、段々と効果が薄れて正気に戻るのだ。そうでなければ、綾那がダメ男を捕まえる度に釣り上げ、他所でリリースして――なんて事は繰り返せない。

 釣り上げた男全員の効果が永遠に続けば、それこそ毎日、毎時間、彼女を巡って刃傷沙汰の事件が起きるだろう。


 例えばアデュレリアで出会った「転移」もちの男の場合、『好き』の入り口は間違いなく「偶像」だった。しかし、接近禁止命令が出されて以来、直接アリスと会えなくなったという事は――「偶像」の効果はとっくに切れているはずなのだ。


 それにも関わらず今も彼女を求め、害そうとまでしているのはおかしい。恐らくギフト関係なしに、ただ本人の歪んだ人間性、異常な思考が原因なのだろう。


 閑話休題。

 つまるところ、つい先ほどまでまともに会話していた明臣が――それも、ギフト保持者であるアリスと()()()とは言え、平気で別れてここまでやって来られるような彼が――「偶像」に釣られているとは、どうしても思えない。


「まあ、どうなってんのかよく分かんねえけど……とりあえず、アリスのとこへ案内してくんない?」


 小さく肩を竦めた陽香が投げかければ、ハッと我に返ったらしい明臣が頷いた。


「分かりました。姫も知り合いと再会できれば、安心するでしょうし」

「姫――なあ。本当にアリスなのか、不安になって来た……あ、一旦アーニャと颯様は来なくても良いけど、どうすんの?」

「え? い、行くよ。平気、行くから……」

「けど、もうこれが()()かも知んねえぞ? ……あたしだって鬼じゃねえ、別れの時間くらい取らせてやるけど――あ! ユッキーは来ない方が良いぞ! ユッキーまでアリスに釣られちまったら、後でもかぴに合わせる顔がねえからな」

「……ねえ、洗脳されるの怖いから、僕も行かなくていい?」

「うーたんは、面白そうだから来い」


 陽香の言葉に幸成は目を白黒させて、右京は「なんで!」と憤り――颯月はますます眉間に皺を寄せた。しかし彼は椅子から立ち上がると、綾那の手を取り「ここで逃げるのは、さすがにダセエだろ」と呟いた。


 綾那は繋がれた大きな手を持ち上げると、その武骨な甲へ頬を擦り寄せた。大きくて、皮が硬い。美しく見えても騎士の手だ、傷が目立って(なめ)らかとは言い難い。

 綾那はそのまま颯月を見上げると、すっかり諦観した表情で――寂しさを隠し切れず、無理やりに微笑んだ。言葉こそ何も口にしていないが、その表情だけで「これでお別れですね」と物語るように。


「――おい綾、やめろ。そんな顔で俺を見るな」

「颯月様、我々はどうしますか」

「禅……アンタらが腑抜けるのは困るから、ここで待機してくれ」

「承知しました、くれぐれもお気を付けて」

「……よし! じゃあ行くぞ、うーたん!」


 陽香は小さく息を吐いてから、嫌そうな顔を隠しもしない右京と共に歩き出した。


「あの、颯月さん。私――」

「それ以上言うと怒るぞ」


 常より低い声で囁いた颯月は、グッと綾那の手を強く引いて歩き出した。「怪力(ストレングス)」を失い抵抗する力がない綾那は、ただ彼に手を引かれるまま歩くしかない。

 前を行く広い背中を眺めて、綾那は胸中で「颯月さんになら、一度くらい強めに怒られてみたいかも知れない」と眉尻を下げた。彼に唯一面と向かって怒られた事と言えば、綾那が魔具(カメラ)に夢中になって彼の存在を忘れ、一時間ほど無視してしまった時ぐらいだろうか。


(もっと、色んな颯月さんが見たかったな――)


 真っ白になるくらい強く握られた手よりも、胸の方がずっと痛かった。

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