ルベライトの騎士
アイドクレース騎士団本部の応接室。その扉を開けると、件の客人が椅子に腰かけていた。しかし和巳の言葉通り、その様子はどこか落ち着きを欠いているようにも見える。
ルベライトの騎士だと名乗る男は扉が開いた音に気付くと、サッと機敏な動きで立ち上がって入り口を振り向いた。
彼の身を包むのは、青を基調とした騎士服。恐らく北部ルベライト騎士団の制服のイメージカラーは、青色なのだろう。
髪は元々色素が薄いのか茶色だ。襟足はうなじが見えるよう短く切り揃えられている。横髪は顎にかかる長さで耳が隠れているが、よく見ると両耳に金色のカフスが付けられているようだ。
白肌が多く肌寒い地方だというルベライト出身の割に、浅黒い肌は――そもそも生まれが全く違う領なのか、もしくは雪焼けか。
身長は、175センチの和巳よりも少し高いくらい。しかしかなり筋肉質で、いかにも騎士らしい分厚い体をしている。薄い水色の瞳が意味する得意な魔法は、水か風か――それとも、氷だろうか。
(なんだか、すごくキラキラした人)
顔立ちは甘く、目尻が優しく垂れている。鍛え上げられた体つきはともかくとして、顔だけ見ればまるで物語に出てくる王子様のようにキラキラしい。
見ようによっては甘すぎて、童顔というか――美『少年』にも美『青年』にも見える、イマイチ年齢不詳な人物だ。
ルベライトの騎士は颯月の胸章を一瞥すると、すぐさま彼こそが団長であると気付いたのか、スッと真っ直ぐに伸びた背筋を勢いよく九十度に折り曲げた。
「この度は、何の先触れもなく無作法に訪ねてしまった事――誠に申し訳なく思います!」
機敏でブレのない動きに、ハキハキと明瞭快活で無駄がない、端的な言葉遣い。綾那は彼の様子に、「見た目王子様なのに、中身はまるで軍人さんみたい」という感想を抱いた。
颯月は綾那の手を引いたまま応接室へ足を踏み入れると、「ああ、堅苦しい挨拶はナシだ」と言いながら、彼指定の上座へ歩を進めた。そして席へ着くと、綾那に「俺の手が届く位置に」と耳打ちする。
ここまで案内してくれた和巳も着席して、今応接室には颯月、綾那、和巳、客人の四人しか居ない。この後まだ他にも騎士が集まって来るはずなので、綾那は下手に座らず颯月の横へ立っている事にした。
「まだ全員揃ってないが、先に話を聞こうか。俺は颯月、アイドクレースの団長だ。何やら、連れ――悪魔憑きの事で相談があるとか?」
颯月が水を向ければ、客人は「は!」と短い返事をしてから着席した。
「颯月殿、お初にお目にかかります。私はルベライト騎士団所属の、明臣と申します」
「……明臣? アンタ、まさかダブルフェイスか?」
「ダブル――!? では、彼がバーサーカー……いや、『天淵氷炭』ですか?」
目を丸めた颯月と和巳に、明臣と名乗った騎士は困ったような顔をして「いや、ええと。まあ、はい……そう呼ばれる事も、ありますね――」と、今までの快活さはどこへ消えたのかと思うほど、途端にしどろもどろになって頷いた。
(明臣さん――天淵、氷炭……確か、右京さんが言っていた人? ルベライト騎士団のすごい悪魔憑きで、でも極度の方向音痴で、巡回に出たらなかなか街へ戻って来ないっていう――「今回は二か月以上戻らない」って、アデュレリア領で噂になってた人だ)
綾那は、改めて明臣を見やった。右京にとっての『狐』と同じように、自身の呼び名に思う所があるのだろうか。彼は気まずげな表情で頬をかいている。
恐らくだが、あの両耳に付けている金色のカフスがマナの吸収を阻害する魔具なのだろう。今はいかにも普通の人間といった色彩だが、アレを外せば、悪魔憑きの特徴の金髪赤目になるはずだ。
「いや、悪い。話の腰を折っちまったな――それで? 悪魔憑きのアンタが、悪魔憑きの連れの事で悩んでいると? 通行証もないと言っていたな」
「はい。どうも連れは、自身が何故悪魔憑きになったのか……その経緯を一切覚えていないようで。それどころか悪魔憑きが何かも、己の出生地についても把握していません。なんらかの強いショックを受けて、記憶を失っているとしか思えないのです」
「記憶喪失か――アンタ確か、右京と知り合いなんだよな」
「――右京くん? あ、いや、右京殿は……ええ、そうです。幼い頃から何かと顔を合わせる事が多かったので、はい」
「その右京が言うには、相当な方向音痴だとか?」
「………………申し開きの仕様もない」
しょんぼりと肩を落とした明臣に、颯月はなんとも言えない表情になった。
「その方向音痴のアンタに聞くのは酷かも知れないが、その悪魔憑きをどこで拾った?」
「連れと会ったのは、間違いなくルベライト領です。騎士団本部のある首都のアクアオーラから、徒歩で巡回に出た初日に見つけたので……それだけは間違いないかと。さすがに、一日足らずで他所の領には行けないはずですから――」
どこか自信なさげに逆説で答えるあたり、彼の方向音痴は相当なのだと分かる。
「じゃあ、出身もルベライトなのかもな。アクアオーラに戻らず、わざわざ王都まで来た理由は? 俺が悪魔憑きだからか?」
「いや、その、私としてはアクアオーラに戻るはずだったのですが、どれだけ歩いても一向に街が見えてこずに……気付けば、何故かここへ」
「………………アンタ、相当だな? 十年以上ルベライトに足を踏み入れてない俺でさえ、アイドクレースとアクアオーラが真逆の方角だって事くらい分かるぞ。あんな遠方から徒歩でここまで来たのか? 騎士のアンタはともかく、その拾われた連れも幸運なんだか災難なんだか分からねえな……よく無事に辿り着けたもんだ」
「そ、その点については、私も連れに「すぐそこだと言ったのに、いつまで経っても街が見えない」と、毎日叱られて――いや、本当に面目ない……」
恐縮しきりの明臣に、和巳は苦笑した。そして、気を取り直すようにコホンと咳払いする。
「そのお連れは今、通行証がないからと街の外で待機しておられるのですよね? ここ最近、アイドクレースでは急激に魔物が増えています。いくら悪魔憑きと言えども、お連れは安全な場所へ?」
「はい。見知らぬ悪魔憑きの保護を門番に頼むのは、さすがに厳しいだろうと……今は、身を隠してもらっています。しかし、魔物が増えていると? 私もこの街へ至るまでに魔物を散らして歩いたのですが、あれでは処置が足りなかっただろうか――」
「……魔物を散らして歩いた?」
何か引っかかったのか、颯月は明臣の言葉に首を傾げた。明臣は一度頷くと、説明し始める。
「私は、少々――その、本来の戦い方が荒く、連れが居る状態では満足に動けません。ですので魔物と遭遇してもまともに戦わず、追い払ってやり過ごしていたのです」
その言葉に、和巳は小さく「ああ、『バーサーカー』か――」と呟いた。颯月は黙ったまま何事か思案していたが、ふと明臣を見やると、続けて問いかけた。
「……『天淵氷炭』。アンタ、得意なのは『氷』で間違いないか?」
「え? はい」
「…………まさか……いや――」
颯月が何か言いかけた時、応接室の扉がノックされた。ややあってから扉が開かれると、竜禅が呼びつけた面々が続々と入室してくる。幸成に旭、右京と――ちゃっかり、陽香も呼ばれてやって来たようだ。
「――は? 明臣……?」
「右京くん!? ど、どうして右京くんが、アイドクレースに……? ――ハッ!? ここはアイドクレースではなく、アデュレリア領だった……!?」
「何バカ言ってるの? 相変わらずだね、君は――」
ガタン! と音を立てて椅子から立ち上がった明臣は、大層衝撃を受けた様子で、右京は呆れ顔になり――元アデュレリアの騎士だった旭もまた、明臣と顔見知りなのか、苦笑いを浮かべた。