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天幕にて

「――そう。つまり街中で停電したのも、魔法封じが使われていたという訳ね……まさか悪魔が人前に現れて、しかも街中にまで侵入してくるなんて」


 正妃は颯月から事のあらましを聞いて、「悪魔なんて、一体何年分の文献を遡る事になるのかしら」と呟いた。ついと動いた目線の先には、長話になるだろうからと、椅子へ座った颯月――の膝の間に座し、すっかり石像と化している綾那の姿がある。


 綾那は腹を颯月の腕でがっちりと固定され、「他に誰も見ていないんだから、邪魔だ」とフードも外套も取り上げられている。赤面を通り越して青白い顔をした綾那は涙目だ。


「お前は――公私を、きっちり分けるタイプだと思っていたわ」

「藪から棒になんです? 俺は曲がりなりにも団長ですよ、公私混同しているようでは務まりません」

「……ちょっと、嘘でしょう? 一体どの口が言っているのよ」


 ほっそりとした手で額を押さえた正妃に、颯月は小さく息を吐いた。


「今は――少々、神経過敏になっているだけです。先ほど報告した通り、こちらの力不足で彼女の顔に傷が……こんな失敗は、二度とあってはならない」

「そうね、それは確かに問題だと思うわ。幸いにして目立たないようだけれど……綾那、お前平気なの? どうして魔法も使えないのに、そんな無茶をするの――お前は女性なのよ」

「ですが、母上。義姉上のお陰で、騎士は――義兄上だって、無事で済んだのですよ。悪魔に魔法を封じられるなど、過去の文献を遡ったって例がありません。責めるよりもまずは、称えなければ」

「称える? 何をバカな――そもそも女性の戦闘行為は、法律で禁止されていて……」


 頭痛を堪えるような表情をした正妃を尻目に、維月の目は「よく義兄上を守った、褒めてつかわすぞ後輩」と熱く語りかけているようだ。綾那は青白い顔のまま小さく首を横に振ると、「とんでもないです」と苦く笑った。


「綾那が創造神と会話できるのは、異大陸の出身だから? その――街の魔法封じを破った友人というのも、同じなの?」

「ええと、はい。訳あって、彼女は今一時的に創造神と会話できなくなっていますが……力を取り戻せば、また話せるようになるかと」

「――もしかして、お前がずっと探していた家族?」

「え? あ……」


 綾那は思わず、颯月を振り返った。

 正妃相手に嘘をついて良いはずもないが、確か彼は陽香に「正妃に見つかると面倒だから、隠れろ」と言っていなかったか。馬鹿正直に答えて良いものかどうか判断できず、颯月に委ねる。すると、彼は小さく肩を竦めて頷いた。

 それを肯定と受け取った綾那は、正妃に向き直った。


「はい、家族です――と言っても、まだあと二人見つかっていないのですけれど……」

「そう。その女性は今、どこに居るの? 会って話がしたいわ」

「所用で出ているので捕まりませんね。と言うか、会って何を話すおつもりですか」

「何ってお前……街が混乱に陥らないよう、働きかけた功労者なのでしょう? それに、ウチが綾那をもらい受けるのだから、よくよく話し合わなければ禍根が残るわ」


 綾那は「この人、どんどん外堀を埋めようとしているぞ」と体を硬くして、颯月は胡乱な眼差しで正妃を見やった。


「そんな事だろうと思いましたよ――全く、似たような女が口やかましくバトルする所なんて、見たくもねえ……」


 後半のセリフは囁くような声量だったため、恐らく間近に居る綾那の耳にしか届かなかっただろう。綾那は苦笑すると、正妃に向かって深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。まだ家族全員揃っていないので、結婚の許可は下りませんし――それに私もまだ、踏ん切りがつかなくて」


 綾那は言いながら、静かに目を伏せた。

 颯月は「偶像(アイドル)」を破るつもりでいるが、こればかりは根性論、精神論ではどうにもならない事なのだ。「偶像」に釣られれば彼も綾那の事なんてどうでも良くなってしまうし、綾那だって浮気だと捉えれば、颯月の事などどうでも良くなってしまうかも知れない。


 この先どうなるのかも分からないのに――いや、破綻する事がほとんど決まっているというのに、安易に頷く事はできない。思えば、先ほど颯月にプロポーズじみた言葉を吐かれた事だって、この上ない『死亡フラグ』ではないか。

「俺、この戦いが終わったら、村で待っている幼馴染と結婚するんだ――」と言った兵士の末路とは、死ぬか、戦場で新たな恋人を見つけるかの二択。無事に村へ戻って、誓い通りに幼馴染と結婚する者など居ない。


 いや、居ないは言い過ぎだ。ただ居たとしても、極めて少数派であると言わざるを得ない。


「お、お前、それだけ颯月に好き放題させておいて、まだ結婚する気になっていないの? その方が驚きだわ、であればもっと拒絶なさいよ……」

「……それはまあ、俺も思いますね」


 正妃に同意した維月に、綾那は慌てて立ち上がりかけた。しかしグッと腹を締める颯月の腕が強まり、不発に終わる。綾那は仕方なく、そのままの体勢で弁明を始めた。


「そ、颯月さんは宇宙一格好いい、私の神様なんですよ!? 私なんかが拒絶するなんて、烏滸がましい!」

「……なら、結婚も受け入れるべきでしょう」

「その神の膝に座るのはありなのか、義姉上」


 綾那は維月の囁くような指摘に一瞬グムッと口を噤んだが、しかしすぐにまた口を開いた。


「神と仰ぐ方と、気軽に結婚なんてできませんよ!? だって神ですもの!! お膝は、その……か、神の思し召しですから!? いくらでも座りましょう、ええ! 座りますとも!! それに上ではなくて、間ですから!」

「妙に説得力があるような、ただ矛盾しているだけのような――だがまあ、確かに義兄上は神だ。分かるよ」


 言いながら立ち上がった維月は、綾那の目の前まで歩を進めると、覗き込むようにしてこめかみの傷を見た。

 僅かに眉根を寄せた表情は、やはり義兄とそっくりだ。何故この顔と体格で、楓馬と同じ年頃なのだろうかと思うと不思議で仕方がない。


「しかし、回復魔法が無効とは難儀な体だな。救ってくれた事には感謝するが、あまり義兄上を悲しませるような行動は良くないぞ、義姉上」

「は、はい、ごめんなさい」

「母上は大らかな性格だから目立たないと言ったが、正直これだけ肌が白いとかなり目立つ。時が経てばいくらか癒えるのだろうが……こればかりは本当に反省した方が良い」

「大らかな性格とは、一体どういう意味かしらね」

「ははは。些末な事には囚われない、視野の広い女性だと褒めているのですよ」


 目を眇めた正妃は「お前は本当に可愛げがない」と鼻を鳴らしたが、維月もまた「可愛らしいのは、義兄上一人で十分でしょう?」と言って軽口を叩く。しばらくの間無言でじっと見つめ合っていた母子は、どちらからともなくふいと目を逸らした。


 維月は綾那を通り越して颯月を見やると、憂いを帯びた表情になる。


「それにしても、北から()()()()()らしい魔物については少々気になりますね。まさか王都に対して、弓引くような人間が居るとは考えたくありませんが……」

「ああ、まだなんとも言えんな。明日以降、和――和巳が近隣の調査に乗り出すから、その結果を待つしかない。正妃サマ、北から魔物が大量発生したという応援要請は届いていませんよね?」


 颯月の問いかけに、正妃が頷いた。

 もしも要請が届いていれば、今回の襲撃は人為的なものではなく、ただ単に魔物が発生しやすい北で氾濫が起きただけ――で済んだ。しかし要請が出ていないとなれば、現状あくまでも北は平和であるという事か。


 連絡手段、交通手段に乏しい世界であるから、もしかすると連絡の行き違いや遅れが発生しているという線も残る。なんにせよ、詳しく調べてみない事には分からないだろう。


「颯月。事態が収束するまでは、面倒くさがらずに私と密に連絡を取り合うのよ。少しの報告の遅れが、後でとんでもない事態を引き起こすのだから」

「…………別に、面倒くさがっている訳では。でもまあ、そうですね。悪魔に魔法封じまで出てきた以上、もう次に何がきてもおかしくないでしょうから。それで――もう、下がってもよろしいですか」


 顔いっぱいに「帰りたい」と書かれている颯月の問いに頷きかけた正妃は、ふと思い出したように「ああ」と漏らした。


「最後にひとつ。騎士の間で綾那の事が噂になっているようだけれど、アレは問題ないの?」

「……噂? 綾が?」

「この天幕、次から次へ負傷者や武器の交換に来た騎士が訪れていたでしょう。なんて言うか――団長の婚約者は『ルベライトの至宝』とか、『亡国の戦姫』とか、『雪の精』とか……皆して、御伽噺か吟遊詩人の詩かっていうぐらいロマンチックな語り草だったけれど。あまり目立てば、白肌というだけでも陛下の興味を引くかも知れないわ。注意した方が良いのではない?」

「――――野郎。口説くだけでは飽き足らず、なんて面倒な事を」


 小さく舌打ちを漏らした颯月は、恐らく先ほど話したばかりの騎士の顔を思い浮かべているに違いない。彼は綾那の事を『雪の精』と称していたため、もしかすると彼がこの物語の走りなのかも知れない。


 話を聞いていた維月は途端に難しい顔になると、ゆるゆると首を横に振った。


「宿舎で過ごす騎士ならまだしも、街全体に配備された騎士を一堂に集めるのは、非現実的だ――しかも、既に負傷者は街の治療院へ移動している。最早その『物語』は、騎士の間だけに留まっていないでしょう」

「――もう手遅れと言う事ね。では、綾那以上に目立つ何かで噂を塗り替えるしかないわ」

「簡単に言ってくれますね。綾以上に目立つ天使など、他に居る訳が――」


 不自然に言葉を切った颯月は、何事かを考え込むと正妃を見やった。


「……そう言えば二、三週間後には、『繊維祭』がありますよね」

「繊維祭?」


 夏祭りが終わったばかりなのに、もう次の祭りか。綾那が首を傾げれば、颯月が説明してくれた。


 曰く、繊維祭とは。

 八月の終わり頃に開催される祭りで、きたる秋に向けて――年中温暖な気候のアイドクレースに、秋も冬もない気はするが――衣替えをしようというものらしい。


 端的に言えば、衣料店がこぞって秋服を販売するから、皆さん買ってくれ! と言うものだ。

 祭りの目玉となるのは、衣類の販売促進を目的とした――「表」で言うところの、ファッションショーらしい。


 もちろん、このアイドクレース領で『美の象徴』として君臨する正妃はショーに出る側で、毎年何着もの服を着せられてランウェイを往復するのは、なかなかに疲れるとの事。

 彼女が着て歩いた服は飛ぶように売れるらしく、販売店側も必死の形相で正妃にモデルを頼み込むものだから、すげなく断る事もできないのだと言う。


(私も、「表」ではモデルとして呼ばれた事もあったけど……リベリアス――それもこのアイドクレースじゃあ、非難ごうごうだろうな)


 観客席から「痩せろ」「牛」「牧場に帰れ」と野次を飛ばされる未来がハッキリと見えた気がして、綾那はなんとも言えない表情になった。そんな綾那を腕に抱いたまま、颯月は微かな笑みを零す。


「――実は、アイドクレースの領民がこぞって夢中になりそうな()()に心当たりがありましてね」

「…………えっ」

「彼女が話題を――領民の興味をさらってくれれば、綾の要らん噂を綺麗に吹き飛ばせるはずだ」

「逸材って……そんなに言う程なの?」

「それはもう――何せ彼女は、『正妃サマの再来』と呼ぶに相応しい人物ですから」

「再来って、私はまだ生きているのよ。勝手に殺さないで」


 目を眇める正妃の言葉を受け流し、颯月は綾那の耳元で「俺が必ず守るから、綾は何も心配しなくていい」と囁いた。


 何やら、陽香本人が不在の場で彼女がいいように使われる事が決まってしまった気がする。

 四重奏(カルテット)きってのトラブルメーカーのはずが、ここ最近の彼女は、様々な事に巻き込まれ過ぎなのではないか――やはり、彼女を蝕む呪いが原因か。


 綾那は絶句したまま、ふと「今頃陽香、くしゃみの一つや二つしてるかも知れないな」と遠い目をするのであった。

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