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兄と弟

 場所は変わって、王都アイドクレース正門近くに臨時で建てられた天幕の外。負傷者の治療は既に終了したのか、それともこれ以上魔物の襲来はないと断じて、街の治療院へ場所を移したのか。

 静真は天幕を去ったらしく、陽香と右京も正妃から身を隠すためにどこかへ引っ込んでいる。


 呼びつけられたのが颯月と綾那である以上、竜禅も幸成も和巳も、天幕の中へは入れない。きっと、この天幕には既に盗聴防止の防音魔法が掛けられているだろうし、颯月が誰かにヘルプを伝えるには竜禅の共感覚に頼る他ない。

 しかし彼は、珍しく「今だけは俺の心中を共有したくない」と言って頑なに共感覚を入れないため、誰の助けも望めない孤立無援の状態である。


 ため息を吐くばかりでなかなか天幕の中へ入ろうとしない颯月の顔を、綾那は横からじっと見上げた。つい先ほどまで完全無欠の人間兵器だったのに、彼は正妃が絡むとすぐコレだ。


(やっぱり、可愛い人だなあ)


 何が「悪魔憑きは恐ろしい」だ。何が「悪魔憑きを怒らせれば殺される」だ。彼はこんなにも分かりやすい弱点を抱えている。その度合いと言ったら、日常生活に支障が出るレベルだ。


 王太子も言っていたが、なんでもそつなくこなす完璧な人間であれば、きっと颯月にここまでの魅力はなかっただろう。それが正妃の教育の賜物で、ただ顔のいい超人ではなく、ところどころ隙があって人間味の溢れる宇宙一格好いい男に育ったのだ。

 それに――正妃に対するトラウマがなければ、颯月は綾那を『天使』なんて呼んでくれなかっただろう。そう思うと確かに、彼を厳しく躾けた正妃には感謝すべきなのかも知れない。


 思わず笑みを零した綾那に気付くと、颯月はばつの悪そうな顔をした。

 彼はやがて、離れた場所でこちら見守っている幸成が「なあ、おい、颯~。祭りの後始末もまだ残ってるんだ、頼むから早く済ませてくれよぉ~」と、大きな欠伸混じりの野次を飛ばした事によって覚悟を決めたのか、ついに天幕へ手を掛けた。


 そして、それをばさりとひと思いに持ち上げると、伏し目がちにしながら綾那の手を引いて天幕の中へ足を踏み入れる。


「――義兄上(あにうえ)!」


 天幕の中に響いた声に弾かれたように顔を上げると、颯月はパッと分かりやすく喜色満面になった。


維月(いつき)!? ――いや、王太子殿下、何故ここに?」


 維月の横に正妃が座っている事に遅れて気付いた颯月は、途端に表情を取り繕うと義弟に対する呼び方を改めた。しかし、どこか呆れた様子の正妃は小さく息を吐いた。


「なんのために防音魔法をかけたと思っているの? 気にしなくて良いわ。ここなら他に人目もないのだから……いつも通りに接しなさい」

「――いつも通りと言われても」


「アンタが居るんじゃ無理だろう」とでも言いたげに眉根を寄せた颯月は、ふと何かに思い至ると、おもむろに綾那の肩を抱き寄せた。突然の事にフードの下で目を瞬かせる綾那に構わず、颯月は維月に向かって笑みを投げかける。


「見てくれ維月、彼女が俺の天使だ。俺が誠心誠意領民に尽くすからと、天が褒美に遣わせてくれたんだろう。確か一度会っているんだよな、感想を聞かせて欲しい」

「……絶対に今ここで話す事ではないと思いますが、おめでとうございます義兄上。義姉上(あねうえ)とは、以前訓練場で会った時に話を――」

「――()()()()?」


 維月が綾那を『義姉上』と呼んだ事に目を丸めた颯月に、彼は「あ」と口元を押さえると、はにかむように笑った。


「失礼、気が早かったですよね」

「あねうえ」

「いや、お二人があまりにもお似合いで、このまま結婚する未来しか見えず」

「お似合い……」

「俺達に姉妹は居ないでしょう? でもそれが出来るのかと思うと、感慨深くて……つい。『義姉上』と呼んでも、彼女は一つも嫌がらないから甘えてしまいました」

「――綾、嫌がらないのか?」


 確認するように顔を覗き込んでくる颯月に、綾那は両手でフードをグイーッと下へ引っ張ると、ますます目深にして顔を隠した。その胸中は、「この義兄弟、本当に勘弁してくれ」である。


(維月先輩……! 颯月さんを喜ばせるために、さっきから嘘しか言ってない! お似合いなんて思ってるはずないし、颯月さんさえ居れば、姉妹なんて居ても居なくてもどうだって良いはず! ファンの鑑は結構な事だけど、嘘はいけません、嘘は――!)


 唯一嘘でない事と言えば、綾那が義姉上呼びを嫌がらなかったという点だけだ。もちろん大変戸惑い「義姉上ではない」と断っていたが、別に怒っても嫌がってもいないのだから。

 その沈黙を肯定だと受け取ったのか、正妃や維月の前だというのに、颯月はフードの上から綾那の頭を抱き締めると耳元へ口を寄せた。


「分かった、キスじゃ褒美として弱いよな……俺が『アイドル』とやらに打ち勝った暁には、褒美に結婚してくれるか」

「――――ザヌ、レッス……!!」


 綾那は『はい』でも『いいえ』でもない、よく分からない奇声を発した。そしてそのまま腰が砕け、ズシャアッと膝から崩れ落ちる。

 地面に両手を付いてぷるぷると震えていると、正妃が「夜も遅い事だし、そろそろ本題に入っても良いかしら?」と投げかけて来た。


 綾那は地面に伏せったまま小さく頷いて、颯月もまた綾那の隣にしゃがみ込むと、震える背を擦りながら「ドーゾ」とぞんざいな返事をした。


「とにかく、今回起きた事について説明なさい」

「……そう前のめりにならずとも、じき報告書が上がるでしょうに」

「わざわざ維月を連れて来てあげた私に対する態度が、それなの?」


 その点には思う所があったのか、颯月は小さく息を吐くと、今夜アイドクレースで起きた事の説明を始めたのであった。

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