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お説教

「な、なんで――今度は、どんなズルをしたんだよ!? 毎度毎度ふざけんな! す、少しは俺と遊べよ、バカ! この……サイテーの人でなし!!」


 ビシィッ! と人を指差して、激しく憤慨しながら理不尽な怒りをぶつけてくるヴェゼルに、綾那は苦笑いした。

 どうも彼の考える『ゲーム』と、陽香は相性が悪いらしい。いや、こちらサイドとしては相性ぴったりといった所だろうか。前回に引き続き、今回もまた説明を聞き終わってすぐにクリアしてしまい、図らずしもスピードラン(※ゲームの最速クリアタイムを目指すプレイ方法の事)状態である。


 部分的とはいえ、各地点に魔法封じを施す事によって灯りを消し、街を暗がりと混乱に陥れる。その闇に溶け込むカラス型の魔物を、魔具の媒体として空中に待機させておけば――魔法を封じられて地上に立ち尽くす人間に、為す術はない。

 彼は恐らく、そう思っていたのだ。聞かん坊の子供にしては入念に考えられた、素晴らしい策であった。


 しかし実際、街は暗闇に沈まなかった。ルシフェリアの助言があってこそだが、夜空には絶え間なく合成魔法――花火が打ち上がり続けていた。その灯りに照らされれば、例え濡れ羽色のカラスだろうが、姿が浮き彫りになる。

 それが一瞬の事であろうと、決して見逃さない動体視力を誇る「千里眼(クレヤボヤンス)」。足場となる背の高い建物さえあれば、魔法なしでも空飛ぶカラスに近づける、「軽業師(アクロバット)」をもつ陽香。

 更に彼女は、二キロ圏内であれば狙撃できる小銃までもっているのだ。


 魔法が便利すぎるせいで科学が発達していないリベリアスには、銃火器が存在しない。ヴェゼルは「表」で一度銃弾を受けているが、彼はあの時『目』を地上に出していなかった。例え目にしていた所で、初めて見る武器に己が何をされたのか理解できなかったかも知れない。

 どちらにせよ、この世に魔法を必要としない遠距離攻撃方法が存在するなど、思いつかなかったのだろう。


 二度ある事は三度あると言うが――この調子では、もし仮に『次が』あったとしても、陽香はスピードランクリアしてしまうに違いない。


 ルシフェリアに全く相手にされていない姿を目の当たりにして。必死に考えたゲームは、挑戦者の苦しむ姿を見るという最大の醍醐味を一つも味わえないまま、ヌルッとクリアされて。

 何やら、ヴェゼルの事がすっかり憐れになってしまった綾那は、眉尻を下げて気まずい表情を浮かべた。


「ねえ、ヴェセルさん。遊びなら、もっと他の遊びにしませんか?」

「……他の遊び?」


 ぎりぎりと悔しげに歯噛みしていたヴェゼルは、綾那の言葉に反応すると首を傾げた。


「ええ、いつもお友達とは、何をして遊んでいるんですか?」

「何を……えっと――」


 以前ルシフェリアは、彼について「その時々の遊び友達に合わせて、擬態する」と言っていた。だからこそ綾那が初めて対峙した時は、深海で一緒に遊んでいたらしいダイオウイカの姿をしていたのだ。

 記憶を手繰るように思案顔になったヴェゼルは、やがて顔を上げると口を開いた。


「……千切ったり、凍らせたりして遊ぶ」

「――――おっと? それは随分と、悪魔的な楽しみ方をしていらっしゃるようで……」


 ヴェゼルの返答に、綾那は思わず額を押さえた。さすがは『悪魔』として生まれ、誰にも諫められる事なく放任されて、伸び伸びと育っただけはある。

 そもそも悪魔という生き物に、善悪なんてモノの尺度が存在しているのかは分からないが――なんにせよ、千切ったり凍らせたりする事を「友達と遊ぶ」と表現しているのは、やはり憐れだし心配になる。


 例えば「表」で、幼気(いたいけ)な子供が「アリさんと遊んでるの!」と笑いながら、一匹、また一匹と指で潰し続ける姿を見た時のような。アリの巣穴にたっぷりの水を注ぎこみ、無邪気に水攻めしている姿を見た時のような――そういう、胸がギュッとなる感覚だ。


 綾那は、ヴェゼルが突然降って湧いたせいで外すタイミングを失っていたマスクを取り払うと、鞄の中へしまいこんだ。そして、頑なに彼と関わり合いを持とうとしないルシフェリアを地面に降ろすと、数歩だけヴェゼルに歩み寄って、彼と視線を合わせるように膝を折った。


「そんな痛くて酷い事をしたら、お友達に嫌われちゃうでしょう?」


 まるで悪さをした子供を注意するように言い含めれば、ヴェゼルはムッとした表情になる。


「嫌われるもんか! あいつら、俺が遊んでやってるのに何も言わない、何も言わずに動かなくなるだけだ!」

「それは何も言わないんじゃなくて、何も言えないまま死んじゃっているんです。ほら、私が初めてあなたと会った時――あの時、とても痛い事をしましたよね?」

「かなりな!!」

「痛くて泣いていましたよね」

「ああ! だから俺は、余所者の中でお前が一番嫌いだ!! ――あっ」


 自分で言っていて間違いに気付いたのか、虚を突かれたような顔になったヴェゼルを見て、綾那はますます苦く笑った。


「ほら、人に痛い事をしたら嫌われるんです。シアさんだって同じですよ」

「ル、ルシフェリアも? でも俺は……俺も兄貴も、ルシフェリアには何もしてない!」

「――本当に?」


 綾那の問いかけに、ヴェゼルは迷子のように頼りない表情を浮かべる。


「確かにシアさんは、特に人間を見るのが好きなのかも知れません。でもシアさんが大切にしているのはこの『箱庭』全体であって、個ではないでしょう? 作り過ぎてはいけないと言い含められていたのに、あなた達が次から次へと眷属を作り出して、箱庭は――力を失ったシアさんの姿だって、変わってしまった」

「それは――でも」

「あなた達の事が嫌いなら、本当にどうでもいいなら、シアさんはきっと箱庭を守るために殺したでしょう。だけどそうしなかったのは、あなた達の事を『子供』と認識していて、ちゃんと愛しいからですよ」

「それじゃあ……! 嫌いじゃないなら、なんで俺達の事――!」

「それはそれとして、とっても怒っていらっしゃるからです」

「……へ?」


 随分と間の抜けた声を出したヴェゼルは、ぽかんと呆けた顔で綾那の背後――腕組みをして仁王立ちしている、偉そうな幼女を見やった。彼は唇を戦慄かせて「怒ってる……?」と呟いて、目を瞬かせる。


 気付けば十九時を過ぎたのか、元々予定されていた合成魔法がスケジュール通りに打ち上げられ始めた。空を見上げれば、緻密な模様も複雑な紋章も見応えがあって、大変素晴らしい。


(けど――停電、直っちゃったんだよね)


 街の明るすぎる灯りが、本当に邪魔だ。せっかくの模様も霞んで見えるし、灯りに輪郭が溶けてしまう。これならば、先ほど子供達が上げた花火の方がよほど胸に迫る何かがあった。来年からは、「合成魔法を打ち上げる際は街の明かりを落としましょう」という決まりができそうなレベルだ。

 やはり『花火』は、暗がりで見るに限る。


 結構な時間――それも、想定していた以上に多くの花火を打ち上げる事になった子供達は、恐らく既に疲労困憊(こんぱい)だろう。祭りの最後に、もう一度花火を打ち上げるだけの気力は残されていないはずだ。

 陽香は、祭りを日本のわびさびで締めくくるのだと――そうして目立ってこそ、悪魔憑きに対する周囲の目線が変わるのだと息巻いていたのに、残念だ。


 しかし、暗がりで打ち上げた花火に比べ、街の灯りのせいで肩透かし感が否めないこの合成魔法を見る限り――『前座』で正解だったのかも知れない。綾那の贔屓目を差し引いたとしても、領民の記憶により強く残されたのは、子供達の打ち上げた花火に違いないのだから。


 つい意識が逸れてしまったが、綾那は改めて、困惑しているヴェゼルを見た。


「不必要に人を傷付けるとか、モノを壊すとか……もう、そういう遊びは止めにしましょう? あなた達が人類共通の敵となるべくして生み出された事は知っていますが、何事にも限度というものがあります。人間同士が戦争しない程度に苦しめれば済む話なのに、今の状況はどうしたってやり過ぎですよ――シアさんが元の姿を取り戻せないところを見れば、分かりますよね?」

「そ……それは」

「シアさんに、ごめんなさいしましょう。今後一切眷属を作ってはいけないという話ではありません。それも大事なお仕事の一つでしょうから。ただ、やり過ぎはダメです。誰かと遊びたいなら、私達と痛くない遊びをしましょう? 次はホラ、私達がゲームを考えますよ。ヴェゼルさんと一緒に遊べるように――そういうの陽香、得意なんです」


 言いながら微笑む綾那に、ヴェゼルはグッと眉を寄せて、今にも泣き出しそうな顔をした。震える声で「ごめん」と呟けば、綾那の背後で「小さくて全然、聞こえないんだけど」と冷たい声がする。

 いや――冷たいが無視される事なく、確かにヴェゼルに向かって投げかけられたその言葉に、彼はますます顔を歪めた。


 やがてヴェゼルは耐えきれなくなったようにワッと地面に四つん這いになると、綾那が全く予想だにしていなかった事を謝罪したのである。


「ほ、本当にごめん、ルシフェリア!! 魔具撒いたの、街の中だけじゃないんだ……ッ!!!」

「――――は?」

「えっ」

「街の外、入り口近くのトコ!! ()()()()が外に居るのが見えたから、殺される前に殺しちゃおうと思って……魔物も眷属も全部まとめて、魔法封じに閉じ込めたんだ!!」


 ヴェゼルの告白に、綾那は顔を青くした。街の外に居る悪魔憑きとは――まず間違いなく颯月の事だ。

 ただでさえ街へ押し寄せる魔物の対処をしようと、討伐に繰り出していたらしい彼ら。魔法封じに閉じ込められたという事は、人も魔物も魔法を使えないはずだ。


 彼らは見えない檻に閉じ込められたまま、退却も許されず魔物と肉弾戦を強いられている。


(しかもヴェゼルさん、眷属も呼んであるって言った……!)


 そんなものと一緒に閉じ込められて、果たして無事で居られるのか。居ても立ってもいられなくなった綾那は、放心状態のルシフェリアを抱き上げると正門へ向かって走り出した。


 地面に伏せったヴェゼルとすれ違いざまに、「あなた! あとで説教ですからね!!」と言い含める事も忘れずに。



 ◆



 ルシフェリアを抱えたまま街中を駆ける綾那は、「追跡者(チェイサー)」を発動して陽香の現在地を探った。やけに蛇行しているのが気になったが――彼女も集合場所の正門を目指しているらしく、「軽業師(アクロバット)」をもたない綾那とそう変わらぬ速度で正門へ到達しそうだ。


「陽香も正門へ向かっているみたいなので、カラスの魔物を撃ち抜いてもらえば――!」

「ノクティスクロウじゃない」

「え?」

「外に居る『媒体』は、ノクティスクロウじゃない――眷属だ」


 ぴくりとも笑わなくなってしまったルシフェリアに、綾那は焦りを覚える。


「眷属、は……魔法がなくても、陽香の銃で倒せますか? それとも、私の「怪力(ストレングス)」なら?」

「うん――」


 肯定しているのかどうかさえ分からない返事に、綾那はますます走る速度を上げた。

 ルシフェリアは綾那に、「君の「怪力」に期待している」とか「街の外で仕事を頼みたい」とか言っていたのだ。つまりルシフェリアの予知では、綾那が何かと戦うとすれば、その場所は最初から街の外と決まっていたのだろう。


(いや、もう私が勝てるとか勝てないとか、どうでもいい! 颯月さん達が無事なら、それで――!)


 祈るような思いで正門へ向かう綾那に、ルシフェリアが「ねえ」と声を掛けた。ふと下を見やれば、いたく真剣な眼差しをした幼女が綾那を見上げている。


「君を、後回しにする」


 静かに告げられた言葉に、綾那は走りながら頷いた。


「当然でしょう! 颯月さんにもしもの事があれば、世界の――いや、宇宙の損失ですよ!! 彼の存在は最早オーパーツ!!」


 よく分からない事を叫んだ綾那に――そもそも『オーパーツ』とは、一般的に地球の歴史上、そこに存在していてはおかしな物体の事を指すため、決して人に対して使用するものではないはずだ――ルシフェリアはようやく笑みを浮かべた。


「本当にありがとう――たぶん君は死ぬけど、絶対に忘れないから」

「…………んっ、なっ、――あれ!? あれれー!?!?」


 唐突に死刑宣告された綾那は、激しく動揺しながらも足を止める事なく、ただ真っ直ぐに正門を目指した。

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