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ヴェゼル再び

「それで、陽香が頑張っている間――私はどうすれば良いんですか、大天使ルシフェリア様?」


 先ほどからニマニマと顔が緩みっ放しの幼女に問いかければ、ルシフェリアは「もう、ちょっとぉ~! 大天使はさすがにナイってぇ、ホントやめてよぉ~、褒めすぎぃ~!」と、顔の前で小さな両手を振って、どこまでも偉そうに胸を反らした。


 ひとまず無事地雷は解除できたようで何よりだが、今は遊んでいる場合ではない。綾那が改めて「シアさん」と呼びかけると、コホンと小さな咳払いしたのち、ルシフェリアが口を開く。


「うーん、そうだねえ。君には街の外で仕事を頼みたいから、お散歩がてら正門へ向かおうよ」

「お、お散歩って――特にやる事がないなら、私も魔法封じの魔具を探すべきなのでは?」

「あんまり無駄な力を使わせたくないんだよね。言ったでしょう? 君の「怪力(ストレングス)」に期待してるって――今は力を蓄えるべきなのさ~」


 歌うように紡がれる台詞に、綾那は「もしかしてこの人、全力の「怪力」が必要な相手と戦わせようとしてる――?」と、一抹の不安を覚えた。しかしすぐさま頭を振って弱気な思考をかき消すと、とにかく今はルシフェリアの助言通りに動こうと、足を踏み出した。


 路地裏から出れば、途端に視界を塞ぐ邪魔な建物が消えて夜空に打ち上がる花火もよく見えた。打ち上げられる形は、花火の伝統的な形の菊や牡丹の花。まるで柳の枝が垂れ下がるように光が落ちたり、蜂が不規則にぶんぶんと飛び回るように光の輪が回転したりと、バリエーション豊富だ。

 その図柄のどれもが、昨夜陽香に突貫で叩きこまれたとは思えない完成度の高さである。


 陽香には、あれらの花火の真下――少なくとも街の三か所で、魔法封じの魔具探しを頼んでいる。しかし、果たして彼女に与えられた時間制限はどのくらいなのだろうか。

 一体どの程度の時間ならば不審に思う事なく、そして飽きる事なく花火を見上げていられるだろうか。


(引き延ばせても、二十分とか? あまり時間をかけると、元々合成魔法を打ち上げる予定だった十九時を過ぎちゃうし……例えばこのまま街が停電していても、実行委員さんは時間通りに魔法の打ち上げを始めてくれるのかな? ()()()的には絶対に決められたスケジュール通り動くのか、それとも不測の事態が収まるまでは、何があっても動かないのか)


 前座の花火から十九時を迎えて、そのまま流れで合成魔法の打ち上げを引き継いでくれたら――そうすれば、領民が魔法封じのドームに閉じ込められた事に気付くまでの猶予も、いくらか伸びるだろう。

 とは言え、姿形の分からないモノを探し出すのは至難の業だ。陽香からすれば時間制限も何も、あったものではないだろうが――。


 そうして綾那が考え込んでいると、唐突に街のどこかでパァン! と乾いた破裂音が響いた。


「――陽香?」


 ややあってから風に乗って届いた火薬の匂いに、綾那はすかさず「追跡者(チェイサー)」を発動した。火薬の匂いを『目標』に設定すれば、これから街のどこへ居ても陽香の動きが追えるはずだ。

 どれだけ注意深く取り扱っても、発砲する際には火薬が飛び散るし、手指にもつく。火薬の匂いというのは、そう簡単に消えないものだ。少なくとも今晩、綾那が陽香の居場所を見失う事はないだろう。


 正直、嗅ぎ慣れない匂い、聞き慣れない謎の破裂音に、街の人間が驚いていたら――という不安はあった。しかし大変幸いな事に、彼らは夜空の花を愛でるのに夢中になってくれているようだ。今のところ、街中で騒ぎが起こるような事はない。


(それはそれとして――陽香が銃を使った理由は?)


 颯月達が街の外で奮闘している以上、彼らがしくじり街へ魔物の侵入を許したとは考えづらい。もしや、運悪く悪魔ヴェゼルと遭遇してしまったか――あるいは早速謎の魔具を見付けて、壊せるかどうか試し撃ちしたのか。それとも、「ひとつ見つけたぞ」の合図だったのか。

 離れている以上正解は分からないが、しかし今も陽香が物凄いスピードで移動している事だけは、綾那の「追跡者」が証明している。くわえて、破裂音が一度きりだった事を考慮しても、彼女が()()と戦闘している可能性は低いだろう。


 綾那は僅かに緊張した面持ちで、深く息を吸い込んだ。


「ああ、君……そのマスクは外しておいた方が良いな」

「――え? そ、それは少し困ります。いくら王様の居る場所から離れたとはいえ、今日は近隣からも多くの人が来場されていますし――もし、輝夜様のお顔を知っている方が居たら」

「でも君、そのままだと失明するよ?」

「………………何故()()()()のか話してくれない事には、何がなんだか分かりませんけれど――そういう危険な事は、もっと早く仰ってください」


「明日は晴れみたいよ?」くらい軽いノリで告げられた予知に、綾那はぶるりと体を震わせた。詳細を省かれている以上、状況を想像する事しかできないが――綾那がこれを付けたまま『何か』と戦うのはまずいのだろう。

 相手の攻撃を食らうか何かでマスクが割れて、その破片で目に甚大なダメージを負う――のか、なんなのか。


(それ、マスクが無かったら無かったで、顔に傷が付くって事じゃないの?)


 腐ってもスタチューバーという職業柄、顔にだけは傷を作りたくない。陽香だってそれを考慮して、どれだけ綾那に対して憤ったとしても、服装次第で隠せるボディ――主に殴りやすい肩を狙うのだから。


 色々と大丈夫なのだろうかと不安になる。しかし、ここはルシフェリアの助言に従うしかないだろう。綾那はマスクの留め具に手を掛けた。


(でも正妃様……気を付けろって言っていたなあ)


 国王の事だけでなく、女性の戦闘行為は禁止という法律を堂々と破る今日、素顔を晒していても良いのだろうか。恐らく何かに襲われるのは間違いないから、正当防衛に近い状況は作れるだろうが――。


 そうして悩む綾那を見上げたルシフェリアは、どこか仄暗い笑みを浮かべている。


「例え法律に違反したって平気さ。だって君が()()()、あの子はどんな事だって許してしまうもの」

「それは――」


 まさか国王の話か、と問いかけようとした綾那の目の前に、音もなく人影が降って来た。陽香が戻って来たにしては早すぎる。瞠目して後ずさるが、どうも降って来たものの正体は、彼女ではないようだ。


 体のラインが分かりやすく、ぴったりとした黒ずくめの服装に、短い銀髪。浅黒い肌にエルフ耳、そして真っ赤な瞳をもつ十四、五歳ぐらいの少年――見覚えのあるその人物は、悪魔ヴェゼルだった。


 彼は、綾那とその腕に抱かれた幼女を真っ直ぐに見やると、グッと形の良い眉を顰めた。そして右腕を横薙ぎに振るうと、綾那を無視して――ルシフェリアへ向かって、やや感情的に言葉をぶつけた。


「なあ、ルシフェリア! なんでそいつらに構うんだよ!? 俺と兄貴の事はずっと無視するくせに、なんで人間なんかと……!! おい、なんとか言えよ、黙ってたら分かんないだろ!? 前だって、俺とは一言も話してくれなかったじゃないか! その上「足を切れ」なんて! 俺だって――俺と兄貴だって、お前の子供だぞ!? なのに、なんでいつもお前は人間の事ばっかりなんだよ!!」


 ヴェゼルが必死で訴えているにも関わらず、ルシフェリアは一言も発しようとしない。しかも、彼を見返すその瞳は完全に冷え切っていて、少年悪魔の顔はますます苦しげに歪んだ。


「ああ――そうだよな。そもそも俺らが生まれた事だって、人間同士の争いを止めるためだもんな……俺らの事なんて、最初からどうでもいいんだろ!! ルシフェリアの本当の子供は人間だけ! 他は全部、人間のためだけに存在するオマケだ!!」


 語気は強いし激昂しているのも分かるが、綾那はなぜか、泣き喚く迷子を目にしているような感覚に陥った。それでも尚何も答えないルシフェリアに、思わず口を挟む。


「あ、あの、ちょっと――」

「るっせえ、人間! テメエは黙ってろ!! ――テメエらは特に最悪なんだよ! 子供ですらない余所者のくせに、ルシフェリアに近付きやがって!!」


 あまりにも一方的な会話に、敵であるはずのヴェゼルが不憫になってしまった。なんとか仲裁できないかと口を開いたものの、しかしすぐさま恫喝されて口を閉じる。


 どうも彼は、ルシフェリアに相手してもらえない事が辛くて仕方がないようだ。悪魔の兄弟がリベリアスで好き放題暴れるようになってから、三百年――彼らはその間ずっと、曲がりなりにも『生みの親』と慕うルシフェリアから、無視され続けたのだろうか。

 元はと言えば、彼らが「ルシフェリアの大事な箱庭を滅茶苦茶にしたから」という、自業自得な部分がある。しかし、それを一度も諫められる事なくただ放置されて、ルシフェリアの憤りを一切理解できないまま、延々と無視されたのだ。


(シアさん、箱庭を荒らすような悪い子の遊び相手はできないから、悪魔がそれを理解するまでは話したくもない、とは言っていたけれど……なんだかこれって、ますます悪い方向へ突き進んでない――?)


 正妃の超スパルタ過干渉スタイルも大概だが、行き過ぎた放任主義も虐待である。ルシフェリアの場合、あまり世界に干渉できないという制限があったにしろ――それにしたって、もう少しなんとかできなかったのか。


 ハアハアと肩で息をするヴェゼルは、いまだ何も答えないルシフェリアに向かって歪な笑みを見せた。


「もう――だから、もう、良い。ルシフェリアが構ってくれないなら、王都を――王族をメチャクチャにしてやる。一番大事な子供をグチャグチャにしたら、もう俺の事を無視できないだろ? …………これでも、まだ話す気にならないのかよ!? お――俺は、本気だぞ!」


 休みなく打ち上げられる花火の光が、ヴェゼルの姿を照らした。怒声を上げる姿勢はどこまでも強気だが、しかしその表情は、打って変わって不安に満ちている。

 綾那は、火に油を注ぐだけだろうと思いながらも――口を開くつもりのないルシフェリアを見かねて、首を傾げた。


「どうやってメチャクチャにするおつもりですか? あの魔法封じ、前とは効果範囲が全く違いますけれど……あれも、あなたが?」


 グッと顔を顰めたヴェゼルは綾那を睨みつけたが、しかしこれ以上ルシフェリアに詰め寄っても無駄と分かっているのか、今度は怒鳴らなかった。ハンと鼻を鳴らして両腕を組むと、尊大な態度で今回の『ゲーム』説明を始める。


「――ああ、そうだ! 今日のために兄貴の所まで行って、新しい魔具を貰って来た! 今回のはパスワード式じゃねえし、簡単に壊れちまうけど……魔法を封じる範囲は広大だ。しかも、媒体にしてる魔具の核は『ノクティスクロウ』が飲み込んでるから、ヤツを媒介にして魔力を吸い上げ続ける」

「ノクティスクロウ……カラス型の魔物、ですか? じゃあ、魔具の核は()に――」

「あの魔法封じは、ノクティスクロウが生きている限り永遠に動き続ける! この暗がりで、闇夜に溶け込む濡れ羽色のカラスを探し出すのは至難の業だろうな。運よく見付けられたところで、お前ら余所者に空を飛ぶ術はない。魔法が使えなければ、どうしたって倒せない。前みたいなズルができると思うなよ!!」


 意気揚々と語るヴェゼルの声の裏で、またしても乾いた破裂音がした気がする。

 その音に、綾那はふと「あれ、陽香もしかして――?」と一つの可能性に思い至った。しかし、今は目の前のヴェゼルに集中せねばと軽く頭を振る。そうして無言で彼を見つめて先を促せば、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて続ける。


「それも、今回の魔具はひとつじゃないぞ! タイミング悪く変な魔法が打ち上がってるせいで、どいつもこいつも閉じ込められた事に気付いてねえけど……魔法封じに気付けば、人間どもは絶対パニックになる! わざわざ俺が手を下さなくたって、あれだけ集まってりゃ同じ人間同士で勝手に傷つけ合うだろうな!」

「でも、王都には手出しをしないという約束があるのに――」

「約束なんて知るか、ルシフェリアが俺を構わないのが悪いんだ! 前は呆気なくやられたから、今日は魔物と眷属も呼んであるぞ! 外に居るヤツに苦戦して、まだ中へ入ってこられねえみたいだけど――まあ、精々楽しめよな! ハーッハッハッハッ!!!」


 いかにも悪魔らしいヴェゼルの高笑いに被せるように、噴水広場の方からパァン! と、本日三度目の銃声が響いた。それと同時に、周辺の街灯がパッと灯る。

 ふと周りを見回せば、いつの間にか他で停電を起こしていた箇所も復旧しているようだ。夜だというのに、王都アイドクレースは見事昼間のような輝きを取り戻した。


「――ハ?」


 ぴたりと高笑いを止めたヴェゼルは、何が起きたのか分からないと言った様子で赤い目を丸めている。街の明かりが戻ったため、夜空を彩る花火――静真と子供達の合成魔法も止まったらしい。


(さすが陽香、やっぱり偉い子……)


 あくまでも予想だが――建物の屋根を伝って高所を移動していた陽香には、花火に照らされるカラスの姿がよく見えたのだろう。まさか魔物そのものが魔具の媒体であるとは思わなかっただろうが、しかし街中に魔物が入り込んでいるとなれば、彼女は迷わずに撃つはずだ。


 そうして撃ち落とした結果、真下で停電が復旧すれば――あとはもう、別の二か所で同じ事を繰り返すだけである。確かにルシフェリアの言う通り、彼女は運がイイというか、勘がイイというか。あれで呪われていると言うのだから、全く不思議なものだ。


「――やっぱり、赤毛の子に任せて正解だったね」


 微かに笑みを浮かべたルシフェリアの小さな呟きに、綾那もまた困ったように笑って「そうですね」と返した。

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