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停電と無茶ぶり

 ルシフェリアが集合場所に指定した路地裏は、つい先ほどまで居た噴水広場からやや離れている。領民はこぞって広場に集まっているので、この辺りは人通りが少ないし、祭りの喧騒も遠い。

 綾那は陽香の帰りを待ちながら、普段よりも少しだけ走り気味の脈拍を落ち着かせようと、小さく息を吐き出した。


 結局のところ、事の詳細は謎のまま。ヴェゼルがいつ、どんな風に暴れ始めるのか――なぜ、ルシフェリアが局地的に魔法を封じようとしているのかすら、分からない。

 そもそも、ヴェゼルが「王都には手出しをしない」という約束を破ってまで果たしたい目的とは、一体なんなのだろうか。

 生みの親ルシフェリアをもってしても「何を不満に思っているのか分からない」と言うのだ。ヴェゼルの想いなど、綾那に理解できるはずもない。


「――嫌な予感がするなあ」


 ぽつりと呟かれた言葉に、綾那は眉尻を下げた。


「そんな、不安を煽るような事を仰らないでください」

「うぅーん……うんー……」


 何事か悩んでいるのか、それとも相槌を打ったのか判断しづらい唸り声。ルシフェリアは桃色の目を細めて、噴水広場とは真逆の方向を睨んでいる。


 あちらの方角には、何があっただろうか――アイドクレースにやって来てそれなりに経つが、綾那は滅多に騎士団宿舎から出ない。仮面が必須で、青髪も体形も目立つから周囲の視線が痛くてやっていられないのだ。誰よりも目を惹いて、人々の視線を(さら)ってくれる颯月が隣に居なければ――そうでなければ、綾那はただ外出するだけで陰鬱な気持ちになってしまう。


 しかし彼と外出する事があっても、行動範囲は限られている。桃華の店か悪魔憑きの教会、あとは適当な店を見て回って冷やかすぐらいなので、いまだに王都の地理に明るくない。

 いつも他人に案内を任せっきりで、綾那一人で散策する事がなかったのも悪いだろう。道を覚える必要がなかったので、すっかり努力を怠った。


(あ……でも、たぶん向こうって正門の方角?)


 街をぐるりと囲む高い壁にいくつか設けられた、出入口――関所となる門。その中でも一際大きい正門は、王都の正面玄関、顔である。

 ルシフェリアは噴水広場の事を気にしていたため、ヴェゼルが暴れるとすれば広場だろうと思っていた。だからこそ、「僕が魔法を封じたらどうなるか」なんて仮定の話をしたのだと。


 しかし、今気にしているのは真逆の方角だ。余所者の行く末しか――それも、力を失っているため断片的にしか分からないと言っていたから、ルシフェリアもまた、ヴェゼルの行動を読むのが難しいのだろうか。本当にそんな状態で、街の人々を()()助けられるのか。


 腕の中で思案する幼女を見て不安に思っていると、おもむろに「ねえ」と呼び掛けられて、姿勢を正す。


「最悪――最悪の話なんだけどさ。もし君と()()()()が同時にピンチを迎えた時は……君を後回しにしても良いかな?」

「後回し……ええと、助けないとか見捨てるとかっていう話じゃないですよね? じゃあ、良いですよ。我が子の事ですから、優先するのは親として当然です」


 やはり、陽香に注意されたくらいで長年の悪癖は直らない。綾那はまたしても、あっさりと頷いた。のほほんと笑う姿を見たルシフェリアは、綾那と全く同じ桃色の目をぱちぱちと瞬かせて――やがて呆れたように、大きなため息を吐き出した。

 要望通りに頷いたのに、ここでため息を吐かれるとは心外である。綾那は不思議に思って首を傾げた。


「君って、本当にこっちに来てから「怪力(ストレングス)」の抑制が薄れているのかなあ? 君を()()()()()()って事は、つまり見捨てるのと同義じゃあないか。それでも、親が我が子を優先するのは当然だって? 少しは怒るかと思ったんだけどなあ」

「そんな、薄れていますよ。だって「転移」もちの人を相手にした時、自分でも怖いくらいに腹が立ったんですから! あんなの「表」では体験した事がありません――それに最悪の話なら、まだ確定じゃないでしょう? シアさんは引き寄せの法則と仰いましたけど、『もしも』を考えて心構えをしておくのは、とても良い事だと思います」

「考え無しの君しか居ない状態で、こんな話をしたなんて聞いたら……あの赤毛の子は怒るだろうね」

「あ……うん? 今のは侮辱ですか?」

「そうかもよ」


 ルシフェリアの言葉に、綾那は「酷い! 遺憾の意を表明します!」と嘆く。クスクスと子供らしい笑い声を上げたルシフェリアは、綾那の意識を引き戻すように、また髪の毛を握り込んでグイーッと引っ張った。


「シアさん、髪は――」

「うん、今後の流れを簡単に説明するよ」

「は、はあ。まだ陽香が戻って来ていませんけれど、平気ですか?」

「もうすぐ戻るだろうから、平気さ。まず噴水広場なんだけれど、あそこはたぶん、赤毛の子が考えた通りに『花火』で落ち着くだろうから……一旦放置で良い。問題は、もっと別の場所で起きると思う」


 まず噴水広場で何が起きて、どうして魔法の発動を禁じるのかも分からないが、綾那は頷いて先を促した。すると、ルシフェリアが続きを口にする前に、軽快な足音が聞こえてくる。音のする方角を見やれば、確かに陽香が駆けてくるところだった。


「――お待たせ! とりあえずキッズーマさん達には、もし街中で停電が起きたら、すぐさま花火を打ち上げてくれって伝えて来たぞ! 暗がりに怯える暇がないくらい迅速に、停電した場所の真上へ打ち上げてくれって!」

「ご苦労様。下手に噴水広場って場所を指定しなかったのは、得策かも知れないね。何せ今の僕の予知って不完全だから」

「不完全なのに、やたらと自信満々なのはどういう事なんだろうな。まあ良いけどよ――で、次はどうすんの?」


 結構な距離を往復してきたにも関わらず、「軽業師(アクロバット)」のお陰か息一つ乱れていない陽香。綾那は、「ちょうど、これからの話をしていた所だよ」と答えて、ルシフェリアに視線を落とした。


「君達、アデュレリアで魔法封じの魔具を見たよね?」

「魔法封じ……ああ、あの檻? 颯様とうーたんが閉じ込められて、無力化されちまったヤツ」

「君には今日、その()()で魔具を探して欲しいんだよ」

「ほぉ――おぉん? シア、まさか噴水広場が停電云々の話……アレ、お前が何かするんじゃあなくて、ゼルが性懲りもなく檻を持ち出してくるって話だったのか?」

「え、檻を持ち出すって……噴水広場全体を囲えるモノなんて、一体どう設置するの?」


 例えば「転移」の力を使えば、巨大な檻も移動できるだろう。脱出は困難でも()()()事に関してはすり抜けてしまう仕様だし、どれだけ人が溢れていても、建造物が邪魔をしても問題なさそうだ。


 しかし、悪魔が拠点とする東部アデュレリア領に潜伏する「転移」もちのギフトは、既にルシフェリアが吸収してしまっている。今も尚、巨大なものを一瞬で動かせる力があるとは思わない。

 そもそもあんな檻に広場ごと囲われてしまえば、「わあ、合成魔法だあ! これを綺麗に見るために魔法を封じたんだあ!」で誤魔化せる訳がないのだ。檻の存在を視認した時点で、全員パニックに陥ること間違いなしだろう。


「多分だけど、檻じゃあない。形が違うんだ」

「どういう事ですか?」

「なんて言ったら良いのか……あるモノを起点にして、そこから魔法封じのドームができあがるって感じかな。そのドームは透明で、檻と違って視認しづらい囲いだよ。だから閉じ込められた者は、そうと気付けない」

「なんだ、そりゃあ? 一体なんのためにそんな事……」

「分からないけれど――君には、その起点となる魔具の媒体を探して欲しいんだよ。それを壊せば、魔法封じも消えるからね」


 なんでもない事のように言ってのけるルシフェリアに、陽香は胡乱な眼差しを向けた。


「簡単に言ってくれるけどよぉ……それでその媒体っての、どんな形なんだ? 前の檻は物理も魔法も効かないって話だったけど、今回のはあたしでも壊せるモンなのか?」

「さあ?」

「――さあ!?」

「言ったでしょう、今の僕は不完全だって。別に試してるとか、意地悪を言ってるとかそういう訳じゃあなくて……ただ本当に、朧気にしか見えていないんだよ。君は「千里眼(クレヤボヤンス)」と「軽業師」があるから、なんかそういうの――得意そうだなって?」


 ルシフェリアのフワッとした発言に、陽香は怒鳴り声一つ上げずに絶句した。

 曲がりなりにも行く末が見えると豪語するルシフェリアが傍に居て、「助けに来た」「死なせないように最善を尽くす」と断言したからこそ、綾那も陽香も「自分達だけでもなんとかできるはずだ」と、前向きに取り組んでいるのだ。

 それなのに、頼みの綱ルシフェリアが――いや、最早綱ではなく、蜘蛛の糸くらい心許ないが――こんなにフワフワでは、話が変わってくる。


 あまりの衝撃に放心状態だった陽香。彼女はハッと我に返ると、「オイ、ふざけるなよ」と口を開きかける。しかし、途中で辺りが薄暗くなった。そこかしこからどよめきが沸いて、戸惑いが渦のように伝播(でんぱ)する。

 決して街全体が停電した訳ではない。暗くなったのは、ルシフェリアの予知した通り噴水広場の周辺。ただそこだけでなく、光の減り方からして複数か所の地点で、停電を起こしているようだ。


 まだ作戦会議中で、心の準備も何もできていない――驚きで声すら出せなかったし、完全にヴェゼルに後れを取った。そうして綾那と陽香がヒュッと息を呑むのと同時に、音も無く打ち上がったいくつもの光弾が弾けて、夜空に大輪の花を咲かせた。

 それはまんま「表」の花火で、美しくも儚くかき消える火の玉に、状況も忘れて感嘆の息を漏らす。

 

 火薬の炸裂する音、匂いは一切ない。ただ無音の闇に浮かび上がっては、幻のように散り消える花。多くの人々が集まる噴水広場から、停電に対するどよめきとは明らかに違う、ワァという歓声が響いた。

 元々は、これを魔具(カメラ)で撮影する予定だったのに――それどころではなくなってしまった事だけが、スタチューバーとして悔やまれる。


 停電直後は街の至る所でどよめきく声が聞こえたし、花火の打ち上げ直後は歓声も凄かった。しかし今は、どこもかしこもしんと静まり返っている。陽香の目論見通り花火の美しさに目を奪われて、無事ワビサビを食らってくれたのだろうか。

 とにもかくにも、灯りや水、楽器だけでなく、あらゆる魔法を封じられているぞ――とは、まだ気付かないでいて欲しいものだ。気付けば最後、大パニックになるのは想像に難くない。


 静真と子供達は伝言通り、停電が起きた場所の真上へ花火を打ち上げてくれているようだが――その光の数からして、少なくとも街の三か所で停電を起こしているようだ。もう少し高台へ行かなければ、正確な場所までは分からない。


「おいシア、どうすんだよコレ!? なんか、いきなり始まっちまったぞ!?」

「うん。じゃあ、急いで探してきて?」

「いや、だから――!」

「君が探してどうにかしてくれないと、いつまで経っても魔法封じの囲いが消えない。そうなれば街は停電しっ放しで、あまり打ち上げが長引くと、皆が異変に気付いちゃう。いくら悪魔憑きとは言え、延々と魔法を打ち上げ続けるのは難しい――そもそも、静真(光魔法の子)は普通の人間でしょう? このまま続けてると倒れちゃうんじゃない、可哀相だよ」


 有無を言わさぬルシフェリアの物言いに、陽香は「ざっけんなよ、マジで……!」と絞り出すように呻いた。探すべきものの姿形が分からず、仮に見つけたところで、破壊できるかどうかも分からない。そんな状態で行ってこいなど、無茶振りにも程がある。


「百歩譲って、暗視ゴーグルくれよ! 「千里眼」は遠くまでよく見えるってだけで、暗がりじゃあ役に立たねえのに!」

「お(あつら)え向きに、探すべきモノがある場所の真上に『花火』が上がっているじゃない。灯りは十分、君ってば運がイイね。それとも持ち前の勘の鋭さで、この状況を予見していた?」

「シア、お前……天使ってよりも、悪魔の方がよっぽど――」


 陽香が言い終わる前に、ルシフェリアの纏う雰囲気がぴりりと殺気立ったものに変わった。


「――――ねえ、今、なんて言った?」


 その声は、先ほど陽香が「箱庭を壊す事も厭わない」と宣言した時よりも輪をかけて低く、恐ろしいものだった。『悪魔』呼ばわりは、ルシフェリア最大の地雷である。

 今この状況でルシフェリアがヘソを曲げて、途端に背を向けてしまえば――この街は、綾那の命はどうなってしまうのか。考えただけで背筋が凍る。


 綾那はハッと息を呑むと、ルシフェリアを両腕で高く掲げた。そして幼子をあやすようにその場でくるくると回りながら、大慌てで口を開く。


「なっ、何も言ってませんよぉ! 陽香はただ、シアさんが悪魔的可愛さの大天使と言いたかっただけですからぁ!!」

「……大天使?」

「さっ、さあ陽香! とにかく探そう!? 今すぐ探そう! 頑張ろう、やればできる!! だって陽香は、とっても偉い子!! さあ、行ってみよう!!」

「ハア!? いきなりなんだよ、アーニャまで無茶ぶりして――ああもう、知らんぞ! 知らんからな!? それっぽいの見付けたらとりあえずシアに見せに行くから、集合場所決めろや! 集合場所!!」


 各人の意識を『悪魔』から逸らしたまでは良いが、いきなり集合場所と言われても困る。何せこの先、何が起こってどう立ち回るのか――ヴェゼルを街から引きはがすと言っていたものの、肝心の彼がどこに居るのかも分からないのだ。

 とにかく一つだけ分かっているのは、これから街中を走り回らなければいけないという事だけ。連絡手段のない世界で、恐らく陽香と悠長に待ち合わせをしている暇はない。


 必死に考えた結果ようやく浮かんだのは、くしくも先ほどルシフェリアが気にしていた方角にある、街の正門だった。


(――()()! 最終的に颯月さん達へ助けを求めるんだから、街の外まで行かなきゃ!)


 先ほどすれ違った騎士の会話からして、颯月達は今、街の外で魔物の対処に当たっているはずだ。もし街の停電に気付いて、彼が移動していたら無駄足になるが――誰かしらは外に居るだろう。

 悪魔は討伐できないが、しかし魔法で痛めつけるぐらいなら許される。無力な綾那と陽香だけでは対処できないので、ヴェゼルを颯月達の前へ引きずり出すしかない。


「とにかく、正門まで来て! 外で颯月さん達と合流しよう!」


 綾那の叫びに、陽香は苛立った様子のまま一つ頷くと、まるで忍者のように近場の建物の屋根へ飛び乗った。

 瞬く間に姿を消した陽香を見送り、綾那はようやく回転をやめた。ルシフェリアを抱える腕を胸の高さまで下ろせば、『大天使』がよほどお気に召したのか、すっかり上機嫌になった幼女が満面の笑みを浮かべている。

 チョロいのか、それとも(ぎょ)しがたいのか、全く判断がつかない。


 抱いたのが安堵なのか呆れなのか分からぬまま、綾那はドッと疲れたような気がして、脱力したのであった。

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