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王族ウォッチング

「凄い人だね……これ皆、王族を見に来てるんだ」


 王族が祭りの間に過ごす櫓が建つのは、颯月達が今朝「不測の事態があれば集まる」と話していた、噴水広場だった。広場いっぱいに集まる領民の目的は、もちろん合成魔法見物のための場所取りと、生の王族を見る事だろう。

 人々は櫓を見上げ感嘆の息を漏らして、手を振り、嬉しそうに笑っている。感極まって泣き出す者や、「正妃様、万歳!」と美の象徴を称える者も多い。


 ルシフェリアの言う通り、櫓の下には王族を守る近衛騎士が並んでいるため、誰も近付く事ができないだろう。更によく目を凝らせば、櫓の周辺にはぐるりと半透明な膜のようなものが張っている。魔法のバリアーか何かなのだろうか。

 これほど厳重に守られていれば、物理的にも魔法的にも王族を害せる者は居ないはずだ。まあ、法律を管理する立場であるとは言え、他に特別な権力をもたない彼らを、わざわざ手にかけようとする人間が居るのかどうかは謎だが――。


(正妃様も維月先輩も居るんだろうけど……私の目じゃあ、全っ然分からないな)


 綾那は櫓の上を見たものの、結構な距離があるため豆粒大の何かが居る、という事しか分からない。双眼鏡が欲しい――なんて思いつつ下を見やれば、腕の中のルシフェリアが慈愛に満ちた瞳で櫓を見ている事に気付く。

 本当に王族が愛しいのだなと感心して、綾那は茶化す事なくただ黙って豆粒大の王族を眺めた。


 そもそも、櫓の下に近衛が居る、居ない以前の問題だ。噴水広場は人でごった返していて、後から来た綾那達が櫓に近付こうと思っても不可能である。

 あの即席の櫓は、合成魔法を一番よく見えるようにという意図で作られたものらしい。つまりこの場所を起点として、見えやすい角度で打ち上がるのだろう。それはイコールこの噴水広場が、祭りのフィナーレを迎えるのに一番最適な場所であるという事だ。


 よく見れば、櫓近くを陣取る領民達はレジャーシートのようなものを敷いて寛いでいる。もしかすると「表」の花見客のように、朝早く――もしくは昨夜から、場所取りをしていたのではないだろうか。

 近すぎてかえって首が痛くなりそうという難点はあるものの、しかしあの場所に居れば、王族も合成魔法も見上げ放題である。正直、ただでさえ人で溢れる広場に荷物を広げて、限りあるスペースを無駄に圧迫している点は如何なものかと思うが。


「あ~アレ絶対、颯様の義弟だな。垂れ目と肌色以外ほぼ同じ! 腹違いって言う割に、そっくりじゃねえか。あのポニテだろ?」

「うん? あ、そうだと思う。前に会った時もポニーテールだったから」

「となると、その横のえらい華奢な――釣り目の姉さんが噂の正妃様か? あたしよりよっぽど迫力あんじゃん、颯様マジ失礼だわ! んで、その奥に居るのが王様かな……顔よく見えねえけど、すげえ背ェ高くてガタイ良い。魔法の国なのに物理が強そう」

()()()()()()? そうなんだ……?」


 豆粒大にしか見えない綾那とは違って、「千里眼」をもつ陽香には櫓に居る人物の表情まで見えているらしい。しかし、その陽香でも国王の顔が「よく見えない」とは、どういう事なのか。角度的な問題か、はたまた人が重なっていて見えないのだろうか。


 綾那は国王と一度も会った事がないため、ガタイが良いだの物理が強そうだのと言われても、いまいちピンと来ない。ただ、もしかすると父親の国王が高身長であるから、その息子の颯月と維月も背が高いのかも知れない。

「じゃあ次は、ユッキーに似た人を探すぜ!」と言って、大層王族ウォッチングを楽しんでいる様子の陽香。綾那は、これ以上見たところで豆粒が大きくなる訳ではないからと、周囲に視線を巡らせた。


 今のところ、どこもかしこも祭りの熱で盛り上がり、悪魔ヴェゼルが行動を起こしている様子はない。あれだけ頻繁に聞こえていた猫の鳴き声も聞こえないし――まあ、これだけ喧騒の中に居たら、例え鳴いていたとしても綾那の耳には届かないだろう。


 とは言え、気は抜けない。今一度、気を引き締め直さねば。そうして小さく息を吐いた綾那の下で、ルシフェリアがぽつりと呟いた。


()()()は、櫓に上がれないんだね」

「……シアさん?」

「金混じりの髪も、半分だけの『異形』も――ただ、そういう見た目の眷属に呪われただけだと思っていたよ。まさか、呪いが不完全だったからだなんて……僕はすごい天使だけど、ここ数十年は箱庭の様子を眺めている暇がなかったからね。やっぱり、知らない事の方が多いみたいだ」

「颯月さんのお話ですか……?」


 綾那が首を傾げれば、小さな頭が頷いた。ルシフェリアが言うには、確かに過去にも一生悪魔憑きの人間が居た事実はある。しかし、その誰もが颯月のように人と呪いを分け合った訳ではないらしい。

 だから、必ずしも金髪混じりの髪やオッドアイが()()ではなくて、イコール一生悪魔憑きだ――という姿は存在しない。


 どこからどう見てもごく一般的な悪魔憑きでも、実は()()悪魔憑きだという事は十分にありえる。そもそも眷属というのは教会の子供しかり、幼い弟の身代わりになった右京しかり、無力な子供しか居ない瞬間を好んで襲いがちだ。

 十分な戦闘能力を有した大人の前に躍り出れば、誰かを呪う前に自身が打ち払われてしまうと理解しているからだろう。つまり、呪っている途中で眷属が打ち払われ、不完全な状態で呪いが定着して人生詰むというのは、早々起きる事ではない――重大なシステムエラー、バグのようなものだ。


(あれ……よくよく考えてみれば、颯月さんが呪われた経緯っておかしくない? 輝夜様と王様の仲に嫉妬して、他の側妃が特別な薔薇――眷属をけしかけた結果だって言うけれど……どうしてただの人間が、眷属を使役できたの? 人を襲っては身を隠すような、神出鬼没の生き物を人が扱えるはずないのに――)


 今更ながら綾那が疑問に思っていると、その胸中を読んだのか、ルシフェリアが「そうだね」と相槌を打った。


「どうやら、僕の()()を破るのはこれが初めてじゃないみたいだ」

「約束……それは、悪魔に課した「王都には手出ししない」という?」

「――だって、そうでなきゃおかしいよ。人間が眷属を用意して、あまつさえソレを人にプレゼントするなんて。自分で手を下さずに、わざわざ人間を使った遊びを考えるのは……きっと、ヴィレオールの仕業だろう」

「だろうって、シアさん……その時の様子は、ご存じないのですか? 未来を見通す力があるのに――もしかして、その頃にはもうかなり力が弱っていたとか……?」


 その問いかけに、ルシフェリアはゆるゆると首を横に振った。そして力なく笑いながら、綾那を見上げる。


「僕がハッキリ見通せるのは、僕とは関係がない――君達みたいな『余所者』の事だけ。この世界の住人の行く末については、分からないようにしてあるんだ。あえて、そういう風に創ったから」

「どうしてわざわざ、そんな制限を?」

「でないと、誰かが死にそうになるのが分かるたびに、いちいちどうにかしたくなっちゃうでしょう? この世界の皆、僕の子供なんだから。だけど分からなくしちゃったせいで、不幸な子が居ても気付いてあげられないし、助けてもあげられない。僕には、悪魔のバカ兄弟が何を不満に思って悪さしているのかすら、分からないんだ」

「分からないって……でも、それじゃあ今日、ここでヴェゼルさんが暴れると仰ったのは?」

「ああ、それは君がし――」

「……()?」


 不自然に言葉を切られて、綾那は首を傾げる。ルシフェリアは大きな瞳をスゥ、と流れるように綾那から逸らすと、再び口を開いた。


「……ちょっと怪我をする未来が見えたから、余所者とは言え、さすがにカワイソウだと思って、飛んで帰ってきてあげたのさ。何せ僕は慈愛の天使。僕の子供でなくても構わず助けちゃう、それこそが天使たる所以(ゆえん)――やっぱり僕って凄いなあ」

()――?」


 まるで己の失言を誤魔化すように、早口に捲し立てるルシフェリア。しかし綾那はひとつも誤魔化される事なく、『し』から連想するものに顔色を曇らせた。

 王族ウォッチングを心ゆくまで堪能して気が済んだのか、いつの間にか綾那達の会話を聞いていたらしい陽香が、おもむろに「なあ」と声を掛ける。


「シア、さっきアーニャが死ぬって言いかけなかったか?」

「………………え、何が?」

「――なんだその間!? マッ、マジで死ぬのか!?!?」

「死ぬなんて、一言も言ってないじゃない。別に、下手すれば()()なるかもな~ってだけの話で――」

「ちょちょ、ちょっと待ってください! どういう事ですか、それ!?」

「そうだぞシア! いい加減、今日の事を説明しろ!!」


 激しく取り乱す綾那と陽香に、ルシフェリアは億劫そうにため息を吐いて「あ~あ、もう……喋り過ぎて、つい口を滑らせちゃった。面倒くさ」と、人命が関わっているという割に、一切天使らしからぬ台詞を呟いたのであった。

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