甘酸っぱい
実行委員の天幕付近に辿り着いた綾那達は、ルシフェリアの助言通りやや離れた位置で魔具を回した。
いくら公式に祭りの参加を認められたとしても、やはりそう簡単に悪魔憑きを見る目は変わらない。そもそも幼い頃から正妃に連れ回されていた颯月とは違って、教会の子供達は人目に晒されるのに慣れていないのだ。
彼らは黒いローブを頭から被って金髪と『異形』を隠し、天幕の周りを所在なさげにぐるぐると歩き回っている。恐らく静真は、まだあの中で話し合いをしているのだろう。
「やっぱ、差別は根深いっつーか……そう簡単な話じゃねえんだなあ。どいつもこいつも口を揃えて『異形』って言うけど、あんなにかっけー姿なのに――あの良さが分からんとは、奈落の底の人間は皆人生損してるよな」
周りには多くの人間が居るのに、誰も彼も子供達に近付こうとはしない。避けるなら避けるでいっそ完全に無視すればいいものを、下手にちらちらと視線を送って遠巻きに見るから、余計に居心地が悪いというものだ。
あれではまるで、鎖で繋がれた猛獣にギャラリーが集まっているのと同じである。
「あの子達を元の姿に戻すためにも、是非とも眷属の討伐に力を貸して欲しいなあ」
「へいへい、考えておくよ。でもその話は、ウチのメンバーが全員揃ってからな」
「期待しているよ――あ、ねえ、アレ。撮らなくていいの?」
「ん?」
ルシフェリアがアレと言って指したのは、天幕に向かって駆けてゆく小さな少女の姿だった。少女は、黒いローブを頭から被った朔の元へ真っ直ぐに向かうと、何事かを話しかけている。
ローブから覗いた朔の口はへの字に曲がっていて、綾那はつい、何か心ない言葉を掛けられているのだろうか――と心配になった。
しかし、少女は自身のスカートのポケットから何かを取り出すと、朔の手にギュッと押し付けてすぐさま踵を返す。天幕から走って戻ってくる少女の頬は、僅かに紅潮しているように見えた。
不思議そうに首を傾げながら、少女に押し付けられたモノを空の光源に透かすように掲げる朔。彼の手には、いくつものガラス玉を紐に通して作られたブレスレットのようなものが握られている。
(もしかして、今の子が例の――二日に一回は教会に来て、朔に意地悪な事を言う女の子?)
離れているため会話の内容こそ聞こえなかったが、間違いなく朔に恋心を抱いているように見えた少女の様子に、危うく「あらまあ」なんて言葉が飛び出そうになる。綾那は口元を手で押さえると、マスクの下で目を細めた。
陽香も見ていて同じような気持ちを抱いたのか、魔具を構えたまま「おーおーマジかよ、甘ずっぺえなあ」と呟いた。
「ふふ、小さい子供は可愛いねよえ」
「ぶっちゃけあいつらより、今のシアの方が見た目小さい子供なんだけど――まあ、同意するわ」
朔は、少女に押し付けられたブレスレットをどうして良いか分からずに困惑しているようだ。しかし横から楓馬が手を伸ばして、彼の細い手首にブレスレットを嵌めてやっているのが見えた。そんな二人の様子を、幸輝が興味深そうに眺めている。
幼い朔と幸輝は、あの少女について「意地悪」「性格が悪い」としか認識していないようだが――年長の楓馬は、朔に対する少女の好意に気付いているのかも知れない。なんとも微笑ましいやりとりである。
やがて天幕から静真が出てくると、子供達は揃って朔の手首に嵌ったブレスレットを見せびらかした。「街の人間にもらった」とでも話しているのだろうか――静真は目を細めると、ローブの上から子供達の頭を撫でた。
彼らはしばらくその場で会話していたが、これから祭りの出店を巡るのだろう。おもむろに店が立ち並ぶ方を指差すと、静真ははしゃぐ子供達と一緒に、人ごみの中へ消えて行った。
ローブで姿を隠しているとはいえ悪魔憑きが近付いて来て、周囲の人間は一瞬、身を引きかけたように見えた。しかし、つい先ほど幼い少女がたった一人で対話しているところを見たばかりなのだ。いい歳した者が、そんな大人げのない事はできない。
普段颯月が街歩きをする時のように、人の波が割れて道ができてしまう事はなかった。
「静真さんって、本当に子供達のお父さんみたいだよね――お母さんみたいでもあるけど」
「確かになあ……あの人のアレは、マジで無償の愛って感じがする。ズーマさんはスゲーと思うよ」
おもむろに魔具を閉じた陽香は、「じゃ、あと残す撮影シーンは合成魔法と、花火のみだな!」と言って笑う。
ルシフェリアの望むまま、結構な時間食べ歩きしていた事もあり、時計を見れば時刻は既に十六時だ。合成魔法の打ち上げ――祭りのフィナーレは十九時頃を予定しているので、まだ三時間ほどある。
辺りが暗くなってこそ美しさが際立つ合成魔法だ、あまり明るい時間に打ち上げても感動は少ないだろう。
とはいえ、ある程度の撮影を終えて食事も終えてしまった綾那達は、時間を持て余し気味だ。
「時間までどうしようか。たくさん食べたから、まだしばらくはお腹空かないし――他の撮影をしようにも魔石は空に近いから無理だし、颯月さん達も桃ちゃんも皆忙しいし……皆のお手伝いがしたくても、私達は魔法が使えないからねえ」
「颯様が多めに小遣い持たせてくれたお陰で、まだまだ店は回り放題だけど……だからと言って、人の金を無駄遣いする訳にはいかんしな」
考え込む綾那と陽香に、ルシフェリアがパッと表情を明るくした。
「暇潰しが必要かい? じゃあ僕、王族が見たいな」
「えっ」
「お祭りで皆、街へ下りて来るはずでしょう? ねえ、見に行こうよ」
「ああ、昨日ズーマさんが言ってたわ。合成魔法がよく見える、一番の特等席――即席の櫓みたいなところに、王族が皆集まるんだって? 一日中その上で過ごして、領民に手を振り続けないといけないから、王族も大変だ~って言ってたよ。ぶっちゃけ、あんだけ颯様から「似てる似てる」って言われると、噂の正妃様とやらの顔を拝んでみたい気はするな!」
頷く陽香に、綾那は思わず「でも」と口ごもる。
(いくらマスクをしているとはいえ、自ら危険に飛び込むってどうなの? いや、正直まだ王様が危険かどうかは、決まってない感あるけど)
そんな綾那の心中を読んだのか、ルシフェリアは朗らかな笑みを浮かべて「平気だよぉ」と言った。
「櫓の下は近衛が固めてる。だから僕らは近寄れないし、遠くから眺めるだけ。そっちの君だって、そもそも「千里眼」があれば遠くから見るだけでも十分でしょう?」
「おー、平気平気! ついでに颯様の父ちゃんと、義弟と――あ、あとユッキーの父ちゃん母ちゃんも居るはずだよな? 全員見られるじゃん、面白そう! 行こうぜアーニャ!」
「う、うん、分かった」
善は急げと人の波をかき分けて進む陽香に、綾那もまた彼女とはぐれないよう、慌ててその後に続いた。