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軽業師

 食べ応えのあるフランクフルトに、冷たいかき氷に、ふわふわの綿あめ。丸ごとではなく、食べやすいサイズにカットされたりんご飴。討伐されて間もない、絶品魔物肉の焼き串。数歩進めば食欲をそそる出店に行き当たり、お祭りフードが発する特有の()に魅了されて、思うように先へ進めない。


「ふっつーに、祭りを謳歌しちまってるんだが――?」


 握り込んだ両手の指の間に、一本ずつ――合計八本のリンゴ飴を持った陽香が、なんとも言えない表情で大きなため息を吐いた。彼女の側頭部には、アルミラージを模した黒兎のお面まで付けられている。全力で祭りを楽しんでいる様子がありありと見てとれる。


「それはお祭りだもの、楽しまなきゃウッソさ~」


 どこまでも上機嫌で歌うように言葉を紡ぐルシフェリアもまた、その小さな頭にサーバルキャットという猫型の魔物を模したらしい猫耳カチューシャを付けている。

 ルシフェリアは「あれが食べたい。次はこれが食べたい」と、目に入った出店全て制覇するつもりかと思うほどの勢いで、お祭りフードを食した。幼女の姿をしている割に胃袋は底なしのようで、基本的に欠片も残さず綺麗に平らげている。


 しかし、その見た目にそぐわず甘いものだけは苦手なのだろうか。ソフトクリームや綿あめなどのデザート類は一口食べただけで、「もういい」と――まるで、本物の幼児のように――味見程度で済ませては、残りを保護者の綾那へ押し付けた。

 甘いものが苦手なら初めから「食べたい」と言わなければ良いものを、ひとまず食べてみない事には苦手かどうかが分からないと言い張るのだから、堪ったものではない。


 綾那は「誠に遺憾である――私は、あなたの残飯処理係ではありませんよ」とぼやきつつも、押し付けられる甘味をことごとくぺろりと平らげた。甘いものは別腹である。


 ちなみに、綾那は最初から素顔を隠すためにマスクを着けていたので、お面もカチューシャも購入しなかった。しかし、まるで仮面舞踏会のようなベネチアンマスクを着けているのだから、(はた)から見れば十分に浮かれて見えるだろう。


「この調子で出店巡りしていたら、実行委員会の天幕まで辿り着けませんよ。そろそろ食事は止めにして、移動しませんか?」


 静真と子供達は、朝から祭りの実行委員が集まる天幕へ呼ばれている。今晩打ち上げる合成魔法について、話し合う必要があるからだ。

 祭りのフィナーレを飾る、伝統的な合成魔法――その図柄は、代々伝えられている紋章や、年々複雑さを増して進化する模様など、様々らしい。


 陽香が昨夜教会に泊まり話し合った「表」の花火は、実行委員と共同では打ち上げない。本当に祭りの最後の最後――例年通りの合成魔法が打ち上げ終わって、「これにて今年の祭りは終幕です」となった時に、教会メンバーだけで個人的に打ち上げるそうだ。

 そんな打ち上げ方をすれば、実行委員も観客も度肝を抜かれるだろう。そもそも、打ち合わせにない事を無断で行うなんて――と、非難されるかも知れない。


 どうも陽香は、昨夜颯月らと共に祭りの実行委員を訪ねた際の()()で、子供達がただ合成魔法に参加した程度では、悪魔憑きの待遇は変わらないと感じたらしい。それだけで、実行委員の態度がどれだけ非協力的だったかよく分かるというものだ。


(悪魔憑きの颯月さんの前で、よくもまあそんな態度がとれたな――って感じだけれど)


 どうせ初めから好意的に見られていないのならば、周囲に遠慮して縮こまる事はない。ただ行動を起こした者だけが、自身の置かれた環境を変えて行けるのだ。

 事実、行動を起こした子供達はあっという間に――颯月の財力チートがあったからこそだが――魔力制御を身に着けて、今まで留守番して過ごしていた祭りに参加できるようになるまで成長した。


 そもそも、悪魔憑きは――少なくとも教会の子供達は、誰にも迷惑をかけていない。だから彼らが遠巻きにされていい理由も、教会に閉じ込められていい理由だって、どこにもない。


「奈落の底」にはない花火を見て、日本のわびさびを味わえ――とは、陽香の言である。

 複雑な模様や紋章と比べれば、花を模しただけの火の玉は安直に映るかも知れない。しかし、伝統を一切無視した真新しい図柄に、何より風流な花火に惹かれる者は、絶対に一定数出てくる。動画にのめり込む領民性から言って、アイドクレース民は新し物好きのミーハー気質に違いない。


『花火』は斬新で良いものだという声が大きくなれば、次回の祭りで真似する者だって現れるだろう。そう、今まで遠巻きにして視界に入れないようにしていた()()()()が打ち上げたモノを、皆がこぞって真似するのだ。これほど愉快な事はないではないか。


「僕、まだまだ食べられるんだけどなあ……まあ、良いよ。その天幕とやらへ行こうか」

「あれ、シアさん――このまま下にいらっしゃるんですか?」

「上からの景色は、もう十分堪能したからね。君は「怪力(ストレングス)」があるし、僕程度の荷物を抱えているくらい、なんて事はないでしょう?」

「それは、まあ……でも子供達がシアさんを見たら、また弁明するのに骨が折れると言いますか――」


 綾那そっくりのルシフェリアを見るなり、問答無用で音速パンチを繰り出してきた陽香しかり、子供達も確実に面倒な方向へ勘違いするに決まっている。

 姉妹と勘違いするには見た目の年齢が離れすぎているため、仕方ないのだろうが――独身の綾那を捕まえて子持ち、子持ちと言われると、複雑な気持ちにさせられるのだ。


「いいや、彼らは忙しいから僕達に気付かないよ。子供達のありのままの様子を撮影するのが、君らの仕事なんでしょう? じゃあ、遠くから見守れば済む話だよね」

「それもシアの予知なのか?」

「予知というよりも、これは予想かな? ねえ、とにかく行ってみようよ」

「うーん……分かりました」


 綾那が渋々頷けば、いつの間にかリンゴ飴を食べきったらしい陽香は、側頭部にずらしていたアルミラージの面を被り直した。

 ただでさえ、赤髪に青髪という人目を惹く風貌の組み合わせの上、陽香はアイドクレースの『美の象徴』を地で行く容姿をしている。しかも隣を歩く綾那のせいで、悲しいかな彼女の細さは殊更際立つ。

 だから普通に道を歩いていると、祭りで浮かれた紳士達に呼び止められて一歩も進めなくなるのだ。そのせいもあって、顔を隠す面を購入したのである。


 次から次へ紳士にディフェンスされるのは、正直言ってかなり煩わしかったが――しかし、これでよく理解できた。陽香は間違いなく、騎士団のアイドルとなる逸材だと。


「やっぱりアイドクレースは、痩せこそ至高だね。早く陽香の求心力を動画で試したいなあ」

「あたしだって、マシュマロボディになれるもんならマシュマりたいんだよ」

「マシュマりたい……」

「でも、いくら食べてもなれないんだから、どうにも出来んだろ」


 陽香の嘆きに、綾那の腕の中でルシフェリアがこてんと首を傾げた。


「そんなの、「軽業師(アクロバット)」の発動を止めれば済む話じゃないか」

「……へ?」


 陽香のもつ三つ目のギフト、「軽業師(アクロバット)」。このギフトを発動している間は、まるで猫のように身軽で素早い身のこなしを得られる――というものだ。

 例え高所から飛び降りてもケガなく着地して、逆に高所へ軽々と飛び移る事も可能。運動神経、身体能力全般が著しく向上するので、足も速くなる。このギフトを生まれもった者は、問答無用で陸上競技の参加資格を永久剥奪されるくらいだ。本気で走る陽香を捕まえるのは、至難の業である。


 ちなみに、先日の氷渡り特訓中に颯月が氷を割った際、陽香だけが浜まで無事駆け抜けられたのも、このギフトの力によるものだ。更に「軽業師」という名の通り、バランス感覚も爆発的に上がる。綱渡りや刃渡りだってお手の物で、「軽業師」もちにはサーカスで働く者が多い。

 陽香が十五センチの厚底ブーツを履いていようとお構いなしに素早く動き回れるのも、バランス感覚が向上しているからだろう。


「前々から思っていたけれど、どうして君、()()()「軽業師」を発動しているの? 疲れない? そんな状態で生活していたら、極端に痩せて当然だよね」


 ルシフェリアの言葉に、陽香は大きな猫目をこれでもかと見開いた。


「ず、ずっと発動なんてしてないぞ!? あたしはちゃんと、使うべき時だけ使うように意識してだな――!」

「ん? ……いや、してるよ? 今がその、使うべき時なの?」

「は!? 今はしてないだろ!」

「あれ、もしかして、本気で自覚がないのかい?」

「自覚ってなんだよ、マジで発動してねえって! だいたい、もしずっと発動してたとしたら、師匠が何も言わないはずがねえだろ! あの人ギフトに超詳しいんだからな!」

「僕は君達の師匠を知らないから、なんとも言えないけれど……うーん」


 ルシフェリアの指摘に一切の心当たりがないらしい陽香は、激しく動揺している。綾那としても、彼女が師から「ギフトをずっと発動してはいけない」と叱られているところを見た事がない。

 そもそも「軽業師」は、綾那の「解毒(デトックス)」やアリスの「偶像(アイドル)」と違って、常時発動型のギフトではないのだ。そんなギフトを常時発動し続けるなど、まず並みの体力ではもたないはず。


 例えば、綾那が常時「怪力」を発動させていろと言われたとして、それが例え一番弱いレベル1だとしても、よくて半日が限界なのではないだろうか。

 しかし半日「怪力」を使い続けるなど――そんな生活を続ければ、いくら太りやすい綾那と言えども瞬く間に痩せ細ってしまうに違いない。


「ああ――じゃあ、分かった。一度、君の「軽業師」を僕が預かってみよう」

「へ? 預かるって――――ナ゛ア……ッ!?」

「よ、陽香!?」


 ルシフェリアが小さな手の平を翳した――次の瞬間。陽香は腰を折って前屈みになると、両手を両膝にガッとついた体勢で固まってしまった。

 その様子はまるで、上からかかる()()の力に押し潰されまいと耐えているようだ。綾那は慌てて陽香の顔を覗き込んだ。


 苦しんでいるような素振りはないものの、しかし彼女自身、何が起きたのか全く理解していないらしい。信じられないと言った表情のまま目を瞬かせている。


「し、シアさん、陽香に何をしたんですか!?」

「何って、「軽業師」を預かっただけだよ。今の彼女の状態が、本当に一切ギフトを発動していない状態だ」

「マ――? え、めっちゃ……何? 重力がスゲー感じ、するけど――」

「どうも君、いつも無意識に「軽業師」を発動し続けているみたいだね。今までギフトの力に頼って生活していたものだから、常に身体能力が人並み以上だったんだ。今はそれが完全に消え失せちゃって、そのせいで体が重いんだよ」

「無意識にギフトを発動し続けるって――ど、どうしてそんな事が? そもそも「軽業師」って常時発動型のギフトじゃないのに……そんな状態で生きていて、平気なんですか?」

「さあ? 僕「表」の――()()()ギフトには、あまり詳しくないから。でもこれまで生きてこられたんだから、平気なんじゃない? まあ、消費されるエネルギーが尋常じゃあないだろうから、消費される以上にたくさん食べなきゃ、その内死ぬかも知れないけど」


 サラッと告げられた言葉に、綾那と陽香は揃って息を呑んだ。


(だから陽香、いくら食べても太らないんだ――!)


 長年の謎が解けた瞬間である。食べたものが全部どこかに消えているのではないか――と言われていたが、本当に綺麗さっぱり消費されていたのだ。ただし、代謝がいいとか体質とかそんな理由ではなく、ギフトが原因だった訳だが。


 ルシフェリアが「返すね」と言って再び手の平を翳すと、陽香はまるで重力から解放されたように、上体を跳ね起こした。彼女は両手の平をぐーぱーと、閉じたり開いたり繰り返したのち、恐る恐るルシフェリアを見やった。


「こ、これ――どうやったら、常時発動せずに済むんだ?」

「だから、僕は人のギフトに詳しくないんだってば。「表」に帰ったら、その師匠って人とよく話し合った方が良いんじゃない? 今までなんの指摘もなかった辺り、対処法を知っているかは望み薄だけれどね」

「さ、最悪死ぬんだろ!? しかも常時発動しなくなったら、あたしだってマシュマれるじゃねえか!!」

「マシュマれる……」

「どうしてもって言うなら、僕が「軽業師」を貰い受けてもいいけれど――そうすれば、ギフトを発動する心配はなくなるよ」

「いや、完全に無くなるのは困る! あたし、コレ使ってたまにパルクール動画撮ってたんだから! 天使ならどうにかしてくれよ!」


 騒ぐ陽香と「そんな事、僕に言われても」と素っ気なく返すルシフェリアに挟まれて、綾那は苦笑しながら子供達の居る天幕を目指したのであった。

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