騎士団に密着?
本日の王都アイドクレースはいつも以上に賑わっている。夏祭りには、王都に住まう者だけでなく近隣の領民も足を運ぶため、本当に多くの人が集まるようだ。歩きやく舗装された広い道が、今日ばかりは周囲の人間と体を擦りながらでないと進めずに、かなり歩きづらい。
綾那と陽香は、早朝から交代で街中の撮影をした。普段とは様相の違う街並みを楽しむついでに、広報として騎士の働きぶりを魔具に収めなければいけないからだ。しかし――。
「――オイ、そっちへ行ったぞ! 悪い、スリだ、道開けてくれ! 絶対に逃がすなよ!!」
「お兄さんさあ……祭りだからって、ちょっと飲みすぎだよ。いくらなんでも、お店のモノ壊すのは――ね?」
「あーこの通行証、印章がないじゃないか。悪いが、偽造されたモノじゃあ中に入れないぞ。ダメだって、ほら、帰った帰った!」
「なあ、お二人さん。せっかくの祭りだよ? 痴話喧嘩なんてやめて、仲直りしようや。向こうの出店の串はもう食ったか? あれ、獲れたての魔物肉だから絶品だぜ? 急げ急げ、あまり悠長にしてるとあっという間にまずくなるぞ! 旨いモン食ったら、些細な事なんてどうでもよくなるからさあ」
「おーい! 誰か、西区に応援頼む! 二番街でハイになったヤツが、馬車暴走させてるらしいぞー!!」
次から次へと、休む暇なく各地で起こる事件。それらの撮影自体は順調なのだが――まだ昼前だというのに、綾那と陽香は早くもぐったりと疲れ果てていた。『騎士団密着、二十四時』どころか、これでは『騎士団密着、半日足らず』である。
単なる撮影者の二人でコレなのだから、実際に領民の取り締まりで奔走している騎士達の疲労具合といったら、火を見るよりも明らかだ。
「いや、正直舐めてたわ――てか「表」の夏祭りって、こんなだったっけ?」
「極端に娯楽が少ない世界だから……もしかすると、こういうイベント事で日頃のストレスを発散したくなっちゃうのかも知れないね」
「だからって、やり過ぎだろ。まるで集団暴走じゃねえか……いや、最早『魔物の氾濫』と書いて魔物の氾濫ってか?」
人を指して魔物呼ばわりするのは、如何なものか。しかし、陽香がそう言いたくなる気持ちも分からなくはない。
祭り当日の王都アイドクレースは、あまりにも無秩序な無法地帯であった。スリは多いし、泥酔して暴れる者は居るし、喧嘩に事故も多発する。他にも、祭りで人の往来が増えるからと、どさくさに紛れて密入国を試みる者など――分刻みで起こる問題に、騎士は朝からてんてこ舞いだ。
ちなみに、颯月以下役職もちの面々は街中を奔走しない。指揮系統として各拠点にどんと構えて、奔走する騎士へ休みなく指示を与えているのだ。
電話や無線のない「奈落の底」では、このクソ忙しい中いざという時に「上官がどこに居るのか分からない、連絡がとれない!」なんて事になれば、一大事である。ゆえに彼らは、一所に留まって待機するしかないのだろう。
今朝聞いた話では、気を利かせた颯月が幸成の待機場所を『メゾン・ド・クレース』――桃華の実家が経営する店の近くにしたらしい。しかし先ほど様子を見に行ったところ、彼は次から次へと運び込まれる被疑者の相手と騎士の指示で忙しく、よそ見をしている暇など一切なさそうだった。
更に桃華の方も、周囲の町村からやって来た客で店内がメチャクチャになっていた。軒先にも行列ができていたし、頑張る幸成を眺めている余裕はとてもない――と言った様子であった。
(せっかくのお祭りだし、私も桃ちゃんとお話ができれば――なんて思っていたけど。あの状況で邪魔はできないものね)
店内があれだけ人で溢れていて、万引きされる心配はないのだろうか――いや、されるだろう。確実にされる。そう断言できるくらい、今日のアイドクレース領民はハメを外し、浮かれ切っていた。
「撮れ高しかないせいで、昼前なのにもう魔具のメモリいっぱいなんだけど――マジで見通しが甘かったな。メモリ追加しに一旦本部へ戻っても良いけど、あんまり調子に乗ると、そもそも魔具を動かすだけの魔力がなあ」
陽香がズボンのポケットから取り出したのは、黄色が混じった半透明の魔石である。彼女が右京から貸与されているらしいその魔石は、綾那と同じく直径十センチほどの――あまり金額については考えたくない――大きさのものだ。
今朝は魔力がいっぱいで、まるで向日葵のように鮮やかな黄色に発色していた。しかしそれも魔具を回し続けたせいで、随分と透明色に近付いている。魔力切れ寸前といったところだろうか。
「表」出身の綾那と陽香には、大気中のマナを吸う能力も魔力を溜める器官も備わっていない。だからどう足掻いても、魔石に魔力の充填なんてできないのだ。
道行く見知らぬ人間を捕まえて、ちょっと魔力を充填してくれないかと頼んだところで――こんな立派な魔石を見せられたら、悪魔憑きの子供らと同じく「もしも割ったら弁償できない! 絶対に嫌だ!!」と、顔面蒼白になってしまうに違いない。
だからと言って、休みなく働き続ける騎士の面々にはとても頼めない。接客に追われている桃華、合成魔法の打ち合わせで忙しい教会の静真や子供達にも、「充填して」なんて口が裂けても言えない。
もし魔石に溜められた魔力が空になったら、祭りが終わるのをじっと待つしかないだろう。何せこれらを空にしてしまった場合、魔力のない二人では、騎士団宿舎の自室の扉すら開けなくなるのだから。
「メモリ、あと残り一枚か。これは悪魔憑きのキッズのために空けておきたいし、困った……ぶっちゃけ止めるしかねえ訳だけど、本当に魔具止めて後悔しねえかな? 止めた途端にとんでもない撮れ高が発生したら、あたしショックでしばらく寝込むけど」
「うーん、そうだねえ。でもほら、たった半日しか撮影してないけど、もう動画一本どころか二、三本は作れるくらいの素材が手に入ったでしょう? もう今日は、これ以上良いかなって気も――」
綾那が苦笑交じりに首を傾げれば、陽香は見るからに不満げな様子だった。しかし、ややあってから「まあでも確かに、もう腹いっぱい感はある――」と頷いた。
実際に働いている騎士には申し訳ないが、あまりに絶え間なく起きる事件に、綾那も陽香も食傷気味である。
「思えばあたしら、今まで他人を撮るってしてこなかったもんな。演者はあくまでも『四重奏』で、ドキュメンタリー映像を撮るなんて全くの素人だ。慣れない事すりゃあ、疲れるに決まってるよな」
「確かに……カメラを構えてこんなに長い距離を走ったのは、人生で初めてかも」
「正直、撮れ高だらけだったと思うけど――でも、街で人気らしい颯様達がほとんど映ってないから、この素材も『第二弾』には向いてないかもな。今日撮ったの、街に駐在してる騎士がほとんどだったろ? 視聴者が今求めてるのは、第一弾と同じメンツだと思う」
「颯月さん達は、絶対に待機場所を動けないからね。それでも多忙な事には違いないけれど、現場を奔走する騎士と比べたら派手さに欠けるというか――やっぱり、画的に弱いかな」
画力を追求した結果、街中を走り回る騎士と共に走る事に繋がった訳だが――宣伝動画第一弾で生まれたファン層を見るに、彼らが期待しているのは確実に続編だ。騎士の動画ならなんでも良い訳ではなくて、少なくとも今は、第一弾と同じメンバーによる新しい動画を求めているはず。
ここで妥協して全く違う演者の動画を配信した場合、早くも大こけする事態になりかねない。そうなれば関係者各所に申し訳ないし、そもそもそれは、スタチューバーとして絶対にあってはならない事である。
今回撮影した素材はのちのストックとして保管し、第二弾は前回のメンバーを揃えた上で、また別の企画を練り直すしかない。
「ねえ、もう仕事は終わった? 僕そろそろご飯が食べたいよ。あ、一歩も歩きたくないから抱っこしてね」
「シアお前ホント自由だな、さすが天使」
「ふふん、そうさ! 僕はとっても凄い天使!」
ぐったりと疲れ切った二人の後ろで、仁王立ちしている幼女――もといルシフェリアは、陽香から天使と呼ばれて上機嫌に胸を反らした。
ルシフェリアは綾那達が魔具を抱えて撮影に勤しんでいる間、あの殺人的に眩しい光球姿になって空に浮かんでいた。撮影がひと段落して足を止めた二人の姿を見て、また人の姿で『顕現』したようだ。
幼女は上機嫌のまま、綾那に向かって短い両腕を伸ばした。綾那はそっと息を吐いてから、小さな体を抱き上げる。
「本当に昔のアーニャそっくりだよなあ……そんなちっこいのは、まだシアの力が万全じゃあないからなのか?」
「そうだよ。全ての力を取り戻したら、美の天使の名に違わぬ姿を見せてあげられるんだけど……残念ながら、まだ五分の一も取り戻せていないから、しばらくは無理だね」
「五分の一以下で、あの光り方だろ? 最終的に何、お前太陽にでもなるつもり? ソレ、あたしら全員焼け死ぬのでは?」
陽香も数時間前にルシフェリアの脅威を体験したばかりで、その時彼女は両目を手で覆い隠しながら、「オイ、ふざけんな! 「千里眼」もちの目ェ潰すのは、万死に値するぞ!!!」と大層ぶちキレていた。喋る光球が「もう、仕方がないなあ」と言って上空高くへ飛んで行った後にも、しばらくの間「もし視力が下がってたら――」と瞳のダメージを気にしていたくらいだ。
「あの、シアさん。ヴェゼルさんの事ですけれど――」
「うーん、まだその時じゃあないね。そんな事よりもご飯だよ、ご飯」
やはりまだ詳細を話す気はないらしく、ルシフェリアの対応はにべもない。陽香は猫目を眇めると、大きなため息を吐いた。
陽香にだけはヴェゼルの襲撃や予言について話したため、彼女もまた今朝から周囲を警戒して、イマイチ撮影に没頭できていないようだった。
「お前、ネタバレ絶対殺すマンかよ――なあシア、時と場合を考えろって。もし街中でゼルが暴れたら、ケガ人……下手したら死人だって出るんじゃねえの? そうなる前に防ごうって気はないのか?」
「だって、お腹が空いたよ」
「だって――じゃ、なくねえか? 手助けを求めてくる割に、お前ってヤツは……ああもう良い。腹が減っては戦はできんからな! とにかく行くか。そんでその後、悪魔憑きのキッズ達の様子でも見に行こう」
「うん、そうだね」
雨一つ降らない快晴だが、やはりこうも不安事があっては、景色もどこか曇って見える。綾那は、一体いつまで気を張っていないといけないのか――と思いつつも、どこに居るのかも分からないヴェゼルを警戒し続けた。