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顕現の記念に

「南のセレスティン領はねえ、なんて言うか――確かに、流行り病が蔓延していたなあ。あそこは本当に、毎年病を流行らせちゃうね。温暖って言うか、熱帯な気候だとそういうの出やすいから仕方ないんだろうけど」

「それで今、どういう状況なんですか? つい最近聞いた話では、南部の薬師が揃いも揃って他領へ出払っているせいで、薬さえあれば治るものなのに、肝心の薬が足りないと――」


 眉尻を下げた綾那に、ルシフェリアは口の端を引き上げて黙り込んだ。しかし、ますます不安に煽られて今にも泣き出しそうな顔をする綾那を見ると、困ったように笑った。


「ここはセレスティンと距離があるから、最新の情報が届くまでどうしても時間がかかるんだよね。海を渡らないといけないし、()()が知らされるまで、あと二、三週間はかかるんじゃないかな」

「吉報?」


 綾那が首を傾げれば、ルシフェリアもまた同じように小首を傾げて笑った。


「うん。詳しい話はいずれ、君達自身の目と耳で楽しんで? 今僕が言えるのは、もうセレスティンの病は大丈夫って事ぐらい」

「何? まさか、薬師も居ないのに収束したのか? 一体どうやって……」

「ふふ、セレスティン領には『緑の聖女様』が居るからさ」


 愉快そうに、まるで吟遊詩人が歌うような口ぶりのルシフェリアに、綾那は「緑の聖女様……」と呟いた。

「表」の住人である綾那には、それが何者なのか分からないが――リベリアスでは有名な存在なのだろうか。そう思い颯月と竜禅を見やるが、しかし彼らもまた頭上に『?』を飛ばしている。どうやら緑の聖女が何者なのか、誰も知らないらしい。


「まあ、じきに王都にも届くよ。緑の聖女様の英雄(たん)ってヤツがさ――ところで、君のお仲間の話だけれど」

「あ、は、はい」

「あの子、どうしてあんなに賢いの? とっても凄い天使の僕から見ても、アレはなかなかに恐ろしいレベルだよ」

「――へ?」

「ある日突然、見知らぬ土地に飛ばされたにも関わらず……図太いと言うか、なんと言うか。きっとあの子は、どこでも――例え世界に一人きりでも、生き残れるだろうね。あの驚異的な知識量と、据わりに据わった(きも)があれば」


 ルシフェリアはそのまま、「人間にしておくのが勿体ないくらいだよ」と締めくくる。綾那は、かれこれ二か月以上離れ離れになっている渚の事を思い浮かべた。

 四重奏(カルテット)のツンデレ担当。そして、まるでウィッキィペッディアのような知識バンクの渚。

 普段眠そうなジト目をしていて不愛想極まりないが、しかし動画の中でメンバーとバカをやっている時だけは愛らしい笑みを湛えるので、そのギャップが視聴者にウケていた。


 彼女は幼い頃から周囲に『神童』と言わしめるほどの天才で、かつ努力を怠らなかったため、頭の良さが図抜けている。それは、成人した今も変わらない。

 ただ、幼少期よりとある希少なギフトのせいで、周りから――それこそ、同じ恵まれた立場の神子からもやっかまれていた。周囲に一切努力を認めてもらえなかったせいで、他人の理解を得る事を諦めている節がある。

 優秀であればあるほど孤立すると知りながらも、しかし周囲のレベルに合わせるのが面倒で、一匹狼を貫いていた孤高の神子。


 実は、四重奏のメンバーの中で綾那が一番初めに出会ったのが、この渚だ。陽香とアリスに出会ったのは小学校に上がる年で、生活する国の教育機関を移した時の事だった。


(渚とは、確か――五つの時に初めて話したんだっけ)


 世間一般で言うところの、未就学児。保育園、幼稚園に通っているぐらいの年齢の頃だ。綾那は「怪力(ストレングス)」もちだったため、指導役の教師からとにかく「怒りを抑制する事」を重点的に教育されていた。

 元々の性質に加えて「怪力」もちの特性とでも言うのか、滅多な事では怒らずにおっとりした綾那は、幼少期に同じ機関で暮らす他の神子から「あやなちゃんは何をされても、何を言われてもおこらないでヘラヘラしてるから、バカだ」と侮られていた。


 当時まだ未就学児なのだから、勉強などできなくて当然なのだが――しかし彼女らの言う通り、幼女綾那は少々頭の出来が悪かった。

 時たま「一般常識だ」として教師から出される、簡単な計算問題も理解できぬほど。それこそ「綾那はリンゴを二つ持っていて、それを一つお友達に渡したら、綾那の手にはいくつ残る?」と聞かれても、質問の()()すら理解できないほど、おっとりぼんやりとしていて反応が悪かった。


 綾那自身、周りの子が当たり前に出来る事が自分には出来ないのだから、それは「バカ」と言われても仕方がないと思っていたくらいだ。

 例えば一般人の中に混じっていれば、図抜けた容姿で頭の不出来もいくらか誤魔化せたのかも知れない。しかし、同じく見目麗しい神子の中で育てられれば、容姿などなんの役にも立たないのだ。


 ルシフェリア曰く、「表」では――ギフトを配る神々とやらの洗脳じみた支配によって――「怪力」をもつ綾那の『怒り』という感情は、極限まで抑制されていた。その事もあって、綾那は何を言われても何をされても、怒り一つ覚える事がなかったのだ。

 しかし、幼心(おさなごころ)に「皆が当然のように出来る事を、私も出来るようにならないとダメだな」という焦りはあった。


 足りない頭で必死に考えたのは、教師(おとな)の話を理解できないなら、当時同じ機関で育てられている神子(こども)の中で『神童』と謳われていた、渚に勉強を教わってみよう――という策だ。


 当時、既に周囲から「ギフトのお陰で頭が良いだけ」と揶揄され(すさ)み、一匹狼になりつつあった渚の心を開くのは、なかなかに骨の折れる事だった。しかし根気よく付き合っている内に少しずつ親しくなっていき、今では家族のような関係性なのだから――人生どうなるか分からない。

 今となっては幼い時分、不出来で良かったと言うべきだろうか。


「渚は、とっても頑張り屋さんなんです。他人からこき下ろされるのが我慢ならなくて、全員黙らせるって――信じられないほど努力し続ける子で」


 言いながら綾那は、ちらりと颯月を見やった。彼もまた、「悪魔憑きは詠唱を覚える必要がなくて便利だな」と揶揄される事が我慢ならず、五百以上ある魔法の詠唱を丸暗記しているのだ。そう考えると、やはり颯月と渚の性質は根本的に似ている。


「ふぅん、そうなんだ。まあ彼女、怪我ひとつなかったから心配しなくて良いよ。君の事を話したら「早く会いたい」って言ってたから、こっちの事が色々と落ち着いたら、迎えに行ってあげると良いんじゃないかな。あの子の方からこっちには来られないからね」

「ほ、本当ですか? 良かった――」


 綾那は胸を撫で下ろした。ひとまずルシフェリアの言う通り、南のセレスティン領から吉報とやらが届くの待ってからにはなるだろうが――領間の往来が解禁されれば、いずれ渚の事を迎えに行ける日も来るだろう。


(明日、陽香にもこの事を話さなきゃ……ああ、本当に良かった)


 これで渚の無事は確認できた。残るは、アリスの所在のみだ。ただし、こればかりはルシフェリアにも把握できない事らしいので、やはり人の足を使って地道に情報を集めるしかないだろう。


 綾那はふと、改めてルシフェリアの姿を見やった。今でこそ自身を模した幼児姿だが、そもそも何故、あんな凶悪なまでに光り輝いていたのかが気になったのだ。


「シアさん、凄く力を取り戻しているように見えますが……セレスティンで、何があったんですか? そんなに沢山の眷属が討伐されたのですか?」

「うん? ああ……ちょっと南で色々あってね。()()()がたくさん居て、悪さしてたから――ほんの少し懲らしめただけだよ」

「余所者というと、「転移」ですね? やはり、あちらでも「転移」もちと悪魔が暗躍しているんですか?」


 ルシフェリアは真面目に答えるつもりがないのか、「――かもね?」と言って笑った。


「まあ、しばらくの間は快適に過ごせそうだから、安心してよ」

「ずっとその姿で居て、いたずらに天使の力が消費されるような事は?」

「大丈夫。というか、もし大丈夫じゃなかったとしても、また元の姿に戻ると君、眩しくて見ていられないんでしょう? じゃあこの姿で居るしかないよね」

「それは、まあ――」


 顔いっぱいに好奇心を張り付けたルシフェリアは、不意にソファの上へ立ち上がったかと思えば、唐突に綾那に向かって飛んできた。


「――ねえねえ! そんな事よりさあ、確か明日はお祭りじゃなかった?」


 綾那はいきなりの事に驚いたが、小さな体を慌てて抱き留めた。その反動で僅かにのけ反り、すぐ後ろにあったテーブルで背中を軽く打ち付けると、上に載った茶器が動いてガチャン! と音を立てた。

 まずい、こぼれたり割れたりしていないだろうか――と、綾那はルシフェリアを抱いたままパッと立ち上がってテーブルを見る。一人慌てる綾那を他所に、ルシフェリアは楽しそうに笑っている。


「僕も一緒にお祭りに行こうかな。せっかく君の姿を借りて顕現したんだし、色んなものが食べたいよ」


 言いながらルシフェリアは、まるで本物の幼児のように綾那の髪を掴んでグイーッと引いて、目を惹こうとする。


「ちょ――シアさん、ソレされると、さすがに痛いんですが……」

「って言うかあ、お腹空いちゃったなあ。何か食べるものはないの? 君、ご飯はまだ食べない?」

「いえ、私はついさっき食べたばかりなんです」

「……お腹が空いたよ」


 途端にしょんぼりと落ち込んで、困り顔になった幼児。綾那もまたそんなルシフェリアを見て、眉尻を下げる。

 今から食堂に行ったところで、料理人は一人も残っていないだろう。勝手に厨房に入って食材を漁る訳にもいかないだろうし――と思っていると、おもむろに颯月が口を開いた。


「禅、何か摘まめるものを持って来てくれ」

「承知しました」

「えっ、い、良いんですか? ありがとうございます、ごめんなさい――」

「他でもない創造神の願いだからな」


 颯月はソファから立ち上がると、綾那のすぐ横まで歩み寄った。そして水色の髪を握り込んだルシフェリアの手を取ると、やんわりとその指を解く。綾那そっくりの幼児はぱちぱちと目を瞬かせると、何がそんなに嬉しいのか、颯月を見上げて蕾が綻ぶように笑った。


「そうして並んでいると、まるで親子のようですね」


 竜禅は執務室から出て行こうと扉のノブに手を掛けながら、ぽつりとそんな事を呟いた。その言葉に、颯月はグッと体を硬直させる。しかしそれも一瞬の事でふと竜禅の背を見やると、追加の指示を飛ばした。


「禅。綾と創造神と一緒に写真が撮りたい、家宝にする」

「しゃ、写真?」

「ご自身が写されるのは、お嫌いではありませんでしたか?」

「そんな事を言っている場合じゃあねえだろう。この機を逃せば、俺は一生後悔する気がする」

「……食事と、魔具も一緒に持って参ります」


 マスクで表情を隠し、声色も機械的で抑揚の少ない竜禅が何を思っているのかは分からないが――小さく肩を竦めて部屋を出た様子から、どうも颯月の言葉に呆れているらしい事は分かった。


「……可愛いな」

「そうでしょう?」


 まるで我が子を慈しむように、とろりとした目で幼女を見下ろす颯月。得意げな表情で胸を反らすルシフェリアに、彼はますます笑みを深めると、おもむろに綾那の背に手を添えた。

 彼の大きな掌が添えられたのは、つい先ほど綾那がテーブルにぶつけた場所だ。そこを(さす)るように撫でられると、綾那は恥ずかしいやら嬉しいやら、何やら複雑な思いになってしまう。


 そっと目を伏せ頬を紅潮させた綾那は、おずおずと口を開く。


「しゃ、写真……」

「うん?」

「その、私もスマホ――あの、魔具に似た撮影機器で、颯月さんと写真が撮りたいです」

「ああ。分かった、良いぞ」

「ほ、本当に!?」


 まさか、こうも簡単に許可が下りるとは。この数か月間、ずっと颯月の姿をスマホの待ち受けにしたくて仕方がなかった綾那は、ぱあと表情を明るくした。

 こんな事なら、もっと早くお願いすれば良かった。そんな事を思いながら、ごそごそと鞄の中からスマホを取り出そうとしていると、片腕で抱えたルシフェリアが「ねえ」と声を掛ける。


「僕は?」

「へ? あ、ああ、このまま一緒に映ってくださって構いませんよ?」

「わあ、こんな可愛い天使を捕まえて、まるで邪魔なオマケみたいな言い方をして――君って本当に、イイ性格をしているよねえ。まあ良いけど、僕が真ん中ね」


 肩を竦めたルシフェリアは、もっと颯月を近づけようと彼の騎士服をぐいぐいと引っ張った。綾那は取り出したスマホを自撮りするように構えると、カメラのフレームに三人が収まる画角を探す。

 しかし、颯月の身長が高すぎるためなかなか角度が決まらない。そうして調整に難航していると、彼が綾那の手からスマホを取り上げたので、目を瞬かせる。


「ここを押せば良いのか?」

「あ、は、はい……っ」


 颯月の手で高く掲げられたスマホの画面は、三人の胸から上を綺麗にフレームの中へ収めている。

 画面に映った綾那の顔は蕩けていて、「私、颯月さんと一緒に居るとここまで露骨に()の顔をしているんだ」と初めて気付かされる。


「写真って、笑顔で撮るものなんでしょう?」


「えへへー」と笑い、両手の人差し指で己の頬をつんと押さえるという、ぶりっ子全開なポーズをしたルシフェリア。

 曲がりなりにも創造神のそんな姿がおかしくて、綾那と颯月もまた、つられるように笑った。カシャリというシャッター音が響くと、綾那のスマホ内に一枚の宝物が保存される。


 綾那はほくほくとした気持ちで、鞄にスマホをしまいこんだ。更にこの後、戻って来た竜禅の手によって全身を写す記念撮影が施される。

 ちなみに、竜禅が運んでくれたルシフェリアの食事は――颯月や竜禅にまだ仕事が残されているのを考慮して――綾那の私室でとる事にした。

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