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特訓終わり

 夏祭り前日の夜。いよいよ明日は祭り本番だ。

 恐らく騎士の面々は、早朝の設営からラストの合成魔法打ち上げ、出店の解体に片付けまで、ぶっ通しで働き続けるのだろう。もちろん、祭りの合間にはハメを外した領民の取り締まりや、街の巡回もある。一時も気が抜けない。


 子供達の特訓を終えた颯月は、先ほど静真と共に祭りの実行委員会の元まで直談判しに行った。子供達を合成魔法の打ち上げに参加させるよう、嘆願するためだ。


 子供達の魔力制御については、騎士団長の颯月が実際に見て問題ないと判断した。更に、()()()が起きた場合には彼が全責任を負うと進言するらしい。

 静真もまた、合成魔法の打ち上げには欠かす事の出来ない――それも数少ない光魔法の使い手として、「子供達が参加できないなら、私も祭りには参加しない」と、脅迫じみたお願いをするそうだ。


 ちなみに、陽香はその直談判シーンを魔具(カメラ)に収めるのだと息巻いて、二人に同行した。旭は一足先に馬車で宿舎へ戻り、残された綾那と竜禅は、静真達が戻るまで教会で子守だ。


(この辺りって、凄く静かなんだなあ)


 朔が以前、「夜にしずまが居ないのはちょっと怖い」と言っていたが――確かに、しんと静まり返った教会には妙な怖さがある。ただでさえ周りには建物が少ないし、全体的に廃れている。人通りが少ないので、街灯も乏しい。

 まるで廃墟のような外観からすれば、教会の中は十分に美しいが――しかし、質素倹約を体現したような最低限の灯りしかないので、妙に薄暗く感じる。


 外では、繁殖のためか夏の虫が鳴いているようだ。しかし、時たまそれらがしんと静まり返る瞬間がある。その静けさがかえって恐ろしいというか、虫を蹴散らす得体の知れない何かが近くに居るのではないかという、嫌な気味の悪さに襲われて落ち着かない。


「あぁ~疲れちゃったあ……でも、にーちゃんが『せーぎょ』教えてくれたから、僕もお祭りに行けそう! 嬉しいなあ」


 教会へ戻って早々、朔はサメのように鋭い歯を覗かせて無邪気に笑った。彼を左右から挟むように立つ幸輝と楓馬もまた、嬉しそうな顔をしている。

 時間いっぱい、外が暗くなるギリギリまで合成魔法の練習をし続けた彼らは、かなり疲弊しているだろう。いくら、無限に近い魔力を蓄えられる悪魔憑きだとしても――だ。


 彼らはここ数日間、日の光を遮るものが何一つない海に通い詰めていたため、以前にも増して――ただし楓馬だけは、彼を呪った眷属の影響で常に肌が土気色をしているため、焼けたのかどうか分かりづらいが――肌が濃い小麦色になっている。


 綾那は、子供達の頭を一人一人撫でた。すると、一日海風を浴びていたせいか、随分と髪の指通りがガサガサで、べたついている事に気付く。これは早々に風呂に入るよう促してやらねば――と苦笑していると、幸輝が突然、綾那の髪の毛をひと房掴んで引いた。


「なんか、夜にアヤが居るの変な感じする――このまま泊まってけば良いのに」


 自分で言っていて照れくさいのか、幸輝は目を逸らしながら、ムスッとした表情でそんな言葉を口にした。甘えるのはどうしても『末っ子』朔の専売特許で、彼がこんな事を言い出すのは珍しい。

 よほど特訓に疲れたのか、それらを無事やり遂げたご褒美として、人に甘えたくなったのか――それとも、明日に迫った夏祭りに対する不安のせいか。


 教会に泊まるのも楽しそうだ。しかし着替えにしろ心構えにしろ、なんの準備もない状態である。綾那は答えを濁すように笑ったが、しかしすぐさま朔がワッとテンションを上げた。


「えー! アーニャ泊まるの!? じゃあ僕のベッド貸してあげる、一緒に寝ようね!」

「いや、朔のベッドは小さいからムリだろ? 綾那結構でかいし……」

「……でかい」

「アッ、いや、違うぞ!? ()()でかいって話じゃない、背丈があるって話で――!」


 またしても体形を揶揄されたのかと項垂(うなだ)れる綾那を見て、楓馬は大慌てで弁明した。ふと思い返せば、彼だけは幸輝や朔と違って、初対面の頃から綾那の体形について揶揄していない気がする。

 綾那が安心して笑えば、楓馬は俯きモゴモゴと呟く。


 そうして楓馬がモゴついている間にも、朔が綾那に飛びつき、そして幸輝が腕を掴んで「なあ、泊まりゃあいーじゃん」とぶっきらぼうに誘う。

 綾那は困って笑いながらも、脳内で「まるでイケメン悪魔憑きのハーレム……皆まだ、ちっちゃいけど――」と呑気な感想を抱いた。


「残念ながら、他所の男の家に外泊するのは颯月様が許さないだろう。綾那殿は颯月様の婚約者で、ここは曲がりなりにも、静真殿の暮らす住居なのだから」

「えぇー!? にーちゃんケチなんだ……なんかずるい」

「静真なんてガリガリで、居ても居ないようなモンなのに?」

「ちょっと幸輝、ほんの数時間前に静真さんと抱き合って泣いてた人が言う台詞とは、思えないんだけど……?」


 綾那に助け舟を出す竜禅に、朔と幸輝は揃って不貞腐れたように唇を尖らせた。


「じゃあ、よーかちゃんは? よーかちゃんなら泊っても良い?」

「陽香殿にも一応、婚約者がいらっしゃるんだがな……」

「えっ! そうなのか!? でも陽香、指輪してないぞ! どうせ()の婚約だろ、紙の!」


 やはり、リベリアスでは法律の目をかいくぐるためだけに、仮で書面の婚約を結ぶ文化が浸透しているようだ。こんな幼い――それも、普段教会から外へ出ないような子供達でさえ認知している。一般的というか、して当然のものなのかも知れない。


(陽香の婚約相手が右京さんだなんて、この子達には口が裂けても言えないしなあ)


 そんな事を言ってしまえば、彼が普通の子供ではない事がバレる。更に、普通の友人が出来たと喜ぶ子供達ががっかりしてしまう。何もかもおじゃんだ。


「陽香はこの後に編集の仕事があるから、ムリかも知れないね。でも、本人に聞いてみたらいいと思うよ?」

「ちぇー……もういい、僕寝るー」

「朔、海風でベタベタだから、寝る前にお風呂に入らなきゃダメよ」

「やだぁ、めんどうくさーい。明日入るから平気だもーん」


 大きな欠伸をする朔に、綾那は改めてそれはよくないと注意する。海風というのは思いのほか、肌も髪も痛めるのだ。

 先ほど子供達の頭を撫でた時のガサついた髪の感触を思えば、絶対今日中に風呂で流した方がいい。そもそも、明日の夏祭りで合成魔法を担おうとしている者が、そのように自堕落でどうするのか。


 朔はむうと頬を膨らませると、綾那の腕を引いた。


「じゃあ、アーニャが洗って!」

「へ? お風呂? 一緒に入るの?」


 綾那の問いかけに答えぬまま、朔はただ黙って頷いた。


「良いけど――シャワーを手伝うだけだよ。服の替えないから濡らせないし、私に水を掛けたりしないって約束できるなら……」

「えっ、いいの!?」

「じゃあ俺も入る! アヤ! 風呂こっち!!」


 ワーっと駆けていく朔と幸輝に、竜禅が静かな声色で「綾那殿」と呼び掛けた。竜禅を見やれば――目元こそ見えないものの――口をへの字に曲げている。


「……颯月様に、叱られる気がする」

「え!? し、叱られますかね? やっぱり、人様のお家のお風呂場へ勝手に入るのはよくないか……あまり甘やかしすぎるなとも言われていますし――」

「そうではなくて――百歩譲って叱られないとしても、私を共感覚でしつこく苦しめそうな予感がする。だが、今更ナシにはできんだろうな。子供達のあの様子じゃあ」


「早く来いって!」と手招く幸輝を見て肩を竦めた竜禅に、綾那は目を瞬かせる。彼の言う通り、子供達はすっかりその気になってしまっているため、今更「やっぱりダメ」とは言い出しづらい。

 こうなれば、颯月達が戻ってくる前に速攻で終わらせてしまう他ないだろう。綾那は両手を胸の高さでグッと握ると、改めて竜禅を見やった。


「――竜禅さん。私、サッとやってパッと帰ってきますから!」

「なんとも抽象的な表現だが、とにかく急ぐという事は分かった。是非そうして欲しい」

「はい! よし、楓馬も行こう! 皆で入って、一気に終わらせちゃおうね!」

「はあっ!? いやっ、俺は良いよ、いくつだと思ってんの!? 後で一人で入れるしっ……綾那って本当バカだよな!!」


 楓馬は言いながら、土気色の肌を僅かに上気させた。そして、ヘソを曲げてしまったようにプイっと綾那から顔を逸らす。

 彼らは静真にこれでもかと甘やかされて育った上に、普段交流するのも限られた人間だけだ。ゆえに実年齢と比べて、精神的に幼い部分が目立つのだが――よくよく考えれば楓馬は十二、三歳。「表」では男子中学生の年齢である。


(そっか、さすがにもう異性に裸を見られたくない年頃か)


 これは確かに、綾那のデリカシーが欠けていたと言わざるを得ない。それはそれとして、人に向かって『バカ』なんて言う悪い口は引き伸ばすに限るが。「いひゃい!」と叫ぶ楓馬に後で必ず入浴するよう言い含めて、綾那は小走りで幸輝と朔の元へ向かった。

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