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懸念事項

 いよいよ夏祭りの前日――子供達の特訓最終日は、昨日と打って変わって快晴だ。

 燦燦(さんさん)と照り付ける魔法の陽光に照らされながら、子供達は今日も、颯月のつくった氷の道を駆け抜けて行く。彼らの魔力制御の練度が今までと全く違うのは、昨日実施されたチート特訓のお陰だろう。


 氷渡りの特訓が始まってから、もう二時間が経過した。その間、誰一人として海に落ちる事なく沖まで行って、そのまま浜へ帰ってくるのだから恐ろしい。

 それでこそ高額な魔石を割りまくった甲斐があるというもの。彼らは「もうやめろ、割るな、勘弁してくれ」と泣き出す静真の、ひりつくようなプレッシャーの中やり遂げたのだ。きっと、魔力制御だけではなく精神的にも鍛え抜かれたに違いない。


「アーニャ! 僕、またできたよ! 見てた!?」

「見てたよ~凄いねえ、偉いねえ」


 本日何度目かの氷渡りを終えて浜まで戻って来た朔が、ニッコリと満面の笑みで駆けて来る。綾那が手放しに賞賛すれば、彼は嬉しそうにはにかんだ。


 いつもは朝から特訓を始めるのだが、今日は午後からずれて始まった。実は今朝、颯月はついに復活したらしい伊織の再教育で忙しかったのだ。午前中いっぱい伊織と共に過ごしたらしいが、しかし昼過ぎに幸成から「そこまで!」と声をかけられて、またしても教育が中断したとの事。


 幸成は初めこそ、桃華を巡った因縁のある伊織を邪険にしていたが――なんだかんだと言いながら、彼が再起不能にならぬよう世話を焼いているようだ。人の良さが隠し切れないというか、なんというか。


 颯月は「俺が人の限界を見誤るはずがないのに――」と文句を言っていたが、その様子を一部始終見ていた竜禅曰く、「どうも私情が邪魔しているようだ。颯月様にしては珍しく、やや加減が分かっていない」らしい。

 未来ある若者のためにも、ここは綾那が颯月に直接「やり過ぎはよくないですよ」と苦言を呈するしかないのだろうか――。


 そんなこんなでスタートが遅れたものの、子供達の魔力制御に不安はない。皆軽々と浜まで戻ってくるため、これはもしかすると、本当に合成魔法を打ち上げてしまうのではないかと期待してしまう。


「良いんじゃねえか? 休憩した後、実際に静真と魔法を合わせてみるか」

「え、本当に良いの!? 颯月さん!」

「マジかよ! 絶対にそこまで行きつかねえと思ってた!」

「やったー! お祭り行くー!」

「お前達、まだ肝心の合成魔法を一度も試していないのに、すっかりその気になって――」


 盛り上がる子供達を見て、静真は苦く笑いながらぼやいた。そして、わちゃわちゃとはしゃぎ回る子供達に「食事にするから準備しなさい」と声を掛けると、軽食の用意を始める。


「綾、陽香。少し良いか?」

「ん、どした? 魔具(カメラ)止めた方が良い?」


 颯月に呼びかけられて、綾那の横で魔具を構えていた陽香が首を傾げる。「そうだな」と頷く颯月に、一旦魔具を閉じると、馬車の荷台へ置きに行った。

 浜辺から外れた木陰に食事の準備をしている子供達から離れて、颯月はやや逡巡したのち口を開いた。


「祭りとは関係ないんだが――セレスティンの話だ」

「ルシフェリアさん曰く、渚が居る領ですね? この海を越えた先にある――」


 現在セレスティン領では流行り病が蔓延していて、いまだ領間を跨ぐ人の往来は禁止されているらしい。そのため、渚が居る事は分かっているのにどうする事もできず、綾那も陽香も歯痒い思いをしているのだ。

 他に術がないため、ひとまずルシフェリアに様子を見てくるよう頼んだものの――何故か、一向に戻ってくる気配がない。


「わざわざ不安を煽るような事は言いたくないんだが――何も知らせずに居るのも、騙すようで決まりが悪くてな」

「え……」


 綾那が眉根を寄せると、颯月は「流行り病とセレスティンの状況について、訂正がある」と前置きしてから続けた。


「薬で治る事に間違いないんだが……肝心の薬を調剤する薬師は、揃いも揃って西のヘリオドール領で研修中らしい。どうも薬師が出払った状態で病が流行して、瞬く間に領間の往来を規制されて――薬師はセレスティンに戻りたくとも、戻れんと」

「は? 研修ったって、なんで()()……てか普通、規制してても薬師ぐらいは通されるもんじゃねえの? だって、薬さえありゃ治るって分かってんだろ? そりゃ、帰って来た薬師にも病気がうつるかも知れねえけど……そんな事言ってたら、病抑え込むどころか大爆発じゃん」


 例えば薬を載せた無人船を海に浮かべて、それがセレスティンまで漂着すれば良いのだが――そんな奇跡が起きるはずもない。科学の発展していないリベリアスに乗り物の自動運転技術はないし、乗り物を遠隔で操る魔法もないのだ。

 それにしても、なぜ薬で治ると分かっているのに薬師の帰省を受け入れず、病を収束させないのか。今もセレスティンでは、病に苦しむ人間が増え続けているだろうに――意固地になって領を閉鎖する利点が分からない。


 綾那達にはどうにもできない事だとは言え、しかしもどかしい。


「その帰宅困難の薬師は、直接セレスティンに掛け合っても無駄だと思って、王都にヘルプでも出してきた訳?」

「ああ。規制を解くのは無理だろうが、せめて薬師だけでも海を渡れないかと嘆願してきたらしい。ただ、陛下は法律の管理権限をもっているだけで、その言葉に強制力はないんだ。例え他所の領主へ掛け合ったところで無駄だろう。セレスティンは病を封じ込めるために、渡航を禁じているのであって――それは、罪に問えるような事じゃあないからな」

「――はい、詰み」


 陽香は、ため息交じりに天を仰いだ。

 確かに詰みだ。例え領内で病を抑え込んだとしても、収束するための薬が手に入らないのでは意味がない。薬師の帰還さえ認めれば解決する話なのに、それを頑なに拒む理由はなんなのか。


 颯月は口元に手を当てて、何事か思案している。


「どうにも、セレスティン()()()()()。あそこは毎年、熱病やよく分からん生き物を媒介する病を流行させるが――その慣れのせいか、いつも瞬く間に収束させちまう。それにも関わらず、今回はおかしい――まるで領主の()が変わったみたいだ」


 呟いた颯月の眼光は鋭い。彼の言葉にハッとしたのは綾那だけでなく、陽香もまた弾かれるように顔を上げた。


「もしかして、アデュレリア領みたいに悪魔が関係してんのか?」

「可能性はゼロじゃあねえな。アデュレリア領と同様、洗脳じみた状況なのか――それとも、悪魔そのものが領主に成り代わっているのか。あのヴェゼルとかいう悪魔の兄貴分は、結局姿を見せなかっただろう? セレスティンまで足を伸ばしていたとしても、なんら不思議は――とにかく、あまり良い状況ではないのは確かだ。仲間の事は心配だろうが、ちゃんと伝えておきたくてな」


 そっと息を吐く颯月に、陽香は「教えてくれてサンキュー、颯様」と力なく笑った。確かに、渚の身は心配であるが――悪魔が関わっているとすれば、尚更ルシフェリアを送り込んで正解だったように思う。

 こうして戻りが遅い所を(かんが)みるに、きっと陽香の時と同じように、渚を『祝福』とやらで守ってくれているに違いない。どう足掻いても綾那達にこの海を渡る術はないのだから、病が収束するまでは、ルシフェリアに任せるしかないだろう。


 話に一区切りついたところで、ちょうど食事の準備を終えたのか、子供達が「早く食おうぜ!」と駆けてくる。綾那と陽香は顔を見合わせると、ひとつ頷いた。そして、心配事など――辛い事など何ひとつないような曇りのない笑顔を浮かべて「すぐ行く!」と明るく答えた。



 ◆



「さて、次の問題だが――合成魔法で作り上げる()()だ」


 休憩明けに説明を始めた颯月は、適当な木の枝を手に取ると、砂浜にぐるりと正円を描き出した。「奈落の底」流の花火――合成魔法は、花を模すのではなくて紋章や模様を打ち上げるものらしい。


 颯月は手始めに、シンプルな正円を打ち上げるよう提案した。子供達は「それくらいなら簡単にできそう」とやる気を見せている。

 辺りが暗い方が見応えもあって良いらしいが、あまり遅い時間だと魔物や眷属を呼び寄せるため、さすがに夜練習する時間はとれない。


 子供達は静真を囲むと、彼の詠唱を合図に手の平を空へ向けた。


「豊穣の女神よ、迷える全ての者の(しるべ)となりて、行く末を示したまえ――「明星(ステラ)」」


 静真が詠唱を終えると、まるで「表」の打ち上げ花火のようにひとつの光弾が空へ打ち上がった。空へ飛んで行ったその光の玉は、いつもビュンビュンと忙しなく動くルシフェリアに似ている。

 静真の打ち上げた光弾のあとを追うように、子供達が一斉に火球を打ち上げた。


 上空高くで融合したそれぞれの弾は、花火と違って音ひとつ出さずに弾けた。キラキラと光る正円を空に描き出した合成魔法は、あっという間にかき消えてしまう。


「わあ――」

「……すげえ」


 まるで、刹那の美しい幻でも見せられたようだ。綾那と陽香は、初めて見る合成魔法に感嘆の声を上げた。

 明るい状態で打ち上げても、これだけ美しいのだ。これを暗い空に打ち上げたら、一体どれだけ多くの人の心を惹くだろうか。

 陽香はしばらく呆けたように空を見上げていたが、しかしハッと我に返ると、魔具を手にしたまま無理やり手首辺りを叩いて、パンパンと拍手した。


「つーか、出来てんじゃん、合成魔法!! 五日前には火の雨降らせてたキッズが、すげえ!!」

「火の雨とか言うなよ、陽香……忘れてえのに――」

「これも全部、颯様の()のお陰だぞ!! 全く、これだから課金勢には敵わんな!!!」

「そ、それはさすがに台無しじゃね?」


 幸輝は唇を尖らせたが、送られる拍手に悪い気はしないのか、やがて耐えきれなくなったようにふにゃりと口元を緩ませた。子供達は顔を見合わせると嬉しそうに破顔する。しかし、その中心に居る静真は顔を覆うと、その場へしゃがみ込んでしまった。

 突然の事に「静真!?」と瞠目する子供達。彼は嗚咽混じりに「本当に、ここまで……よく頑張ったなあ――!」と、絞り出すような声を上げた。


 泣き出した静真に、つい先ほどまで嬉しそうに笑っていた子供達もまたグッと瞳を潤ませると、静真にひっしとしがみついた。

 陽香は途端にこれが『感動ドキュメンタリー』である事を思い出したのか、茶化すのを止めて、魔具のレンズを子供達に向ける。その表情は本当に満ち足りていて、「これは良いものが撮れた」と思っているに違いない。


 竜禅は目元をマスクで隠しているため表情が分からないが、今日も綾那達の護衛についてくれている旭は、子供達につられたのか目元を潤ませている。


(良かった――)


 静真と子供達の様子を見ていると、綾那も何かがこみ上げてくる。しかし、ふと颯月から労いの言葉も賞賛の言葉もないのが気になった。褒め言葉ひとつないのは変だし、感極まって言葉が出ないというのも、颯月らしくない。


 チラリと盗み見れば、颯月はどこまでもいつも通りだ。もちろん、瞳を潤ませてなどいない。

 それどころか、泣いて喜ぶ面々を眺めるその表情は、何ひとつとして満足していないように見えて――綾那は「あ、コレまだ、全然()()()()()()んだな」と察した。

 そして、子供達や静真の苦労がもう少しだけ続く事を思うと、人知れずそっと胸を押さえる。


 綾那の予想は正しかったようだ。颯月は、子供達の涙が収まった頃合いを見計らって、パンと拍手(かしわで)を打った。パッと顔を上げた子供達と静真に向かって、彼はどこまでも冷静な声色で告げる。


「確認なんだが――まさか、ただの正円で祭りのフィナーレを飾れると思っている訳じゃあねえよな?」

「……えっ」

「こんなシンプルなもん、毎年合成魔法を見ている目の肥えた客が、喜ぶと思うか? 複雑な紋章を打ち上げてナンボだろう。さて――アンタらが残された時間いっぱい何をすべきか……分かるよな?」


 颯月の発した正論に、子供達は「ア……ハイ」と、口を揃えて力なく頷いた。


「そ、そんな事は私も分かっているが、少しくらい褒めてくれたって良いだろう!?」

「正円なんか、悪魔憑きじゃねえ普通のガキでも打ち上げられんだろうが。一体何を、どう褒めれば良いんだ?」


 涙目のまま抗議する静真に、颯月は思い切り首を傾げるだけだ。

 颯月は横から静真に延々と抗議されながら、棒を使って砂浜に次々と図形を描き出していく。それは正円から始まって、左へずれるごとに段々と線が増えて、より複雑な図案に変わっているようだ。


「颯様のこと、『分からせ兄さん』って呼ぶか。いや、『分かるよな兄さん』――? 完成度高める事しか考えてねえのは好感もてるけど、ちょっとだけ感動を返して欲しい」


 ひっそりと呟く陽香に、綾那は苦笑するしかなかった。

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