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事件の発端

 神子として生を受けた陽香は、出生後すぐに国の教育機関へ預けられた。

 それから十四、五歳になるまで両親の連絡は一切なかったし、彼らが迎えに来る事もなかった。しかし、それがある日なんの脈略もなく、陽香を引き取りたいと申し出てきたのだ。今まで一度の連絡もなかった両親が、突然に。


 十四、五歳といえば、もう十分に物事の分別(ふんべつ)がつく年頃だ。世の中の事も大人の抱える事情も、ぼんやりと見え始める。血の繋がりがあるとは言ったって――逆を言えば、()()()()()()()()()他人を迎えに来るなんて、裏があると(いぶか)しんで当然だ。


 神子の恵まれた容姿か、それとも複数あるギフトが目当てか。それらを利用して、陽香に何かさせようとしているのではないか。そうでなければ、国から支給される多額の支援金を自ら棒に振るはずがない。子を引き取れば、支援は即座に打ち切られるのだから。


 仮に幼少期から密に連絡を取り合っていれば、こうして親愛の情を疑う事はなかっただろう。けれど、タラレバの話をしても詮無き事である。結局、陽香は親元へ戻る事なく、今まで通りに国の教育機関で過ごす選択をした。


 しかし両親は陽香の答えを聞いて、どこか安堵した様子だったらしい。自ら迎えに来ておいて、その反応はどうかなのだろうか。もしかすると、親族の誰かが「親なら子を迎えに行け」と余計な横槍を入れたのかも知れない。強制されただけで、両親の意思は最初からそこになかったのだ。


 そして肝心の()はというと、陽香の三つ下で今年十八歳。

 実は、彼は両親よりも先に繰り返し陽香の元を訪れていたらしい。たった一人で足を運んでは、「俺がお前の弟だ」と主張するために――けれど陽香は、彼に何度「弟だ」と言われても「ふぅん、そうなんだ」と聞き流して、まともに取り合わなかった。実はこれがまた、神子ならではの『あるある』なのだ。


 実際は血縁関係のない全くの他人が、「お前の血縁者だ」と揶揄いに来る――そんな暇人が訪れるのもまた、決して珍しくない事である。神子は、家族との縁が薄すぎるのだ。大抵は早々に諦観して孤独を受け入れるが、中には『家族』に酷く強い憧れをもつ者も居る。


 そうして、初めて現れた血縁者に舞い上がる神子を騙して、バカにする目的の者。見目麗しい神子と会話するきっかけ作りという、ナンパじみた目的の者――悪質な(かた)りの理由は、人によって様々だ。

 とは言え、身内かどうかは遺伝子を調べればすぐに分かる事だし、国だって調査確認なしで神子を送り出したりしない。神子が赤の他人に引き取られるなんて事態は、起こらないようになっている。


 それでも、揶揄い目的で血縁者を(かた)る者が多いのだ。陽香も例に漏れず、その頃兄弟を自称する存在は、彼含め二十人を超えていたという。誰が本物か、そもそも本物が居るかどうかも分からないのに、いちいち相手にしていられるか――それが神子の本音である。


 ただ、当時なかなかのヤンキーだった彼女が手出しせずに「ふぅん、そうなんだ」で済ませている辺り、相当の気遣いを感じる。さすがの陽香でも、「もし本物の血縁者が混じっていたら、ヤバヤバのヤバ」という思いがあったのかも知れない。


 最終的にどう()()を見分けたのかと言うと、両親の申し出を断った翌日に「なんで断ったんだよ」と抗議しに来たからだ。

 国に対して「娘を引き取りたい」と申請した両親は、間違いなく血縁者である。彼らの個人情報はもちろん、引き取り申請をした事だって秘匿される。それは、陽香の出した選択についても同様だ。


 その秘匿された情報を知っている事からして、彼は間違いなく血を分けた弟なのだと判明した。しかし断った理由を問われたところで、当時十歳かそこらの少年に、大人の事情が理解できるはずもない。

 どうも弟は、姉が生家(せいか)に戻ると信じて疑わなかったようだ。無垢な少年に向かって「でもぶっちゃけ、断ったら親は安心してたけどな」なんて、夢のない事も言えないだろう。


 結局、断った理由については濁すしかなかった。そして、「弟として認識はするけど、戻るつもりのない家や家族(他人)の話で時間を取るのは勘弁してくれ」と、強引に話を切り上げたのだ。



 ◆



「それで、まあ……アイツと会った時は、挨拶くらいするようにしてた。ただ、そもそも「本物の弟だから何?」って感じだからな。結局一緒に住む事もねえし、血の繋がりがあるだけの他人感は拭えねえし――だからと言って、血縁である以上はダチにもなれねえだろ?」


 言いながら陽香は、見終わったカメラを片付ける。そして、長いため息を吐き出した。


「しかもちょうどその頃、動画撮影に興味もち始めた頃でさ。アーニャ達と配信もしてた訳よ。したらもう爆発的に人気出ちゃって、金まで稼げるようになって……顔が売れると住む場所に困るようになったから、国の施設を出て引っ越したんだ――四重奏(家族)と」

「へえ、夢がある仕事なんだね」

「夢しかねえ仕事……そう、視聴者に夢を見せる仕事だからあ? どっかのゴリラみたいに、男の影をちらつかせるなんて嫌でさあ?」


 じとりとした目で一瞥された綾那は、小声で歯切れ悪く「ゴリラではないです……」と答えた。陽香はふんと小さく鼻を鳴らして続ける。


「いくら弟とは言え、()が四重奏の家に来るのは嫌だった。折角スタチューバーとして成功したのに、ゴシップ誌に写真載せられたら面倒くさい。「弟です」って弁解するのも、証明するのも手間がかかるし――必死に証明したところで、絶対に信じないヤツが出るのは分かり切ってる。周りに変な勘繰りされたくなくて、あたし弟に引っ越し先を教えなかったんだよ。何回聞かれても隠し通して……それぐらい距離のある仲だって事。だからまさか、これほどまでに恨まれてるなんて予想外だった」


 陽香の説明に、綾那は「だから私、陽香に弟が居る事すら知らなかったのか」と納得する。綾那よりも彼女と付き合いの長いアリスでさえ、弟の存在について初耳と驚いていたくらいだ。彼とは、よほどドライに徹底した付き合いを心掛けていたのだろう。


(でも、陽香は「距離がある」「恨まれてる」って言うけど……実際、弟さんはどう思っていたんだろう?)


 綾那は、会った事もない陽香の弟に思いを馳せた。

 両親が迎えに行く以前から陽香の元を訪れていたという事は、きっと神子の姉が居るという話を聞かされて育ったのだろう。だから国の教育機関へ足繁(あしげ)く通って、姉の姿を探した。実際に陽香と会って、自分の目で見て、話して――何を思ったのだろうか。


 神子とそうでない者の兄弟は、関係性が複雑になりやすい。大抵()()()()()方が恵まれた神子を妬み、不仲だと相場が決まっている。

 それなのに弟は繰り返し陽香を訪ねて、血縁関係を主張し続けた。それが意味するところはつまり、少なからず陽香の事を慕っていたのではないだろうか。


 しかし陽香は、弟を信用できずに軽くあしらい続けた。ようやく血縁関係を証明できた後も、二人の関係が大きく変わる事はなかったし――それどころか、姉は実家へ戻る事すら拒絶した。

 一向に距離が縮まる事はなくて、陽香はスタチューバーとして成功し、弟に新しい居住地も教えられないほど疎遠になってしまった。


 その結果が、四重奏(カルテット)を家ごと「奈落の底」へ「転移」する事件に繋がるならば――それは、もしかすると。


「いや、恨まれているっていうか……たぶんオネーサン、その弟に相当好かれてるんだと思うよ」


 くしくも、右京の導き出した意見は綾那と同じだった。「私もそう思います」と同意して眉尻を下げた綾那に、陽香はぽかんと呆けた顔つきになる。しかしすぐさま噴き出すと、彼女は「ない、ない」と言って笑った。


「好きになる要素なんて、最初からひとつもないんだって。マジ、他人だぜ? アーニャも神子なんだから、分かるだろ」

「神子――私達の側からすれば他人だけど、弟さんは本気で陽香と一緒に住みたかったのかも。ご両親に陽香を迎えに行くよう頼んだのも、弟さんだったのかも知れないし」

「いや……だから――」


 綾那の言葉に、陽香は段々と笑みを消して思案するように黙り込んだ。


「陽香と疎遠になるキッカケのスタチューも、四重奏も……目障りで仕方なかったんじゃないのかな。たぶん弟さんは、()()()()を「表」から消したかったんだよ。「怪力(ストレングス)」もちの私に暴れられると厄介だから、除外せざるを得なかったとして――陽香だけは、何があっても「表」に残すつもりだった。殿堂入り直前のスターオブスター前日に「転移」を実行したのも、意味を持たせているような気がする」


 スターダムチューブ史上初の殿堂入り目前だった、四重奏。わざわざ結果発表前日に「転移」で邪魔するなど、よほど『四重奏』に対して思う所があったに違いない。恨みがあるとすれば陽香個人に――ではなく、四重奏に対するものだろう。


「それに陽香、視聴者からソロ活動について質問がある度に答えていたでしょう? 「ソロにはならないし、四重奏が一人でも欠けたらスタチュー辞める」って……弟さん、解散が目的じゃなくて、陽香にスタチューを辞めさせたかったんじゃないのかな。有名人じゃなくなれば、また接点をもてるようになるでしょう?」

「うわぁ……笑えねえ――いや、マジで笑えねえわ。もし仮にアーニャの言う通りだとしたら、陽太(ひなた)のヤツ相当病んでる気がするんだけど。結果、あたしの弟が一番ヤバヤバのヤバだって事か……?」


 頭を抱えた陽香に、綾那はどんな顔をしていいものやら分からなくなる。

 結局は全て推測の域を出ずに、本人がこの場に居ない以上、本当の所は分からない。ただ、弟は陽香を慕い、執着している気がする。陽香に自覚がなくとも、例え彼女の中で好かれる要素がなかったとしても――だ。


「まあ、元気出してよオネーサン。血を分けた弟なんていっても結局、一緒に住んでなきゃ全くの他人だからさ。価値観も考え方も、何もかも違うよ。オネーサンの尺度で測れなくても、仕方がないって事」


 右京は小さな手で、陽香の肩をぽんぽんと励ますように叩いた。ほんの数時間前に血を分けた弟――伊織の暴走を目の当たりにした右京の言葉には、強い説得力がある。陽香も彼に通ずるものを感じ取ったのか、「まあ、そうだよな……ここで悩んでたって、仕方ねえわな」と顔を上げた。


「とにかく理由はどうであれ、弟の不始末でこんな事になってるのは間違いねえんだ。責任もって、アリスとナギを探すしかねえよな」


 陽香は深く長いため息を吐き出したあと、切り替えるように軽く頭を振った。そして綾那に目線を投げると、「飯食い終わったら酒場でも行って、アリスの噂が回ってねえか調べるか」と口にした。

 綾那は頷き返して、もし今後陽香が精神的に参った時には、せめて傍に寄り添おうと心に決めたのであった。

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