誤解をほどく
腹を割って話すという宣言通り、颯月は自身の出生と抱えるトラウマについて説明した。
領主の屋敷で右京の出自を聞かされて、何かしら感銘を受けたのか――もしくは、陽香が突然オーバーサイズの服を着なくなる日を恐れているだけなのかも知れない。
一通り話を聞き終わった陽香は、なんとも言えない複雑な表情を浮かべた。右京もいつもの険のある態度は鳴りを潜めて、困惑しているようだ。
「紫電一閃は、義母――正妃様と本当の母子のように仲が良いって噂を、聞いた事があるんだけど――」
「人前ではそう見えるよう心掛けて来たから、当然だ。正妃サマと側妃の子の間に確執があるなんて事がバレたら、王家にとって恥にしかならんだろう? 下衆の勘繰りほど、煩わしいものは――義弟のためにも、無用な波風は立てたくない。そもそも波風を立てた時の正妃サマの反応を想像すると、バカな真似はできん。一体何を言われるか――」
颯月は、言いながらぶるりと体を震わせた。その様子を見て、彼は嘘でも演技でもなく本気で正妃が恐ろしいのだ――と感じ取ったのか、右京は途端に同情するような顔つきになった。
長年受けたスパルタ教育の弊害で、正妃に似た華奢な女性が全てスケルトンに見えると言うのだから――同情のひとつもするだろう。何せ、颯月が住まうアイドクレースの女性は総じて痩せ気味なのだから。
一方陽香は、右京と違う点が気になったらしい。
「颯様の母ちゃんが王様の側妃で、もう居ないって事は……まさか、アーニャが似てるって言われてるのって――」
ちらりと綾那の顔を一瞥した後に颯月を見やった陽香の顔には、どこか幻滅の色が滲んでいる。その表情から彼女の言わんとしている事を察したのか、颯月は首を横に振った。
「確かに、綾の笑い顔には母上の面影があるらしいが――勘違いするなよ。今話した通り、俺は母上の顔を知らん。母上に似ているからこの顔を好んでいる訳じゃねえ、俺にマザコンの気はない」
「ほぉん……幼少期に母親の愛情を受けられなかった子供は、母を求めてマザコンになりやすいって聞いた事あるけどなあ」
「むしろ、俺の気持ちも考えてくれ。これはと思って攫った矢先に、禅の口から母上に似ていると知らされた時のショックと言ったら――分かるか? 笑い顔だけだと言うから、まだ良かったものの……もし何から何まで生き写しだと言われていたら、泣く泣く森へ戻しに行くところだった」
「おっ? 今、攫ったって言わなかったか?」
呆れるように目を眇めた陽香に、颯月は咳払いをした。
「言葉を間違えた。正しくは、あの手この手を使って上手く誘導した――だ」
「それって結局、悪意があって水色のお姉さんを誘拐した事に変わりないよね」
「どうしても欲しかったんだ、仕方がないだろう? 綾は「一人でどうにかする」、「この顔の傍には居たくない」と言って、俺から逃げたがるし――」
「アーニャお前、一応抵抗はしたんだな……無駄に終わった結果が、今なんだろうけど」
ため息交じりに指摘された綾那は、グッと言葉に詰まったのち「面目次第もございません」とだけ答えた。
綾那だって、初めの内は必死に抵抗したのだ。まあ、陽香の言う通り全て無駄に終わった結果が、いつの間にか互いに「契約」をかけ合っているという、訳の分からない現状なのだが。
「――とまあそういう理由で、俺は華奢な女が苦手なんだ。悪いが、陽香の顔つきはただでさえ正妃サマを彷彿とさせる。その上、体のラインが出るような服を着られたら卒倒する自信がある。俺の前では一生そういう服を着ていて欲しい」
どこまでも真剣な表情で懇願された陽香は、ムスッとしてどこか不服そうである。彼女自身、太りたくても太れないという悩みがあるからこその憤りだろう。陽香だって、丸くなれるものならとっくに丸くなっているのだから。
「オネーサンって結構食べるけど、全然肉がつかないよね? 食べたものどこに消えてるんだろう」
「師匠に聞いた話じゃあ、どうも代謝が良すぎるんだと。しっかし、そこまで筋肉質って訳でもないんだけどなあ――マジでどっかに消えてんじゃねえかってレベルだぞ」
陽香は憂鬱そうにため息を吐き出した。太りやすい綾那からすれば、いくら食べても太らないなんて夢のような体質だが――女性らしく柔らかい体つきになりたいと願う陽香からすれば、いい迷惑なのだろう。結局は無いものねだりである。
「ただ、その体質のお陰で、アイドクレースでは正妃サマの再来ともてはやされるだろう。『広報』、引き受けてくれるんだろ?」
「そりゃもちろん! こんなに長期間動画から離れて生活したなんて、マジでいつぶりだよ……早く撮りたいな、帰りの馬車もっと飛ばせねえの?」
「バテた馬を街へ立ち寄る度に交換すれば、もう少しスピードが出せるだろうけど……すごいお金かかるよ」
「う……いや。なんか馬を交換しまくるって聞くと、虐待っぽいからやめとくわ――」
途端にしょんぼりした陽香は、通りがかった店員を引き止めると、追加のリンゴジュースを注文した。そして気を取り直したように、動画の撮影へ思いを馳せる。
「最初は、魔物の肉をテーマにした動画を撮ったんだよな? うーたん、なんで時間が経つと激マズになるって教えてくれなかったんだよ。いっつも旨いで終わってたじゃん、あたしら」
「美味しいものを美味しい内に食べて、何が悪いの? 言っとくけどアレ、本当に凄い風味なんだから」
「分かってないな。動画には「面白味」「意外性」「事件」がなきゃダメなんだぞ」
陽香と右京が二人で旅している間は、道中現れる魔物の肉を焼いて食べる事が多かったらしい。金がかからないし、魔物の方から飛び込んでくるため探す手間も省ける。
彼女はずっと、魔物の絶品肉料理に舌鼓を打っていたらしいのだが――しかし、綾那に魔物肉編の動画を見せられた際には、かなり衝撃を受けていた。
時間が経つだけで絶品料理が激マズ料理に早変わりなど、そんなものスタチューバーの好奇心が抑えられなくなるに決まっている。かくいう綾那も、好奇心が抑えられなくなった結果実食して、「未精製でヤバめの魚醤風味」という結果を導き出したのだから。
「次回作は何にするか、もう決まってんの?」
「いや、実はまだあんまり決まってなくて……あの一本だけで街の女性に火がついて、騎士の皆さんには迷惑をかけちゃっているから。多少なりとも火消しができれば――とは、思ってるかな」
とはいえ、折角『騎士』という職業が盛り上がりを見せたところで、いきなり鎮火するのはよくない。必要なのは、上がり過ぎた熱を少しでも良い方向へ修正する程度の火消しだ。
女性視聴者の心は掴んだままつかず離れずの距離感で、男性視聴者の獲得も狙いたい。そのために必要なアイドクレース騎士団の『アイドル』こそが、陽香である。
「あ。あの動画、うーたんにも見せて良いか? もうほとんど入団決まったようなモンだしさ」
「構わない、好きに見てくれ」
「勝手に入団するって決めないでよ、僕まだ悩んでるんだから」
「はいはい。ツンデレ、ツンデレ」
ぷりぷりと文句を言っている右京を軽くあしらうと、陽香は綾那に「魔具貸して」と手を差し出した。綾那が鞄の中から魔具を取り出して渡せば、陽香はすっかり慣れた手つきで操作して、その手元を右京が覗き込んでいる。
その様子はまるで、本当に仲のいい姉弟のようで微笑ましい。
「弟――」
綾那は、「転移」もちの男達を集めた黒幕が、陽香の実弟かも知れないという話を思い出した。つい弟という言葉が口をつけば、陽香は目線をカメラの液晶に縫い留めたまま、他人事のように話す。
「うん? おーそうか。颯様が腹割ったから、あたしも割らなきゃな。つっても正直、弟の事は話せるほど詳しくないんだけど――」
そう前置きした陽香は、動画を眺めながらぽつりぽつりと語り始めた。