第六話 製作者特権
俺は、ラグナロククエストのクリアを決意した。
「じゃあもういい加減、ダンジョンに行こうと思うけど……入り口はあれか?」
「ええそうよ。一階の奥にある虹の橋――〝ビフレスト〟に入れば、ツリーダンジョン内に飛ぶことできるわ」
「〝ビフレスト〟ね、了解。じゃあ挑戦者としての第一歩を踏み出す――かと思いきや、だ」
本当の最後に一つだけ、確認しておきたいことがあった。
というより、この世界に来てからずっと疑問だったことがある。
すなわち――この人たちはNPCなのか、俺と同じ命ある人間なのかということ。
ここはゲームの中であのマキナが調整している世界。表情、しぐさ、言葉に至るまでの全てが、作り物の機械仕掛けではないかと疑うのも仕方のないことだろう。
もし仮に全員がNPCだったのなら、今までの会話は俺の独り相撲もいいところ。
だからちゃんと確認して――いや、ちゃんと言ってほしかった。
「なあエイル、お前はさ……生きてるよな」
「何よその質問。……当たり前でしょう。幽霊にでも見えるわけ?」
「あっはは、そうだな。――ああそうだ。ちゃんと美少女に見えるよ」
その答えは何となく、確認する前から分かっていた。
こんなに可愛くて、バカにしてきて、ちょっとムカついて、何かに悩んだりもする。そんなのは絶対、NPCなんかじゃない。俺と同じ人間で、この世界で生きている命なのだ。
だったらもう一つ、俺にはやらなきゃいけないことがあるはずだ。
「なんで俺がこのゲームを作ったのか。つまらない常識に囚われたお前たちに、この世界の楽しさってやつを教えてやるよ」
製作者としての責任は意外にも大きいようで。つまりこれが、俺の中期目標。
「と言ってもまずは最前線に追い付く必要があるか……じゃあそれが短期目標ってことで! ダンジョン行ってくるわ!」
「相変わらず何を言っているのか分からないけど……あなたが楽しそうなら、もうそれでいい気がしてきたわ。――いってらっしゃい」
目標が見つかり、微笑むエイルに見送られて。俺は挑戦者としての第一歩を踏み出した。
◆ ◆ ◆
今の俺の状態は虹色に光る膜――ビフレストに体の半分を貫かれている、という感じだ。
アニメとかでよくある『光の中からヌッと出てくる』やつ。あれの途中とでも言えば分かってもらえるだろうか。
ダンジョンに飛んだその直後、俺はまだ一歩も動いていないのだが……ここで。
スキルを獲得しようと思う。
――俺は昔から、少しひねくれた人間だった。
おいおい急に日本昔話を始めるなと。そんな教訓めいた童話はいらないと言われてしまいそうだが、そうではなく。
つまり一番最初に出会うキャラがラスボスであってほしくて、序盤の草むらで死ぬほどレベルを上げるタイプの男で。そして、ステージが始まった瞬間にスタート地点の後ろを探りに行くような、ひねくれたやつが俺なのだ。
「そんな人間が開発してるんだぜ? 獲得条件に遊び心を入れたスキルの一つや二つあるに決まってるよなあ!」
だから俺は――ダンジョンに入って一歩目を後ろに踏み出した。
ビフレストの裏側。一歩でも前に出てしまったらもう入れない、バグって動けなくなる可能性すらある隠し要素。
まともな人間なら考えもしないこの場所は――ただ、真っ白な空間だった。
ひたすら何もない白い空間。しかし、そのスキルは確かに存在していたようで。
スキル――【バックステップ:正面を向いたままの後方移動速度が上昇する】
俺は人生で初めてのスキルをゲットした。とても、後ろ向きなスキルだった。
「やかましいわ俺!! そんなことより、さっそくこのスキルをセットしないと」
武器や防具はちゃんと装備しないと効果がないよってな。
俺はエイルに倣って二本指をこめかみに押し当て、手首をスナップさせながら前方に振る。
すると、不慣れな動作とは対照的にユミルの瞳が滑らかに弾かれて現れた。
長方形が三等分された半透明な薄板は、右側に〝武器〟の詳細。
中央に太線のアバターと装備している〝防具〟の詳細。
そして左側には〝レベル〟――その下に〝攻撃力〟と〝敏捷性〟の二項目。さらに下にはスキルの〝スロット〟が空白のまま三つ空いていた。
「まあ当然レベルは【0】で装備はさっきもらった二つ、スキルはセットされてない。ここまではいいんだけど――この数値、ズレてる……?」
俺が驚いたのは自分の攻撃力、及び敏捷性の数値。
初期ステータスは通常、両方が【100】を示すはずなのだが――俺の数値は攻撃力が【80】、敏捷性が【120】を示していた。
これはいわゆる〝レアアカウント〟を生み出すゲームの演出。
十人に一人の割合で攻撃力が高い〝アタッカー型〟のアカウントと、敏捷性の高い〝アジリティ型〟のアカウントを作るというものだ。
俺は十中八九、普通に〝バランス型〟になるものだと思っていたのだが……。
「これアジリティ型だよな……? おいマジかよ、レアアカウントじゃん!?」
低身長かつ眼つきが悪い、頭にアホ毛のあるハズレアカウントだと思っていたらその実本当はレアアカウントだった。そんなところでバランスを取ろうとするな。
俺は神サマに文句を言いながら、空いているスロットの一番上〝スロット1〟を開いた。
すると、スロットの枠の中を覗き込むように瞳が動く。表示が遷移しきった先に広がっていたのは――一本の〝スキルツリー〟だった。
右下に『補助系』、左下に『敏捷系』、左上に『攻撃系』、右上に『属性系』――と、それぞれのスキルが枝のように、進化と分岐をしながらスキルツリーを形成している。
俺が獲得したバックステップのスキルは左下、敏捷系の中に発見できた。
『後ろに進む』などという異端のスキルツリーは随分と小さい枝ではあったが、そんなことは全然構わない。大事なのはそのスキルが戦略とマッチしているかどうかだ。
……ちなみに、このスキルツリーには〝獲得率〟が見れるというオマケ機能がある。獲得率が低い方がレアなスキルで、分かったら面白いだろうと思って付けた機能だが。
「バックステップの獲得率……0.01%って。俺しか持ってない〝オリジナル〟じゃん」
当然というか、俺史上初のスキルはこの世界史上初にもなっていたようだった。
スロット1:バックステップ――という表示に満足した俺は、いよいよ。
しっかりと前方に、この足を振り出した。
■ ■
チュートリアル用ダンジョンの内部は、言ってみればシンプルだった。
土でできた一本道とそれを囲むように乱立した木々。天井は枝葉に覆われていて見えないがおそらくそれが天井ということなのだろう。
五分程度歩いた現在、次第に太くなる道幅は学校の校庭くらいにはなっただろうか。
もうそろそろモンスターが出現してもおかしくないな……と、こぼしたその時。
「プルルン!」
いやまさに、自身の姿を形容したかのような鳴き声で。
水色のプルプルとした、小さくて可愛いモンスターが俺の前に飛び出して来た。
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―