第四話 世界の破壊者
「攻略が始まって、四年……?」
我が耳を疑った。
たしかに俺の眼つきは悪い。悲しいことにその点は非常に自覚的である俺だが、しかし耳まで悪くなったはずはなく。
その驚くべき年月の経過は寸分違わず聞き取れた。
俺が死んだのはリリースの当日。そしてそのタイミングで転生したのだから、今はてっきり最序盤なのだとばかり思っていたが――まさか『四年』とは。
「じゃ、じゃあエイル、今最前線の〝枝〟は……?」
「第二十六枝よ。ちょうど数日前に第二十五枝が攻略されて、そして同時にシンギュラリティ・デイが訪れたわ」
「二十五枝……!? おいもう完全に序盤が終わってるじゃねーか!! ……ならその『シンギュラリティ・デイ』ってのは?」
「カント、あなた何も知らないのね。田舎の出身かしら。――シンギュラリティ・デイは神が降臨された日。そして、ツリーダンジョンの全てが再構成された日よ」
「神が降臨して、再構成された? それって……」
マキナが序盤の機械学習を終えて、世界の調整を開始した日……?
百枝あるラグナドラシルの枝。そのうち25%――四分の一にあたる二十五枝までがマキナの学習期間だったと考えるのならば。
俺がこのタイミングに転生したのは――あいつが目覚めたから、なのか。
「なるほど……だから四年も経っていて『今さら』なのか。どうりで挑戦者の装備が初心者離れしてるわけだ」
俺が最初に話しかけた人や、今このフロアを埋め尽くしている挑戦者たち。その全てが初心者とは思えぬ装備――どころか、四年も戦ってきた猛者だったのだ。
「当然でしょう。現状、最前線に出ている挑戦者のレベルは【50】を越えていて、あなたがそこに追い付くには軽く見積もっても七年は必要よ」
エイルはやっと理解したか、という顔で指を折りながら数字の〝7〟を示す。
「これで、あなたの行動がいかに今さらでお笑い種か分かったかしら? 別に禁止されているわけではないけれど、常識的に考えて諦めるべき、ということよ」
エイルは常識ある人はそもそもここに来ないけれど、と付け足して肩を竦めた。
「常識的に考えて、ね。……たしかに、四年も空いてりゃ諦めるのが普通かもな」
「ええ。やっとお互い、話が噛み合ったわね」
言いながらエイルは満足そうに、手元に置かれた書類に手をかける。
「笑ったことは謝るわ。賢明な判断に賛辞を送るべきかもしれないわね」
ニコッと笑って、書類を掴んだ手を引き寄せるエイル。なぜか上から目線の賞賛はこの際素直に受け取るとしよう。――だとしても、だ。
俺は目の前の美少女が何を言っているのか、さっぱり理解できていなかった。
「なあエイル。さっきから全然、これっぽっちも、噛み合った話なんかねぇぞ?」
「……えっ?」
目を見開いて戸惑うエイル。非常に予想外だと主張するように、乱れる視線は自分の腕を制止する俺の手に向けられていた。
「何を当然のように、俺が諦めるだなんて思ってんだよ」
……それは、お前らの常識だろ。
「その程度の理由で俺が諦めるわけねぇだろ。謝罪なんかいらない、笑いたいなら好きに笑えよ。――けどな。俺の中の常識は、挑戦者になるべきだって叫んでる」
「は……? い、いやあなた、話聞いていなかったの!? 前線復帰には七年もかかるのよ!?」
「だからどうした。そういうセリフは、もう死ぬ前に聞き飽きたよ」
……同じだ。
大人になってまでゲームなんかするなと、そう言ってきた、あいつらと同じ。
ゲームは子供の遊びで、暇つぶしで、何の役にも立たないもの。
そう言って、ただ生きるために生きている。楽しむってことを忘れたゾンビたちと言ってることがそっくりだ。――けどよ。
「今さらもクソも関係ない、攻略するためだけに挑戦するわけじゃないだろ。……つーかな、人生に『今さら』なんてことはねぇんだよ」
あるのは、やかましい外野の騒音だけだ。
「心の声に素直に生きればいいだろうが。……だから俺は、挑戦者になるぜ」
レベルも、年月も、笑われることだって関係ない。
俺がやりたいからそうする。生憎と、これ以上に気持ちのいい生き方を知らないもんでな。
「攻略することが目的じゃないのに挑戦者になる……? なによそれ……意味が分からない。だとしたらあなたは、なぜダンジョンに挑むの?」
エイルは心底不思議そうに、首を傾げながらそう言った。……ああそうか。
エイルも、この世界の人たちも。きっと元の世界のやつらと同じなんだ。
ダンジョンは攻略するためにあって、強くなるのはより上に行くためで。
武器は戦うための道具で、ゲットしたアイテムはお金に換えて。
挑戦者でいることがそんな面白みもない作業に見えているんだろう。
――でも、ちょっと待てよ。
「そうじゃないだろ。そんなつまらないことのために、俺はこのゲームを作ったんじゃないだろうが……!!」
そんなことのために、俺は死んだんじゃない。
「なんで俺がダンジョンに挑むのかって? ……楽しいからに決まってんだろ!! それ以外に必要なものなんて、俺は知らねぇよ」
「えっ、いや楽しいからって――それだけ?」
「ああそうさ。俺はこの世界を楽しみたい。たったそれだけで、それが全てだ」
崇高な理念も納得の論理もない。俺はただ楽しいことが好きで、そして、それが悪いことだとはどうしても思えない。
「そんな子供みたいなことを堂々と――」
「子供みたいだぁ? そっちこそ子供みたいなサイズの胸して何を偉そうに」
「なっ――!? わ、私の胸は関係ないし、それに今から大きくなるんだから!!」
「あーはいはい、期待してますよ。……いいかエイル。大人になるのが『楽しいことを諦めること』だと思ってんなら、その考えは今すぐ捨てろ」
そんなつまらないものが人生なら、後生大事に数千年も、人類史が続いてるわけがないだろ。
やりたいことが誰にでもあって、楽しい何かが確かにあって、そうして人間は生きてきたんだろうが。――だからさ。
「俺だって、君だって。もっと自由に、楽しいと思うことのために生きればいい」
「私が、楽しいと思うこと……?」
「そうやって受付カウンターの微少女でいることが、お前の楽しいことなのか? 悪いが俺には、どうにもそうは思えないよ」
「…………そう、かもしれない。私にだって……」
言いかけて、エイルはその先を言わなかった。言えなかったのかもしれないし、言いたくなかったのかもしれない。けれど、一番大切なことは。
それでいいんだと、伝えることができたってことだ。
「ゆっくり考えればいいさ。そうして見つけた答えが、何よりも君の力になる」
「……そうね。――んで、さっきの微少女ってどういう意味かしら?」
「えっいや、あっれーおかしいなエイルさん。それは君の聞き間違い――というか見間違いではないでしょうか? まさか美乳を微乳みたいな、そんな表現はしませんよええもちろん」
「……とか言いながら胸見んな変態!!」
「グハッ――!!」
この世界に来て最初に受けた攻撃は、モンスターではなく美少女のものだった。さりげなく入れたのでバレないかと思ったが……なかなか手強い相手のようだ。
――いや味方だった。
立ち上がったエイルの身長はおそらく俺よりも少し小さい程度。
可憐な純白のノースリーブシャツに金色のスカート、そして水色の二―ソックスは絶対領域を絶対的に作り出していた。いやどういう意味やねん。
個人的な好みの領域につられて思考が乱れたが、そんな紆余曲折を経て俺たちは出会い。
そして俺は、挑戦者になったのだった。
「いえ、まだ挑戦者にはなってないわよ? チュートリアルがあるもの」
「まーだ挑戦者になってないの俺? 長くない? ねぇ長くないですか?」
「そういう無駄なこと言ってるから長いんじゃない? 大人しく聞いてれば私の説明はすぐ終わるのだけれど」
「…………あい」
「よろしい。では、チュートリアルを始めます」
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では、次話でまたお会いしましょう。 ―梅宮むに―